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第62話 兵団と豹団

平穏な日々である。


相変わらず町へ繰り出して人々と触れ合ったり、プロスペールの子どもたちと遊んだりして過ごす毎日は、時間がゆったりと流れる。


リシャールでの権謀術数やルメールの彗星など忘れて、刺激は少ないかもしれないが、こんな穏やかなときを過ごすのも悪くはない。


このまま、好きな人たちに囲まれて静かに暮らす選択肢もあるのではないか。


そんなことを考え始めたある日。ある人がシルヴィアを訪ねてきた。


「初めまして、シルヴィア妃殿下。私、クロヴィスの母、アリアンヌと申します」


清楚な女性が少女を連れて膝をついた。


「まあ、あなたがアリアンヌさん? そんな畏まらないで」


シルヴィアは、アリアンヌの手を引いて立たせた。


「お会いしたかったわ。クロヴィスには、とてもお世話になっているの」


「光栄でございます。息子のほうこそ妃殿下には引き立てていただき、お礼の申し上げようもございません。更には私などのために、貴重な薬草を分けていただき、本当に命の恩人でございます」


「水臭いわ、そんな堅苦しい挨拶は必要ない。お友だちのお母さまなのだもの、力になりたかっただけだわ」


「友だち…?」


「レベッカさんのことよ」


アリアンヌは驚いて娘を振り返った。レベッカは、慌てて手を横に振った。


「ち、違う! 妃殿下とは一度ご挨拶しただけよ。この前、お話ししたじゃない」


「……娘が何を申し上げたか知りませんが、まだ世間知らずな娘でございます。何卒、お許しください」


城勤めをしたことがあるだけに、礼儀正しい分、主従の壁は厳格に崩そうとしない。シルヴィアは小さくため息をついて、レベッカに目を向けた。


「レベッカさんからもお母さまに言ってくださらない? 私は堅苦しいのは好きではないと」


「いえ、私たちにとって妃殿下は命の恩人です。足を向けて寝られません」


「ンもう、あなたまでそんなこと言って…」


「妃殿下のおかげで母の咳が止まったんです。お医者さまも驚いていました。こうして外を歩けるようにもなりましたし、一カ月もしないうちに完治するって」


母娘は、お互い見つめ合って微笑んだ。


「それは良かった」


シルヴィアも、にっこりと微笑んだ。


「その上、勤め先までご紹介くださって、本当にありがとうございます」


「私より、旦那さまに申し上げてください。お命じになったのは、旦那さまですから」


「……妃殿下は、本当に素晴らしい奥方さまでいらっしゃいます」


「やめてください。日々、自分の至らなさに汗顔の思いなのですから」


「妃殿下」


レベッカが一歩前に出た。クロヴィスとよく似た黒い瞳がキラキラと輝いている。


「私、一生懸命働きます。兄や母に心配かけないように。ご紹介いただいた妃殿下の名を汚さないように」


「レベッカさんなら、大丈夫よ。プロスペールさまやエレオノールさまにも、よくよくお願いしておいたから」


「何から何まで、ご配慮いただき、申し訳ありません」


アリアンヌ母娘は、何度も頭を下げて帰っていった。


「―あの様子なら、すぐお元気になるわね」


城館の玄関で手を振り二人を見送りながら、シルヴィアは言った。


「顔色も良さそうでしたし、白月草が効いているのでしょうね」


「アルマトゥーラさまさまだわ」


「シルヴィアさまさま、ですよ」


サンドラは、横目で見ながら少し笑みを浮かべた。


「どこまで謙虚な方なのです。もう少し誇ってもバチは当たりませんよ」


「人は、いったん謙虚を失ったら転げ落ちるのは早いわ。よくよく戒めなくちゃ」


「……」


アリアンヌ母娘を見送って間もなく、入れ替わるようにしてリオネルから呼び出しを受けた。クロヴィスから人員が揃ったと報告があったのだという。


リビングルームに入ると、既に全員、顔をそろえていた。


「シルヴィア、6百人だとよ」


顔を見るなり、リオネルは嬉しそうに言った。


「6百!? 予定より多いではないですか」


「クロヴィスが頑張ってくれたおかげだよ」


「いえいえ、俺なんか大したことしてねえですよ。みんなリオネルさまとシルヴィアさまの人徳というもので」


「いいえ。やっぱりクロヴィスの功績だわ。尽力してくれてありがとう」


クロヴィスは、鼻をこすった。リーダーの面目躍如といったところだろう。サンドラはサンドラで呟く。


「……慎み深い方々ばかりだ」


「何か言った? サンドラ」


「……いえ、ただの独り言です」


「そろそろ帰るぞ、シルヴィア」


リオネルがシルヴィアとサンドラを見比べながら言う。


「思ったより早かったが、これだけ集まればいいだろう」


「はい、旦那さま。ただ、もう一人連れ帰りたい人物がいるのです。もう少々お待ちいただけませんか」


「連れ帰る? 誰だ、それは」


「もうすぐ期間満了になる人ですよ」


金色の瞳がくるめいた。それは、何かを確信している顔だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―久しぶりね」


城館の中庭である。シクラメンはないが、春になれば花々で彩られるのだろう。決して広くはないが、花壇や小さな東屋の揃った品の良い中庭だった。


そこに、お世辞にも品が良いとは言えない連中がズラリと並んでひざまずいていた。総勢76人。


「ちゃんと刑期を全うしたじゃない。あなたを信じて良かったわ、ファニー」


シルヴィアは、中央先頭で畏まる橙色をした長い髪の女性に微笑みかけた。


「……妃殿下に申し上げます」


顔を伏せているのに、ファニーの声はよく通る。


「30日間の猶予をいただき、ありがとうございました。例の件について、じっくりと仲間とも話し合いました」


「そう。結論は、出た?」


「もし、お赦しいただけるのなら、リオネル殿下並びに妃殿下の覇業、あたいたちにもお手伝いさせてくださいっ!」


盗賊たちは、一斉に頭を下げた。


「……」


シルヴィアは、黙ってファニーの手を取って立たせた。ファニーは、驚いてキョロキョロと周りを見回した。


「……きっと、そう言ってくれると思っていたわ」


「妃殿下、お手を…どうかお手をお離しください。あたいの手はウ○コまみれでございます」


「そんなの、気にしないわ」


「……でも、罪を犯した汚い手です」


ファニーは、長い睫毛を伏せた。


「人様のものを盗み、ときには殺しもした、汚れ切った手なのです。妃殿下のような尊いお手が触れていいものではありません」


「それを言うなら、あたしだって、汚れているわ。旦那さまの妻であると同時に軍人でもあるのよ。人殺しなんてたくさんしてきたし、第一、あなたのお仲間も殺してしまった」


「妃殿下は、あたいとは違います! 崇高な理念のもとに振るう剣は、聖なる剣です。あたいのは、我欲を満たすための邪剣なのです」


「罪は充分贖ったわ。いつでも逃げられる状況に置かれても、あなたは逃げなかった。自分の罪から目を背けなかった。それは尊いことよ」


「逃げたらきっと、妃殿下が悲しむと思っただけで…」


「まあ、嬉しいわ。あたしのことを慮って30日もの間、耐えてくれたなんて。人を思いやる優しい心を持っているのね」


「そんなんじゃ、ありません…」


「いいえ。あなたは、心優しい友だち想いの素敵な女性だわ。心まで堕ちていない証拠よ」


「買い被りです。あたいは、ただの盗賊です」


()盗賊よ。今は違う。あたしの直属の部下で友だちよ」


「そんな…友だちだなんて、恐れ多すぎてどうしていいか、わからなくなります」


「胸を張っていればいいのよ。あなたは、ブランシャール帝国第三皇子妃シルヴィアの直属部隊、『煌豹団』の隊長なのだから」


「えっ!? 『煌豹団』?」


「そうよ。あなたには、諜報活動を担当してもらうわ。その諜報部隊の名前よ」


「あたいたちが、諜報部隊…」


「―みんなも聞いて」


シルヴィアは、ファニーの手を取ったまま、たった今諜報隊員となった者たちへ向き直った。


「あなたたちは、もう無法者じゃない。世直しの先頭に立つ義の集団よ。誇りを持ちなさい。あなたたち一人ひとりが世の中を変えていくのよ。誰一人泣くことのない、笑って暮らせる世の中に。どうか、あたしに力を貸して。大義はあたしたちにあるわ!」




「……シルヴィアさまも大した扇動者ですね」


ファニーたちを見送った中庭で、サンドラは苦笑いを浮かべた。


「失礼ね。扇動なんか、していないわ」


「盗賊たちを、すっかり手なずけてしまわれたではないですか」


()盗賊よ。第一あたしは、心に思ったことを正直に伝えただけよ。彼女たちがそれに応えてくれたのだわ」


「結局、()盗賊を配下にしてしまわれた。吉と出れば良いのですが」


「いいじゃないの。あたし、自前の諜報部隊が欲しかったんだあ。これで体制は整ったわ」


「体制…?」


「あ…ほら、そのお〜、天馬隊の体制が整った、という意味よ」


(……万が一のとき、リオネルを止めるための自前の軍、なんて、言えないよね)


サンドラの鋭い視線を避けるように、空を見上げた。雲一つない穏やかな冬晴れである。


どうやら、束の間の平穏の日々は、終わりを告げたようだ。奇しくも、シルヴィアが見つめていた空の下では、皇都リシャールが世界に君臨すべく勇壮な姿を誇示していた。

【裏ショートストーリー】

盗賊A「お頭。『こうひょうだん』って、何だ?」

ファニー「あたいたちの名前だよ」

盗賊B「盗賊団みたいなもんか?」

ファニー「似てるけど、ちょっと違う。盗賊なんて、ほかにもいるだろ? だけど、『煌豹団』を名乗れるのは、世界でただ一つ、あたいたちだけさ」

盗賊A「へえーっ。えらい大層な名前をもらっちまったな」

盗賊B「大層なのは、お頭だ。猫耳王女さま相手に、よくあんな貴族みたいな言葉が遣えるな」

ファニー「見様見真似さ」

盗賊B「さすがお頭だ」

盗賊A「でもよ、お頭。猫耳王女さまは、俺たちに諜報をやれって言ってたぜ。そんなこと、できるかな?」

ファニー「バカ野郎っ。できるできないじゃねえ! やるんだよ。あたいたちは義の軍だ。妃殿下も仰っていたろう。日陰の身から、ついにお天道さまの下を歩けるようになったんだぜ。あたいたちを引き上げてくれた妃殿下のために、何がなんでもお役に立つんだ」

盗賊B「俺は、腹いっぱい食えりゃ、それで満足だぜ。食わしてくれる人のために力を尽くすよ」

盗賊A「難しいことは、俺はわからねえ。お頭についていくだけだ」

盗賊B「……おいっ! てめえだけ、いい子になるんじゃねえよ。クソの桶をひっくり返したくせに」

盗賊A「あっ、てめえ、それを蒸し返すのか? クソを手づかみしたのは、どこのどいつだ!」

ファニー「……低レベルだなあ。ウ○コネタはもういいよ」

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