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第61話 募兵と恵投

ついに、お互いの気持ちを確かめ合った翌朝、顔を合わせた途端、照れ臭くてまともに目を見られなかった。


リオネルはというと、普段と変わらないようだった。ただ、朝食のサラダを食べようとスプーンを手に取り、スープを食べようとフォークを掴んでいたが。


その後は、リオネル、シルヴィア共に何事かをギーとサンドラに頼むと、やることがなくなってしまった。自然と町へ出ることが多くなり、商店の店主たちや職人たちと話をしたり、喫茶店でお茶を楽しんだり、居酒屋でバカ騒ぎしたりをしたりして過ごした。


そうしているうちに、町の人たちとすっかり顔なじみになって、出歩くたびに親しく声をかけられるようになった。


たまに街角で、ファニーたちを見かけることもあった。毎日まじめに働いているようで、どうやら本当に逃げ出さずに刑期をまっとうするつもりらしい。


そして10日ほどが過ぎたころ、クロヴィスが城館に訪ねてきた。


「集まったって?」


「へい。2百人ほどですが」


クロヴィスに頼んでいた常備兵志願者が集まったらしい。


「10日で2百か、よくやってくれた。でも、もう少しほしいな」


「これは、第一陣でさあ。市内だけじゃなく、地方にも伝手を頼りに声をかけてますんで、まだ集まりますぜ」


「よし。まずは引見しよう」


「えっ、リオネルさまが会ってくださるんで」


「当たり前だろう。これから兵として働いてくれるやつらだ。礼をしたい」


「……ありがとうございます。連中も喜びます」


クロヴィスは、黒い瞳を潤ませた。


「お前にも、リーダーとしてまとめ役をやってもらわなくちゃならないからな。顔を立ててやるよ」


「……それなんですがね」


言いにくそうに、腰をかがめた。


「俺は、常備軍には、ちょっと…」


「えっ!? 入隊しないっていうのか」


「幼い妹と病弱な母親を抱えてますんで。家を空けるってのは、やっぱりできねえですよ」


「それは困る。クロヴィスこそ必要だ。新兵百人に勝ると思っているんだ」


「ありがてえことです。名誉とも思います。俺だってリオネルさまのためなら、この身を投げ打っても構わねえです。だけど、家族を放るわけにはいかねえ」


「―そのことなのですけど」


シルヴィアが割って入った。


「ごめんなさい、口出ししてしまって。でも、私に妙案があるの」


「構わない。妙案とは何だ?」


「アリアンヌさまは、肺の病とお聞きしました。とてもよく効く薬草をたまたま持っているの」


「あ…! あれか」


リオネルは、ぽんと手を叩いた。


「薬草、ですか」


「そうよ、クロヴィス。実はサンドラに頼んでリシャールから取り寄せたの。アニェスさまの病を治してくれた薬草だから、効果は保証つきよ。同じ肺の病なら効くんじゃないかしら」


「それは願ってもねえ話だ。ぜひ、頼みてえ」


「それとね。これは、旦那さまにお願いしなくてはならないのだけど、もう一つ提案したいことがあるのです」


「何だ。言ってみろ」


「アリアンヌさまとレベッカさんをマティスのお城で雇っていただけませんか」


「城でか」


「アリアンヌさまは、元々お城で働いていらっしゃったのでしょ? 薬草が効けば、就労に何の問題もないはずですわ。レベッカさんも働き者だし、礼儀作法はアリアンヌさまがしつけていらっしゃるから、申し分ない」


「……確かに妙案だ。城で預かれば、クロヴィスだって安心だろうし。シルヴィア、よく考えついてくれた。礼を言う」


「そんな…。お役に立てれば、それで充分ですわ」


少し照れてはにかんだ。


「どうだろう、クロヴィス。これで憂いはないはず―!?」


リオネルは、クロヴィスを見て驚いた。男泣きに泣いていたからだ。


「おい、そんなに泣くことはないだろう」


「―嬉しいんでさあ。俺たち家族のために、そこまで親切にしてくださるなんて、なんとお礼を申し上げたらいいか…」


「わかった、わかった。もう泣くな、鬱陶しいから」


「リオネルさま、シルヴィアさま。このクロヴィス、命に代えてもお二人をお守りいたします」


「ダメよ、クロヴィス。命に代えないで。アリアンヌさまやレベッカさんのためにもね」


「……へえ!」


クロヴィスは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も何度も頭を下げるのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


それから、また数日が経った。クロヴィスの報告では、呼びかけに応えてマティス郡中から若者が続々と集まっているらしい。


無論、もともとリオネルは領民から慕われているのもあるが、更にクロヴィスがリオネルとシルヴィアの慈悲深さを強調して回っているようなのだ。


「リオネルさまのために。シルヴィアさまのために」


まるで呪文か何かのように、若者たちは合言葉にして誘い合いマティス城を目指している。


「これなら、本当に5百人集まりそうです」


「クロヴィスがいかに慕われているか、とういう証だな、ギー」


「旦那さまが慕われているからでしょう」


シルヴィアが笑いながら言った。


「それをいうなら、シルヴィアだろう。猫耳王女の名を知らないやつは、マティスどころか、ブランシャール中にだっていやしないよ」


「シルヴィアさまは、世界中に知れ渡っています」


サンドラが勿体ぶってうなずいた。


「ちっ…。サンドラに上手を取られた」


「……旦那さまったら、おっかしい!」


シルヴィアは、悔しそうに唇を噛むリオネルを見て、キャッキャッと笑い転げた。太陽が転がるような眩しさだった。


「―シルヴィア。今日は、付き合ってもらうぞ」


リオネルは、そんなシルヴィアにちらっと視線を送りながら言った。


「にゃっ? どちらへ、ですか」


「行けばわかる」


こうして、シルヴィアたちは馬車を仕立てて、城外へ向かった。


空気は冷たい。空はどんより曇っている。もうすぐ本格的な冬がやってくるのだ。マティスは、すっかり冬枯れの景色の中に沈んでいる。


「……この辺りは、雪も多いのですか」


「いや、それほど降らない。リシャールのほうが雪は多いよ」


「雪は降らなくとも、きっと、寒いのでしょうね」


シルヴィアの故国、カトゥスは一年を通して温暖である。寒冷地で過ごす冬未経験のシルヴィアとしては、少し心配なのだ。今も既に毛皮のコートを着込んでいる。リオネルは、ジャケット一枚のみの軽装である。相変わらず服装だけ見れば皇子とは思えない。


(……あんな軽装で寒くないのかしら)


もっとも、ギーもジャケットだけなので(リオネルとは違い高級ブランドである)、ブランシャールの人間は寒さに強いのだろう。ちなみに兎脚族のサンドラは冬用コートを着用していた。


「―もうすぐ着くぞ。窓を見てみろ」


リオネルに促されて、外の景色を眺めた。


「にゃっ…!?」


金色の瞳に、花畑が飛び込んできた。


「シクラメン!?」


赤や白の花が、一面に咲き誇っている。それは、冬枯れの空の下、鮮やかに浮かび上がっていた。まるでそこだけ別世界の楽園のようだ。


馬車は、花畑前に停車した。リオネルのエスコートで馬車から降りると、花に駆け寄った。


「きゃあーっ、素敵っ!」


赤い花を手に取り、香りを嗅いでみる。大して香りはしなかった。しかし、寒さの中うつむき加減で咲く赤白の花は、凛として美しかった。


「どうだ、綺麗だろ」


リオネルが傍らに立つ。


「ええ。とっても! ―これを私に見せようと…?」


「この辺りは花卉農家が多いんだ。この時期は、シクラメンが最盛期で、出荷前にどうしてもお前に見せたかった」


「ありがとうございます。すごく嬉しいですわ」


笑顔が花開いた。シクラメンに勝る美しさだった。リオネルは視線を逸らすと、照れたように言った。


「―シルヴィア。俺からのプレゼントだ。全部、お前にやるよ」


「にゃっ!? 全部…って、この花、全部ということ?」


「花だけじゃない。この辺り一帯の領地をお前にやる」


「……! ウソ…」


口を押さえて花畑を眺めた。農業が盛んな郡らしく、ここも農村地帯である。のどかな風景は、カトゥスの農村と変わらない。


「輿入れしてから、何もお前には贈っていなかったからな。化粧代にもならないだろうが、今はこれで勘弁してくれ」


「そんな…私にはもったいないくらいです。本当に嬉しい。ありがとうございます、旦那さま」


金色の瞳を潤ませてリオネルを見つめた。リオネルは頭をかいて照れ笑いを浮かべた。


「……本当は、結婚指輪を贈りたかったんだが、あいにくとマティスには貴金属店があまりなくてな。ギーに探してもらったけど、やっぱりそういうのはリシャールが一番だ。戻ったら、一緒に選びにいこう」


「……指輪なんていりませんわ。ただでさえ常備軍の拡張でお入り用になるでしょ。そちらへお回しください」


「そこまで甲斐性なしじゃねえよ。金のことは心配するな。夫婦になったんだ、指輪くらい贈らせてくれ」


「―はい、旦那さま。喜んでお受けします」


二人は、肩を寄せ微笑み合った。温泉事件以来、確実にお互いの距離が縮まったようである。


セキレイが一羽、二人の頭上を飛んでいった。つがいの相手の元へ戻っていくのかもしれなかった。

【裏ショートストーリー】

村人A「リオネルさまが、兵を募ってるそうじゃねえか」

村人B「また、いくさかい?」

村人A「そうらしい。噂じゃ、皇帝陛下自ら出馬するんだってよ」

村人B「へえ。相手はやっぱり、ルメールかな」

村人A「だろうな。前回、こてんぱんにやられて逃げ帰ったから、その雪辱戦ってやつだな」

村人B「また徴集か。頻繁にやるのは、勘弁してもらいてえな」

村人A「いや、今度のは徴集じゃねえんだと。常備軍なんだってよ」

村人B「常備軍…? なんだい、そりゃ」

村人A「いわゆる職業軍人てやつだよ。兵として専門に働くやつさ」

村人B「そりゃ、困る。何かと人手は必要なんだ。ずっと兵にとられちまったら、畑はどうすんだ」

村人A「その分、給金をはずむんだってよ」

村人B「金は、あって困るもんじゃねえが、畑仕事はしてくんねえぞ」

村人A「当たりめえだろ。そうじゃなくて、その金で農繁期に人を雇って穴埋めにしろって話さ」

村人B「へえ…。でもよ、そんなやつ、どこを探しゃあいいんだい?」

村人A「なんでも、働きたいやつは役所で登録すんだって。その登録を元に、申し出た農家に紹介するって寸法らしい」

村人B「へえーっ。そりゃ、すげえ。そんなエラい仕組み、誰が考えたんだ?」

村人A「知るかい、そんなもん。リオネルさまじゃねえのか。それでな、長男や一人っ子は免じて、次男三男が対象らしいぜ」

村人B「そりゃまた、情け深いこったな」

村人A「リオネルさまや、お嫁入りした猫耳王女さまとやらが、えれえ慈悲深い方なんだとよ」

村人B「それじゃあ、ウチの四男坊をけしかけてみっか。もともとロクに働かねえ穀潰しだ。代わりに働き者が来てくれりゃ、むしろ万々歳ってもんよ。善は急げ」

村人A「……気が早えな、もう行っちまった。……こんな感じで、いいですかい、クロヴィスのだんな」

クロヴィス「よくやってくれた。この調子でほかにも広めてくれ」

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