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第60話 湯煙の告白

「皇帝になる夢を抱かせてくれたのは、お前だったなあ、ギー」


隣にいるのがシルヴィアだと気づかないまま、リオネルは話し続けた。シルヴィアは、肩までお湯に浸かりピクリとも身動きしない。


「……宮廷で冷たい目で見られたり心無い言葉を浴びせられたりするのは、母上の身分が低いからだというのは、子ども心にもわかっていたよ。お前が付き人になってくれて、ずいぶん助けてくれたよな。その右眼だって、貴族のクソガキが投げた石から身を張ってかばってくれたときの傷だし」


(……それでギーさまは眼帯を…)


「お前は言ったよな。強くなれ、強くなって頂点に立て。そうすれば誰もイジメなくなる、ってな」


(ギーさまが、そんなことを……)


「だんだん人が集まってきて、ミレーユとの婚約が成ってようやくキュリー家の後ろ盾を得られると思ったら、今度は猫耳族との縁談が降ってくるなんてな。どれだけ父上に嫌われているのかと落ち込んだりもしたけど―」


(リオネル…)


この人は、なんと素直に話すのだろう。普段、ギーとはこんな話をしているのか。羨ましくもあり、妬ましくもあった。きっとギーは、リオネルにとって友人であり兄でもあるのだ。血の繋がった実の兄たちより、よっぽど親しい家族なのだ。


「まさか、猫耳王女があんな女性だなんて、思いもしなかったよ」


(あんな女性…? どういう意味よ―)


眉が跳ね上がった。


「アニェスと話していても、あいつの顔がちらつくんだよ。今、何をしているんだろうとか、何を考えているんだろうとか、気になって仕方がない」


(にゃっ!? それって、まさか…)


顔が火照る。心臓がドキドキする。


「今すぐに飛んでいって、あいつと話したい。あいつとバカ話して笑い合ったり、ときにはからかって叱られたり。この半年、すごく楽しかったなあ」


(ウソよ…まさか…そんな…)


頭がクラクラしてきた。リオネルは、今、何を言っているのだ?


「……俺、あいつのことが好きなんだ。恋してるんだよ」


(……!)


頭が真っ白になった。リオネルがあたしに恋してる!? そんなバカなことがあっていいのだろうか。


「なあ、ギー。俺はどうしたらいい? あいつは俺のことをどう思っているんだろうな。まだ、ただの政略結婚の相手なのかな」


顔が、頭が熱い。燃えるようだ。


「―おい! ギー。さっきから何で黙ったままなんだよ?」


ようやく、様子がおかしいことに気がついたらしい。こちらに目を向けてきた。


「……あれ!? お前、いつの間に髪が長くなった?」


冷静に考えればこれほどマヌケなセリフもないのだが、思い込みというのは恐ろしいもので、まだここにいるのがギーだと信じて切っている。


シルヴィアは、覚悟を決めて振り返った。


「……旦那さま」


「あっ!? お、お前、シルヴィア…!?」


時が、止まった。


永遠のようでもあり、一瞬のようでもあった。


お互い、見つめ合ったまま、固まった。かけ流すお湯の音だけが耳を刺した。


「―ご、ごめん…」


最初に口を開いたのは、リオネルだった。


「お前だとは知らなかったんだ…ごめんな、すぐ出るから」


「待って!」


慌てて湯から出ようとするリオネルを引き止めた。


「……旦那さま。さっきの話、本心なの?」


「さ、さっき、って?」


「その…私に…恋…してるとかなんとか…」


「そ、そんなこと、言ったか?」


「私だって…恋とか愛とか初めから諦めていました。どうせ政略結婚なんだから、と」


「……」


「でも、私、もう自分の心を偽れない。きっとこれが本当の恋なんだって、認めないわけにいかない」


「本当の…恋?」


「……リオネルさま。私、あなたのことが…」


心臓が爆発しそうだ。熱くて熱くてたまらない。あまりの熱さに頭が朦朧としてくる。


「私…あなたのことが…あなたの…―」


「……!? シルヴィアっ、しっかりしろ! しっかり―」


気が遠くなった。リオネルの声も遠く感じる。何も見えない。あれほど熱かったのに、今は何も感じない。


(―このまま、死ぬのかな)


かすかにそう思いながら、完全に意識がとんだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


草原にいた。さわやかな風が、青々と茂った草を優しく撫でていった。


空を振り仰いだ。抜けるような青空には、雲一つない。


「……」


気持ち良くて、言葉にしようとしたが、声が出ない。


(あれ? あたし、どうしちゃったんだろ…)


「……おおーいっ!」


遠くから呼びかける声がした。


「……!」


返事をしようとするが、やはり声にならない。


「おーい!」


手を振りながら近づく人影が大きくなった。


(リオネル!)


それは、リオネルだった。輝く笑顔が眩しい。


(あたしは、ここよーっ)


叫ぶが声にならずリオネルに届かない。すると。


長い髪の女が現れた。リオネルは、その女を抱きしめる。


(ウソ…)


二人は、シルヴィアの見ている目の前で口づけを交わした。


(嫌…いやよ、そんな…)


リオネルは、女の手を引いて走り出した。


(あたしを…置いていかないで…リオネルっ―)


「―イヤァーッ!」


「……気がついたか!」


「……ふに…?」


覗き込むリオネルの顔が間近にあった。手には団扇を持っている。


「リオネルさま…」


「良かった、気がついて」


「―あれ? ここ、どこ?」


「お前の部屋だよ」


「あたしの部屋…。―あたし、何をしてたんだっけ…?」


「何を、って、覚えてないのかよ」


「はっ…!?」


記憶が急速に甦ってくる。


「温泉でリオネルさまと話している途中、気が遠くなっちゃって…気を失ったんだわ」


「長い間湯に浸かってたから、のぼせたんだよ」


「……」


「大変だったんだぞ。急いでサンドラを呼びにいったり、団扇であおいだり」


「げっ!? ということは―」


リオネルに裸を見られた!? カアーッと熱くなった。


慌てて体を改める。部屋着を着せられていた。胸元が開けられている。かけられていたタオルケットを顔まで引き上げた。


「……見ました…よね?」


猫耳まで真っ赤にしながら、目だけを出して尋ねる。


「あ…? ああ。心配するな。極力見ていない。さすがに湯舟から引き出すときは、少し目に入ったけど、それどころじゃなかったし」


(最悪ーっ! よりによって、リオネルにだらしないところを見られるなんて―)


穴があったら入りたい。熊爪族の村で下着姿を見られ、今、ついに裸を見られてしまった。


「シルヴィア。その…すまなかったな」


リオネルは、頭をかいた。


「俺が気が付かなかったばっかりに、長話したせいで危うくお前を溺れさせるところだった」


「……いえ、あたしも早くお声をかけるべきでした」


「……なあ、シルヴィア。風呂で話したことは、忘れてくれ」


「なんで? どうしてそんなこと仰るの?」


「……迷惑だろ?」


「そんなこと、ありません!」


タオルケットをはいで、上半身を起こした。


「あたし、嬉しかった。リオネルさまがどう思ってくださっているのか、全然わからなくて、このままずっと、仮面夫婦みたいな関係が続くのかなって、思っていました」


「……」


「でも、違った。もし本当に、この先お側にいることをお許しくださるなら、あたし…」


「シルヴィア。ありがとう」


「リオネルさま…」


「やっと俺のこと、名前で呼んでくれるようになったな」


「にゃっ…!?」


「だって、ずっと『旦那さま』だったろ? 俺のほうこそ、名前で呼んでくれないお前は、夫婦だといってもきっと心は許していないんだろうなと思っていたよ。だから、嬉しい」


「ふふ。それは違いますよ」


「え…」


「そりゃ、初めは確かに警戒していたから、わざと名前を呼ばなかったけど、途中からは、お慕いする気持ちで『旦那さま』と呼んでいたんですよ」


「シルヴィア…」


「お慕いしています、リオネルさま」


リオネルは、シルヴィアの肩に手を置いた。そのままぐいと引き寄せる。唇が迫ってきた。


(リオネル…)


今度は、素直に受け入れられる。シルヴィアは、目を閉じ…ようとして、ハッとした。そして、唇の代わりに手を突き出した。


「な、何を―」


驚くリオネルの頬をついて後ろを向かせた。


「……二人が見ているわ」


ギーとサンドラが、並んでこちらをじっと見つめていた。


「お、お前ら、いつからいた?」


リオネルは慌てて肩から手を離した。ギーが答える。


「最初から、ずっと。リオネルさまは、ご存じありませんでしたか?」


「知らねえよ。いるならいるって言え」


「いいムードでしたから、邪魔しては悪いと思いまして」


「バ、バカ野郎。変な気を回すな」


「はいはい。申し訳ありません」


「……リオネルさま。ここからは、私が看病いたします」


サンドラがシルヴィアに寄り添った。


「どうぞ、お休みください」


「お、おう。任せた、サンドラ」


「リオネルさま…」


離れようとするリオネルに、思わず手を伸ばした。


「また見舞いにくる」


リオネルは、黒い瞳に力強い光を浮かべながら、ギーを促して部屋を出ていった。


その後ろ姿が見えなくなっても、シルヴィアは、じっと見送り続けた。

【裏ショートストーリー】

サンドラ「のぼせて気を失うまでお湯に入っているなんて、いったい何をしていらっしゃったのですか」

シルヴィア「ええーと…その…つまり、アレよ、語り合いよ、語り合い」

サンドラ「リオネルさまと、ですか。わざわざ浴場で?」

シルヴィア「あくまで成り行きよ」

サンドラ「……まあ、ご夫婦なんですから、浴場で何をしていたって、別に構わないですけど」

シルヴィア「……ちょっと、サンドラ。変な想像しないでよね」

サンドラ「私は何も想像していませんが」

シルヴィア「……意外とあなた、イジワルね」

サンドラ「リオネルさまと待ち合わせしていたのなら、私を誘うこともなかったでしょうに」

シルヴィア「それこそ誤解よっ! 待ち合わせするワケないでしょ! 偶然、旦那さまが入ってきちゃったのよ!」

サンドラ「そういうことにしておきます」

シルヴィア「信じてよー。いくらあたしでも、そんな大胆なこと、しないわよ。そもそも、混浴だと知ってたら、もっと慎重に行動していたわ」

サンドラ「本当に危ないところでした。もし、私もご一緒していたらと思うと、今も鳥肌が立ちます」

シルヴィア「冷たいわね。あなたが一緒なら、こんなことにならなかったのに」

サンドラ「リオネルさまとの仲も深まらなかったでしょうね」

シルヴィア「……!」

サンドラ「先ほどは、今までにないくらい、仲がおよろしかったですし」

シルヴィア「べ、別に、あたしたちは、何も…前から仲はいいし…そう? 仲よさそうだった? や〜ん、幸せ感がにじみ出ちゃった? 恥ずかしいわぁ〜」

サンドラ(デレデレだな…)

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