第59話 急接近!
シルヴィアはマティス城に戻ると、サンドラとクロヴィスを引き連れてリオネルに詳細を報告した。
淡々と事実だけを伝えた。脚色も誇張も一切なし。ファニーたち盗賊団への罰については、予想通り笑って許してくれた。
「―刑罰まで勝手に私が決めてしまって、申し訳ありません」
「構わねえよ。クソの処理とは傑作だ。盗賊にはお似合いだろうよ。―ところで、シルヴィア」
「はい」
「そのう…なんだ。クロヴィスのことは気に入ったか?」
「はい! とても頼りになる方ですわ。即戦力です。今すぐにでも軍に入れたいわ」
話を聞いているうちに、だんだんとリオネルの表情が険しくなっていく。
「統率力があるし、判断力も申し分ない。すぐに一隊を任せられます…旦那さま? なんで怒ってらっしゃるの?」
「怒ってねえよ。―おい、クロヴィス! シルヴィアに気に入られて、良かったな。さぞかし気分がいいだろうよ」
「へ…? それは、いったいどういう意味で?」
「あ…クロヴィス、気にしなくていい」
ギーが慌てたように手を振った。
「リオネルさまは、拗ねているだけだから」
「はあ…?」
わけがわからず、目を白黒させた。
「何を拗ねてらっしゃるの?」
シルヴィアは、形のいい眉を寄せた。
「……シルヴィアさまに置いていかれたからですよ」
黙ってそっぽを向いたリオネルの代わりに、ギーが答える。
「そんな理由で!?」
呆れるというか、可愛いというか…。
(まるでルイのような子どもと同じね)
「……とにかくだ、クロヴィスに頼みがある」
リオネルは、仏頂面のまま言った。
「若い連中を集めてくれないか」
「……今度は何をなさるんで」
「常備軍を増やそうと思ってるんだ」
「常備軍、ですか」
「農閑期にとらわれず自由に動かせる軍がほしい」
「う〜ん。徴集じゃなく、常備軍となると、家業を放ったらかすことになるし、どれくらい成り手がいますかね」
「次男坊とか三男坊とか、いるだろう」
「そりゃ、いるにはいますけど…」
(―バスティアンのような、かしら)
偽装宴会のときにサンドラに話しかけていた白銀の髪の青年を思い浮かべた。何の気もなしにサンドラを見た。無表情のままで控えているだけだった。
「……いかほどお入り用で」
「多けりゃ多いほどいい。できれば5百」
「ご、5百!? そりゃ、また…」
クロヴィスは、難しい顔をした。
「これは、まだ公にできないんだが、春先に出師がある」
「ルメールですかい」
「そうだ。しかも、親征となる」
「陛下御自ら、とは、本気でルメールをぶっ潰すおつもりで」
「だからこそ、軍を充実させたい。なにしろ相手は、ルメールに突如現れた彗星だからな」
「へえ…彗星ですか」
「とてもじゃないが、一筋縄じゃいかん奴さ」
「もしかして、ジルベール殿下の第二軍を壊滅させたとかいう―」
「そう、そいつのことだ」
リオネルは、大きくうなずいた。
「―とにかく、ダメ元で声をかけてみてくれ。今回は、それが目的で来たんだ。しばらく滞在するつもりだから、時間がかかってもいい。頼んだぞ、クロヴィス」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はあーっ、疲れたあ」
自室に入るとソファに身を投げ出した。
「……マノン、お水持ってきて―あ、そうか」
マノンたちは、今回の旅には同伴していない。苦笑いを浮かべながら、自分でポットから水を平皿に注いだ。
「―温泉に入ってこようかな」
目まぐるしい一日だった。3回もファニーと鬼ごっこをしてしまった。身体は疲れていたが、心は充実している。
「―失礼します。よろしいでしょうか、シルヴィアさま」
「いいわよ」
一礼してサンドラが入ってきた。いつも礼儀正しい女性である。
「何か不自由なことはございませんか」
「ありがとう、大丈夫よ。―前にも似たようなことがあったわね」
「マノンがいないときには、できるだけ私が侍女の役割を果たすつもりなので」
「サンドラも疲れているでしょうに。ほんとに優しいのね」
「とんでもございません。シルヴィアさまこそ、お疲れでしょう」
「そうね…正直、疲れたわ。温泉にでも入ってこようと思っていたところなの」
「それは、良いと思います」
「サンドラも一緒にどう?」
「えっ…!?」
一瞬、顔を強張らせるが、冗談だと思ったのだろう、すぐに表情を和らげた。貴人が他人と風呂を共にするなど、聞いたことがない。
「シルヴィアさまのご冗談好きを承知している私ならよいのですが、あまりほかの方に同じことは仰らないほうがよろしいですよ」
「冗談…? あたしは本気だけど」
「はいはい。わかりました。気が向いたら後を追いかけます。どうぞ、お先にお楽しみください」
「……わかったわ。でも、絶対、後で来てよね」
シルヴィアは、小さく手を振るサンドラを残して温泉へと向かった。
温泉は、城内の一郭に設けられていた。温泉の源泉と思われる火山は、実はマティスからは遠い。マティスは、北側の台地が途切れる場所に位置しており、遥々地下を通って運ばれてきた温水が台地の崖から湧き出しているのだ。
その温泉を城館まで引っ張ってきて、他の地域には見られない大浴場を設けたのである。
「……わあっ、広っい〜」
浴場を覗いてみると、想像以上に広い。浴槽は、巨大な岩をくり抜いて造られている。内側は、磨き抜かれて凹凸をなくしてあるので、安心して背中を預けられる。
「誰もいないのね」
胡桃色の髪をまとめ上げ、服を全部脱ぐと、ご機嫌で浴場へ入った。
「―気持ちいい〜っ」
湯に浸かり、思い切り身体を伸ばした。湯は乳白色である。硫黄の臭いが少し強いが、さして気にならない。どう調整しているのか知らないが、湯加減がちょうどいい。
至福の時間だった。時がゆったりと流れていく。広い浴槽を独占していると、まるで皇帝にでもなったような気分になる。
こんな浴場、どこを探してもないだろう。マティス郡の特権である。例え中央からは重視されない地方の弱小郡であろうと、この温泉があるだけでシルヴィアは領主であるリオネルに感謝した。
得も言われぬ感動に浸っていると、入り口のドアが開けられる音がした。
「あら!? サンドラが来てくれたのね」
共に入ることに何やら難色を示していたが、気が変わったらしい。
「こっちよ―」
「おっ!? 早かったな、ギー」
サンドラを呼ぼうとして、男の声が返ってきた瞬間、血の気が引いた。
「俺のほうが早いと思ったのに。先を越されたか」
(リ、リオネル!?)
それは、リオネルだった。シルヴィアに気が付かないらしく、どんどん近づいてくる。
(ウソウソウソっ! な、なんで? どうしてリオネルが入ってくるの!? ここは女湯じゃないの!?)
(まさか、あたしが間違えて男湯に入っちゃった!?)
大きな声を出して自分の存在を伝えるとか近づかないよう制止するとか、やりようはいくらでもあったのに、既に頭の中はパニック状態である。
「―お! いい湯加減だな。思ったより熱くない」
結局気づかないまま、リオネルはジャボンと湯に入ってきてしまった。とっさに肩までお湯に浸かって顔を背けた。乳白色で見えないはずだが、無意識に胸を腕で隠す。
「……ああ〜っ! 気持ちいいーっ。マティスはど田舎だけど、この温泉だけはどの国の都よりも天国だよなっ」
(どうしよ、どうしよっ。お湯から出られない! リオネルのバカっ! あたしのバカっ!)
もう、わけがわからない。
「シルヴィアも入ればいいのに。声をかけりゃ良かったか」
(あたしは、もう入ってるよ! 早く気づけ、バカっ)
「なあ〜んてな。一緒に入ろうなんて言ったら、殺されるな、あははは」
(あはは、じゃない! ヘンタイっ、スケベっ)
「……なあ、ギー。実際、どう思う?」
(知らないよ! あたしに話しかけるなっ、鈍感男!)
「俺、本当に皇帝になれるかな?」
(……!)
「皇帝になって、世の中を変える。そんな夢を抱かせてくれたのは、お前だったなあ」
(……)
ドキッとした。リオネルは、隣にいるのがギーだと信じて疑わず、話し続けた。
【裏ショートストーリー】
リオネル「クロヴィスの野郎、うまいことシルヴィアに取り入りやがって」
ギー「シルヴィアさまはきっと気に入ると最初に仰ったのは、リオネルさまですよ」
リオネル「うるせえ、それとこれとは別なんだよ」
ギー「(どうにも大人に成長し切ってないな、この人は)……お疲れでしょう。温泉に入ってこられたらいかがですか」
リオネル「……そうだな。久しぶりに入ってくるか。夕べは飲み明かして入りそびれたし」
ギー「ごゆっくり行ってらっしゃいませ」
リオネル「お前も来るんだよ」
ギー「はい? 私が、ですか?」
リオネル「そうだよ。ここには何回も来てるが、お前とは一緒に入ったことがない。たまには付き合え」
ギー「いや、しかし、尊い皇族の方が他人とご入浴なさるなんて、聞いたことがありません」
リオネル「そんな他人行儀なこと言うなよ。俺はお前のこと、家族だと思っているんだぞ」
ギー「もったいないお言葉です。私など、取るに足りぬ芥のようなものなのに」
リオネル「……卑下し過ぎだ。お前の悪いところだぞ」
ギー「お側近くに置いていただいているだけで、過分な処遇です」
リオネル「そんなことないって、何度も言ってるのに。……こりゃ、じっくり話し合う必要があるな。やっぱり、お前も一緒に来い。温泉に入りながら、語ろうぜ」
ギー「はあ…」
リオネル「なんか、青春っぽくて、いいな。部屋からタオル持って来る」
ギー(あんなにウキウキなさって…性のない方だ。……まあ、そこが魅力なのだが)




