第58話 罪と罰
ファニーは、三度、縛られてシルヴィアの前に引き据えられた。ただし、今はすっかり大人しくなってしまい、じっと地面を見つめている。
「ファニー。今、何を考えているの?」
「……己の不甲斐なさ。あんたの凄さ。あんたとの違い。そんなところかな」
「結局、あなたは、一度もあたしに勝てなかったわね」
「その通りだ。認める。あたいの完敗だよ。あんたのほうが何倍も強い」
「―サンドラ」
「はっ」
サンドラは、またファニーの縛めを解いた。ファニーは顔を上げて、呆然とシルヴィアを見つめた。
「なんで…? どうして何度もあたいを助ける?」
「フレイの顔も三度、というでしょ。三度は命を助ける。でも、四度目はないわよ。次に縛り上げたら、そのときは吊るし首にする」
ファニーは、しばらくうつむいていたが、やがて真っ直ぐシルヴィアを見つめた。とても落ち着いた表情で、そして美しかった。
「……一つ聞きたい。あんたらは、酒をかっ喰らって酔い痴れていたはずだ。それなのに、あたいらを迎え撃つ足取りはしっかりしていた。とても酔っ払っているとは思えなかった。これは、どういうわけだ?」
「あたしたちは、酔ってなどいなかったのよ」
「はあ!? ンなわけねえだろ。あたいたちの酒樽まで引っ張り出していたじゃねえか」
「あれは、カムフラージュよ。あたしたちが実際に飲んでいたのは、水だもの」
「なんだと…」
瞠目した後、うつむいて肩を震わせ始めた。
「どうしたの…ファニー?」
「―くっくっくっ…あーはっはっ! こりゃ、いい! 傑作だ」
お腹を抱えて爆笑している。
「……そうか、なるほど。まんまと一杯喰わされたわけか。わざとあたいを挑発して怒らせ、襲わせるように仕向けた。その上、念の入ったことに、酔ったフリまでして隙を見せつけた。意趣返しに不意打ちをつけると誤解させるために。―まったく、とんだ猫耳王女さまだ」
ファニーは、様子を改めた。
「あんたの智謀には恐れ入った。あたいなんかが敵うわけがねえ。この通り、もう逃げたりしねえよ。吊るし首にでも何でも、好きにしてくれ」
「ファニー…」
本当に観念したのだろう。髪と同じ色をした瞳は澄み切っている。静かに佇むその姿は、まるで王侯貴族かのように誇り高く気品に溢れていた。
「……どうしてあなたは、盗賊などに身をやつしてしまったの? きっと事情があるのよね。もしよかったら、聞かせてくれない?」
「あんたが望むなら。―あたしらは、ほとんどが孤児なんだ」
「孤児…」
「孤児になった事情はさまざまだが、食い詰めたガキってのは同じさ。似た者同士がいつの間にか集まって、皇都リシャールの隅っこで暮らしていたんだが、その日に食うパンすら買えねえ。それでスリをやりだしたのが始まりだ」
「子どもなのに、スリを…」
「言いたいことは、わかるぜ。だけど、そうでもしなきゃ、生きていけなかったんだ。そのうちあたいたちは、窃盗団を作って金持ちを狙い撃ちにした。だって、金をいっぱい持ってるからな。義賊だなんていきがって名乗るようになったのは、後付けだ。でも、貧乏人から奪ったことは一度もねえのは本当だ。それだけは誇りにしてる」
「……」
「で、次第に孤児たちが集まるようになって、大所帯になっちまった。だから、盗賊団に格上げして、本格的に裕福な商人やときには貴族を襲うようになった。大勢を食わすのは大変なんだよ」
「わかるわ〜。人数が増えれば金もかかるしね」
「……コホンっ」
咳払いとともにサンドラが、ギロッとシルヴィアを睨んだ。変なところで共感するな、と言いたいのだろう。だが、あえて気が付かないふりをした。今は明確な意図をもってファニーと相対している。サンドラには意を汲んでほしかった。
サンドラは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに目を逸らした。
「―後付けだろうと義賊を名乗ったからには、ちゃんと盗んだ『アガリ』を貧乏人に配ったりもしたんだぜ。あたいたちは、盗賊になったことを後悔しちゃいねえ。強がりでもなんでもねえぞ。食い詰めた孤児が腹を空かして泣き喚いても、誰一人振り向いてもくれねえこんな世の中は、ぶっ壊れちまえばいいんだ」
「そう…。あなたたちの生い立ちには同情するわ。孤児に対する施策が無策なのは、為政者側の人間として、恥ずべきことでもある。その点に関して、深くお詫びします。ごめんなさい」
「えっ…!?」
驚いたのは、盗賊だけではない。クロヴィスたち即席シルヴィア隊も一様に驚愕した。
「王族が庶民に頭を下げるなんて、初めて見た。ましてや、相手は盗賊だぞ」
クロヴィスが、魂を宙に飛ばしたような顔でいう。
「―ファニーが壊したいと言ったこの世の中、ほんとに壊してみない?」
「なに…!?」
「今の皇帝家は、私利私欲に走る奴ばっかり。市民のことをこれっぽっちも考えてはいないわ。あたしの旦那さまであるリオネル皇子は、その皇帝家をひっくり返すつもりなの」
「なんだって…」
「旦那さまが皇帝になれば、必ず市民のための政をしてくださるわ。あたしは、その手助けをしたいの。―ファニー。あなたにも手伝ってほしい」
「あたいは…ただの孤児で、盗賊だぞ。何ができるってんだ」
「できるわ。なんだってできる。三度捕まえたけど、あなたのお仲間は誰一人、あなたを見捨てて離れた人はいなかった。あたしはちゃんと見ていたわ。信頼され慕われている証拠よ。あなたなら、必ず力になれる」
「あたいが…皇子の手助けを…」
あまりにも突拍子のない、夢物語のような話に、ファニーは戸惑って絶句した。
「すぐに返事をしてくれなくてもいいわ。じっくり考えてちょうだい。30日の間にね」
「30日…?」
「どんなに同情を酌むべき事情があったとしても、盗賊行為を赦すわけにはいかないわ。罪は罪。贖わなくてはいけない」
「……」
「だから、あなた方盗賊団には、30日間の無償ボランティアを命じます」
「……!」
「マティス城内のすべての汚物処理及び清掃をなさい」
「げっ…! 汚物処理だと!? つまりそれは、ウ○コの後片付け、ってことじゃねえか」
「ストレートに言うと、そういうことだけど…」
シルヴィアは、苦笑いした。
下水道のないこの時代、汚物はある程度溜めてから、専門の業者が回収して決まった場所に捨てるのだ。労働者は奴隷であったり日雇いであったりするが、いずれにしろ社会の底辺の人々が担っている。
「寝泊まりは、郡兵の兵舎を使ってね。一応言っておくけど、枷は嵌めないから」
「……いいのか? ウ○コの捨て場は城外だぞ。脱走自由じゃねえか」
「あなたを信じてるから。さっき、逃げないと約束したでしょ」
「約束したわけじゃねえ。気が変わって逃げ出すかもしれねえぞ」
「そのときは、そのときよ。自分の不明を恥じるだけだわ」
こうして、ファニー以下盗賊団は即席シルヴィア隊に連行されていった。
「―シルヴィアさまっ、本気ですか!?」
ファニーの姿が見えなくなるのを待つのももどかしく、サンドラが血相を変えて喰ってかかる。
「奴らは盗賊団ですよ。死刑にしないどころか、仲間にしようというのですかっ!?」
「まあまあ、落ち着いてよ、サンドラ」
「これが落ち着いていられますか! 盗賊を仲間にしたとあっては、リオネル軍の評判が落ちます。この先の活動に支障が出たらどうするのですか」
「そうかしら。むしろ、盗賊すら赦すのかと従軍志願者が増えるのじゃないかしら」
「そうですね、無法者が殺到するでしょうね。シルヴィアさまに願い出れば罪を赦されると思って」
皮肉たっぷりに言う。
「罪を赦してはいないわ。ちゃんと罰を与えたじゃない」
「とんでもなく軽い罰ですね」
「そんなこと言って〜。汚物処理よ、サンドラは一日と保たないんじゃない?」
「奴らも一日と保たず逃げ出すでしょう。何せ枷もないのですから、脱走仕放題です」
「あたしは、本当にファニーを信じてるの。心までは闇に堕ちてはいない、と」
「私はいいのです。最終的にはシルヴィアさまに従いますから。でも、リオネルさまやアニェスさまは、どう思われるか」
「それこそ、笑って赦してくれると思うわ。そういう方々よ」
「―俺もそう思うね」
クロヴィスが楽しそうに言う。
「少なくとも、リオネルさまは、きっと面白がるよ」
「クロヴィスは反対しないのね」
「もちろんでさあ。変わった王女さまとは噂に聞いてたが、まさかここまでとはね。とんでもない大バカか、女神の生まれ変わりか、どちらかだね」
「……」
「……いや、失礼」
サンドラに睨まれて、慌てて謝った。
「俺はシルヴィアさまの判断に賛成します」
「ありがとう、クロヴィス。―とにかく、様子をみようよ、サンドラ」
「シルヴィアさまが、そう仰るなら」
「あたし、今とってもワクワクしてるの」
金色の瞳がキラキラと輝いた。
「旦那さまが皇帝になったら、とファニーに話したけど、なんだか具体的に想像しちゃって。きっと、今より暮らしやすい、誰もが笑顔で暮らせる素敵な世界になるんじゃないかな。そんな世の中を、みんなで作ろうよ。あたしたちなら、きっとできるよ」
【裏ショートストーリー】
ファニー「いったい、何なんだ、あの猫耳王女は…」
盗賊A「すげえ変わってますね。ほんとに俺たちを無罪放免しやがった」
盗賊B「無罪じゃねえよ、ウ○コの後片付けしなきゃなんねえんだぞ。考えようによっちゃ、最悪の刑罰だ。一思いに殺してくれたほうが良かった」
盗賊A「おい! これくらいで泣くなよ、みっともねえ。命あっての物種っていうだろ。嫌だったら、トンズラしちまえばいいんだ」
ファニー「あたいは、逃げねえぞ。あのおかしな猫耳王女に、もう一度真意を聞くまでは」
盗賊B「お頭…」
盗賊A「お頭が逃げねえなら、俺もついていきやすぜ」
ファニー「お前たちは、ムリしなくていい。あたいの酔狂に付き合う義理はねえだろ」
盗賊A「水臭いこと言わねえでくれ。ゴミ溜めみたいな暮らしから引き上げてくれたのは、お頭だ。一生の恩人だと思ってる」
盗賊B「俺もだ。最後の最後までお頭に付き合うって、決めてんだ。お頭がクソにまみれるってんなら、覚悟を決めるぜ」
盗賊A「これがほんとのクソ喰らえ、ってヤツだな」
ファニー「……」
盗賊B「てめえ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ。殺すぞ!」
ファニー「おっ! いつもの調子が出てきたじゃねえか。考えてもみろよ、あたいたちは、もともと社会の端っこのゴミ溜めで生きてきたんだ。あのころの暮らしに比べりゃ、たった30日のウ○コなんて、屁でもねえぜ」
盗賊A「屁じゃなくて糞だけどな」
ファニー「……」
盗賊B「……やっぱり殺す!」




