第56話 孝行娘と女盗賊
夜は大宴会となった。
農村らしく、野菜中心の食事だった。畜産も盛んということで肉料理もふんだんに提供された。プロスペールの妻エレオノール自ら腕を振るったという料理の数々は、とても美味しく、シルヴィアたちを充分満足させた。
男たちは、食事中から酒が進み、食後もそのまま酒盛りに突入した。シルヴィアは酒を飲まなかったが、酒盛りには付き合ったので、結局楽しみにしていた温泉に入り損ねた。
しかし、1、2カ月は滞在するつもりなので、いくらでも楽しむ機会はあるだろう。そして、一番の懸念である寝室問題については、事前に要望していたこともあり、リオネルとは無事別室となった。
快適な夜を過ごし(リオネルといると快適ではない、という意味ではないことを、付け加えておく)、心のこもった朝食をいただくと、旅行気分もここまで。いよいよ、本来の目的である仕事に取りかからねばならない。
「―若者たちのリーダーというのは、どのような方ですの?」
「クロヴィス・ルソーといって、豪快なやつさ。シルヴィアも気に入ると思うぜ」
シルヴィアたちは、4人連れ立って町に繰り出していた。それは、のんびり視察でもしているような風情で、町行く人々から盛んに声をかけられる。皇都リシャールとまるで同じ光景である。どこへ行ってもリオネル人気は健在だ。
加えて猫耳王女を連れているとなれば、尚の事、嫌が上にも一行の行く先々大勢の人だかりとなった。
リオネルやシルヴィアは、嫌な顔一つせず、人々に笑顔を振りまいて歩く。それも義務感などではなく、心から交流を楽しんでいることがわかる。二人とも人々との触れ合いが大好きなのだ。
リオネルは、大通りを外れ脇の街道へと入っていく。慣れた足取りなので、よく通っているのだろう。
「もうすぐ着くぜ。クロヴィスは、服の仕立て屋なんだ。腕がよくて、城館にも使用人の制服とかを納めて―」
「―お兄ちゃんっ! どこへ行くの!?」
突然、少女の怒鳴り声が通りに響いてきた。見ると、一軒のお店から若い男が飛び出してきた。
「ちょっと組合の会合さ」
「ウソおっしゃい! また遊び歩くつもりでしょ!」
若者に続いて少女が通りに出てきた。ルイと同じ年ごろだろうか、腰に手を当て男を睥睨している。
「人聞きの悪いこというなよ。これも付き合いだって」
「昨日だってそう言って出かけたきりで、帰ってきたのは夜中だったわ。仕事をサボる言い訳にしてるだけじゃないの!」
「仕事は帰ってからちゃんとやるって。じゃあな! あとはよろしく〜」
「あっ…! 待って―」
少女の制止を振り切って、若者は走り去った。
「―もうっ、お兄ちゃんったら!」
「―ベッキー。クロヴィスは、また遊び仲間のところへ行ったのか」
「えっ!? ―あっ、リオネルさま!」
声をかけられて、一瞬少女は身をすくめたが、声の主がリオネルとわかるとパァっと顔を輝かせた。
「ご機嫌麗しく」
市井の少女とは思えないほど、完璧な膝折礼をしてみせた。
「クロヴィスに頼み事があったんだがな。これじゃ、いつ帰ってくるかわからんか」
「申し訳ありません。兄は糸の切れた凧みたいなもので、当てにはなりませんから」
「まったくだ。―紹介しよう。俺の妻だ」
シルヴィアは少女に微笑みかけた。
「はじめまして。シルヴィア・カトゥスといいます」
「レベッカ・ルソーと申します。今流行りの猫耳王女さまですね!」
「はは…」
思わず、シルヴィアは苦笑いを浮かべた。
「仕方ない。今日のところは帰るとするか。―アリアンヌの具合はどうだ?」
「はい。相変わらずという感じです。多少、食事が取れるようになりましたけど」
レベッカの表情が曇る。
「……そうか。養生するように伝えてくれ」
「えっ。お寄りにならないんですか」
「アリアンヌに気を遣わせちゃ、悪いからな」
「そう…ですか。リオネルさまがお出でになったことは、兄に伝えておきます。―いつになるかわからないけど」
こうして、レベッカとは笑顔で別れた。
「―アリアンヌは、もともと城館で使用人をしていたんだ」
問いたげなシルヴィアの視線を受けて、リオネルは話し出した。
「町の顔役だったクロードと結婚して、使用人を辞めたんだよ。クロヴィスとレベッカはその子どもたちだ」
「そうだったのですね。道理でレベッカさん、礼儀が完璧なのね」
「アリアンヌのしつけが行き届いているんだろ」
「アリアンヌさまは、体調を崩していらっしゃるの?」
「2〜3年くらい前から風邪をこじらせてな。肺の病気らしい。クロードも5年前に戦死して、女手一つで子どもたちを育てているから、ムリをしたんだろう。治りが悪くて悪化したんだ。以来、家のことはすべてベッキーが担っている。幼いのに健気な孝行娘なんだよ」
「そう…」
「クロードは、徴集兵の取りまとめをしていてな。亡くなってからは、クロヴィスが家業の仕立て屋と徴集兵の取りまとめを継いだんだ。まあ、取りまとめのほうは、継いだというより公式になったと言ったほうが正しいけどな」
「それは、どういう意味ですの?」
「奴は、ガキのころから町の若い連中を引き連れてヤンチャをしていたのさ」
「へえ」
「ガキ大将が大きくなったようなもんだ。あれで結構人情に篤いし、面倒見が良い。歳の離れた妹想いでもあるし、俺は好きだね、ああいう男は」
「妹想いにしては、レベッカさんを困らせていたようにお見受けしましたけど」
「あれは、甘えているだけだ。奴はベッキーには頭が上がらないんだぜ」
「だとしても、昼間から仕事を放り出して遊びに行くなんて、不真面目―あら?」
大通りへ出ると、何やら騒然としている。慌てて走り出す人たちもいて、ただ事ではなさそうだ。
「おい! 何があった?」
立ち話をしていた市民にリオネルが問いかけた。
「リオネルさま! 大変です。盗賊団が市内に現れて商店が襲われているそうです」
「盗賊団だと!? 城門の番兵は何をしていたんだ」
「商人に化けて潜り込んできたようです。今、郡兵が捕縛に向かっているそうです」
「俺たちも行くぞ!」
リオネルは走り出した。シルヴィアたちも後を追う。現場に着くと、盗賊団と郡兵が対峙しているところだった。
「―あれは!?」
盗賊団の先頭に立つ人物を一目見て、シルヴィアは驚いた。長い橙色の髪を束ねた女だったのだ。
「ん…? シルヴィア、どうした?」
「あの頭目、見覚えがあります」
「あれは確か、ペレーズ山に向かう途中の町で遭遇した盗賊団の頭目では?」
ギーが記憶の良いところをみせた。
「そうです、ギーさま。しかも、私が輿入れするときに街道で襲ってきた盗賊団なんです」
シルヴィアたちが話している間に、戦闘が始まっていた。盗賊団は意外と腕が立ち、郡兵が押し込まれていく。
「私たちも手を貸しましょう!」
「あっ!? シルヴィアさま…!」
サンドラが何かを言うより早く、シルヴィアは飛び出していた。
「―仕方ない!」
サンドラは、槍をしごき、戦闘のただ中へ踊り込んだ。
シルヴィアの剣とサンドラの槍が翻るたびに、盗賊団の死骸が増えていく。
「猫耳っ! またお前か!」
橙色の長髪の女が、立ち塞がった。
「何度もあたいの邪魔をしやがって、もう許さんぞっ」
「それは、あたしのセリフだっ。これ以上無法は許さん!」
女の長剣が煌めいた。ガシッと受け止める。すぐさま跳ね上げ、返す剣で胴を薙ぎ払う。女はそれを俊敏性な動きで避けて距離を取った。
逃さじと地を蹴って長剣を振り下ろす。今度は女が受け止めると、脚でシルヴィアの腹を蹴り飛ばした。
「うっ…!」
一瞬、息が詰まる。女は、嵩にかかって長剣を打ち付けてきた。
「どうした、どうした! それで終わりかっ」
「……!」
シルヴィアは、得意技の跳躍で女の頭上を飛び越え、背後を取った。
「なっ…!?」
目の前からシルヴィアが消えて、たたらを踏んだ女が振り向いた瞬間、胴に長剣が食い込んだ。横に吹き飛ばされて大の字に伸びる。ピクリとも動かない。
「……お頭がヤラれた!」
盗賊団は目に見えて戦闘意欲を失い、次々と捕縛されていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……気がついた?」
目を開けると、目の前に猫耳族の女が立っていた。後ろ手に縛られ、地面に据えられている。
「―なんで、殺さない?」
猫耳族の女は、とっさにみね打ちに切り替えたらしい。横腹がズキズキと痛むが、ほかに目立って傷はないようだ。
「なんでかしらね。―あなたが女だからかな」
「ちっ。つまらねえことを。女だろうと盗賊は吊るし首と決まってる。こっちは、はなっから覚悟の上だ。負けたからには、さっさと殺れ!」
「そんなに死に急ぐことも、ないでしょう。少しあたしとお話ししようよ」
「ふざけんな! てめえのような貴族は、みんな敵だ! 敵と話すことなんか、何もねえ!」
「どうして貴族は敵なの?」
「貴族は、貧乏人からすべてを搾り取る。やり口はまさに盗賊と一緒だ。だから、あたいたちの敵だ」
「盗賊のくせに、庶民の代表みたいな口ぶりね」
「あたいたちは、庶民からは何も奪わねえ。狙うのは貴族や金持ちだけだ」
「へえ。義賊を騙ろうというの。相手が貴族だろうと盗賊は盗賊。正当化しても罪は消えないわ」
「だから、捕まったからには、潔く刑を受けるっつってんだろ」
「ふ〜ん。面白いわね、あなた」
「……」
「名前を聞かせて」
「……ファニーだ。てめえら貴族の犬どももよぉく覚えとけっ。あたいの名前は、ファニー・ドレフュス。女義賊、ファニー・ドレフュスだ!」
ファニーは、辺りを見回し高らかに名乗った。後悔は、ない。恥じることも何もない。自分のやってきたことは、正しいことだからだ。
猫耳族の女は、無言で長剣を手に近づいてきた。この場で手討ちにするつもりか。
(それも、あたいらしくて、いいか)
そう、観念した瞬間。縛めの縄が切られていた。何が何だかわからなかった。これでは、逃げられるではないか。
「……どういうつもりだ?」
「放してあげる。これがどういう意味か、よく考えることね」
「後悔するぞ」
「そうは思わないわ」
「ふんっ…」
ファニーは、立ち上がった。脱兎のごとく走り出す。その背中に猫耳族の女の声が追いかけてきた。
「あたしの名前は、シルヴィア! リオネル皇子の妻、シルヴィア・カトゥスよ!」
【裏ショートストーリー】
レベッカ「リオネルさまがお出でになったのよ、お母さま」
アリアンヌ「まあ、なぜお通ししなかったの」
レベッカ「お母さまに気を遣わせたくないんですって」
アリアンヌ「……相変わらずお優しい」
レベッカ「それに、お母さまに栄養のあるものをって、こんなにたくさんお金を置いていかれたわ」
アリアンヌ「私がこんなふうだから、リオネルさまにはご迷惑をおかけし通しね」
レベッカ「そう思うなら、早く体を治してよ」
アリアンヌ「そうだね。ほんとにそうだ。……ベッキー。バカ息子は、どこへ行った?」
レベッカ「また遊び仲間のところへ行っちゃった」
アリアンヌ「まったく…。悪いところは、あの人に似てしまったわね」
レベッカ「お父さまも、よく出歩いたのでしょ?」
アリアンヌ「顔役だかなんだか知らないけど、要するにおだてられて世話人をやらされていただけよ」
レベッカ「それでも、お父さまを悪く言う人は、いないよ」
アリアンヌ「面倒見だけは良かったから…ゴホっ!?」
レベッカ「お母さま!? 大丈夫!?」
アリアンヌ「大丈夫よ、心配しないで…ゴホっ、ゴホっゴホっ…!」
レベッカ「血が…! しっかりして、お母さまっ」
アリアンヌ「ご、ごめんね、ベッキー…ゴホっゴホっ!」
レベッカ「お医者さまを呼んでくる!」
アリアンヌ「……ゴホっ、ゴホっ! ベッキー、許してね、こんな母親で…」




