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第53話 不手際と苛虐

「マティス郡にお出でになるのですかぁ?」


「ええ、そうよ、マノン。旦那さまのご領地なのですってね」


シルヴィアたちリオネル軍の大隊長たちは、常備軍増員に向けて動き出していた。その中でシルヴィアは、リオネルと共に領地であるマティスに出向き、兵を募ることになったのである。


「1、2カ月は滞在することになるから、荷造りを手伝ってくれる?」


「承知しましたぁ。ご出発はいつですかぁ?」


「1週間後よ」


「マティス、って、どんなところなんですか? 私も行ってみたいです」


コレットが瑠璃色の瞳を輝かせて尋ねた。


「私もよく知らないの。マノンは、訪れたことがあるのでしょ?」


「はい。リオネルさま、アニェスさまのお供で何度か。風光明媚で自然豊かなところですよぉ」


「……田舎ということですね」


「失礼な言い方しないでよぉ、コレット」


「も、申し訳ありません」


「……ぶっちゃけ、コレットの言う通り、なんにもない()田舎なんだけどね」


「ふふふっ!」


二人は、楽しそうに笑い合った。


「―知らないうちにあなたたち、ずいぶん仲良しになったのね」


二人を見比べて、シルヴィアも相好が崩れた。


「コレットとは共通点が多くて、妹みたいなんですぅ」


「マノンさまは、お優しいしお話も楽しくて、直ぐに好きになりました」


「……仲良しなのは良いことだわ。―あら? これは何かしら」


シルヴィアは、ドレッサーの上に置かれた一通の書類に気がついた。


「……!? お茶会の招待状? 差出人は…マヤール伯爵姫君のリゼットさま。知らないわね」


「えっ…。リゼット姫…」


「あら、マノン。ご存じの方?」


「え、ええ。まあ…」


「先日、お使いの侍女さまがお見えになって置いていかれたのです。ちょうどご報告しようと思っていたところでした」


コレットが言う。


「えっ、そうなの?」


シルヴィアより先に、マノンが驚く。


「ダメじゃない、そんな大事なお手紙、なんで私に報告しないの」


「ご、ごめんなさい、マノンさま。ちょうどお二人ともいらっしゃらないときで、揃ってからご報告すればいいと思っていたものですから」


「いいわ、コレット、気にしないで。マノンも叱らないであげて。まだ入ったばかりで慣れてないのよ」


「はい、シルヴィアさま。―今後は気をつけてよ、コレット」


「申し訳ありません」


「……お茶会は、3日後か。ずいぶん急な日程ね。旅の支度で忙しいから、今回は見送るわ。マノン、丁重に断っておいて」


「はい、承知しましたぁ」


「えっ!? お断りなさるのですか?」


今度はコレットが驚きの声を上げた。


「……何を驚いているの、コレット」


「あ、あの…その…」


「なあに? はっきり言って」


シルヴィアの眉間が寄った。


「あの…実は、出席のご返事をしてしまいました」


「にゃっ!? 返事をしてしまったの?」


「だ、だって、マナー教室でお茶会は貴婦人の大事な社交場だと習ったので、当然出席なさるものと…」


「―シルヴィアさま、申し訳ありません!」


マノンが、ガバっと頭を下げた。


「私の指導不足です。責任はすべて私にあります」


「マノン、謝らないで。返事をしてしまったものは仕方ないわ」


「仕方なくは、ありません。―コレット。私たちは侍女なのよ。あくまで取り次ぎが仕事であって、勝手に自己判断をしてはダメよ」


「も、申し訳ありませんっ」


「わかりきった事案でも、必ずご主人であるシルヴィアさまにお伺いを立てるものなの」


「ど、どうしよう。大変なことをしてしまった…」


コレットは、目に涙をいっばい溜めて両手をよじり合わせた。


「……もうその辺でいいじゃない、マノン」


シルヴィアはコレットを抱きしめた。


「大丈夫。大したことじゃないわ。心配しなくていい」


「本当に申し訳ありません、シルヴィアさま。―私、これから先さまのところへ行ってお断りしてきます」


「そんなことしなくていいから。考えてみたら、ここへ来てからご婦人方とお付き合いしたことなかった。ちょうどいい機会だわ。ご挨拶がてら出席するわね」


「シルヴィアさま…」


とうとう涙が溢れ出してしまった。


「大丈夫、大丈夫だから」


シルヴィアは、泣きじゃくるコレットを、優しく抱き続けた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「少し緊張するわね」


「笑顔が肝心ですよぉ、シルヴィアさま」


「そうね、マノン。―笑顔、笑顔」


お誘いを受けたお茶会当日である。顔も知らないリゼットなる姫君の主催らしいが、どのようなメンバーが招待されているのかも知らない。


派手な装いは避けて、地味な紺色系のドレスを選んでいた。アクセサリーも協力省き、真珠のネックレスのみにした。とにかく波を立てないよう細心の注意を払うしかない。


会場は、皇宮の中庭の東屋とある。シルヴィアは、マノンとコレットを従えて()()へと赴いた。


東屋には既に三人集まり、話に花を咲かせていた。


「―ご機嫌よう」


できるだけ笑顔を心掛けて三人に挨拶した。


「あら、これはこれは、妃殿下。ようこそおいでくださいました」


白銀の髪を両肩に垂らした派手な装いの女性が、孔雀の羽根の扇子をくるりと回して空いた席を指し示した。


「どうぞ、そちらへお座りくださいな」


「失礼いたします」


(……なんか、横柄なやつだな)


一瞬で嫌いになった。しかし、そんな感情はおくびにも出さず、頭を下げて着席した。


「今や宮廷で知らぬ者とていない高名な妃殿下にご参加いただいて、光栄ですわ。―私は、マヤール伯の娘、リゼットと申します」


(この人が、お茶会の主催者…)


「クーザン伯の娘、ロジーヌと申します」


リゼットの隣の姫君が含み笑いをしながら自己紹介した。


「私は、ユゴー伯の娘、セシルと申します。シルヴィア妃殿下とお近づきになれて、とても光栄ですわ」


もう一人が撫子色の瞳をキラキラさせながら微笑んだ。


(……この娘が一番素直そうね)


セシルと名乗った姫君にもっとも好感を持った。


「今日はお招きいただきありがとうございます」


「妃殿下こそ、お忙しいのにわざわざお出でくださるなんて、心苦しいわ」


(お前が呼んだのだろが)


「なんでも、『とんま隊』とかいうちっぽけな軍を率いる隊長さまも務めていらっしゃるのでしょう?」


「嫌だわ、リゼット。『とんま』ではなく『てんま』よ。『天馬隊』と仰るのよ」


ロジーヌがわざとらしく高笑いする。


「あら、失礼。どうにも軍隊のような荒くれが性に合わなくて、覚えられないの。栄光あるブランシャールの姫君ともあろうお方が、軍人だなんて到底信じられなくて」


「妃殿下は、ブランシャールの姫君ではありませんことよ。野蛮で有名な猫耳族の姫君でいらっしゃいますわ」


「あら、そうでしたわね。ほほほっ」


(……これって、もしかして、あたしをイビる集まり…?)


一瞬で気分が暗くなった。同時にむくむくと反発心が頭をもたげる。しかし、ここは我慢、我慢と自分に言い聞かせる。


「―私は、わくわくしますわ」


セシルは、身を乗り出した。若紫色の髪がふわりと揺れた。


「女性が男性を指揮して戦場を駆けるなんて、とても美しいと思います。私は憧れるわ。到底真似できないもの」


「ありがとうございます、セシルさま」


にっこり微笑み返した。少なくとも一人は敵対的ではない。ホッとする心地がした。


「シルヴィア妃殿下。ぜひ、先日のガイヤール城攻略戦のお話、お聞かせくださいな」


「―趣味が悪いわよ、セシル」


そのとき。一人の少女が現れた。


「ミレーユさま」


三人は一斉に立ち上がり、頭を垂れた。


(ミレーユ…!)


リオネルの幼馴染で元婚約者のミレーユ・キュリー。最も会いたくない人物だ。それでも彼女は豪華な金髪をなびかせ、東屋のテーブルに近づいてくる。


仕方なく、シルヴィアも立ち上がって礼をする。


「淑女は、荒事に興味を持つべきではないわ。どこかの野良猫ではあるまいし」


「……」


「私が最後なのね。皆さん、お座りになって。お茶会を始めましょう。―あら? ネコがお茶会に紛れ込んでいるわよ、リゼット」


挑戦的な瞳がシルヴィアを刺す。


「申し訳ありません、ミレーユさま。招待するつもりはなかったのですが、妃殿下がどうしても参加なさりたいと強引に入ってきたものですから、扱いに困っているところでした」


「―!」


後ろに控えるマノンが血相を変えるのが、雰囲気でわかった。振り返り、目で制した。マノンは唇を噛んで自制した。コレットはうつむいたまま、わなわなと肩を震わせている。泣いているのだろう。


「最近のネコは人間のフリをしてのこのこ入ってくるから困りものだわ。ネコはネコでも泥棒ネコだけど」


シルヴィアは悟った。このお茶会の真の主催者はミレーユだ。


「ミレーユさまは今だにリオネル殿下一筋でいらっしゃるのね」


「当然じゃないの。本来なら、今ごろリオネルさまの隣にいたのは私なのよ。それを、後から泥棒ネコが割り込んできて、わが物顔で妻だと言いふらすなんて、厚顔無恥といったらないわ」


「人のものを盗るなんて、酷い話ですわね」


リゼットが追従する。


「ネコは、さっさと自分のねぐらに帰ったらいいのだわ」


「……」


「やはりネコなのね、人の言葉を話せないらしいわ。さっきから黙ってばかり。言葉が話せないなら、ここにいても仕方がないでしょ。ネコはネコらしく、尻尾を巻いてどこかへ行きなさいよ」


「……」


「それに、とてもケモノ臭いわ。嫌だ嫌だ、神聖な皇宮にケモノがいるなんて、許せない」


ミレーユは、立ち上がってテーブルの水差しを手に取ると、シルヴィアの頭からドボドボとかけた。綺麗にセットした胡桃色の髪がぐしゃぐしゃになる。それでもシルヴィアは、何も言わず、じっと耐えていた。


「ほほほーっ! これで少しはケモノ臭が消えたのじゃないかしら!」


「いい加減に―」


我慢の限界を超えたマノンが怒鳴りつけようとした、刹那。


「ミレーユ! 何をしているの!?」


庭園の小路で、アニェスが仁王立ちしていた。

【裏ショートストーリー】

リゼット「アニェス殿下は、すっかりご快復なさったのね」

ロジーヌ「私なんて、鳥肌が立っちゃった」

セシル「ミレーユさまは、なんでシルヴィア妃殿下にきつくあたるのかしら。妃殿下がお可哀想だわ」

リゼット「あなた、知らないの? 元々リオネル殿下とご婚約なさっていたのは、ミレーユさまなのよ」

セシル「それは承知しているわ。でも、妃殿下とのご結婚は皇帝陛下のご命令と伺ったわ。陛下のご命令なら、仕方ないじゃない」

ロジーヌ「セシルは心が広いわね。私だったら納得できないわ、政治的な理由で好いた殿方と引き離されるなんて」

リゼット「ましてや、ご結婚相手が猫耳族ではねえ。獣人に婚約者を盗られたら、それはお怒りになるでしょう」

セシル「だからと言って、シルヴィア妃殿下に罪はないわ。八つ当たりじゃないの」

ロジーヌ「あなたは、どちらの味方なの? ずいぶん、ネコに同情的ではない?」

セシル「妃殿下は、とても健気で尊敬に値する方だと思うわ。今日だって、妃殿下が参加なさると聞いたから出席したのよ。こんな弱い者いじめをすると知っていたら、参加しなかった」

リゼット「……セシル。酷い言い方しないでくれる? 私たちは、あるべき姿に戻そうとしているだけだわ。ネコがさっさと国に帰ればめでたく収まるのよ」

セシル「どうやら、私とは考えが違うようね。申し訳ないけど、失礼させていただくわ」

ロジーヌ「セシル、待ちなさい! ……行ってしまった。何よ、あの態度。見損なったわ」

リゼット「あの大人しいセシルが、あれほど怒るのは見たことがないわ。これは、私も考え直したほうがいいかしら」

ロジーヌ「えっ!? リゼットまで何を言い出すの」

リゼット「あなたも見たでしょ、アニェス殿下の快復ぶりを。あの方が復活となれば、ミレーユさまなんて目じゃないわ。こうしちゃいられない」

ロジーヌ(……出たわ、風見鶏のリゼット…)

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