第52話 ニューフェイスと大隊長
「きゃあぁーっ、帰ってきたのねーっ」
シルヴィアは部屋に突入すると、真っ先に丸型クッションに飛び込んで丸くなった。そこへシャウラが体をこすりつけに来た。
「シャウラ〜。お利口さんにしてた?」
シャウラの体に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
「……わあ〜っ。やっぱり、お家が一番安らぐ〜。ぐるぐる」
「……シルヴィア、それじゃまるで本当のネコみたいだよ」
フランベルジュは呆れてみせながら、自身もベッドの上で丸くなる。まるで馬のように…。
「お帰りなさいませ、シルヴィアさまぁ」
マノンがお人形のような愛らしい笑みを浮かべた。
「マノン〜! お久〜っ」
飛び起きて抱きついた。
「早いね、待っててくれたんだ。紅烏団のほうは、もういいの?」
「はい。完全撤退が決まってすぐリシャールに戻ってきましたからぁ」
ミュレールに残ったラファエルは、結局ロワイエへ撤退する羽目になった。マクシムは、ジルベールと全く同じ手を使って城門を開けさせたからだ。つまり、内部の裏切りである。無論、ラファエルと違って裏切り者を処刑などしなかったが。
マクシムは、ミュレールを奪還した勢いのまま、ロワイエへ迫った。どこからどう集めたのか、ルメール軍は4万に膨れ上がっていた。
ジルベール軍の大半を失ったとはいえ、兵力ではブランシャール軍がまだ上回っていたが、ラファエルはルメールからの完全撤退を決断した。彗星の如く突然現れたルメールの総司令官に恐れをなしたからである。
実はブランシャールにとっては、名前も知らぬ初見の人物ではなかったのだが、ラファエルは、結婚披露パーティーに派遣されたルメールの外務大臣とリンクできなかったようだ。
こうして、ルメール侵攻作戦は完全に失敗に終わった。ジルベールは、皇帝グレゴワールから敗戦の責めを負わされて、領地での謹慎を命じられた。
「当面、戦争は起こらないでしょうから、しばらくは侍女としてシルヴィアさまにお仕えできますよぉ」
「わーい。嬉しいわ。よろしくね、マノン」
「早速で申し訳ありませんが、面会の申し出が来ておりますぅ」
「ええ〜!? どこの誰よ、その無粋な人は。せっかく久しぶりにくつろいでいるのに」
「コレットですよ」
「にゃにゃっ!? コレット? なんで早く言わないの。会いたいわ、すぐ呼んで」
「はいはい、お姫さま」
妹をあやすようにマノンは言った。藍色の瞳が笑っている。
「―妃殿下」
コレットは部屋へ入ってくると、片方の脚を後ろに引いてスカートを少しつまみ上げながら膝を折った。
「ご無沙汰しております」
「コレット! 元気そうね。もう右腕はいいの?」
「はい。おかげさまで完治いたしました」
コレットは瑠璃色の瞳を輝かせた。物腰がとても落ち着いている。以前は、元気一杯の少女というイメージだったが、この2、3カ月で大人の女性に急成長したようだ。
「……なんだか、雰囲気が変わったわね」
「実は、アニェス皇女殿下のお計らいで、侍女としてのマナー訓練を受けていたのです」
「まあ…! そうだったのね。道理で膝折礼も完璧だったわ」
「ありがとうございます」
コレットは、にっこり微笑んだ。
シルヴィアの侍女になりたいと志願した少女のために、アニェスは世話を焼いてくれていたようだ。改めて義妹の細かい心尽くしに密かに感謝した。
(後で、アニェスさまにお礼をしなくては)
「―妃殿下。改めてお願い申し上げます。どうか侍女としてお仕えすることをお許しください」
胸に両手を当て目をきつく瞑る仕草が愛らしい。
「いいわ。侍女として採用するわ」
「えっ…」
パッと顔を輝かせ…るかと思いきや、コレットは戸惑う様子を見せた。
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「あ…いいえ、とても嬉しいです。でも…ほんとにいいんですか?」
「いいも何も、あなたが望んだんじゃないの」
「それはそうなんですけど…。だって私、庶民の上に孤児だし…。侍女の勉強をすればするほど、私なんか無理なんじゃないかと思い始めてて…」
「まあ。なんて可愛い!」
シルヴィアは輝くばかりの笑みを浮かべた。コレットは、眩しそうに見つめた。
「ますます気に入ったわ。ぜひ侍女として雇いたいわ」
「で、でも、本来、貴族しかなれないですよね。なのに私なんかじゃ、到底無理なのでは」
「そんなルール、知らないわ。私は気に入った人に侍女になってもらいたいの。貴族とか関係ない」
「妃殿下…」
「でも、シルヴィアさまぁ。爵位がないと侍女仲間の間で何かとコレットがやりにくくなるかもしれませんよぉ」
「それもそうね」
マノンの意見に、深くうなずいた。
「ただでさえ皇宮内は差別感情が強いから、イジメられたら大変。皇妃陛下にお願いして爵位をもらってくる」
「皇妃陛下…?」
「陛下とは仲がいいの。コレットにもおいおい人間関係を覚えてもらわなくちゃね。こういったことは大事だから」
「はいっ! 私、頑張りますっ」
「コレット。私はマノン。よろしくね」
「コレット・ミレーと申します。まだまだ未熟者ですが、どうぞご指導賜りたく存じます」
「何でも聞いてね」
「はいっ。よろしくお願いします、センパイ」
「センパイはヤメてよ。確かあなた、15歳でしょ?」
「もうすぐ16になります」
「だったら、私と同い年じゃなぁい」
「にゃっ…!? マ、マノン…?」
「キャアーッ、タメじゃん! なんか、ホッとしたあ」
コレットはマノンに飛びついた。
(……マノンたら、まだ15で押し通すんかい!)
密かにシルヴィアは、ツッコミを入れた。
「怖い年上のセンパイ、って勝手にイメージしてたから、凄く嬉しいっ」
「全然怖くないよぉ。私も庶民出身なんだ。リオネルさまのご生母エルザさまから子爵の位を頂いたの。あなたと同じよぉ」
「へえ、そうなんだ。あ…でも、ここではセンパイには違いないから、ちゃんとセンパイとして立てます、マノンさま」
「あらぁ。可愛いこと言ってくれちゃって。シルヴィアさまぁっ。とっても良い子ですねぇ」
(―ま、いっか。二人が仲良くやってくれるのであれば)
ニコニコのマノンとコレットを見比べてながら、シルヴィアは密かにため息をつくのであった。
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リオネル軍兵舎の会議室に、隊長が集められた。リオネルから、重大な話があるらしい。
「すまんな、みんな。忙しいとこ集まってもらって」
リオネルは、ぐるりと列席者を見回した。
「以前から考えていたんだけど、常備軍を増やそうと思うんだ」
「常備軍を…。反対はしませんが、金はどうするんです」
もっともな懸念をトリュフォーが示した。
「いろいろ自前の収入を増やす算段はしている。ピパリの分が入り始めているし」
カトゥスから定期的に送ってもらえるようになった香辛料が売れ始めていた。アダンが仲介に入って販路が動き出したのだ。
「ガイヤールの交易もそのうち利が上がってくると思う」
表向き、ギュスターヴはルメール側に戻った。しかし、盟約は生きていて、これもアダンが仲に入って交易の条約を結ぶ手筈になっている。いわば、国を越えた個人間の秘密条約である。
「今は少々無理をするが、それでも兵力を増やしておきたい。再度のルメール侵攻に備えて」
「やはり、ありますか」
「父上が諦めるわけがないさ。しかも、今度は親征なさるおつもりだ」
「―! 皇帝御自ら出陣なさるので」
この招集に先立ってジルベールを除く三兄弟が集められ、皇帝臨席の御前会議が行われたのだ。その席上で皇帝の意向が示されたという。
「ジルベール軍が大打撃を受けたからな。その補完の意味もあるだろうが」
「そうなると、負けられない戦になりますね」
ギーが言う。左眼がギラッと光った。
「厳格な方だからな。ジルベールみたいな下手こいたら、その場での手討ちもあり得る」
「そのためにも、兵力、兵の質共に上げておきたいということですね」
「父上は、来年の春に出師なさるご意向だ」
「春、ですか。小麦の収穫前に終わるのでしょうか」
「わからない。昨年の出陣だって収穫後だったけど、種まきまでに終わるかわからなかったし」
「彗星の出現で早期撤退となりましたから、結果的に間に合いましたけど」
アニェスがうなずいた。
「常備軍の増強は、国民の負担をできるだけ減らす意味でも、一石二鳥となります」
「まあ、ほかの軍は、無理やり徴兵するんだろうけどな」
「民の恨みを買うだけですわ。ただ、私たちにとっては、将来有利になります」
アニェスは、にっこり微笑んだ。女神のような輝かしい笑顔には、何の企みも感じられなかった。しかし、女神の言わんとすることは、皆に伝わった。
「……リオネルさまは、どの程度の増員をお考えなのですか?」
エマが尋ねた。
「少なくとも今の倍にしたい」
「5千、ですか!」
リオネル軍の常備軍は2千5百である。更に2千5百増やすという。しかも、来春までにだ。
「……かなり、厳しいかと思いますが、やるしかないのでしょうね」
「領地でも募集するし、今まで年2回だった新兵募集を常時行う」
「そりゃ、大変だ」
トリュフォーがスキンヘッドを撫でた。
「みんなにも分担してもらうぞ。募集するだけじゃなく調練も必要だからな」
「忙しくなりそうですね」
「それと、この機会に軍の編成を見直すぞ」
「編成、ですか」
「シルヴィアの小隊長を正式に導入する」
「にゃっ? 小隊長を?」
「俺も同じようなことを考えてはいたんだ。軍の規模が大きくなるにつれ、指揮命令系統の整備は必要だ、ってな」
「どのような編成になさるので?」
問いかけたギーに、リオネルは、ニヤッと笑い返した。
まるでイタズラを企むガキ大将のようだ、とシルヴィアは思った。
「まず、お前たちは大隊長という名称にする。次いで中隊長、小隊長の3階制だ。そのつもりで人選を進めてくれ。俺たちは、もっともっと強くなるぜ。強くなって世界一の軍になるんだ」
【裏ショートストーリー】
マノン「シルヴィアさまのことは、妃殿下ではなく、お名前で呼んでね。堅苦しいのはあまりお好きではないの」
コレット「はいっ。承知しました」
マノン「ところで、コレットは孤児院出身だったわね」
コレット「はい」
マノン「知り合ったばかりで聞くのは悪いかなあ?」
コレット「構いませんよ」
マノン「そお? ご両親は、どうしたの?」
コレット「父は家具職人だったんですけど、軍に徴収されて、戦死しました」
マノン「あら!? そうなの〜。私の父もそうよ」
コレット「えっ!? そうなのですか?」
マノン「下級騎士だったんだけど、戦死したの」
コレット「わあ。私たち、共通点が多いですね」
マノン「お母さまはどうしたの? 私の母は、父が亡くなる2年くらい前に病死したの」
コレット「私の母もそうなんです。ますます他人とは思えないわ」
マノン「なんだか、妹ができたみたいで、嬉しいな」
コレット「……同い年ですよね?」
マノン「ほほほっ。職場のセンパイとして妹みたいだなぁ、ということよ」
コレット「ああ…なるほど。でも、良かった。こんなに話しやすい人で。ちょっと心配していたんです。……そういえば、もう一人センパイがいらっしゃいましたよね? お姿が見えないようですけど」
マノン「あら、記憶力がいいのね。もう一人はね、軍に入ったのよ」
コレット「へえ。怖そうな人でしたよね。軍人さんが似合いそう」
マノン「……いい意味に取ったほうがいいのかしら」
コレット「もちろん、いい意味で言ったんです」
マノン「……とにかく、シルヴィアさまのために頑張りましょ」
コレット「はいっ。私、シルヴィアさまのこと、大好きです!」




