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第5話 嫁と姑

「ブランシャールの皇子はロクでもない奴ばっかりだったよ」


謁見から自室に戻ると、シルヴィアは早速フランベルジュに愚痴る。マノンには用事を言いつけて部屋から出していた。


「それは、リオネルのセリフだろ」


「グロリアお姉さまも、きっと初日からいびられたのよ。お可哀想に」


「そのロクでもない兄弟を次々に殺して皇帝位に就いたのがリオネルでしょ。結局、リオネルが一番のワル、ってことじゃないの」


「そうなのよねー。そこがよくわからないところだわ」


あの兄弟の中では、リオネルが最もまともに見える。確かに変わっているが、少なくともほかの兄弟たちのようにシルヴィアを蔑んだりはしない。ネコ呼ばわりしてからかってはくるが。


「―すみません」


そのとき。ドアがノックされた。


「どなた?」


「ガブリエルです」


シルヴィアは、フランベルジュと顔を見合わせた。


「どうぞ、お入りください」


「失礼します、義姉(あね)上」


天使のような笑顔をたたえてガブリエルが入ってくる。


「改めてご挨拶に伺いました。第四皇子のガブリエルと申します」


とたん、フローラルな香りが辺りに広がった。


(……この人、香水をつけてるわ)


「―これはご丁寧に、恐れ入ります。シルヴィアでございます」


「先ほどは兄たちが失礼しました」


「いえ、気にしてはおりません」


ニッコリと微笑んでみせた。


「お強いのですね。ご挨拶がてらお慰みしようと思って伺ったのですが、必要なかったようだ」


「あら、殿下はお優しい。他所(よそ)者の私を心配してくださったのですか」


他所(よそ)者などと。僕たちは家族になったのではないですか。そんな他人行儀はやめてください」


「お心遣い、ありがとうごさいます」


「……僕は本気で義姉(あね)上と仲良くなりたいのです」


「嬉しいわ。ぜひ仲良くしましょう」


「リオネル兄上も少々変わった御方なので、さぞ面食らったことでしょう」


「いえいえ、とんでもない。旦那さまは、それはそれはお優しい方なので、とても安心しました」


「そうですか。―お困りのことがあれば、いつでもご相談くださいね」


ガブリエルは、一歩近づいた。天使の微笑みでシルヴィアを見つめる。香しい香りか強まった。


「僕は、貴方の味方ですから」


「……」


「あまり長居しては、ご迷惑でしょう。早々に退散することにします。おくつろぎのところをお邪魔しました」


優雅にお辞儀をすると、ガブリエルは背を向けた。


「―そうそう」


部屋を出ようとして、思い出したように振り向いた。


「アニェス姉上のところには、ご挨拶に行かれたのですか?」


「―いえ。まだお伺いしていませんが」


「リオネル兄上は、アニェス姉上とは仲がいいので、早いうちにお顔を出しておいたほうがいいですよ。兄上の妻としてはね」


「ご忠告、肝に銘じておきます」


「余計な差し出口をいたしました。それでは」


今度こそ、辞儀をして出ていった。


「―何だったんだろ、今の」


「さあ。何だろうね」


フランベルジュと顔を見合わせていると、ベランダの窓を叩く音がした。


「旦那さま!?」


窓越しにこちらを覗く顔を見て、慌てて窓を開けた。


「よう、シルヴィア」


「また、ベランダを伝ってらしたの? ドアから入ってとあれほど言ったのに」


「固いこと言うなよ」


つかつかと部屋へ入ってくる。まるでさも当然のように高級そうなソファにどかっと座った。


「父上への謁見、どうだった?」


「あら。謁見には付き添ってくださらないのに、心配はしてくださるの?」


「皮肉を言うな。兄上たちの顔を見たくなかっただけだ」


「兄弟仲はよろしくはないのですか」


「なんだよ。俺の家族のことは調べてきたんだろ」


「それは、まあ…」


「だったら、聞くなよ」


「永遠に顔を合わせないわけにはいきませんよ。仲良くとまでは言いませんが、せめて挨拶だけでも交わせる仲に―」


「―うるせえ。それ以上、口出しするな、ネコ」


「……」


ドキッとした。一瞬、リオネルの黒い瞳に暗い炎が浮かんだ気がした。


「すまんすまん、言い方がきつかったか」


強張ったシルヴィアを見て、いつもの朗らかな様子を見せる。


「兄上たちに酷い扱いを受けてきただろうから、慰めにきたのに、これじゃ俺も奴らと変わらんな。またアニェスに叱られる」


「アニェスさま…」


『早いうちにお顔を出しておいたほうがいいですよ』


ガブリエルの言葉が脳裏に浮かんだ。


「……旦那さまにお願いがあります」


「旦那さま、だと?」


リオネルが目を丸くした。


「……おかしいですか?」


シルヴィアは小首を傾げた。


「陛下へのご挨拶も済みましたし、嫁として認めてもいただきました。夫婦になったのですもの、私の旦那さまでしょ?」


「……好きにしろ。呼び名などどうでもいい」


リオネルは、なぜか顔を赤くしてそっぽを向いた。


(変な人…)


気を取り直して、続ける。


「アニェスさまにご挨拶したいのです。お引き合わせくださいませんか」


「……そのうちな」


「なぜです? すぐにでもお会いしたいわ」


「知ってるだろ? 妹は身体が弱い。伏せってることが多いんだ」


「承知しております。ですから、体調の良いときに旦那さまにお引き合わせをお願いしたいのです」


「……考えておく」


「それは私に会わせたく―」


「―失礼いたします」


いい募ろうとした刹那、ドアがノックされた。


「ギーです」


「……どうぞ、お入りください」


ギーは入るなりリオネルの姿を認めて、大きなため息をついた。


「やはりこちらでしたか、リオネルさま。アニェスさまのお部屋にいらっしゃらないので、お探ししましたよ」


「俺になんか用か」


「用も何も、皇妃陛下からのお呼び出しです」


義母(はは)上から? 珍しいな」


「シルヴィア妃殿下をお連れするように、とのことでございます」


「私を……?」


謁見の際には、一言も口を開かなかったアレクシアの気品溢れる姿を思い浮かべた。ラファエルたち同様、心無い言葉を投げつけられるのだろうか。しかし、その程度で怯むわけにはいかない。どのみち、ここは敵だらけなのだから。


「……わかりました。すぐお伺いいたします」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「皇妃陛下。お召しにより参りました」


シルヴィアは、ひざまずき頭を垂れた。リオネルは着替えもせず農民のような格好のまま、隣でひざまずく。いつものことで慣れているのか、アレクシアは咎めることもなく話し始めた。


「シルヴィア。疲れているだろうが、そちとは早めに話しておいた方が良いだろうと思い、足労を願った」


「滅相もございません。私も皇妃陛下とはお話しをしたいと思っておりました」


「早速だが、シルヴィア。経緯はどうであれ、ベルトラン皇帝家の嫁となったからには、覚悟はできておろうな」


(覚悟…。どういう意味だろう)


人質という立ち場をわきまえろ、ということだろうか。それとも、先のラファエルたちのような悪口に耐えろ、ということか。


(ええいっ、あれこれ考えてもしょうがない)


わからないものはわからない、と正直に言おう。


「申し訳ありません、陛下。覚悟とは、どういう意味でしょうか」


「わからぬか。皇子にふさわしい妻たる覚悟のことじゃ」


「皇子にふさわしい…」


「ブランシャール帝国は、大国ぞ。その皇子の妻となったからには、完璧な淑女であらねばならぬ。当然、そちも料理などのスキルは修めておろうが、それだけでは済まぬ」


(げっ。ヤバい!)


蒼白になった。花嫁修行などしたことのないシルヴィアである。まだ夫にも告白していないのに、いきなり姑から嫁の能力を問われることになるとは想定外であった。


「あ、あの…」


「これから、国内外の貴賓との付き合いの場が増える。立ち居振る舞いは無論のこと、教養も問われよう。そちは、その覚悟ができて―」


「あのっ、皇妃陛下、お待ちください!」


「……どうした。顔色が優れぬが。よもや、覚悟できぬと申すのではなかろうな」


「あの…何と申しましょうか、覚悟以前の問題でして…」


「なんじゃ、はっきり申せ。曖昧な物言いは好かぬ」


「それでは、申し上げます。私、これまで料理を始め花嫁修行を一切したことがございません」


「な…に…?」


心底驚いたようで、アレクシアは大きな目を更に大きく瞠った。


「料理をしたことがない…?」


「はい…。料理どころか、裁縫も何も。妻らしいことは何一つできません」


「呆れたやつ…。さては、王女としてかしずかれ、侍女や使用人に任せきりだったな」


「自分の部屋くらい掃除しておりましたよ。服だって自分で選んで着ておりましたし」


「たわけが! そのようなこと、当たり前ではないか!」


「ひい〜。申し訳ございません〜っ」


シルヴィアは、身を縮めた。それを見て、アレクシアは大きく嘆息した。


「―まったく、カトゥスでは王女への教育を何と心得ているのか。そちは、これまでいったい何をしていたのだ」


「……剣の稽古をしておりました」


「なんと…!」


「私は軍人です。祖国防衛の任にあたっておりました」


「―あっはっはっ」


突然、リオネルが笑い出した。


「傑作だ! お前、面白いなっ。最高だよ」


「そんなに笑わないでください、旦那さま。恥ずかしい」


穴があったら入りたい、とはこのことである。これならむしろ、何もできない妻と罵倒されたほうがマシだ。


「……いや、笑って悪かった。そうか、だから軍服だったのか。俺はてっきり、政略結婚で乗り込む敵国に、事あらば一戦交える覚悟を示していたのかと思っていたよ」


「私にとって、軍服が正装ですから。フランベルジュに乗って輿入れしたかったし」


「―シルヴィア」


アレクシアの厳しい視線が飛んできた。


「は、はいっ…」


「そちに命ずる。一週間後、私に食事を用意せよ」


「にゃっ!?」


「もし満足のいくものが作れなんだら、嫁として認めぬ。カトゥスへ即刻送り返すゆえ、そう心得よ」


「にゃにゃーっ!?」


……最初の試練が訪れた。

【裏ショートストーリー】

ギー「……リオネルさまはいらっしゃらないようですね」

アニェス「そうね。一度、猫耳族のお方の部屋へ参られて、すぐ戻ってきたのだけど、またいなくなってしまったわ」

ギー「どちらへいらっしゃったか、ご存知ありませんか。皇妃陛下がお呼びなのですが」

アニェス「さあ…。お兄さまは、大空を舞う鷹のようなお方だから。誰にも縛り付けることなどできはしない」

ギー「まったくもって、仰る通りで。翼持たぬ身としては、振り回されるのみにございます」

アニェス「あら。鷹匠の貴方が躾けないでどうするの」

ギー「とんでもない! アニェスさまこそ、鷹匠でございましょう。なにしろ、鷹が唯一言う事を聞くのがあなたさまなのですから」

アニェス「そうかしら。私からすれば、ギーこそ鷹の暴走をいつも止めてくれる心強い仲間だわ」

ギー「……」

アニェス「ギー。これからもどうか、お兄さまのこと、お願いね。私は、いつまでお側にいられるかわからないから」

ギー「……私は既にリオネルさま、アニェスさまのお二人にこの身を捧げております」

アニェス「ありがとう。貴方には感謝の言葉もないわ」

ギー「アニェスさま…」

アニェス「命ある限り、私がお兄さまを守ってみせる。でも、その後は…」

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