表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/117

第4話 憂愁の横顔と皇家の肖像

「きゃあああああぁぁぁぁぁーっ!」


シルヴィアの魂消る悲鳴が響いた。もしかしたら、皇宮中に轟いたかもしれない。


「……うるせえよ。なんちゅう声出してんだ」


リオネルは、両耳の穴に指を突っ込んでしかめっ面をした。


「だ、だって、殿下がそんなところにいるのですもの。びっくりして当然でしょう?」


ゼーゼー言いながら、シルヴィアは胸を押さえた。


「悲鳴は『きゃあ』なんだな。いつもにゃあにゃあ言ってるくせに」


「失礼な、人をバカにして」


「バカにしたんじゃねえ。気を悪くしたんだったら、謝るよ。すまなかった」


素直に頭を下げるリオネルを、ジロジロ見つめた。皇宮内だというのに、相変わらず農民のような格好をしている。


「―いつからそこにいらしたのです?」


さり気なく聞く。未だ心臓がバクバクしている。


(まさか、さっきの会話、聞かれた?)


「今来たばっかりだよ。ネコどのは、人の気配に敏感なんだな」


「またネコだなんて仰って…って、なんでベランダなのです? というか、どこからどうやってお出でになったのですか」


「ベランダを伝ってきた」


リオネルは、遥か先の部屋のベランダを指差した。


「にゃあっ!? あんな遠くから…」


開いた口が塞がらないとは、このことである。


「……呆れた人。中を通ってドアから入ってきたほうが、よっぽど楽でしょうに」


「なんで。中をぐるぐる回るより、ベランダのほうが一直線で早いだろう」


「……」


(変わった人だとは、グロリアお姉さまの手紙で知ってたけど、ここまでとは)


「それより、こっちに来て外を見てみろ。いい景色だぞ」


リオネルの手招きに応じて、ベランダに出た。


眼下に街並みが広がっていた。皇宮が高台にある上に、更にこの部屋は5階にある。リシャールの威容が一望に見渡せた。


大通りを通っているときには気がつかなかったが、街は綺麗にマス目状に整備されており、商業地区、工業地区、住宅地区ときちんと区画整理されている。


何と言っても活気が溢れているのは商業地区だ。行き交う人々の姿がよく見える。対象的にしんと静まり返っているのは、貴族の大きな館が立ち並ぶ地区だ。建物ばかりが立派で人の息吹のようなものが感じられない。そして工業地区には、独特の熱気のようなものが立ち込めていた。


なんと豊かで生き生きとした街だろう。カトゥスのような素朴で人情味溢れた町も大好きだが、大都会も得も言われれぬ魅力に満ち満ちている。


「―わあ。素敵」


我ながらつまらない感想だと思った。もっと言葉を飾って褒め称えたいのだが、結局、ありふれた言葉しか出てこない。しかし、


「だろう? 俺は、ここからの眺めが一番好きなんだ」


リオネルは気にしてはいないようだ。じっと街並みを見つめている。その横顔に思わずハッとさせられた。


よくよく見れば、とても整った顔立ちをしている。ボサボサの黒髪はいただけないが充分イケメンと言っていい。しかし今は、強烈な光を放つ瞳が悲しみに彩られている。好きなはずの景色を眺めながら、なぜこの人はこんなにも辛そうなのだろう。


ふとリオネルはシルヴィアを見た。シルヴィアも見つめ返す。つかの間、お互い無言で見つめ合った。先に視線をそらしたのはリオネルの方だった。


「……部屋は気に入ったか?」


「はい。とても素敵なお部屋です。フランベルジュと二人じゃ、広過ぎるくらい」


「ユニコーンを部屋で飼うのか」


「フランベルジュはペットじゃありません。私のほうが一緒にいさせてもらってるんです」


「聖獣は気難しいと聞いたことがある」


「フランベルジュに認められないと、触れることもできませんよ」


「シルヴィアは、相当気に入られているわけだ」


「……はい。今では親友ですわ」


(名前で呼んでくれた…)


無性に嬉しい。ようやくリオネルに認めてもらえた気がする。と、思ったら、


「ネコとウマは相性がいいんだな」


「殿下っ、私はネコじゃありませんっ」


「すまんすまん。どうしてだか、シルヴィアを見るとからかいたくなるんだよな」


「……」


「アニェスにも叱られたよ。そのうちシルヴィアに嫌われてしまうってな」


「……!」


情報量が多過ぎて頭がすぐに追いつかない。姉グロリアの手紙では、アニェスとはリオネルの妹である。病弱でこの3ヶ月後に亡くなってしまう。


(それに、あたしに嫌われてしまう…?)


政略結婚なのに、嫌われることを気にしているというのは、どういう意味なのだろう?


姉の身代わりに嫁入りすることを決断したときから、愛のある生活は諦めていた。ましてや、今はのほほんとした顔をしているが4年後には悪魔に変貌してカトゥスを滅ぼす男だ。愛などとは無縁のはずである。


「実は、お前を迎えに行ったのも、ここに顔を出したのも、アニェスに言われたからなんだよ。知らない国に独りで来て心細い思いをしているだろうからって」


「妹さまは、お優しいのですね」


「ん? アニェスが妹だと話したか?」


「にゃ…それは…その…事前に調べてまいりましたから」


「ほう、俺の家族をか?」


「それはそうですよ。旦那さまになる方のご家族ですもの。どういった方々がいらっしゃるのか、知りたくなるのは当然でしょう?」


「アニェス以外、ロクな奴はいない」


「……そうなのですか」


慎重に答える。少しでも不審に思われないように。


「―失礼いたします」


そこへ、マノンが戻ってきた。嫁入り道具の荷物を抱えた使用人たちと一緒に。


「―じゃあ、俺は退散するよ」


リオネルは、ベランダの手摺りに手をかけた。


「にゃっ!? で、殿下、まさか―」


慌てて手を伸ばすが、既にリオネルの長身はひらりと宙を舞っていた。


「殿下っ!」


リオネルは、器用にベランダからベランダへと次々飛び移っていく。


「今度はドアから入ってきてくださいねーっ!」


シルヴィアの呼び掛けを聞いているのかいないのか、後ろ姿がどんどん遠ざかる。そして、あるベランダに降り立つと、部屋の中へと消えていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お初にお目にかかります、陛下。カトゥス王国国王ティーノの第七王女、シルヴィアと申します」


シルヴィアは、膝折礼をした。相手は無論、ブランシャール帝国第12代皇帝、グレゴワールである。無駄にだだっ広い謁見室の中央の玉座に鎮座し、左には、皇妃アレクシアが臨席する。左右には、皇子や重臣たちが居並ぶ。


「……ティーノ国王の親書によれば、嫁すはずのグロリア姫が急な病にて起き上がれぬほどの重病とか」


先に奉じたティーノの手紙をヒラヒラさせながら、グレゴワールが鋭い視線を向けてくる。剛毅な人柄らしい重々しい声音だった。


「はい。医師の診立てでは、原因不明で治療方法もわからぬとか。婚儀の延期も検討いたしましたが、両国の友好を滞らせるわけには参りませぬゆえ、妹たる私が代わりに嫁して参りました」


「それは殊勝なことだ。グロリア姫には養生するよう伝えよ」


「は。姉の身を案じてくださり、恐悦至極に存じます」


「シルヴィア姫においては、我が国にお越しいただいた折、軍服姿であったと聞き及んでいる」


スラリとした長身の男が口を開いた。名乗りもしないが、第二皇子のジルベールに違いない。目つきがヘビのように無表情で冷たい。


「未開の蛮族である猫耳族では、軍服がウェディングドレスかと肝を冷やしていたが、さすがに最低限の礼儀はわきまえていたようだな」


シルヴィアのドレス姿を舐めるように見回す。


(ちっ。ヘビ野郎が)


負けじと睨み返す。


「かねてより治安に優れた大国とお聞きしていましたが、野盗団が我が物顔で闊歩している様子、身をもって体験して参りました。道中、軍服で参って正解だったようです」


「何だと…!?」


ジルベールの顔色が変わった。


「猫耳族の姫は、勇ましいことよの」


大柄な男が何か言いかけたジルベールを抑えた。これが第一皇子のラファエルだろう。全身、筋肉の塊のような見るからに戦士という男だ。


「質実剛健の我が国には、びったりの嫁ではないか。一度手合わせしたいものだ」


(こちとら、脳筋男なんか興味ないよ)


心の中で舌を出す。しかし、面にはおくびにも出さず、


「ラファエル殿下の武勇はカトゥスにも鳴り響いております。何条もって私など敵いましょうや」


「猫耳族の戦士としての能力、俺は高く評価している。もっとも、軍の運用は下手過ぎて話にならんがな」


「……恐れ入ります」


「政略結婚などと、まどろっこしいことをせずとも、猫耳族なんぞ一揉みに揉み潰してしまえば済む話だ。女が欲しけりゃ、その後、妾にでも奴隷にでもすればいい」


「……!」


「兄上は、いつも直線過ぎる」


ヘビ男が言う。


「ルメールとの決戦が控えている。後方の安定は必須だ。それは納得済みのはずだろう、今更蒸し返すな」


「そんなもの、俺が両国とも即座に滅ぼしてみせるわ」


「焦る必要はない。猫耳族など、所詮どうとでもなる弱小国ではないか」


(……黙って聞いてりゃ、言いたい放題。ふざけんなっ)


「恐れながら―」


目元に険を現しながらシルヴィアが反論しようとした、そのとき。


「―兄上たち、その辺でやめてあげなよ」


小柄な男が口を挟んだ。


義姉(あね)上が怒ってるじゃないの。僕たち、初対面だよ。始めからいびるのは良くないなあ」


天使のような微笑みを浮かべるその姿は、絶世の美少年だった。第四皇子のガブリエルだろう。姉グロリアの手紙にはあまり登場しない。シルヴィアにとっても未知数の多い皇子である。


「僕たちの義理の姉妹になる方だよ。歓迎してあげようよ」


ニコニコと笑みを振り撒くガブリエルに、兄たちは申し合わせたようにピタリと口を閉ざした。


義姉(あね)上は、通常の深窓の姫君とは少々異なるようだ。リオネル兄上にはお似合いの王女さまなんじゃないかな」


「……もうよい」


グレゴワールが重々しく言う。


「シルヴィア姫を我が国の嫁として迎え入れたからには、カトゥスは同盟国である。その旨、皆よくよく心するように」


「ははっ」


居並ぶ者たちが、一斉に頭を下げた。グレゴワールが退出する。謁見は終わったらしい。皇子たちも、三者三様の態度でシルヴィアを見下ろしながら、退出していった。すなわち。


ラファエルは、好戦的にギラギラと瞳を光らせて。ジルベールは、氷のように冷たい視線を崩さずに。ガブリエルは、天使のような微笑みを絶やさずに。

【裏ショートストーリー】

ラファエル「猫耳族の嫁などと、ベルトラン王家の汚点になるわ」

ジルベール「兄上は、まだそんなことにこだわっているのか」

ラファエル「あんなやつら、人のフリをしたただの獣に過ぎん。俺に任せてくれれば、狩り尽くしてやるものを。なぜ父上は同盟などとまどろっこしいことをするのだ」

ジルベール「……武を振るうことしか頭にないのか。脳筋め」

ラファエル「何か言ったか?」

ジルベール「時期を待てと言ったのだ。時期が来たら好きなだけ猫を狩ればいい」

ラファエル「待ち遠しいのう。猫どころか、世界中の獣人どもを狩り尽くしてやるわ。わっはっはっ」

ジルベール「……その頃には、私が貴様を蹴落しているがな」

ラファエル「何か言ったか?」

ジルベール「うつけに猫を妻として与えておくのが、時間稼ぎにちょうどいいと言ったのだ」

ラファエル「リオネルか。うつけに猫、お似合いの夫婦だ」

ジルベール「うつけなどより、真に警戒すべきはガブリエルだ」

ラファエル「ガブリエル? あんな臆病者、敵ではないわ」

ジルベール「……真実の見えぬ脳筋は、幸せで良いな」

ラファエル「何か言ったか?」

ジルベール「……兄上は、真に聞こえておらぬのか?」

ラファエル「何の話だ?」

ジルベール「……いや、いい。尋ねた私がバカだった」

ラファエル「お前は、頭が回り過ぎる。もう少しバカだったら、幸せだったろうにな。わっはっはっ」

ジルベール「……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ