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第39話 マッチポンプと辞令交付

時は少し遡る。


「シルヴィア! 違うんだ、話を聞いてくれっ」


堂々たる宣戦布告をしたミレーユが、意気揚々と去っていったあと。無表情のシルヴィアに、リオネルは弁明を始めた。


「……私、行くところがありますので、失礼します」


「頼むから、怒らないで聞いてくれよ」


「別に怒っていませんけど?」


「確かにミレーユとは婚約した。でも、あいつが言った通りお前との結婚話が持ち上がって、既に婚約は解消したんだ。もうあいつと何の関係もないんだよ」


「……でも、愛していらっしゃるんでしょ、ミレーユさまのことを」


「愛してなんかいない。本当だ」


「それではミレーユさまがお可哀想だわ。幼馴染で仲がおよろしかったんですよね?」


「そりゃあ、まあ…いやいや、仲がいいからって、愛してることにはならんだろう」


「別に私は構いませんわ、旦那さまが誰を愛そうと。しょせん、私たちは政略結婚なんだし」


「ほんとにそれでいいのかよ、お前は?」


「……急いでいるので、これで失礼します」


「……やっぱり、怒ってるじゃねえか」


キッとなってリオネルを睨んだ。


「怒ってなんかいないわっ。旦那さまなんて、好き勝手に愛人でも何でも作ればいいじゃない!」


「―シルヴィアさま。何なら今から私、あの女を殺してきましょうか?」


マノンがすぅーと前に出てきた。厳しい顔つきで、藍色の目が細められている。それは、いつか喫茶店で何者かに襲撃されたときと同じ顔だった。


「小さいころからリオネルさまにまとわりついて、目障りだったんです。丁度いい機会です。なに、我々に疑いがかからないよう、事故死に見せかけるなんて簡単ですから」


「ダ、ダメよっ」


慌ててマノンの腕を掴んだ。


「絶対そんなことしないで!」


「シルヴィアさまの御為です。災いの元は、早めに摘んでおくのが鉄則なのです」


「やめて! 暗殺なんて、そんなの絶対よくないよ!」


「―急使! 急使にございますっ!」


押し問答を始めた、そのとき。大広間に兵が駆け込んできた。


「何事だっ?」


ラファエルが大音声で訊ねた。大広間は、しんと静まり返った。


「ルメール軍、突如国境を侵しクレマン砦を急襲!」


「なんだと!?」


「偶然近くで演習中だったジルベールさま率いる第二軍団が駆けつけ、これを撃退。そのまま逃げる敵を追い、ルメール王国の城市ロワイエを占領したとの由!」


「……これは、いかなることか、ルメールの使者どの」


ラファエルは、ギロっとマクシムを睨んだ。


「ラファエル殿下っ。これは何かの間違いです!」


マクシムは、ひざまずき必死に抗弁した。


「何条もって我が国が貴国と事を構えましょうや。何かの行き違いか、何者かによる陰謀に相違ありませぬ」


「ほう。使者どのは、我が国の陰謀と仰るか」


「そうは申しておりません。しかし、今、我が国が貴国に戦争を仕掛ける何の利益もない以上、仕組まれたとしか言いようが―」


「黙られよ、使者どの。弁明は、別室にて聞こう。―連れて行け」


「お待ちくださいっ! どうか申し開きを―申し開きをっ!」


マクシムは、皇宮警備隊に連行されていった。大広間は、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「―静まれっ!」


ズシンとお腹に響く一喝が大広間中に轟いた。皇帝グレゴワールだった。それは、アニェスの一喝に瓜二つだった。


「ちょっとした余興である。さしたる問題はない。今は息子の大事な結婚披露パーティーであるぞ。騒がず宴を続けよ」


興醒めもいいところであるが、皇帝直々のお言葉を無碍にもできず、参列者たちは形ばかりの饗宴を再開した。


「……謀ったな。ジルベールあたりの発案か」


リオネルがつぶやくように言った。それをシルヴィアが耳聡く聞き咎める。


「それって…旦那さま。まさかルメール軍の侵入はジルベールの自作自演?」


「可能性は高い。ルメールが国境侵犯をしてきたときに、偶然近くで演習をしてた? んなわけあるか。そもそもジルベールがこのパーティーに出席していないのは変だと思ってたんだ」


「ラファエル殿下も、フーコーさまの拘束を妙に段取りよく行ってたし。事前に示し合わせていたのかしら」


「だろうな。俺を除け者にしてな」


「……!」


「こんな重要な国策に、皇子たる俺には一言も報告すらない。ま、今に始まったことじゃないが」


「旦那さま…」


「とにかく、これでブランシャールは、ルメールへの侵攻に大義名分を得た」


リオネルの黒い瞳がギラっと光った。


「―戦争が始まるぞ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「パーティーは、散々でしたわ」


結婚披露パーティーの翌日。アニェスの部屋である。ルメールとの開戦が不可避の情勢となったため、今後の方針の相談とパーティーの報告を兼ねてリオネル家の主要メンバーが集っていた。無論、シルヴィアの侍女・サンドラも顔を揃えている。


「お義姉さまは、そう仰るけど、私はその場に是非とも参席していたかったわ」


アニェスは、いかにも残念そうに言った。病み上がりのため体調を考慮してパーティーを欠席していたのだ。


「聞けば、とても盛り沢山のパーティーだったようですわね。特にお二人のダンス、見たかったわ」


「それはそれは、お美しいダンスでしたよぉ」


マノンが藍色の瞳をキラキラさせながら言った。


「一カ月前はシルヴィアさまが踊れなかった、なんてとても信じられないくらいお上手で、たぶん、世界で一番お美しいご夫婦ですわ」


「マノン、それはいくらなんでも言い過ぎ」


「……まあ、ダンスは、またいつか拝見させていただくとして―」


コロコロと笑ったあと、アニェスは、真剣な表情を浮かべた。


「お義姉さまに謝らなければならないことがあります。ミレーユのことです」


「それは、もう…いいのです」


シルヴィアは、可憐なまつ毛を伏せた。


「いえ、よくはありません。お義姉さまに事前にお話ししていなかったのは、私の落ち度ですわ。どうか、お許しください」


「そんな…お顔ををお上げください。そりゃ、気持ちは良くないですけど、皇族と生まれたからには、そういうこともあるでしょうし」


「ミレーユには、私が言って聞かせます。婚約解消のときも、あの子にはこの世の巡り合わせというものを、こんこんと言い聞かせたつもりだったのですけど。納得していなかったのね」


「もしくは、誰かにそそのかされた、か」


リオネルが言うと、皆が注目した。


「だって、おかしいじゃねえか。シルヴィアが輿入れしてきてから、もう5カ月以上経つのによ、なんで今さら騒ぎ立てる? 今まで大人しくしてたろうに」


「確かに変ですねぇ」


マノンが顎に指を当てた。


「リオネルさまの周りをウロチョロして目障りではあったけど、執着心を見せて周囲を困らせるような女の子ではなかったはず。―ウラがありそうだなぁ」


思わせぶりにアニェスを見た。アニェスは小さく頷いた。シルヴィアはピンときた。おそらく紅烏団で調査するつもりなのだろう。ここには、サンドラがいる。マノンが紅烏団の団長であることを彼女は知らない。


「いずれにしろ、この件は私にお任せください。お義姉さまには決してご迷惑をおかけしませんから」


「……アニェスさまにお気を遣わせてしまって、かえって申し訳ないわ」


「何を仰いますか。シルヴィアさまは何も悪くないのです。私の不始末は私が解決します」


「それはアニェスに任せるとしてだ。喫緊の課題は、ルメールだぜ」


リオネルが身を乗り出した。


「ルメールの使者どの、マクシムと言ったか。昨夜のうちに牢を脱獄しやがった」


「本当ですの!?」


シルヴィアは瞠目した。人懐っこい笑顔が思い出される。とても荒事をするような人間には見えなかった。


「奪還しに来た連中がいる。警備隊に多数死傷者が出た。凄腕の連中らしい。生き残った者の証言では、その中に女も数人いたっていうから、うちの女たちみたいなやつは、どこにでもいるんだな。あはははっ」


女性陣の冷たい視線が突き刺さる。


「……旦那さま。それはいったい、どういう意味ですの?」


シルヴィアに凄まれて、リオネルはあっさり白旗を掲げた。


「……すまん。失言だった。取り消して詫びる」


「ンもうっ! 旦那さまったら!」


「と、とにかくだ。力付くでも奪還しなければならないほど、ルメールにとって重要な人物ということだ」 


「今まで聞いたことのない名ですね。マクシム…」


「マクシム・フーコーです!」


勢い込むシルヴィアに、アニェスは少し驚いたような表情を浮かべた。


「……パーティーの際、シルヴィアはマクシムと接触している」


「そうだったのですね。どのような人物でしたか?」


「パーティーへの招待の意図について、正確に把握していました。頭の切れる方かと。それに…」


「それに…?」


「油断のならない方のようにお見受けしました」


「なるほど。要注意人物ということですね」


「ルメール侵攻軍は、おそらく、4軍すべてに出動命令が出る」


リオネルが、皆を見回した。


「総力戦になるだろう」


「旦那さまにお願いがあります!」


シルヴィアが、はっしと両手を組んだ。


「一兵士で構いません。私も軍に参加させていただけないでしょうか」


「そういうと思ったよ」


リオネルはアニェスと目を合わせて微笑んだ。


「実はな、俺のところに嘆願状が届いている」


「……嘆願状?」


「エマとトリュフォーからなんだが、お前を隊長にしろってよ」


「にゃっ!?」


「シルヴィア。お前には遊軍隊を率いてもらおうと思っている」


「私が…隊長…」


「率いるのは、お前の同期生、51人だ」


「にゃにゃーっ!?」

【裏ショートストーリー】

?A「……マクシムさまっ、お助けに参りました!」

マクシム「ごめんね〜、余計な手間をかけちゃって」

?B「礼は後で! 周辺の兵はあらかた倒しましたが、はよせな、すぐ追手が来まっせ!」

マクシム「……それが、足をくじいちゃって、動けないんだ」

?A「えっ!?」

マクシム「ここへ連れて来られる途中、下手に抵抗したから、そのときに…」

?B「……ったく、世話の焼けるお人でんな!」

マクシム「ごめんよ」

?A「体を使うことに関しては、子ども以下の方だから」

?B「……では、ウチが背負ってまいります!」

マクシム「女性の君に負担をかけるのは、気が引けるなあ」

?B「皮肉ですか? マクシムさまより、よっぽどウチのほうが丈夫ですよ。……ほな、失礼します!」

マクシム「まったくもって、面目ない」

?A「お気になさらずに。我が国には、なくてはならぬお方。特にその頭脳は必要不可欠です。足の一本や二本失っても、頭さえ無事なら何の問題もありません」

マクシム「……ヒドいなあ。僕の足だって、重要なんだけどなあ」

?B「文句言わない! さあ、走りますよ、しっかり掴まっとってください!」

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