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第38話 宣戦布告と太陽の女神

シルヴィアたちが中央から退くと、続々とカップルが飛び出してきて踊り始めた。大広間は、盛況を迎えた。


「……旦那さま、ごめんなさい。私、行かなければならないところがあるのです」


「あ…? 中座する、というのか?」


「本当にごめんなさい。主役なのに。でも、急を要するんです」


「理由くらい教えろ」


「詳細は、戻ってから必ずご説明します。今は、エマさまとサンドラに関わるというだけでお赦しください」


「そうか…。わかった。心置きなく行ってこい。ここは、俺が保たせておく」


「ありがとうございますっ」


(リオネルって、優しい…)


嬉しかった。信頼されていると、強く感じる。


「では、行ってきま―」


「―どこへ行くの?」


突然、話しかけられた。驚いて振り向くと。少女が仁王立ちしていた。


「私から逃げようっていうの? だったら、遠慮なくリオネルさまをいただくわ」


「ミレーユ! 変なこと言い出すな!」


突然のことに息を呑んでいると、リオネルがあたふたと間に割り込んできた。


「リオネルさま。ダンス、お見事でした。感動しましたわ」


ミレーユと呼ばれた少女は、蒼い瞳をキラキラと煌めかせながら、リオネルを仰ぎ見た。


「……お前も来ていたのか」


「当然ではありませんか。政略結婚とはいえ、リオネルさまの結婚披露パーティーと聞けば、駆けつけないわけがありませんわ。元婚約者としては」


「にゃっ…!?」


(元…婚約者!? そう言ったよね。聞き間違いじゃないよね?)


あまりのことに全身が硬直した。リオネルはと言えば、動揺しきってシルヴィアとミレーユを交互に見比べている。


「あら? リオネルさま。このネコ娘に私のことを話してくださっていないの?」


ミレーユが、挑戦的な眼差しを向けてきた。豪華な巻き毛の金髪をした美少女だった。


「では、自己紹介いたしますわ、シルヴィアさま。ミレーユ・キュリーと申します。父はキュリー公爵。あなたが乗り込んで来なければ、私がリオネルさまと結婚していたはずでした」


「……いや、違うんだ、シルヴィア。これには事情があって―」


「そう、事情がありました」


オロオロしっぱなしのリオネルを制して、ミレーユが強引に言葉を引き継いだ。蒼い瞳に強い光を宿している。


「ご存知かと思いますが、リオネルさまには宮廷内に後ろ盾がありません。そこで、皇妃陛下のお声掛りで、父キュリー公爵に縁談が持ち込まれ、私とリオネルさまは婚約したのです」


(婚約…。リオネルが、ほかの女性と婚約していた…)


無い話ではない。むしろ、皇族であれば、当然だろう。ましてや、ミレーユの話しぶりからキュリー公爵というのは有力貴族らしいので、リオネルにとっては、願ったり叶ったりの話だったのに違いない。


「―でも、猫耳族との同盟話が持ち上がり、リオネルさまがお相手として選ばれてしまった。おかげで婚約は解消というわけです」


「……それで、私に何が仰りたいのですか?」


できるだけ感情を面に出さないように気をつけた。ミレーユの神経を逆撫でしないように…。


「私とリオネルさまは、幼馴染なのです。もともと、キュリー家と皇妃陛下のご実家のゴティエ家は仲が良くて交流があった。だから、皇妃陛下の庇護にあったリオネルさまと私は、幼いころからよく遊んだ仲なの。昨日今日来たばかりの他所者とは、歴史からして違うのよ」


「……」


「どうせあなたは政略結婚で来ただけの他所者。でも私とリオネルさまの間には愛があるの」


「ま、待て! ミレーユ。愛なんて、俺たちには―」


「無いと仰るの? 幼いころ、結婚の約束をしたよね?」


「あ、あれは、子どもの遊びだろ」


「私は、真剣だったわ。お父さまから婚約の話をいただいたとき、天にも昇るくらい嬉しかった。子どものころの夢が叶うんだと思うと、幸せで胸が張り裂けそうだった。リオネルさまだって、望んでいらしたはずだわ、私との結婚を。違うの?」


「俺は…」


「……いいわ、無理に聞こうとは思わない。何を考えているかは、何となくわかるし。誰かと違ってこれまでの長い付き合いがあるから」


「……」


「何が言いたいのか、とシルヴィアさまはお訊ねになったわね? 答えは、こうよ。―必ずリオネルさまを取り返してみせる。あなたに、宣戦布告します!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


槍が正確無比にエマの心臓を狙って繰り出される。エマはその度確実に剣で受け止めていく。ときに強靭な脚を利用して頭上高く跳び、高所からの攻撃を図るも驚異的な身体能力で横に跳んでかわす。


双方、実力伯仲の中一歩も引かず、千日手の様相を呈してくる。


「さすがだな、サンドラ。腕は鈍っちゃいねえ」


剣を構えたまま、エマは話し始めた。


「……」


「幼いころから、二人でこうして立ち合い稽古をしたもんだ。てめえは負けず嫌いで、一本取られるたびに何度もつっかかってきやがった。てめえが勝つまでやめようとしねえんだから、始末に負えねえ」


「……何が言いたい。思い出話をしたところで、私の心は毛筋程も動かないぞ」


「てめえにとっては、オレは裏切り者だろうよ。だがな、オレにはオレの大義ってやつがある。それを無理に理解しろとは言わねえ。ただ、一度立ち止まって考えてくれ。オレたちにとって、何が最善なのか。目的は何なのか」


「……キサマのご託は聞き飽きた。昔からそうだ。姉貴風を吹かして私を上から目線で押さえつける。私にだって誇りはあるんだ!」


鋭い突きが伸びてきた。剣で弾くと同時に蹴りをサンドラの胴におみまいする。激しく転がるサンドラは、強靭な脚で大地を踏みしめ体勢を立て直す。しかし、既に目の前にエマの剣が迫っていた。


とっさに槍の柄で受け止める。お返しとばかり強烈な足蹴りを繰り出す。だが、エマはバック宙でそれをかわした。


「……てめえ、何でシルヴィアさまの侍女になった?」


「……」


「それは、てめえのいう帝国の犬に成り下がるのと、何が違うんだ」


「全然違う! 私は帝国に雇われたんじゃない! シルヴィアさま個人と契約したんだ…!?」


ハッとした。リオネル家に忠誠を誓ったエマと何が違うのか。同じではないのか。


知らず知らず槍を握る手の力が抜けた。その一瞬の隙をエマは見逃さなかった。大地を蹴って強烈な一撃を放った。


サンドラは慌てて槍の柄で受け止めようとしたが、今度は真っ二つに折られていた。気づいたときには、エマの切っ先が喉元に突きつけられていた。


「―勝負あったな」


「……!」


サンドラは、がっくりとひざまずいた。


「くそっ…くそっ…!」


エマは鉢巻を外した。地面にうずくまって肩を震わせているサンドラをそっと抱きしめた。


「……ごめんね。あなたにばかり辛い思いをさせて」


「うるさい! お前なんか…お前なんか…」


「もっと早くあなたを呼び寄せれば良かった。もっともっと言葉を重ねれば良かった」


「私は…お前が嫌いだ」


「……」


「何をやってもお前はいつも私の上をいく。何一つ敵わなかった。何でもできるお前を誇りに思うと同時に嫉妬もしていた。何でお前みたいにうまくできるようになれないのかと、自分を責めたこともある」


「サンドラ…」


「わかってた。心の底ではお前の選択が正しいと理解してた。でも、認めたくなかった。お前がいつも正しいと認めるのが嫌だったんだ」


「ごめんね…」


「謝るなっ」


顔を上げたサンドラのオッドアイは、涙に濡れていた。


「謝られたら、いっそう惨めになる」


「……私、模擬戦であなたを見かけたとき、嬉しかったの。本当よ。血を分けた妹が会いに来てくれた。理由は何であれ、嬉しかった。この世でたった一人の妹だもの」


「……」


「そうしたら、今度はシルヴィアさまの侍女になったと聞いて、とても喜んでいたのよ。きっとあなたに会う機会がある。そのときすべてを話して赦しを請おう。仲直りして、昔みたいに二人で笑い合おう、と思っていたの」


「赦しを請うだなんて…私のほうこそ、赦してもらえるのだろうか。命を狙ったのに」


「サンドラ。あなたはさっき私に嫉妬していたと言っていたけど、私のほうこそあなたを羨んでいたのよ」


「……!?」


「あなたは、いつも真っ直ぐで純粋で輝いて見えたわ。私はちょっと器用で目立つだけ。打算で動くし計算高くてウラもオモテもある汚い人間なの」


「エマ…」


「だけどあなたにはそれがない。一つのことをとことん突き詰めて努力できるあなたは、私の誇りだわ」


「……エマ…お姉さまぁっ…!」


サンドラは、号泣しながらエマに抱きついた。エマはしっかりと抱きしめた。それは、二度と離すまいとしているかのようだった。


たった一人の妹を、今度こそ離してたまるか!


「―サンドラーっ! エマーっ!」


遠くから、呼ぶ声が聞こえた。見ると、向日葵色のドレスを捲し上げ懸命にこちらへ走ってくる女性の姿があった。なぜか、眩しいばかりに光り輝いて見えた。


まるで、太陽のようだ、とエマは思った。

【裏ショートストーリー】

ミレーユ「結婚してしまったものを、どうしようもないではないですか」

?「そんなことはありませんよ、姫君。しょせん、政略結婚。用済みになれば離婚することもできます」

ミレーユ「アニェスさまは、猫耳王女の活躍でお命が助かったと聞きます。妹想いのリオネルさまは、きっと彼女に感謝していますわ。あの方は、一旦心を許せば、どこまでも信じます。今頃、感謝は愛情に変わっていますわ」

?「さすがは、幼馴染の姫君。私よりよほど理解していらっしゃる」

ミレーユ「なれば、私の入る余地など、ないではないですか」

?「本当に獣人ごときに、愛する人を奪われてよいのですか?」

ミレーユ「……国家の決めたことなら、仕方がありません。アニェスさまにも、そう言われました」

?「獣人との同盟など、ルメールを滅ぼせば用済みなのです。姫君の言う国家の方針で、猫耳族に侵攻する日も近い。姫君に必ず機会が巡ってきますよ」

ミレーユ「でも…アニェスさまが…」

?「彼女を畏れていらっしゃるなら、接触しなければよいではないですか」

ミレーユ「……」

?「仮に呼び出しがあっても、理由をつけて会わないようにするのです。その間に愛する人の気持ちをあなたに向けさせればよい」

ミレーユ「そんなこと…できるのかしら…」

?「できますとも。幼馴染という強い絆があるのですから。思い出させるのです。そうすれば、必ず姫君に気持ちが動きます。微力ながら、私がご助力いたしますよ」

ミレーユ「……リオネルさまのお気持ちを…私に…」

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