表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/117

第35話 夫婦喧嘩と天姿国色

「そんなことを、ガブリエルが…?」


「私には、ウラはないように見えました。おそらく本心かと」


ダンスの練習の小休憩中である。シルヴィアは、先日のガブリエルとの会談の様子をリオネルに報告していた。


「ふ〜ん。意外だな。あいつこそ玉座を狙っていると思っていたが」


「野心はなさそうでしたよ。旦那さまのことを高く買っていらっしゃるんですって」


「話半分だとしても、当面は上二人に注力できるのはありがたいな」


「当面…って、いつかは裏切ると?」


「逆に、なんで永遠に続くと思うんだ」


「ガブリエルさまは、素直ないい子ですわ。行動力がないことをしきりに嘆いておられましたけど、うまく導いてあげれば有力な味方になります」


「……妙にあいつの肩を持つんだな」


「別に肩を持つわけじゃなく、お話しして感じた印象を伝えているだけです」


「あいつに洗脳されたと言えなくもない」


「どうしてそうなるの? 何でも疑えばいいというものじゃないわ」


「これは大事なことだぞ。俺たちの将来がかかってるんだ。慎重な上にも慎重になって判断すべきだろうが」


「そんなこと仰ってたら、味方になる者も敵になってしまうわ」


「その味方になるかどうかの確証がない」


「私の判断を信用できないと仰るの?」


「だから、お前が騙されている可能性だってあると言ってるんだ」


「……私がガブリエルさま贔屓なのが、面白くないだけでしょ」


「おい、ちょっと待て。いい加減なこと言うなよ」


「男のヤキモチは見苦しいわ」


「ふざけんな。いつ俺がヤキモチなんか妬いた?」


「たった今。私の目の前で」


「ムカつく言い方するな、ネコの分際で」


「―!」


「―はいはい、双方、そこまで!」


シルヴィアが睨みつけたところで、エマが仲裁に入った。


「お二人が喧嘩してどうするの。もっと冷静に話し合ってください」


お互い、そっぽを向いた。


「あなたたちは子どもですか!?」


二人とも、ヘソを曲げきっている。


「……ったく。喧嘩するほど仲がいい、とはよく言うけれどねえ」


エマは、ため息をついた。


「とにかく、時間がないので練習を再開します。さあ、組んでください」


二人は、無言のまま組んだ。しかし、目を合わせようともしない。エマは鉢巻を巻いた。


「オラッ、いつまでもガキが拗ねたようなマネすんじゃねえっ! とっとと、はじめろや!」


エマに怒鳴られて、ぎこちない様子ながら踊り始める。が、シルヴィアがリオネルの足を踏んだ。


「―あら、ごめんなさい。うっかり踏んでしまったわ。どうせ私はネコですから、ダンスがうまく踊れないの」


「……」


明らかに怒りを抑えた表情でリオネルは組み直した。踊り出してすぐに手を離す。勢い余ってシルヴィアがつんのめった。


「―おお、すまんな。つい手が滑った。お前の体重が重くて握力がにぶっちまった」


キッとリオネルを睨みつけた。


「誰が体重が重いですって。絶対今のワザとでしょ!」


「お前こそ、ネコと言われたのを根に持ってワザと足を踏んだろ!」


「やめやめやめーっ!」


一触即発の二人に、エマは匙を投げた。


「こんな雰囲気で練習なんか、できるかっ。今日は、もうヤメだ。とっとと帰れ! このクソどもがっ!」


憤然として、エマは稽古場を後にした。


「「……!」」


しばらく二人は睨み合っていたが、同時にプイっと顔を背け、別々に稽古場を出ていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「旦那さまって、ヒドいと思わない〜?」


部屋に戻っても怒りが収まらないシルヴィアは、マノンたちを相手に不満をぶちまけていた。


「一方的に決めつけて、あたしの話を真剣に聞いてくれないのよ」


「それは、リオネルさまのヤキモチじゃないですかぁ?」


「マノンもそう思う? やっぱり?」


「……なぜだろう? 私には二人とも、子どもの振る舞いとしか思えないのですが」


「サンドラ!」


キッと睨みつける。


「あなた、どっちの味方なのよ?」


「無論、シルヴィアさまです」


「味方してくれないじゃない」


「私は初めから、ガブリエル殿下を信用しておりませんから」


「そういや、ああいうタイプは嫌いと言ってたわね。でもそれは、感情論でしょ。好き嫌いの話じゃないと思うけど」


「ですから、私は何も申し上げませんでした。シルヴィアさまが信用なさるなら、それはそれで良いと思いますので」


「味方にはなってほしいけど、無批判にはなってほしくないわ」


「……わがままですね」


「高貴な生まれのお姫さまなの、私。基本、わがままだから何でも思い通りにならないと我慢ならない性格(タチ)なの」


「言ってて罪悪感に蝕まれませんか」


「……ええ、思いっきり。ウソは精神衛生上良くないわね」


「おわかりになっておられるなら、さっさとリオネルさまへ謝罪しにいってきてください」


「どうしてあたしが!? あっちが先に頭を下げるべきだわ」


「どちらが先でも大した違いはないでしょう?」


「おおありよっ。あたしは間違ってない。間違ってないほうが先に謝るなんて、おかしいわ」


「……わかりました。お気の済むようになさってください」


意固地になったシルヴィアにサンドラは、とうとう匙を投げた。


結局、謝る機会を失ったまま一日が過ぎた。翌日の練習でも、お互いムスッとしたまま過ごし、休憩中の会話もないまま一日が終わった。


そして、二人の仲が修復されることはなく瞬く間に日にちが経ち、ついに、結婚披露パーティー当日を迎えることになってしまったのである。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


帝都リシャールは、朝から華やかな雰囲気に包まれていた。いや、1カ月前に結婚披露パーティーの開催を知らされた市民はすぐさまお祝いムードに突入していたので、町はとっくに華やいでいた。


ダンスの特訓で缶詰になっていたシルヴィアは知る由もなかったが、人々は既にお祭り気分に浸っており、商店街では結婚記念〇〇といった特売があちこちで行なわれ、人々は争って買い求めていた。


このパーティーは広く国内外に伝えられたので、ブランシャールの地方はもとより、パストゥール中から観光客が詰めかけた。ここぞとばかりに商人たちは色めき立ち、にわかの特需に空前の活況を呈していた。


また、リシャールの広場では大道芸人たちが集い、思い思いのパフォーマンスを繰り広げた。町の雰囲気に高揚した人々は、気前よくおひねりを投げた。


さらに、旅の劇団がやってきて、特別に練兵場を借りて大きなテントを張り、連日興行を打った。評判が評判を呼び、大変な人気を博していた。無論、演目はシルヴィア一行のペレーズ山奇譚である。


こうして、パーティー当日より前から、既に帝都は『出来上がっていた』のである。


「―まあ…。なんてお美しいぃ〜」


姿見越しに、マノンがうっとりと見つめる。


町の喧騒と打って変わって、シルヴィアの部屋は、感嘆とため息にあふれていた。


「世界一のお美しさでございます、シルヴィアさま」


サンドラも、オッドアイを潤ませて覗き込んできた。


改めて、姿見に映る女を見つめ直した。


そこには、向日葵色のドレスに身を包み、猫耳の頭にダイヤきらめくティアラを載せた、見慣れない美女が映っていた。


「……これが、あたし…?」


姿見の中の美女が、自分自身だとはとうてい信じられなかった。普段から化粧はあまりしないほうだが、女というのは、化粧の仕方一つでここまで変われるのかという驚きしかなかった。


エマやアニェスも絶世の美女だが、エマは妖艶で大人の美しさがあふれる、いわば夜に舞う蝶である。アニェスは、誇り高き神々しさで輝く、まさに地上に降臨した女神だ。


一方、シルヴィアは、弾けるような明るい健康的な美しさで周りを照らし出す。まるでこの世を照らす太陽のようだ。


「―失礼いたします」


ドアをノックしてギーが入ってきた。


「ご準備はいかがでしょう…か―」


シルヴィアを一目見て、一瞬で固まった。


「……ギー。びっくりした?」


マノンにつつかれて、我に返る。


「コホンっ…。失礼しました。シルヴィアさま、そろそろお時間でございます。既に大広間には皆さま方お揃いでございますので、ご準備をお願いいたします」


「ありがとう、ギーさま。私はいつでも大丈夫です」


「では、ご案内いたします」


シルヴィアは、ギーの先導で粛々と廊下を進んだ。後ろにはマノンとサンドラが続く。ギーは、ある部屋の前で立ち止まった。


「入場の許可が出るまで、ここでお待ちください。それほど時間はかからないと思いますが」


「ありがとう」


どうやら控室らしい。何も考えずに中へと足を踏み入れた。


「―!?」


そこには、一人の見知らぬ貴公子が佇んでいた。

【裏ショートストーリー】

サンドラ「お二人が喧嘩するなんて、珍しいな」

マノン「そお? しょっちゅう口げんかしてるよぉ?」

サンドラ「そういうんじゃなくて、本格的なやつ、ってことだ」

マノン「仲がいい証拠だよ〜」

サンドラ「でも、仲直りする機会を失ってる感じだぞ」

マノン「そだね。シルヴィアさま、喧嘩したの後悔してるっぽいね」

サンドラ「だからさっさと謝ってしまえば良かったのに」

マノン「シルヴィアさまの気持ちもわかるしなー。リオネルさまは、結構子どもっぽいとこあるから、同レベルで向き合うと衝突しがちなんだよね」

サンドラ「……年上のほうがいいと?」

マノン「どうだろ。アニェスさまなんかお歳は下だけど、中身は大人だから、うまくいなすのよね。初めから喧嘩にならないというか、リオネルさまが子ども扱いされているというか」

サンドラ「だとすると、微妙だな。シルヴィアさまは、決して大人びてはいないし。もしかして、あまり相性は良くないのでは?」

マノン「そんなことは、ないよ。むしろ、シルヴィアさまみたいに、同じ目線で向き合うタイプのほうがリオネルさまは素でいられるような気がするなあ」

サンドラ「素、か」

マノン「まあ、そんなに深刻にならなくても大丈夫だよ。口では政略結婚とか言ってるけど、お二人のキズナは深くつながってるから」

サンドラ「……お前、いつものぶりっ子しゃべりはどうした?」

マノン「ええぇー? 私はいつもどおりよぉ」

サンドラ「今さらぶりっ子しても遅い」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ