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第34話 才媛の忠誠と天使の微笑み

「―話はついたようね」


いつの間にか、エマが戻ってきていた。鉢巻を外しドアに寄りかかって、腕を組んでいた。


(色っぺー!)


実にサマになっている。これほど色気にあふれた女性は、そうはいない。


「エマ…いつからそこにいた?」


「シルヴィアさまは、妻らしいことは何一つできない云々あたりから」


「―!」


(ほとんど全部聞かれた!?)


恥ずかしさに、顔を上げられない。


「リオネルさま。このような私を拾ってくださり、こちらこそ感謝しております。あなたのこと、大好きですわ、()()()()()()()()()、と思うほどに」


「エマ…」


リオネルは困ったように頭をかいた。


「シルヴィアさま。何やら、私のことを過大評価してくださっているようですが、シルヴィアさまに比べたらたかが知れています。シルヴィアさまこそ、我らがリオネル家に天空の女神フレイさまが差し遣わされた幸運の女神。よくぞ、リオネルさまのお妃となられてくださいました。僭越ながら臣下を代表して、感謝申し上げます」


エマは、優雅にお辞儀をした。女神フレイに仕える天女のごとく。


「や、やめてください。そんな大げさな」


「いいえ。決して大げさではありませんわ。畏れ多いことながら、シルヴィアさまの才能を高く買っておられるのは何もリオネルさまやアニェスさまだけではありません」


「そんな…そんなこと言われたら、どうしたらいいか、わからなくなるわ」


「どうもこうもありませんわ。ただリオネルさまの隣にいてくだされば、それで良いのです。―リオネルさま。シルヴィアさま」


エマは様子を改めると、片膝をついた。


「改めましてこのエマ・デシャン、()()()()()()()()()、全身全霊をもってお誓い申し上げます」


このときシルヴィアは、エマの言葉の持つ重大な意味に気づかなかった。よく頭の回るシルヴィアだが、やはり精神状態は普通ではなかったのだろう。


「……困ったわ」


シルヴィアは、ただ狼狽するだけだった。


「先生のエマさまにそんなふうに畏まれては、私…」


「……無論、それはそれ。これはこれ」


にやっと笑いながら、エマは立ち上がった。


「一旦引き受けたからには、仕事は全ういたします」


鉢巻を取り出した。


「にゃっ!?」


「―何がにゃっ、だ。ナメてんのか、てめえ」


「ひえぇぇ〜」


「休憩は終わりだ。あと2週間しかねえ。ビシビシいくぞ、わかってんだろうな、おいっ!?」


「やっぱり、こうなるのねぇぇ〜」


よたよたと起き上がったシルヴィアに、エマはすっと近寄ると、猫耳に口を寄せた。


「―てめえも、しっかりヤキモチ妬いてんじゃねえか」


驚いて顔を上げると、エマはウインクしてみせた。


シルヴィアは、猫耳まで真っ赤に染め上がった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


よく晴れた日だった。部屋から見える青空には、雲一つない。鷹だろうか、大型の鳥が大空を舞っている。その下では、人々が変わらぬ日常を送っていた。


帝都リシャールは、平和と繁栄を享受していた。


しかし、ここシルヴィアの部屋では、少なくとも安穏とした雰囲気とはほど遠い状況だった。


「―これで、だいたい準備はできたわね」


部屋を見回し、ほっと息をついた。


ホコリ一つないよう、掃除はバッチリだ。テーブルクロスをわざわざ花柄模様に張り替え、柄と合わせた生花をテーブルに飾った。お茶もお茶菓子も万全。シュークリームが好物だとの事前情報を掴み、用意してある。


「少々緊張しますねぇ〜」


マノンがお人形のような微笑みを浮かべた。


「なにしろ、仮想敵のお一人との会談ですからぁ」


今日はダンスの練習はお休みである。エマから、緊張しっぱなしはかえって良くない、たまには休養日が必要だ、との宣旨を賜った。そこで、かねてから申し出のあった人物との会談をセットしたのだ。


「―仮想敵? 今日の客人は敵なのか?」


サンドラがマノンのセリフを聞き咎めた。


「リオネルさまにとって、皇宮内はすべて敵よぉ」


「マノンは、敵の一人と言ったぞ。不特定多数を想定したとは思えない」


煙に巻こうとしたマノンに、食い下がった。


「……意外とめんどくさいな、サンドラは」


「めんどくさいとは、何だ。そもそも、マノンは―」


そのとき。ドアがノックされた。


「―みんな、控えて! お見えになったわよ」


さっと整列する。


「―失礼します」


部屋に入ってきたのは。


「お待ちしていました、ガブリエルさま」


「今日はお招きいただき光栄至極です、義姉(あね)上」


ガブリエルは、天使のような微笑みで応えた。今日は従者を一人、連れていた。


「どうぞ、こちらへいらして」


テーブルへと案内した。


「……おや、テーブルクロスの柄とお揃いなのですね」


生花を示しながら、ガブリエルは笑顔を向けた。こういうところに気がつく男性は、そうはいない。


「義姉上のお部屋は、いつ来ても綺麗で華やかだ」


「お褒めいただき、ありがとうございます」


「―失礼いたします」


マノンが紅茶を運んできた。シュークリームを添えてある。シルヴィアの前にも()()()()()()を置いた。


「……僕の好物をご存知とは、さすがは義姉上」


「ガブリエルさまは、旦那さまの大事な弟君でいらっしゃいますから」


「僕からも、お土産があります。―リュカ」


従者が、大きな箱をテーブルに置いた。


「お気遣い、痛み入ります」


シルヴィアのアイコンタクトで、マノンが箱を開けた。


「あら、ミニケーキセット!?」


色とりどりの小さなケーキが溢れんばかりに納められていた。


「お口に合うといいのですが」


「ありがとうございます。侍女たちも喜びますわ」


「―義姉上がお輿入れなされてから、どれくらいになりますか」


マノンがケーキの箱を下げるのを見計らって、話し始めた。


「5カ月ほどになります」


「もうそんなに経ちますか。ついこの間父上に挨拶されたと思っていたのに」


「時の経つのは早いですわね」


「その間に義姉上は、さまざまなことを成し遂げられた」


「大したことはしていません」


「義姉上が慎み深いのは、承知しています。行動力が秀でておられるのも」


「私は、ガブリエルさまのことをほとんど知りません。是非今日は、お互い胸襟を開いてお話ししましょうよ」


「賛成ですね。僕も義姉上のことをもっとよく知りたい」


「ガブリエルさまは、確か15歳でいらっしゃいましたわね」


「ええ。義姉上の2歳下です」


「そうは、見えないわ。とても大人びてらっしゃる」


「僕など、まだまだ子どもですよ。兄上たちからも相手にされていませんから」


「旦那さまは褒めていらっしゃいましたよ。歳に似合わず落ち着いていて考えも深いと」


「裏を返せば、慎重で行動が遅いということです。ラファエル兄上に言わせれば臆病者ということになりますか」


「臆病は、ときに自分を守る強力な盾となりますわ」


「臆病過ぎて機会を逃す、というのはしょっちゅうですよ。願わくば、義姉上の信頼を得るのが遅すぎていないと良いのですが」


「それは、私とて同じです。知らぬ間にガブリエルさまに嫌われていやしないかと、ヒヤヒヤしておりますわ」


「僕は、義姉上の行動力に感心しているのですよ。これは外交辞令でもなんでもなく、本心です。僕に足りないのはまさしくそれですから」


「そうかしら。今までも節目節目に適切なアドヴァイスをいただきました。行動力がないとは思えませんが」


「義姉上への助言は、たまたまです。少なくとも、アニェス姉上のためにペレーズ山に登ろうとは思わないし、末端兵士の心情を探るために入隊試験を受けようなどとは考えつきもしない」


「思い立つと、どうにも立ち止まれない性分なの。そのせいで、侍女たちには迷惑をかけていますわ」


「口幅ったいようで恐縮ですが、僕はこう見えて勉強が好きなのですよ。特に歴史ですとか、伝承ですとか」


「あら、素晴らしいわ。私、勉強は苦手。体を動かすほうが得意なの」


「僕たち、補完し合える仲だと思いませんか」


「補完…」


「義姉上の行動力。僕の知識。力を合わせれば兄上たちを凌駕できるかと」


「それは、どういう意味でしょう」


「……警戒なさるのも無理はない、か」


ガブリエルは、ティーカップに視線を落とした。


「―先ほどから義姉上は、ティーカップを手になさらないが、何か含むところがおありなのでしょうか」


「これは失礼いたしました。毒など、入ってはおりませんよ」


シルヴィアは、大変な努力を払ってティーカップを口にした。ガブリエルが警戒したのとは全く違う理由で口にできなかったのだが、信用してもらうには仕方がない。


「……僕のほうこそ、疑うような真似をして申し訳ありません。アニェス姉上のこともありますし、つい神経質になってしまって」


ガブリエルも、ようやく紅茶を口にした。


「お気持ちは、わかりますわ」


「―義姉上は、ベルトラン家のことをどう思いますか」


「どう…と言われても、嫁いで日の浅い私には何とも」


「表も裏も、激しい抗争を繰り広げていますよ。リオネル兄上からお聞きになったかもしれませんが」


「……」


「僕と手を組みませんか」


「―!」


「僕は、リオネル兄上を買っている。宮廷では、うつけだの庶民の血だのと言われていますが、国を統べるのは上の二人よりもリオネル兄上がふさわしいと思っています」


「……なぜ、それを私に? ご兄弟なのだから、直接仰ればよろしいのに」


「接点がありません。こんな話、いきなり持っていっても、信じてもらえないでしょう」


「そんなことはありませんよ…」


「僕だって、知っています。リオネル兄上は、兄弟全員を潜在的な敵とみなしていることくらいはね」


「……」


「義姉上から、是非口添えをお願いしたい。僕はリオネル兄上に敵対する意志はありません。むしろ、手を組んで上の兄二人との争いを勝ち抜きませんか」


天使の微笑みが、光り輝いて弾けた。

【裏ショートストーリー】

マノン「このフルーツタルト、最高ーっ。いろんなフルーツが載ってて、飽きないわぁ」

サンドラ「ガトーショコラだって、美味しいぞ。チョコが口の中でトロけて、たまらんわっ」

シルヴィア「ガブリエルさまって、いい人ねえ」

マノン「あっ! 見て見て、この箱、二段になってるーっ」

サンドラ「ほんとだ、すごい! 物量作戦で来たかっ」

シルヴィア「……女子の心、鷲掴みじゃないの」

マノン「シルヴィアさま。私、誤解していましたぁ。ガブリエルさまは野心家じゃありません。だって、ケーキ好きに悪い人はいない、って言うでしょお?」

サンドラ「……そうだっけ?」

マノン「そうよっ! 人当たりはいいし、紳士だし、そもそも優しいわぁ。シルヴィアさまっ、またお呼びしましょうよぉ。お付きのリュカさまも、イケメンだったしぃ〜」

シルヴィア「これじゃマノンも、ただの女の子ね。リオネル軍の紅烏…ムグググッ」

サンドラ「……マノン。いきなりシルヴィアさまの口を塞いで、どういうつもりだ?」

マノン「そう、すぐに殺気立たないでよぉ。ただのシャレよ、シャレ」

サンドラ「シャレだと? そもそもお前は軽薄すぎる」

マノン「まあまあ、いいじゃない。サンドラだってガブリエルさまをいい人だと思うでしょ?」

サンドラ「ああいうヘラヘラ笑ってるやつは好かん」

マノン「……ひねくれてるなぁ」

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