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第30話 雪解けと祝宴

コレットは、幸い脳に異常はなかった。骨折の手術もあり、当分は皇宮内の診療所に入院して経過を観察することになった。


アダンは、診療所に寝泊まりしてコレットの看病をすると言い立てて、一時大騒ぎした。アニェスが皇宮の診療所は完全看護の体制が整っていると説得して、ようやく収まった。


「……コレットの具合は、どう?」


シルヴィアは、病室でコレットに付き添うアダンにそっと声をかけた。二人のほかには、誰もいない。


「今は眠ってる」


「明後日、骨折の手術をするそうね」


「ああ。難しい手術じゃないし、若いからすぐにくっつくそうだ」


敵対心丸出しだったアダンは、シルヴィアの問いかけに素直に応えている。すやすやと眠るコレットを静かに見つめるさまは、どこかはかなげで弱々しかった。


「―ごめんなさい。あなたのこと、色情魔だなんて言って」


「……オレに謝るなんて、どうした心境の変化だ?」


「誤解してたわ。女の人にだらしないクズ男だと思ってたけど、そうじゃなかった。私が間違ってた。間違いは正さなくてはいけない」


「へえ。意外としおらしいところもあるんだな」


「……ほんとに癇に障る言い方をする人ね」


「―オレのほうこそ、悪かったな」


「にゃっ!?」


「つい感情的になって、あんたを侮辱するようなことを言ってしまった。申し訳なかった」


「素直に謝られると、かえって不気味だわ」


「……お前も、いちいち腹の立つ言い方をしやがる」


「お互いさまよ」


「……アニェスあたりに、何か聞いたな?」


不意にアダンは、シルヴィアを見つめてきた。アクアマリンのような透き通った瞳には、何のけれんもなかった。


「―ええ、そうよ。孤児院のこととか、女性のこととか、いろいろとね」


「それだって、オレの一面でしかない。ウラじゃ、結構あくどいこともやってる」


「商売って、きれい事じゃすまないのでしょ。それくらい、私にだってわかる」


「ただ、信義だけは曲げたことは一度たりともねえ。それだけは、誇りとして持ってる。一旦契約を結んだ以上、必ずやり通す。それは信じてくれ」


「もちろんよ。そのことを疑ったことはないわ」


「リオネルもアニェスも、あんたのことは信頼しているようだし、オレもあんたのことは信頼する」


「……」


「―オレは、ダメな奴だ」


「ずいぶん、弱気になってるのね」


「コレットが血を流して倒れてるのを見て、パニくっちまった。アニェスがいなかったら、コレットを助けられたか、わかったもんじゃねえ」


「誰だって、度を失うことはあるわ。まして、大事な人がケガをしていたら尚更よ」


「……」


「アニェスさまは凄い方だわ。常に冷静だし、医療の心得まであるんだから」


「当人は、医者じゃないから治療はできない、とか言ってるけどな」


「きっと、勉強したのね。尊敬するわ」


「アニェスは特別だ。なにしろ、女神の生まれ変わりだから」


「あは。私も同意。初めてじゃない? 意見が合ったの」


「……お前、笑うと可愛いんだな」


「にゃっ!? からかわないでよ」


「いや、本心だ。リオネルが惚れるわけだぜ」


(……! リオネルが…あたしのことを…?)


猫耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


「……ウ、ウソよ。私たちは、政略結婚なんだから。そんなわけない」


「あんたがそう思うなら、そうなんだろうな」


「……! ちょっと! また私をからかったの?」


「……アダン?」


まなじりを吊り上げたそのとき。コレットが目を覚ました。


「おっ! 気がついたか?」


「ここは…どこ?」


「皇宮の診療所だ。アニェスの計らいで、治療を受けられることになったんだよ」


「そうだったの…。ごめんね、アダン。迷惑かけて」


「気にするな。お前は何も悪くない」


(何よ。あたし以外の女の子には、とても優しいんじゃないの)


シルヴィアは、横目で白々とアダンを見やった。


「……そちらの方は…?」


コレットが視線を向けてきた。瑠璃色の瞳が印象的な可愛らしい少女だった。


「私はシルヴィア。リオネルさまの妻よ」


「……!? 貴方さまがお噂の猫耳王女さま! 大変ご無礼をいたしました。どうか…どうかご容赦を」


「ちょっと、コレット! やめてよ」


ベッドから起き上がって頭を下げようとするコレットを、慌てて押し止めた。


「畏まらないで。そういうの、私好きじゃないの」


「そんな…。本来なら、わたしのような下々の者が言葉を交わすことさえ憚れる高貴なお方。寝たままだなんて、そんな失礼なことできません」


「あなたはケガ人なのよ。高貴もへったくれもないわ。大人しく寝ていなさい」


アダンが意外そうな視線を向けてきた。


「申し訳ございません…」


「ここは帝国の最新医療が受けられるところよ。ケガなんか、すぐ治るわ」


「で、でも、わたし…お金が払えません」


「何言ってるの。無料に決まってるじゃない。そうよね、アダン?」


「……いや、治療費はしっかり請求される」


「にゃにゃっ!? そんなバカな…。皇宮の診療所でしょ? てことは、国民のための診療所じゃないの」


「確かに皇宮の診療所だ。皇族・貴族のための、な」


「そんな…」


「庶民は金を積まなきゃ、そもそも診察すら受けられねえんだよ。結局、金持ちの商人くらいなもんだ、こんなとこ来られるのは」


ショックだった。胸が潰れる思いだった。コレットは、あくまでアニェスの口利きで治療を受けられる『特別』な例なのだ。


「心配するな、コレット。治療費はオレが出してやるから。お前は、治療に専念していればいい」


「ダメよ。いつもあなたには良くしてもらってるのに。そこまで甘えたらバチがあたるわ」


「気にするなって言ってるだろ」


「……だったら、体で返すよ」


「……」


「あなたと…あなたの好きにしていいから…」


コレットは、真っ赤になって布団を顔まで引き上げた。


「何を言い出すの、コレット!?」


シルヴィアは血相を変えた。


「こんな奴のために、体を売るようなことをしてはダメよ!」


「誰がこんな奴、だ」


「べ、別に、わたし、アダンとなら構わない…」


「……!」


呆れてコレットとアダンを見比べた。


「―コレット。お前、今いくつだ」


アダンが落ち着き払って尋ねた。


「……15だけど」


「だったら、まだガキだ」


「……!」


「ガキは、大人の言う事を聞くもんだ。お前は、何も心配しないで、治療に専念しろ」


「アダン…」


「17になったら、考えてやるよ。17歳は、立派な()()だ」


アダンは、シルヴィアに向けてウインクしてみせた。


(アダンの奴…)


なぜか、嬉しくなった。心が、晴れ晴れとした気分になった。初対面は最悪だったが、どうやら頼もしい仲間が一人、増えたようである。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「シルヴィア。一つ報告がある」


ウキウキした気分で診療所から自室に戻ると、リオネルが待ち構えていた。


「何ですの?」


「俺たちの結婚披露パーティーが開かれることになった」


「にゃっ!? け、結婚披露パーティー…」


せっかく幸せな気持ちだったのに、すべて台無しになった。


「そういえば、まだでしたよねぇ」


マノンがお人形のような愛らしい笑顔を浮かべた。胸には、シャウラを抱えている。


「結婚なさったんだから、もっと早くに行われていてもおかしくなかったのにぃ」


「政略結婚だしな。そもそも宮廷では、必ずしも歓迎されてたわけでもないし」


「誰かが邪魔をしていたと…?」


サンドラが言う。邪魔をしていた人物を今にも斬りにいきそうな勢いだ。


「おおかた予想はつくが、そんなことは、この際どうでもいい。むしろ、結婚披露パーティーなんてそんな大仰なセレモニー、こっちから願い下げだ」


「同意! 旦那さま、同意しますっ」


シルヴィアは、今にもリオネルに食いつきそうだ。


「……妙に力が入ってるな」


「私もそんなセレモニー、出たくありません。今すぐ断ってきてくださいっ」


「そうもいかないんだよ」


リオネルは小さくため息をついた。


「周辺国に招待状を出すそうだ。その中には、潜在的な敵対国、ルメールも含まれてる」


「つまり、こういうことですかぁ?」


マノンが人差し指を立てながら言った。


「招待に応じるかどうかで、帝国に対する各国の姿勢を測ろうという、極めて政治的な意図で行なわれるパーティーだと」


「いい線いってる、マノン。もっと言えば、おそらくルメールは招待に応じない。そうなれば、我が国に敵対すると世界に公表するようなもんだ。正々堂々と侵略戦争を仕掛けられる、という思惑だろうよ。誰が考えたか知らないが」


「なるほど。これは断れませんねぇ」


「マ、マノン! どっちの味方なのよ?」


「味方? どういう意味ですかぁ?」


「そ、それは…」


「―お前、妙に嫌がってるな。そりゃ、俺だってパーティーなんざ好きじゃないが、一時の辛抱だ。適当に笑ってやり過ごしちまえばいいじゃねえか」 


「だ、だって…パーティーといったら…ダンスがつきものでしょ?」


「まあ、普通はあるよな。ましてや一応俺たちは主役だ。きっと踊らされる―ん? おい、シルヴィア。嫌がってる理由って、まさかお前…」


「その、まさかですっ! 私…踊れないんですぅ〜っ!」

【裏ショートストーリー】

コレット「変わった王女さまだね、シルヴィア妃殿下は」

アダン「そうだな。あんな女もいるんだな」

コレット「……珍しいね、アダンが女の人のこと冷たく言うの」

アダン「そうか?」

コレット「そうだよ。アダンは誰にでも優しいから…」

アダン「リオネルも変わってるから、変人同士、気が合うんだと思ってな」

コレット「何よ、それ? ……でも、押し付けられた奥方さまなんでしょ? リオネルさまは迷惑だったんじゃないかな」

アダン「……なんでそう思う?」

コレット「だって、猫耳族と同盟を結ぶにあたって王女さまをお嫁さんに迎えることになったけど、獣人族嫌いのお兄さま方から、リオネルさまが押し付けられたって聞いたわ」

アダン「……どこから聞いたんだ、そんなこと」

コレット「市場に買い物に行ったとき、大人の人たちがそう言ってた」

アダン「ふ〜ん。まあ世の中、嘘から始まる恋、何てこと、結構あるからな」

コレット「……?」

アダン「ガキは、わからなくていいんだよ」

コレット「わたし、もうすぐ幼年学校卒業だよ。そしたら、16だもの。17歳なんて、あっという間よ」

アダン「……」

コレット「やっぱりわたし、アダンに甘えっぱなしはイヤだ。治療費、働いて返すよ」

アダン「働くったって、あてはあるのかよ」

コレット「せっかく女神さまのお導きで知り合ったんだもの。使えるものは何でも使わなくっちゃ。……ね?」

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