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第3話 ネコどのと旦那さま

「こ、この男が、リオネル…」


シルヴィアは、わなわなと震えながら男を指差した。


(こいつが、あの悪魔…?)


紅い瞳に暗い狂気を燃え上がらせて、シルヴィアの頭上に黒い剣を振り下ろした男。それと目の前の男がどうしても結びつかなかった。


言われて見れば、確かに似た顔をしている。しかし、農民のような格好をして黒い瞳に笑みをたたえながら衛兵と楽しそうに話している男が、仇だとは到底信じられなかった。


「……シルヴィア、しっかりして」


フランベルジュがそっと囁いた。


「ボクたちは敵国にいるんだよ、このくらいで動揺してどうするの」


ハッとした。目が覚めた。


(そうだ、フランベルジュの言う通りだ)


使命を忘れるな。何のために姉の代わりにここまで乗り込んできたんだ? この男を止めるためだろう。


「……コ、コホン!」


シルヴィアの咳払いに、リオネルが振り返った。シルヴィアは、フランベルジュから下りてひざまずく。


「まさかリオネル殿下とは存じ上げず、大変ご無礼いたしました」


「いや、俺も名乗らずすまなかった。一目見たとき、ついつい、いたずら心が湧き上がってな。想像していたお姫さまとネコどのの姿があまりにかけ離れていたもんだから」


「ネ、ネコ…!」


『黙れ、ネコの分際で』


悪魔のリオネルのセリフが鮮やかに蘇る。シルヴィアは唇をきつく噛んだ。


「ギーにも叱られたよ、悪ふざけが過ぎるって」


リオネルは、傍らの眼帯男に振り向きながら言う。


「王家の姫君に対して失礼だと―」


「シルヴィアでございますっ!」


「あ…?」


目を丸くして声を荒げたシルヴィアを見下ろした。


「私にはシルヴィアという立派な名前がございますっ。名前でお呼びください、殿下」


「……めんどくさい奴だな」


「面倒くさいとは何ですかっ。名前は大事です!」


リオネルは、下馬した。シルヴィアの手を取り立ち上がらせた。


「そう怒るな、シルヴィア」


黒い瞳がじっと見つめてくる。強い光に射抜かれそうだ。心臓が跳ね上がって言うことをきかない。


「殿…下…」


「さあ、行こう」


「……は、はい」


素直にうなずいていた。なんだかとても熱い。身体中が燃えている。


フランベルジュに再びまたがり、大門をくぐった。それからは、ある意味大変だった。皇宮へと続く大通りを進むのだが、やたらと人々に声をかけられるのだ。道行く人、買い物客、商店の店主等々、親しげに皆リオネルに挨拶する。リオネルの方はといえば、いちいち気さくに挨拶を返していく。


軍服姿のシルヴィアは、人々にはリオネルの護衛にしか見えないだろう。ただ、ユニコーンのフランベルジュだけは物珍しそうに指差したり噂し合ったりしている。それでも大騒ぎするものは一人もいない。ユニコーンを連れて歩くなどということは、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。


「―それじゃあ、俺は行くところがあるから」


皇宮の城門前に着くと、リオネルは手を上げた。何の飾り気もない無骨な手である。


「後は、ギーに任せてある。わからないことは何でも聞いてくれ、()()どの」


「なっ!?」


「はっはっはっ」


高笑いを残してどこかへ走り去ってしまった。


「―ンもうっ、あれほど名前で呼んでって、言ったのに」


「シルヴィア姫さま。主命ですので、ご案内いたします」


膨れっ面のシルヴィアに対して、眼帯男が丁寧に頭を下げた。


「申し遅れました。リオネルさまに仕えるギー・ルブランと申します。以後、お見知り置きくださいますよう」


ギーと名乗った青年は、藍色の髪と瞳をした優しそうなイケメンだった。整っているが故に、右眼の眼帯が一際目立つ。


(この人がギー・ルブラン)


名前だけは知っていた。姉グロリアからの手紙に頻繁に登場する人物だ。今から一年後、死んでしまうのだが。


「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


シルヴィアは、殊勝に礼を返した。


「―では、こちらへどうぞ」


ギーの先導で皇宮の敷地へと入った。


皇宮は、とんでもない大きさだった。城門から正門に至るまでの庭園の広大さときたら、カトゥスの前庭の5倍はありそうだ。中央に巨大な噴水と池があり、色とりどりの草花が競っている。庭園を囲むように針葉樹が立ち並び、ほどよい木陰を作っていて、遊歩道が整備されていた。


馬はその遊歩道を通って宮殿の正門に導かれるようになっていた。


「―姫さま。どうぞ中へ」


正門に着くと、ギーは使用人に馬の手綱を預けた。シルヴィアにも別の使用人が近づいてきたが、断った。


「……申し訳ありませんが、例え聖獣であろうと宮殿内へお連れすることは―」


「フランベルジュは特別なのです」


言いかけたギーを遮る。すると、フランベルジュが一瞬で縮む。それこそ、イエネコの大きさである。シルヴィアは胸に抱き上げた。


「これなら、支障ございませんでしょう?」


「……」


ギーは苦笑いを浮かべると、参ったというように優雅に腕を広げた。そういう仕草が実にサマになる男である。シルヴィアは、済まし顔で宮殿内に足を踏み入れた。


宮殿内も、やたらと広い。どこをどう歩いているのやら、全くわからない。ひたすらギーの後をついていくだけだ。


(……こりゃ、まず宮殿の地図が必要だわ。うっかり一人で出歩いたら、迷子になっちゃう)


「……こちらが姫さまのお部屋でございます」


ある部屋の前でギーが立ち止まった。可愛らしい花の意匠が施されたドアである。中へ入って驚いた。


「―うわーっ。広ぉーい!」


カトゥスの自室より2倍はありそうだった。天蓋付きのベッド。精巧な意匠が施されたドレッサーやテーブル。豪奢なタンス。どれを取っても一流の家具が揃っている。部屋全体に香を焚き込めているのか、かぐわしい香りに溢れていた。


しかしシルヴィアは、高級そうな家具には目もくれず、()()()に一直線に飛び込んだ。


「きゃあァァ! 見て見てフランベルジュ、これ最高ー!」


真ん中が窪んだ丸型クッションである。気持ち良さそうに丸くなって収まる。


「はしゃぎ過ぎだよ、シルヴィア。子どもじゃあるまいし」


そう言いながら、フランベルジュもベッドの上でスキップを踏んでいる。


「……少し手狭で申し訳ないのですが」


バツが悪そうにギーは頭をかいた。


「そんな…手狭どころか、私たちだけでは持て余してしまいそうですよ、ギーさま」


「―あのぉ」


壁際に立っていた女性が声をかけてきた。


「姫さま、お初にお目にかかりまぁす。私、姫さま付きの侍女を申しつかりましたぁ、マノンと申しますぅ」


お仕着せの制服に身を包んだ可憐な少女がペコリと頭を下げた。実は部屋に入った瞬間、彼女には気がついていた。


「初めまして。カトゥス王国第七王女のシルヴィアと申します。よろしくね」


起き上がり、さり気なく彼女の手を握る。


「は、はい。私のほうこそよろしくお願いいたしまぁす」


マノンは、真っ赤になって俯いてしまった。


「―それでは、私は失礼させていただきます」


ギーが丁寧に頭を下げる。


細々(こまごま)としたことは、マノンにお申し付けください。この後、陛下へのご挨拶がございます。頃合いを見てお迎えに上がります」


「―あ、あの!」


立ち去ろうとしたギーを呼び止めた。


「いろいろありがとうございました。ギーさまとは後でゆっくりお話ししたいわ。仲良くなりたいの」


「もったいなきお言葉」


「外交辞令じゃ、ありませんよ。なにしろ、私の旦那さまの大事なお身内の方ですから」


「……」


ギーは、左だけの眼をじっとシルヴィアに注いだ。しかし、無言で辞儀をすると静かに部屋を出ていった。


「―姫さま。お召し替えはいかがいたしますかぁ?」


「シルヴィアでいいわ、マノン。―会ったばかりだけど、呼び捨てでいいよね?」


「無論でございますぅ、シルヴィアさま」


ニッコリと微笑む。まるでお人形のように愛らしい。


「ドレスに着替えたいの。軍服で陛下にお会いしたら、お嫁さんじゃなくて()()が来たのかと誤解されかねないもの」


「……」


マノンは全く動じず、微笑んだままだった。


「私の使用人が荷物を抱えてこちらに向かってると思うわ。早速で申し訳ないんだけど、受け取ってきてくれない?」


「畏まりましたぁ」


丁寧に頭を下げ、部屋を出ていった。シルヴィアはその様子をじっと見つめる。


「……シルヴィア」


「わかってるよ、フランベルジュ」


マノンが部屋を離れたことを確認すると、シルヴィアは、また丸型クッションに収まった。何気に気に入ったらしい。


「虫も殺せないような顔してるけど、ただの侍女じゃない。身のこなし、手を取ったときの握り返す力、武術の心得があるね」


「監視役…かな」


「暗殺者かもね」


シルヴィアは、至極あっさりと言う。


「さすがにそれは、考え過ぎじゃない?」


「だって、あたしたち人質みたいなものでしょ。何かあれば亡き者にしてカトゥスに侵攻するかもしれないし」


「シルヴィアの知ってる未来だと、グロリアが4年後に殺されて侵攻されるんだものね」


「……でも、今のリオネルからは全然想像できないな」


悪魔どころか朗らかで鷹揚な好青年という印象が強い。


「きっと4年の間に何かあった―」


「……しっ!」


言いかけたフランベルジュを、シルヴィアは唇に指を当てて制した。そっと窓辺に近づく。大きな窓の外はベランダのようだ。勢いよく窓を開ける。


「そこにいるのは、誰…っ!?」


ベランダの手摺りに寄りかかっている人物を見て、シルヴィアは息を呑んだ。


「……よう、ネコどの」


それは、リオネルその人だった。シルヴィアは、たまらず悲鳴を上げていた。


「きゃあああああぁぁぁぁぁーっ!?」

【裏ショートストーリー】

リオネル「猫耳族は、ほんとに、にゃーにゃー言うんだよ」

?「ふふふっ。またご冗談ばっかり」

リオネル「とにかく、軍服で嫁入りするとは、変わった姫さまさ」

?「……何だか、楽しそうですね」

リオネル「だって、面白いじゃねえか。押し付けられた嫁だけど、常識ってやつをぶち壊しそうで」

?「皇宮内での反発は大きいかもしれません」

リオネル「望むところさ」

?「知らない国に来て、きっと今頃、お部屋で心細い思いをされてるわ。様子を見にいってきてください」

リオネル「……しょうがねえな。お前が言うなら」

?「……お待ちください! またベランダを伝っていらっしゃるの?」

リオネル「一番の近道だろ?」

?「きっと、姫さまは驚かれると思うわ」

リオネル「にゃーにゃー言ってな」

?「また、そんなこと仰って…。そのうち姫さまに嫌われますよ」

リオネル「どうせ政略結婚だ。嫌われても構わん。……じゃあ、ネコどののところへ行ってくる。すぐ戻ってくるから、休んでろ」

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