第251話 想い、届け
お皿の割れる派手な音が響いた。
「あ…」
我に返ったコレットは、慌てて破片を拾い集めた。
「コレットさま!? 大丈夫?」
メロディが駆けつけた。破片集めを手伝い始める。
「ご、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって」
「―今朝から、変ですよ。さっきはお花の水やりで溢れ出させるし」
「……」
「体調が悪いなら、お休みになってください」
「……胸騒ぎがするの」
「えっ!?」
「彗星という方がブランシャールに攻めてきているでしょう? シルヴィアさまたち総出で迎え撃ってらっしゃる」
「……」
「何か良くないことが起きそうな気がして…」
「―大丈夫ですよ。皆さん、お強いですから」
「でも、ルメール戦役では、彗星にとても苦しめられて…サンドラさまの旦那さまが戦死されたんです。もしかして、今度もどなたかが―」
「コレットさまっ!」
メロディは、強い口調でコレットを遮った。
「縁起の悪いことを口にしてはいけません。言霊といって、現実になることがあるのですよ!」
「……ごめんなさい」
「―大丈夫。心配いらないわ」
うつむいてしまったコレットを、優しく抱きしめた。
「皆さん、元気で戻ってらっしゃいます。後世に残るような武勇伝を携えてね」
「……はい…はい…」
「信じて待ちましょう。フレイさまが見守ってくださいますわ」
メロディは、己に言い聞かせるように言った。その青い瞳には、光るものが盛り上がっていた。
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ベルジェールの野に、二日目の朝が明けた。
ララは、夜の歩哨を除いて誰よりも早く起きた。何かに急き立てられるような気がして、目が覚めてしまったのだ。
まだまだ寒い。季節は真冬なのだ。白い息を手に吹きかけながら本陣へ向かう。まだ誰もいるはずもないが、自然と足が向いた。少し早いがお茶の準備でもしようか。
そう思って、ふと本陣前を見た。
マクシムがいた。
思わず息を呑んで立ち止まってしまった。
彼は、朝日を浴びながら身動ぎ一つせずじっと前を見据えていた。
薄鈍色の髪が朝日を受けてキラキラと輝いている。ジュスタンやドラードのように超絶イケメンでは決してない。しかし、その神々しさはまるでこの世のものではないかのようだった。とても地上の生き物とは思えなかった。
「―マクシムさま」
ララはそっと声をかけた。声をかけずにはいられなかった。
そうしなければ、彼はそのまま神々のすまう天界へ帰ってしまうような気がした。彼には帰ってほしくない! 彼のいない世界などただのモノクロでしかない。
「マクシムさま」
もう一度、声をかけた。
「……お早う、ララ」
人懐っこい笑顔が振り向いた。今はララのためだけに向けられている。
「あの…そんなところに立っていらしたら、お体が冷えますよ」
「そだね。寒いや」
「何を―」
「ん?」
「―いや、その…何を考えていらしたのですか?」
「リオネルのことだよ」
「リオネル…」
「彼は実に摩訶不思議な人物だと思ってさ。だって、彼自身は、何の特徴もない、飛び抜けた才能があるわけでもない、ただの能天気な若者だ。それなのに、才能のかたまりみたいな連中が綺羅星のように集まってくる。どうしてなんだろうと思ってね」
「……人を集める才能があるのかもしれませんね」
「そう! まさしく僕もそう思った」
笑顔が弾けた。
「彼の最大の才能、それは人徳だ。聖人君子という意味じゃないよ。それは、具体的に言い表わせば包容力だとか明るい前向きさだとかということなんだろうけど、彼のは理屈じゃない。生まれ持った星というかな、天性なんだろうね」
「……」
―私では駄目ですか。私一人がお側にいるだけでは足りませんか。
その言葉を、ララは呑み込んだ。
「彼に勝つには、人徳を上回る大きな智慧が必要だ。それこそ神にも匹敵するような」
「マクシムさまは、神の如き神智をお持ちです」
「まさか。さすがに僕はそこまで自惚れることはできないなあ」
―私にとっては、あなたは神のような存在です。
「なにしろ、完全に不意打ちを食らわせられると思ったのに、どうしてだか動きを悟られてここに待ち伏せされちゃったからね〜。神智なんて、おこがましくてとても言えたもんじゃない」
「……」
「神ならぬ身だ、せいぜい精一杯、無い知恵を絞るとしようか。―うぅ〜、寒い!」
かじかんだのか、マクシムは両手をこすり合わせた。
「ごめん、ララ。温かいお茶をもらえると嬉しいんだけど」
「あ…! はい、ただ今、ご用意いたします!」
何が何でも守る。例えこの身が砕けようとも。
そう、ララは己に誓った。
ただ一人、この世で愛した男なのだから。
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両軍は、再び対峙した。
双方、夜襲を厳重に警戒したためか、夜はまったく動きがなかった。
そして明けた二日目。リオネル軍は陣形を変えた。右翼を中央に吸収して一つの陣としたのだ。左翼が遊軍のような形となった。
一日目で甚大な損傷を受けたガブリエル軍の救済であることは明らかである。
初めに動いたのは、その左翼だった。天馬隊が先陣を切る。中でもエーヴ隊、いや、シェアト隊がシルヴィアより前に出た。確かにエーヴの速さは神がかっている。聖獣ユニコーンより先に敵に襲いかかった。
シェアト隊が荒れ狂う。敵が紙のように舞った。勢いに押されエテルナ軍は一日目同様、徐々に後ろに下がり始めた。
そのころ、マクシム軍の左翼、ダスティン軍6千が動き出した。大きく回って中央軍の横腹に喰らいついた。しかし、そこにはトリュフォーが3千5百を率いて待ち構えていた。
「おう、熊野郎、性懲りもなくまた攻めてきやがったか」
「トリュフォー。俺はダスティンだ。昨日名乗ったろうが」
「知るか!」
トリュフォーの剛剣が唸りを上げた。ダスティンは難なく受け止めた。激しい一騎打ちとなった。
左翼では天馬隊、華鷹隊、トリュフォー軍の一部が見事な連携でエテルナ軍を押し込めていた。
「押せーっ! 押せーっ! このままエテルナの首を取れっ」
シルヴィアが叱咤する。その側にサンドラがピタリとついて縦横無尽に槍を振るっていた。
「シルヴィアさま! やはりおかしいです! 手応えが無さ過ぎる。これ以上中央軍と離れるのはまずいのではありませんか?」
「ん…」
ふと見ると、エテルナ軍がするするとリオネル軍との間を塞ぐように回り出した。
「まずい! 旦那さまと離される! ―天馬隊っ、陣地へ戻れ!」
「そうはさせへんで、猫耳王女!」
いつの間に近づいたのか、エテルナが剣を片手にシルヴィアに肉薄してきた。エテルナの剣が唸りを上げる。
刃が噛み合う激しい音が響いた。
「―サイノス!?」
それはサイノスだった。最初からエテルナをマークしていたのだ。シルヴィアに急接近する姿を追ってきたのである。
「エテルナ。顔の傷は元に戻ったようだな」
「ほざけ! あれはたまたまや。今度はラッキーパンチはないでぇ〜」
エテルナの剣が高速回転を始めた。強靭な手首があって初めてできる芸当であろう。その連続斬撃をサイノスは巧みにかわしていく。二人の意地と意地が激しくぶつかり合った。
一方、右翼は膠着状態に陥った。トリュフォーとダスティンの一騎打ちも、いつ果てるとも知れず続いている。
すると、クリフォードの中央軍から2千ほどが援軍として動き出した。それを見て、リオネルも右翼を支えようと2千を出した。
それを待っていたかのように、クリフォードの中央軍がリオネル軍へ一斉に向かってきた。全軍突撃である。リオネルの周りには5千しかいない。
右翼の援軍に出た2千が慌てて戻ろうとしたが、そのときには敵の増援2千に絡まれていた。
マクシム軍1万がリオネルに殺到する。シルヴィアもトリュフォーもすぐに駆けつけられない。あわやと思われた、そのとき。
「させるかーっ!」
禁軍から一騎が飛び出した。ギーだった。
ギーが剣を一閃した。数騎が吹き飛んだ。間髪入れず剣を左右に振る。雷光のように煌めくたびに敵が倒れていく。
ギーに続いてギャスパルが敵に踊り込んだ。同じように敵を吹き飛ばした。剣筋は粗いがスピードとパワーで2倍近く体の大きい敵を圧倒した。
暴風のように荒れ狂うギーたちによって、マクシム軍の勢いは一旦弱まった。しかし、2倍の兵力差はいかんともし難く、徐々に押されていく。
「ギーさま! リオネルさまの元へお戻りください!」
「何だと?」
「敵の数が多すぎます! リオネルさまの周りを固めてくださいっ」
「だったらギャスパルが戻れ!」
「俺は、ここで敵を食い止めますっ」
「駄目だっ!」
ここに残ることは、ほぼ死に直結する。ギーは、ギャスパルを追い立てるようにして、ともどもリオネルの元へ駆け戻った。
勢いを盛り返したマクシム軍が迫る。
果たしてリオネルの運命は―!?
【裏ショートストーリー】
エテルナ「……ほえ? 二人とも、えらい早起きやなぁ」
ララ「エ、エテルナ!?」
マクシム「お早う、エテルナ」
エテルナ「こない朝早く何してたん?」
ララ「な、何…って…」
エテルナ「まるで一緒に起きたみたいやな。お二人さん、夕べは寝たんか?」
マクシム「……」
ララ「バ、馬鹿っ! 何を言い出すの!? そんなわけないでしょ!?」
エテルナ「えっ…!? ちゃうちゃう! そういう意味で言うたんちゃうわっ。ちゃんと睡眠を取ったんかいう意味や!」
ララ「もうっ、エテルナったら!」
エテルナ「ララ。何赤くなっとんねん。意識し過ぎやわ」
ララ「そういうんじゃないからっ」
マクシム「……コホンっ。冗談はさておき」
ララ(冗談…よね…もちろん…)
マクシム「今日で決着つけるよ」
ララ「えっ!?」
エテルナ「……」
マクシム「今日、リオネルの首を取る」
ララ「……」
マクシム「二人はそのつもりでいて。動きは改めて言わないから、打ち合わせ通りに頼むね」
ララ「承知いたしました、マクシムさま。必ず討ち取りましょう!」
エテルナ(気合い入っとんな、ララは)




