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第23話 取引と駆引

「よく、来てくれたわ」


マノンに案内されて部屋に入ってきた人物に、ニッコリと微笑んだ。


「……どういうつもりだ? セリーヌ」


その人物とは、サンドラだった。絶世の美女ぶりは変わらない。白藍の長髪を黒いリボンで結ぶスタイルも相変わらずだった。


「どうもこうもないわ。今日からあなたは、あたしの侍女になるのよ」


「正気か? いや、確かにその話は聞いた。でも、私が承知すると思うか?」


「こうしてあたしのところに来てくれたじゃない。逃げることもできたのに。それって、承知してくれたからでしょ?」


「私は謝罪にきただけだ」


「……謝罪?」


「模擬戦では、迷惑をかけた。私が勝手に動かなければ、お前はエマに完勝していた。済まなかった」


サンドラは、丁寧に頭を下げた。誠実な人柄が忍ばれる。


「そんなこと、謝らなくていいわ。全然気にしていないから。あたしが気にしているのは、エマさまとの関係よ」


「……」


「どうして殺したいのか、聞いても話してはくれないよね」


「お前には、関係ない」


「で、しょうね。あたし、エマさまとは懇意にしているの。あたしの侍女になれば、エマさまと会う機会が必ずあるわ」


「……何が言いたい」


「このままだと、同期であなただけ不合格になるのよ。エマさまには、二度と会えなくなる」


「どこにいたって、狙う機会はいくらでもある」


「それでもあなたは、軍に入ろうとした。軍にいれば、エマさまに近づけると思ったから。そのほうが確実だもの」


「……」


「ねえ、サンドラ。取引しない?」


「取引だと?」


「エマさまとの関係は詮索しないわ。その代わり、あたしの侍女になって」


「断る」


「……どうして?」


「お前の侍女になるということは、帝国の犬になることだ。それは私の大義に背くことになる」


「軍に入ったって、同じことじゃないの。侍女になることと何が違うの」


「軍に入ろうとしたのは、あくまで便宜上だ。心を売り渡すわけじゃない」


「侍女になるのも同じよ。便宜上で結構。何もあたしに忠誠を誓えだとか、家臣になれとか言ってるわけじゃない。仕事として、あなたを雇いたいの」


「……」


「お給料も出すし、三食昼寝付きよ。エマさまにも会える特典付き。悪い話じゃないと思うけど」


「そこまでして、どうして私にちょっかいを出す? 私はお前が懇意にしているエマを殺そうとしているんだぞ。むしろ阻もうとして敵対するのが普通じゃないのか?」


「もちろん、そんなバカなことは阻止したいからよ」


「……私を飼い殺しにするつもりか?」


「違うわよ。あなたの友だちとして、誰も不幸にしたくないだけ」


「それこそ、戯言だ。お前の友になった覚えはない」


「あたしは、友だちだと思ってる。同期四人で友情を確かめあったじゃない」


「……侍女に雇うなどとたわけたことを言い出すかと思えば、今度は友情の押し売りか。お前、何様のつもりだ」


「ブランシャール帝国第三皇子リオネルさまの妻で、猫耳族の王女、シルヴィア・カトゥスよ」


「……」


サンドラは、初めて見るようにシルヴィアをジロジロと眺め回した。


「あたし、高貴なお姫さまなの。わがままし放題で育ったから、何でも思い通りになると思ってるわ。だから、あなたも言う事を聞きなさい」


「―似合わないなあ」


フランベルジュが鼻で嗤った。


「悪ぶるのはやめなよ、シルヴィア。ぜんっぜん、キャラじゃないから」


「ちゃちゃを入れないでよ。今、わからず屋を口説き落としてる最中なんだから」


「無理矢理侍女にしたって、解決にはならないと思うけど。そこの兎脚族の娘、エマにそっくりじゃないの。どうせ姉妹喧嘩が原因でしょ。放っときなよ」


「フランベルジュ!? それは言っちゃダメだって」


シルヴィアは、慌てて手を振った。


「エマさまとのことは詮索しないって約束したばっかなのに」


「そんなこと言って、そのうち気心が知れたら、聞き出すつもりなんでしょ。シルヴィアの考えそうなことだよ」


「ち、ちょっと! バラさないでよっ」


「―やはりそういう魂胆だったか」


サンドラの冷ややかな視線が痛い。


「ち、違うのよ、サンドラ。―ンもうっ、フランベルジュのバカっ。全部台無しじゃない!」


シルヴィアは、頭を抱えた。


「……ユニコーンか」


サンドラは、フランベルジュを物珍しそうに眺めた。


「ユニコーンは、猫耳族の守り神と聞いた。わがままし放題で育った王女ともなると、神とも友のような口をきけるのだな」


「……皮肉らないでよ、サンドラ」


「セリーヌ。……いや、シルヴィアだったな。一つ聞きたい」


「にゃっ?」


「私はお前の家臣になる気はない。侍女になったとしても目的は必ず果たす。最後はお前を裏切ることになるかもしれないが、それでもいいのか?」


「……ええ、いいわ。あたし、あなたを口説き落とす自信があるから」


「ほう。面白い。どちらが我を通すか、真剣勝負といこうか」


「ということは、承知してくれた、と理解していいのね?」


「ああ。承知しよう。―シルヴィア姫さま」


いきなりサンドラは跪いた。


「このサンドラ・デシャン、侍女として姫さまにお仕えすることを誓います」


「ありがとう〜、サンドラっ」


シルヴィアは、サンドラの首に抱きついた。


「これからよろしくね! あなたとは上手くやっていけそうな気がするわっ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「きゃあぁぁぁぁっ! 素敵っ」


侍女のお仕着せに身を包んだサンドラを見て、シルヴィアは、はしゃいだ。


「綺麗だわ。あなた、軍服よりドレスのほうがよっぽど似合ってるよ」


「お世辞を言っても、私の考えは変わりませんよ」


サンドラは、大して興味なさそうにぶっきらぼうに答えた。


「お世辞じゃないって。元々美人さんだもの。凄く映えるわ」


腰まである白藍の髪を三つ編みにしてサイドに流していた。黒のリボンは変わらず結んでいる。気品溢れるその姿は、とても一介の侍女とは思えない。


「ほんとに綺麗だわ〜」


マノンが、惚れ惚れとしながら言う。


「女の私でも惚れてしまいそう。これは宮廷中の男どもが大騒ぎするわねぇ」


サンドラは20歳だそうだが、マノンより年下とはとても思えなかった。お仕着せから大人の色気がダダ漏れしている。愛想がないのが唯一の欠点ではあるが。


「……それじゃ、早速行きましょうか。あなたたちも()いてきて」


シルヴィアが歩き出す。


「どちらへいらっしゃるのです?」


「あなたもよく知ってる場所よ、サンドラ」


「―失礼します」


そのとき。ドアがノックされた。


「……どなたですか?」


「ガブリエルです」


「にゃっ!?」


シルヴィアは、思わずマノンと顔を見合わせた。そして、そっと頷いてみせる。マノンはドアを開けてガブリエルを招き入れた。


「おくつろぎのところ、申し訳ありません、義姉(あね)上」


ガブリエルは、相変わらず天使のような微笑みを絶やさない。一瞬、サンドラに視線を送ったが、何事もなかったかのようにシルヴィアに笑顔を向けた。


「義姉上のご活躍を耳にして、ご挨拶をしたいと思っていたのです」


「そんなことのために、わざわざ足をお運びくださるなんて、恐縮ですわ。ガブリエルさま」


「アニェス姉上の一件、僕からもお礼を申し上げます」


「とんでもない。私一人の力ではありません」


「いえいえ。義姉上の行動力あってのことでしょう。すっかり皇妃陛下は、貴方を気に入られたご様子。義姉上も宮廷内に確固たる地位を築かれて、僕としても慶ばしい限りです」


「ありがとうございます。いつもガブリエルさまにはお心に掛けていただいて、感謝しておりますわ」


「僕など、何の役にも立っていませんよ。―でも」


ガブリエルは、ぐっと近付いた。香水の匂いが迫る。反射的に身を引こうとするのを必死に堪えた。


「義姉上のためなら、力を惜しまないつもりです。何かお困りのことがあったら、どうぞ、ご遠慮なさらず僕を頼ってください。もっとも、義姉上の魅力があれば、お仲間が次々と増えていくことでしょうね。僕など必要ないかな」


今度ははっきりとサンドラを見つめた。サンドラも負けじと見つめ返す。


「……見かけない侍女ですね。新しく雇ったのですか?」


「ええ。サンドラと申します。どうぞお見知りおきください」


「そうですか。義姉上のお部屋は、いつも美しい花々が咲き乱れていらっしゃる。実は僕は、義姉上の元へ訪れるのを楽しみにしているのですよ」


「いつでもお越しください。歓迎いたします。―そうだ。ちょうどいい機会だわ。もしよろしければ、お茶でもいかが? ガブリエルさまとは一度落ち着いてお話をしたいと常々思っていたの」


「それは光栄です。僕としても義姉上と言葉を交わすのはとても楽しい。ですが、申し訳ありません。この後予定が入っておりまして、今日はご挨拶だけのつもりで立ち寄ったのです」


「あら、残念」


「後ほど、予定を合わせましょう。リオネル兄上にも了解を得なくてはならぬし。あらぬ誤解を招いてはお互い困りますしね」


「ご配慮、痛み入ります」


「それでは、僕はこれで失礼します。近いうちに、じっくりお話ししましょうね、義姉上」


天使の微笑みを残して、ガブリエルは辞去していった。

【裏ショートストーリー】

マノン「サンドラの髪、凄く綺麗〜。枝毛もないし、手入れ大変なんじゃないの?」

サンドラ「……毎日、一時間かけている」

マノン「やっぱり〜? 私なんか短いから、いつもちゃちゃっと済ませてるの〜」

サンドラ「マノンの髪、私は好きだな。つやつやだし、何より似合ってる」

マノン「えっ!? ほんとぅ? ウソでも嬉しいわぁ」

サンドラ「私はおべっかは嫌いだ」

マノン「へぇ。サンドラって、怖そうな人かと思ってたけど、ほんとは優しいのね」

サンドラ「……私のこと、知りもしないくせに、勝手なことを言うな」

マノン「照れちゃって、可愛いぃ〜」

サンドラ「……」

マノン「侍女同士、仲良くしましょ。シルヴィアさまのためにも」

サンドラ「……どうして女っていうのは、こうもうわべだけの仲良しごっこをしたがるんだ」

マノン「うわべだけの関係から、真の友情に変わる子が稀にいるからよ」

サンドラ「言ってて恥ずかしくないか?」

マノン「シルヴィアさまを見てたら、あなたも考えが変わると思うわあ」

サンドラ「ちっ…。シルヴィアか。変わった女だ」

マノン「命をかけるに値する方だわ」

サンドラ「同調圧力をかけるな」

マノン「そのうち、あなたにもわかるよ」

サンドラ「……」

マノン「さあ、これで三つ編みができた。シルヴィアさまにあなたの侍女姿、お披露目しましょ。楽しみ楽しみ」

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