表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/221

第217話 身二つ

その日は、前夜から降り始めた雪が思いのほか積もり、朝になると一面の銀世界となっていた。


サンドラは、メロディの世話で厳重に防寒すると、司馬の執務室へ向かった。通称『猫耳王女のサロン』といい、天馬隊の会合があるのだ。


既に産み月に入った。予定日まであと2週間ほどである。休んでも誰も何も言わないだろうに、真面目なサンドラは、出席するといって聞かない。メロディは仕方なく、体調が悪くなったらすぐに退席する約束で承知した。


外は凍えるような寒さだが、サロン室内は暖房が効いていて、とても暖かった。


誰かが気を利かせたのか、サンドラの席には毛皮が敷いてあった。上着を一枚脱がせると、メロディは膝の上に掛けた。


「全員、揃ったな」


エーヴが口火を切った。今日は至宝天だけの集まりでシルヴィアは参加していない。これからも、こういう会合は増えていくだろう。


「今日の議題は二つだ」


会合の司会進行役は、エーヴが務めている。元から、話し合いの場ではエーヴが仕切ってきた。自然の流れというものである。


「一つは、セリーヌの護衛体制をどうするかだが…」


「それは決まっているさ」


ジュスタンが翠色の髪をかき上げた。


「順番制にしよう」


「そ、そうすると、ジュ、ジュスタンもセリーヌに近侍することになるけど?」


「何が問題なんだ?」


ジュスタンは、ジロッとミラベルを見た。


「大ありだ」


サイノスが逆にジュスタンを睨んだ。


「お前のような脳内下半身をセリーヌの側に貼り付けるなど言語道断」


「酷いなあ。妻がいる前でなんてこと言うんだ。僕は貞淑な夫だよ」


「貞淑が聞いて呆れる。今まで散々遊んできたくせに」


「サイノスは、知らないのかい? 独身のときに遊んでいた男ほど、結婚すると真面目になるんだよ」


「それは本当ですわ」


メロディが口を挟んだ。彼女は一介の侍女に過ぎない。しかし、会合で発言しても誰も気に留めないし、むしろ当然のこととして皆受け止めている。


「ジュスタンは、まったく遊びに行かなくなりました。仕事が終わると、真っ直ぐ家に帰ってきてくれます」


「騙されるな、メロディ」


エーヴが言う。疑わしそうにジュスタンをジロジロ眺めている。


「浮気グセのある男は、一見大人しくなったように見えても、必ず浮気するとも言うぜ」


「それは誹謗中傷だな。僕は一度たりとも浮気をしたことがない」


「―順番制はやめて、固定制にしたらどうだ?」


サンドラが言った。途端、エーヴが目を剥いた。


「固定って、誰にするんだ? 結局、それを決めるのに揉めるぞ」


「私が立つ」


「お前な…」


当然のように言うサンドラに、エーヴは呆れてみせた。


「これからガキを生もうって奴が、どうして護衛に立てるんだよ?」


「生んだあとさ。メロディがいてくれる。子どもを任せてシルヴィアさまの側についていられる」


「そうは言ってもな…」


「俺はサンドラに同意する」


真っ先にサイノスが手を挙げた。


「かつて侍女もしていたサンドラなら、セリーヌも受け入れやすい。適任だ」


「とは言っても、現実問題として今は無理だよ」


ジュスタンが指摘する。サンドラは、うなずいた。


「わかってる。子どもが生まれるまでは、エーヴに頼みたい」


「えっ!? わたし?」


思いもよらなかったのか、反射的に背筋を伸ばした。


「エーヴはシルヴィアさま一の親友だ。絆も深い。安心して任せられる」


「ええ〜? そんなに持ち上げるなよ〜」


エーヴは、まんざらでもなさそうに青い瞳がほころんだ。


「セリーヌ一の親友だなんて、言い過ぎたぜ。―そうかぁ? やっぱりわたししかいねえかなあ。サンドラにそこまで言われちゃ、断り切れねえなあ。しょうがねえ、気が進まねえが、わたしが護衛役になるぜ」


サンドラ以外の三人は、三者三様の反応をみせた。即ち、ジュスタンは肩をすくめた。サイノスはため息をついた。ミラベルは拍手した。


「頼んだぞ、エーヴ」


にっこり微笑んだ、次の瞬間。サンドラの様子が一変した。


「……痛っ」


「サンドラさま!?」


最初に異変に気づいたのは、メロディだった。


「どうされました?」


「……痛い」


「お腹ですか?」


「……!?」


サンドラの顔が歪んだ。


「い、痛い…っ…うっ、う〜っ!?」


「サンドラさま!?」


「……う、生まれる―」


「えっ!?」


皆、一斉に腰を浮かせた。


「た、大変だっ。ガキが生まれる! どうするどうする!?」


「エーヴさま、お静かに!」


狼狽えるエーヴをメロディは叱りつけた。


「陣痛が始まっただけです。落ち着いてください。―サンドラさま。歩けますか?」


「痛いっ…ううっ」


「破水はしていませんね。少し様子をみましょうか」


「メロディ!? そんな悠長なこと言ってていいのか? ここで生まれたらどうする!?」


エーヴが血相を変えて迫った。しかしメロディは落ち着き払っている。


「陣痛が始まったからといって、すぐに生まれるわけではありません。痛みは間隔を空けて繰り返しますから、様子を見てお医者さまのところへ行きましょう」


「はあ…」


何を言うにも、出産経験があるのはメロディだけだ。エーヴは毒気を抜かれたような顔をして立ち尽くした。


「―何か俺たちにできることはないか?」


サイノスが尋ねた。


「皆さまには、関係者の方々にお知らせをお願いします。サンドラさまが産気づいたと。今夜か明日には生まれると思われます」


「わかった」


至宝天は、慌ただしく散っていった。


「―サンドラさま。大丈夫ですよ。私がついています。大丈夫ですからね」


痛みに悶えるサンドラの背中を、メロディはさすり続けた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お初にお目にかかります、殿下。アデラール・バルドーと申します」


アデラールは、ギーに対して臣下の礼をした。アデラールにとって、主君の夫君となる。


「ギー・ルブランです。妻が世話になります」


途端、エマは照れたように顔を隠すと思い切りギーの背中を叩いた。


「いや〜ん! 妻だなんて、恥ずかしいわっ」


「痛っ!?」


「あら。ごめんなさい」


目を剥いたギーの腕を豊かな胸に抱えた。ギーは苦笑いを浮かべた。アデラールの後ろでひざまずいているジャドールとトリストが顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。


「年内に一度、クニークルスに下見に行こうと思ってるの。彼らも一緒についてきてもらうから、今日は顔合わせよ」


「アデラールどの。よろしく頼みます。どうか妻を支えてやってください」


「もったいなきお言葉。このアデラール、全身全霊をもってエマ陛下に尽くす所存。殿下にも何卒ご指導賜りたくお願い申し上げます」


「あ、いや、その殿下というのはやめてくださいませんか。私はただの軍人です」


「リオネル陛下のご身辺をお守りする禁軍の指揮官、太尉(たいい)でいらっしゃる。ただの軍人ではありませんな」


アデラールは、観察するようにじっとギーを見つめた。


「肩書など便宜上つけただけのもの。リオネルさまの従者に過ぎませんよ」


「……と、同時に、エマ陛下の配偶者であられる。つまり我々()()()()()()()()にとっては、王配殿下でございます」


「ふふっ…」


エマは、満足そうに笑みを浮かべた。王配よりクニークルス国民という言葉に心を揺さぶられたようだ。


「アデラールにはね、政務全般をみてもらおうと思ってるの」


エマはギーにくっついたまま離れない。婚約を発表して以来、関係を大っぴらにできるようになって、行動が大胆になってきた。今まで気持ちを抑制してきたので、その反動が出たのだろう。


「それから、後ろにいるアデラールのお友だち。ジャドールとトリストと言うのだけど、二人には国軍の面倒をみてもらうつもり」


「そうか。―お二人とも、面倒をおかけしますが、どうか妻のことをよろしく頼みます」


「ははっ」


ジャドールとトリストは、殊勝に頭を下げた。


「―エマさま〜っ」


そこへ、息せき切って駆けつけた者がいた。


「あら!? あなたは『天弓』じゃないの」


ジュスタンは、自慢の前髪を乱しながら、エマの前に辿り着いた。


「探しましたよ〜、エマさま」


「どうしたの? そんなに慌てて。もしかして、浮気がバレてメロディから逃げてきたとか?」


「どうしてみんな、僕のことをそういう目で見るかな〜」


ジュスタンは憤慨して頬を膨らませた。どんな表情をしても絵になる男である。イケメンは得だ。


「違いますよ。サンドラが産気づいたんです!」


「えっ!? 本当?」


「メロディによると、今夜か明日には生まれるそうです!」


「きゃあ〜っ、大変っ。こうしちゃいられない!」


ギーの手を引っ張ってエマは走り出した。


「アデラールたちは解散していて!」


後ろに向かって叫びながら、エマは前だけを見ていた。


「サンドラーっ! 私がいくまで生まないでーっ」


「すぐには生まれないですって! ―聞いていますか、エマさまっ!」


慌てて後を追うジュスタンの叫び声は、エマには届いていないようだった。

【裏ショートストーリー】

アレクシア「シルヴィアか。急に訪ねてくるとは、いかがいたした?」

シルヴィア「本日お伺いしたのは他でもない、旦那さまの側妃のことです」

アレクシア「うむ。決心はついたか」

シルヴィア「はい。お断りする決心がつきました」

アレクシア「……なんと。それは如何なるわけか」

シルヴィア「旦那さまのお子は私が何としても生みます!」

アレクシア「それが叶わぬ故、側妃をとるよう申しているのではないか」

シルヴィア「例え私が生めなくても、側妃は嫌でございます」

アレクシア「……シルヴィア。私はそなたが嫁いできた日、尋ねたはずだ。皇帝家の嫁となる覚悟はできているか、とな。そなたには覚悟が足りなかったようじゃ」

シルヴィア「覚悟はできております。私にお子ができなければ、皇統はアニェスさまにお譲りいたします」

アレクシア「なんと!?」

シルヴィア「アニェスさまには女帝となっていただき、皇配殿下との間の子が跡を継げばよろしいかと」

アレクシア「本気か?」

シルヴィア「はい。恐れながらアニェスさまも皇太后陛下の義娘にございます。そのお子は義孫にお変わりありません」

アレクシア「……」

エーヴ「……セリーヌっ! 大変だっ」

シルヴィア「エーヴ!? 皇太后陛下の御前ですよ、控えなさい」

エーヴ「そんなこと言ってる場合じゃねえ! サンドラが産気づいたんだ!」

シルヴィア「にゃにゃっ!? それ、ほんと!?」

エーヴ「こんなことでウソ言うかよ! メロディが言うには、今夜か明日には生まれるってよ」

シルヴィア「きゃあ〜っ! それは大変! ……皇太后陛下、急用ができましたので、これで失礼いたしますっ…」

アレクシア「……あの子は、本当に人のことばかり心配して…。困った義娘だこと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ