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第216話 緊迫の二人

「お義姉さま、お呼び立てしてごめんなさい」


アニェスの私室である。お茶のお誘いを受けたのだ。しかし、サロンではないところが、話の用向きを容易に想像できる。


「まずはこちらに座って」


侍女のソフィに任せず、自らテキパキと動いてシルヴィアの世話を焼く。紅茶の()()やお茶菓子まで整えた。


思えば、初めて会ったころは毒の影響で身体を壊しており、自ら動くどころかロッキングチェアに座ったままで何もできずにいたのだ。隔世の感とはこのことである。


「コーヒーは用意できなかったの。市販されていないから、なかなか手に入らないわ」


「言ってくだされば、融通いたしますのに」


「近々2号店を出すのでしょ? 大人気だからお店に回すのが精一杯だと聞いたし、皇族の特権みたいで嫌よ」


「アニェスさまは特別です。今度納品分からお回しします」


「気を遣わないで。飲みたくなったら、お姉さまのお部屋へうかがうから」


「……」


「―ところでお義姉さま。何かお悩み事でもあるの?」


(やっぱり、この話か…)


想像したとおりだ。エマたちの婚約祝いの席で、不審な態度をとってしまった。できるだけ平静でいようと努めたのだが、かえって目立ってしまったようだ。


「……いえ、特に何も」


「そうなの?」


アニェスは、じっと見つめてきた。思わず目を伏せた。否定した言葉が嘘であると如実に物語ってしまった。


「日ごろお義姉さまは、ご友人に独りで抱えるな、相談しろと口を酸っぱくして仰ってるわ。それはご自身にも言えることよ」


「……」


「私では、力になれない?」


「アニェスさま…」


アニェスの優しさが痛いほど伝わってくる。涙が一つ頬を伝った。アニェスが手を握ってきた。その瞬間、心のたがが外れた。涙がポロポロとこぼれた。


アニェスは、つと立ち上がると、椅子に座ったままのシルヴィアを上から抱き締めた。それは、初めて二人が会ったときに、シルヴィアがしたこととまったく同じだった。


シルヴィアは、とうとう泣き崩れてしまった。アニェスは何も言わずぎゅっと抱き締めてくれた。


「……皇太后さまに呼ばれたんです」


ひとしきり涙を流すと、シルヴィアは、ぽつりぽつりと話し始めた。アニェスは、身じろぎ一つせず、じっと耳を傾けていた。シルヴィアが話し終えても、やはりじっとしたままだった。やがて、大きなため息を一つついた。


「―そう…。お義母さまがそんなことを」


アニェスは、ふいに頭を下げた。


「ごめんなさい。お義姉さまを苦しめてしまって。義娘(むすめ)として、お詫びします」


「そんな、アニェスさまは何も悪くありません」


「いいえ。お義姉さまは、リオネル家にとってなくてはならない方。それをこんな形で追い詰めてしまうなんて、罪は私たちにあります」


「罪だなんてとんでもない。嫁の務めを果たしていない私が悪いんです」


「こればかりは授かりものだから、仕方のないことです。実は誰にも言ったことがないのですが―」


アニェスの黒い瞳が強い光を放った。その様は、リオネルにそっくりだった。


「お兄さまとお義姉さまの間に子ができなければ、リオネル家は、一代限りで終わっても良いと思っているのです」


「にゃっ!?」


シルヴィアは涙に濡れた金色の瞳を瞠った。


「お兄さまはベルトラン家の血を引いていない。それでも、皇帝の位を襲ったお兄さまを民衆は受け入れてくれた。諸手を挙げて歓迎してくれた。それは、お兄さまとお義姉さまが手を取り合い助け合って戦いを勝ち抜いたことを知っているから」


「……」


「だから、次代の担い手は、お義姉さまの子でなくてはならないのです。リオネル家は、種族の融和を謳っています。人間族と猫耳族の間に生まれた子こそ、その象徴に相応しい。側妃の子では駄目なのです」


「アニェスさま…」


「ご安心ください、お義姉さま。お義母さまは私から叱っておきます。二度とそんなことを口にしないようきつく言い聞かせますから、どうか赦してあげて」


「叱らないでください、アニェスさま」


シルヴィアは、涙を拭った。笑顔すら浮かべながら。


「皇太后さまは旦那さまのことを心配なさっただけなの。みんな、私が悪いんです」


「違うわ、お義姉さま―」


「ううん。わかっています。世継ぎの問題は、遅かれ早かれ表面化すること。皇太后さまは、あえてご自身が口にすることで、ほかの方の口を封じたのよ」


「……」


「アニェスさまのお言葉で、とても心が軽くなったわ。お話しして良かった。本当にありがとう」


「いいえ、とんでもない」


「皇族に嫁いだ以上、世継ぎ問題は避けて通れない。重々承知しているわ。でも、やっぱり側妃は、どうしても受け入れられない。旦那さまがほかの女と愛し合って子をもうける、なんて、考えただけで気が狂いそうになる」


「お察しします」


「皇太后さまには、側妃について私からお断りしてきます」


「遠慮なさならいで。私から言っておきますから」


「いいえ。皇后として嫁として、義母上さまに物申せないのでは、意気地がなさすぎるわ」


「……本当に、いいの?」


「はい。大丈夫。アニェスさまのおかげで勇気が沸いてきました」


金色の瞳に力強さが戻ってきた。アニェスは、まだ心配そうに見守っていたが、安心させるように太陽のような輝く笑顔で応えるのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「リオネルさま!」


「よう、マリー」


ベランダの窓から収納室へ入ると、マリー=アンジュの笑顔が出迎えた。


「リオネルさまの言い付けどおり、部屋の中でお待ちしていましたよ」


「おお、いい子だ」


「んふっ」


早速マリー=アンジュはリオネルの腕を取った。ぴったりと身体を寄せてくる。リオネルは頭をかきながら、それでも拒否はしない。


「リオネルさまって、不思議。最近は服装が綺麗になりましたよね?」


「ん? ……まあ、な」


「どんなお仕事をなさっているのかしら。ただの召使いではないのでしょう?」


「それはだな―」


「あ! 仰らなくていいです。リオネルさまがお話しなさらないのだから、公言できないお仕事なのかもしれないし」


「……お前のほうこそ、パーティーにいなかっただろ? メイドの仕事はどうした?」


「パーティー? ……ああ! エマさまとギーさまの婚約祝いですね。なぜか現場には駆り出されなかったんです。代わりにその日は厨房で働いていました」


「ふ〜ん。それでいなかったのか」


「ということは、リオネルさまは現場にいらしたんですね。本物のリオネルさまと遭遇したら、どんな会話をなさるのかしら」


マリー=アンジュは、クスクスと笑った。


「さあな。物好きな皇帝だから、立ち場を入れ代わったりするかもな」


「あっ! それ、素敵。昔話でそういうのありましたよね。双子のようにそっくりな王子さまと貧乏人が入れ代わって、王子さまの命が狙われる話」


刹那、栗色の瞳が強く光った。しかし、すぐに愛らしい笑顔に隠された。


「―もっとも、リオネルさまはお名前が同じなだけで、入れ代わってもすぐバレてしまいますよ」


「……」


マリー=アンジュは、上目遣いでリオネルを見た。すると、突然、お仕着せのブラウスの第一ボタンを外した。


「……なんだかこの部屋、暑くありません?」


「今は冬だぜ。暑くはないだろう」


「でも、私は暑くなってきちゃった」


マリー=アンジュは、第二ボタンも外した。前屈みになる。リオネルのほうが背が高いので、必然的に胸元が覗けた。白い谷間が視界に飛び込んでくる。


リオネルは、慌てて目を背けた。


「―んふっ。リオネルさまって、可っ愛い!」


マリー=アンジュは、ボタンを二つともかけ直した。


「……ねえ、リオネルさま。『猫耳カフェ』って、ご存知ですか?」


「ん…? ああ、知ってる。流行りのコーヒーを出す有名店だ」


「今度、そこへ連れていってください。コーヒーというのを飲んでみたいの」


「ん〜。そこは、ちょっとなあ」


「ええ〜? どうしてぇ? いいじゃないですか。たまにはお休みをいただいて、一緒に行きましょうよ」


「ん〜、でもなあ―」


「嫌っ!」


マリー=アンジュは、また身体を寄せた。栗色の瞳が見上げてくる。


「絶対、行くのっ! 約束よっ」


強引に小指を絡ませてきた。


「……まあ、様子を見て、な」


「ダメよ。たった今、約束したでしょ。必ず連れていってください」


リオネルは、頭をかきながら、渋々うなずいていた。


「嬉しいっ! 楽しみだわ」


マリー=アンジュは、満面の笑みを浮かべて更に身体を擦り寄せた。頭をリオネルに預ける。その表情は、幸福に満ち溢れていた。

【裏ショートストーリー】

コレット「……なんて素敵なご義姉妹なんでしょう」

マノン「もらい泣きしないでよ」

コレット「だって、お二人の優しさがこんなにも滲み出ているのですもの。実のご姉妹以上の絆がお有りなのですね」

マノン「世界で最強のご義姉妹よ」

コレット「最強ですか。最高じゃなくて?」

マノン「最強よ。お二人が力を合わせている限り、誰にも負けはしないわ」

コレット「……誰と競い合っているんです?」

マノン「もちろん、リオネル家を快く思わない連中すべてに対してよ」

コレット「はあ…? よくわからないですけど、お二人の仲の良さは羨ましいです。私、兄弟がいないから」

マノン「いるじゃないの、すぐ近くに」

コレット「えっ!? マノンさま、私のことそんなふうに思っていてくださったんですか?」

マノン「私? 違うわよ。孤児院の子どもたちよ。兄弟同然に育ったのでしょ?」

コレット「……」

マノン「何よ? 違うっていうの?」

コレット「……いえ、そうは言いませんけど、なんか、寂しいなと思って」

マノン「あなたは、私にとってはむしろ手のかかる娘みたいなものよ」

コレット「……それ、無理があります。そもそも、ご自身が親世代扱いでいいんですか?」

マノン「私のこと、お義母さんなんて言ったら、ぶっ飛ばす」

コレット「……矛盾してる」

マノン「女はね、複雑なのよ〜」

コレット(……支離滅裂だわ。マノンさま大丈夫かな? リュカさまとも順調みたいだし、浮かれてるのかな?)

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