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第214話 軋む両輪

朝からどんよりと曇っていた。


空気もピリピリするくらいに冷えている。今にも雪が降りそうだ。


今日はケヴィン姉弟が帰国する。残念ながら冬晴れとはならなかった。しかしそれでも、当事者たちには関係なかった。


「それじゃ、元気でね」


シルヴィアは、二人に声をかけた。


「シルヴィアさまもお元気で」


「お世話になりました」


姉弟は、それぞれ挨拶を返した。


「ヴィシー!」


「メロディさん!」


ヴァネッサは、メロディに飛びついた。胸にジュリアンを抱いているので、気をつけながらではあったが。


「メロディさんには、本当にお世話になりました」


「いいのよ。私も楽しかったわ、妹ができたみたいで」


「嬉しいっ! 私もお姉さまと思っていました」


「身体には気をつけてね」


「はい。メロディさんも。―ジュリアァ〜ン! しばらく会えなくなるけど、元気でね」


ジュリアンに手を伸ばすと、小さい手で指を掴んできた。


「きゃあぁぁ〜っ! 可愛いっ!」


ヴァネッサが歓声を上げたその横では、弟も別れを惜しんでいた。


「それじゃ、行くね、フルール」


「元気でね、エミリアン」


「必ず約束は果たすよ」


「信じて待っているわ」


お互い、じっと見つめ合った。その胸に刻みつけるように。


「―手紙を書くよ、毎日」


「毎日は、やり過ぎよ。気が向いたらでいいわ」


「きっと、毎日気が向くよ」


「エミリアンったら…」


フルールが笑った。あの親しみやすい笑顔だ。これも、当分見られなくなる。


二人は、両手を握り合った。お互いの右手首には、赤と桃色のプロミスバンドがキラキラと煌めいていた。


その横では、メロディに代わって一人の男が姉の前に立っていた。


「ヴィシーさん。2年後をお待ちしています」


「はい、ランスさん。そのときには、指輪も期待しています」


ヴァネッサは、いたずらっ子のように手を掲げてみせた。薬指のダイヤモンドがキラキラと輝いた。


「ええ、もちろん!」


バルケッタは、照れたように頭をかいた。


「―二人とも、そろそろ行くぞ!」


ギュスターヴが、馬車の前から声を放った。


「……もう、行かなくちゃ」


ヴァネッサは笑顔で手を振った。エミリアンは振り切るように手を離した。二人は、オルタンスとレジスに介添えされながら馬車に乗り込んだ。


「―さようなら〜っ!」


姉弟は、馬車の窓から身を乗り出すようにして手を振り続けた。フルールは、少し前に歩きかけたが、何とか踏みとどまった。


姉弟を乗せた馬車は、皇宮の大門を出て見えなくなった。それでも見送りの人々は、それぞれの想いを胸に抱えながら、しばらく大門を見つめ続けていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「皇太后陛下、ご機嫌麗しゅうございます」


シルヴィアは、居室に入ると膝折礼をして挨拶した。


「お召しとお聞きし、参上いたしました」


「シルヴィアか。挨拶などよい。近う参れ」


「はい」


アレクシアの言われるがまま、侍女に案内されてテーブル席に着いた。


瞬時に姑の顔色をうかがう。機嫌は悪くなさそうだ。だが、どことなく張り詰めた緊張感がある。呼ばれた理由も何となく想像がつく。


「ガイヤールの姉弟は、帰ったか」


「はい。また戻ってこられる日が楽しみですわ」


「リオネルどの直臣とルメール王家との婚姻。同盟をより強固なものとするであろう。その熊爪族の直臣、何といったか…」


「バルケッタですわ」


「そう、そのバルケッタ、ギーが養子にしたそうではないか」


「ええ。彼にはブランシャール国内で寄って立つ家がありませんので、初めから何かと面倒をみていたギーさまが引き取られたのです」


「つまり、ルメール王女は、クニークルス女王の義理の娘ということにもなる。奇しくも三国が婚姻で結ばれたということだ。なかなか良い策である。誰が考えたか知らぬが」


「結果的にそうなっただけで、誰も意図したわけではありません」


「そういうことにしておこう」


「……」


「いずれ、子が生まれて更に国家間で婚姻が進めば、各国が縁戚となろう。さすれば万が一争いが起こっても、武力ではなく話し合いで解決できる世がくるかもしれぬな」


「そうなれば、まさに世界は平和な世となります」


「そのためには、ブランシャール皇家にも、子ができねばならぬ」


「……」


「シルヴィア。懐妊の兆しはないか」


(やっぱり、呼ばれた理由はそれか)


想像していたとおりだった。ここ最近のアレクシアの関心は、この一点のみと言っても過言ではない。


「―申し訳ありません。未だ兆候は現れず」


「夜のお勤めは励んでおるのだろうな」


「え、ええ…。まあ、それなりに…」


真っ赤になりながら答えた。嘘ではないが、決して励んでいるとまでは言えない。あまりリオネルが求めてこないというのもあるが、シルヴィア自身、今の状態がとても心地いいのだ。


「さようか…」


アレクシアは、明らかに落胆した様子をみせた。


血の繋がりがないとはいえ、リオネル、アニェス兄妹を幼少のころから面倒をみてきたのだ。今や実子同然である。孫の誕生を望むのは世界共通の親心であろう。


内心、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、それも、アレクシアの次の一言で雲散霧消した。


「ならば、仕方ない。そろそろ、側妃を考えねばならぬ」


「―!」


(側妃…!? 愛人、てこと?)


衝撃だった。妊活を強く勧められるだろうとは思っていたが、まさか、側女を勧められるとは…。


「そなたが嫁いで早2年近く。リオネルどのも皇帝となられた。世継ぎがないでは、国が安定せぬ。正妃に子が生まれぬのであれば、側妃を置くしかない」


理屈はわかる。王族として生まれたからには、そういうこともあると頭では理解していた。しかし、現実として突きつけられると、ショックで頭が真っ白になった。


(―リオネルが、ほかの女と愛し合う…)


カッと身体が熱くなった。絶対に嫌だ。到底受け入れられない。


「……気持ちはわかるぞ、シルヴィア。正妃として、これほどの屈辱はない。私もかつて同じ思いを味わった。だからこそ、そなたには同じ思いをさせたくなかった故、これまで言い出せずにいた。だが、子ができぬとあらば、親として、国の皇太后として、心を鬼にして言わねばならぬ」


アレクシアの言葉が頭に入ってこない。


「かつては側妃も政治的な意味合いが強かった。しかし世も変わった。見知らぬ女を側妃にするのが嫌であれば、そなたが信頼できる者を勧めてもよいのだぞ。例えば侍女の一人であるとか」


「にゃっ…!?」


侍女という言葉は、強く耳に入ってきた。つまりそれは、マノンかコレットということか。どちらかがリオネルの愛を受けて子を産むのか…。


呆然とした。もう、何も考えられない。考えたくない。


どうやってアレクシアの前を辞したのか覚えていなかった。気がつくと、自室のお気に入り丸型ソファの上で丸くなっていた。涙が勝手に流れてきた。


マノンもコレットも、声をかけてこない。


ただひたすら、涙だけが流れ続けた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


一方の当事者であるはずの男は、妻が人知れず涙を流しているとは夢にも思わず、いつものベランダで『女』と会っていた。


「リオネルさまは、ちゃんとお仕事をなさっているのですが?」


マリー=アンジュが無邪気に問いかけた。


「やってるさ。だから、こうして息抜きに来てるんじゃないか」


「私は、仕事の合間のただの息抜きですか」


マリー=アンジュは頬を膨らませた。


「そう怒るな。マリーと話していると、なんかホッとするんだ。しがらみ? みたいなものを、すべて忘れられるから」


「……そういうことなら、許して差し上げます」


花の笑顔が咲いた。息が真っ白だ。リオネルは、ふいにマリー=アンジュの手を握った。


「えっ!? な、何を―」


「こんなに手が冷たい。いったい、どれくらいベランダにいたんだ」


「……だって、リオネルさまが、いつ来るかわからないから…」


マリー=アンジュは、顔を伏せた。リオネルは、手を引っ張って立ち上がった。


「リ、リオネルさま!?」


戸惑うマリー=アンジュを連れて部屋へと入った。


そこは、収納庫として使われているようだった。棚がずらりと並び、日用雑貨品がところ狭しと積み上げられていた。


「これからは、部屋の中で待っていろ。もう冬だ、ベランダじゃ、風邪引いちまう」


「……ありがとうございます。お優しいんですね」


「別にそういうんじゃ…」


「ふふっ。―でも、ベランダでも良かったのに」


「なんで!? ほんとに風邪引くぞ」


「だって、リオネルさまがお出でになったときに、身体をくっつけるいい言い訳になったのですもの」


「―!」


「私も―」


「ん?」


「私も、リオネルさまといると、ほっとするんです。仕事の嫌なことも全部忘れられるから」


「……」


「ここで…待っていて、いいんですよね?」


「えっ…」


「これからも、この部屋で待っていれば、リオネルさまにお会いできるのですよね?」


「……ああ。会えるさ」


「嬉しいっ」


マリー=アンジュは、腕を絡ませてきた。無邪気そうに微笑んだ。


純真無垢な花の笑顔に、リオネルは慌てて視線を逸らした。そのとき。


ほんの一瞬、マリー=アンジュの栗色の瞳が妖しく光った。


しかしリオネルは、まったく気がつかなかった。マリー=アンジュに視線を戻したときには、花の笑顔が向けられているだけだった。

【裏ショートストーリー】

コレット「シルヴィアさま、お可哀想」

マノン「王族に生まれたものの宿命だね。いや、貴族とか大金持ちの商人とか、資産家には付きものの話よ」

コレット「私なら、絶対に許せない。後継ぎが大事なのはわかるけど、だからといって愛人を認めろなんて、ふざけるなって、感じです」

マノン「ジェレミーさまがそんなことしたら、即離婚だね〜」

コレット「……どうしてここでジェレミーさまが出てくるんです?」

マノン「だって、将来の旦那さまでしょ〜?」

コレット「違いますっ! そもそも、お付き合いすることを決めたわけでもありません!」

マノン「そうなの〜? だったら、リオネルさまの側妃はあなたで決まりじゃない」

コレット「……!? 本気で仰っています?」

マノン「……ごめん。シルヴィアさまのお気持ちを考えたら、冗談でも言っちゃいけないわね」

コレット「そうですよ。何も後継ぎが血を分けた子どもでないといけないなんてことはないでしょう? そういうときは、養子を取ればいいじゃないですか」

マノン「そうだね…。まったくそのとおりだわ」

コレット「皇太后さまだって、リオネルさまを実の子のように仰ってるけど、血の繋がりはないですよね。シルヴィアさまの御子は自分の孫でも何でもないんだから、口出す権利なんてないと思います」

マノン「まったくの正論なんだけど、絶対に外でそんなこと

言っちゃダメよ」

コレット「わかってます。マノンさまだから言ったんです。それくらいの分別はありますよ」

マノン「わかってるなら、いいわ(コレットの場合、ほんとに言いそうなんだよな〜)」

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