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第210話 閣議と親心

皇宮内の一室に、丞相(じょうしょう)六部尚書(りくぶしょうしょ)が集まった。


新設された行政機関のために、各所に事務室が設けられた。その中で、各トップが集まって協議するために整備された部屋である。後に閣議室と呼ばれることになる。


「今日は、リオネル陛下から任命されて初めての会合だ」


進行役のセルジュが口火を切った。丞相は、六部を統括するのが職掌である。


「初顔合わせでもあるから、まずは自己紹介から始めよう。私はセルジュ・カルダンだ。丞相を拝命した。諸君を監督し、文官を統括するのが役目だ。よろしく頼む」


「よろしくお願いします」


反応があったのは、バルケッタだけだった。既に顔見知りのエドウィージュやギルベアトは、軽く頭を下げたのみである。ギルベアトはともかく、エドウィージュは、初めから不満たらたらの態度だった。


「僕は、バルケッタ・ルブランと申します。吏部(りぶ)尚書です。よろしくお願いします」


バルケッタは、生真面目に挨拶した。


「俺は、クロヴィス・ルソー」


続けて口を開いたのはクロヴィスだった。


六部間に上下関係を持たせないよう、彼らは円形テーブルに座っていた。丞相のセルジュが中心になるのは仕方ないが、他は順不同である。たまたま、セルジュの左側がバルケッタ、右側はクロヴィスが座っていた。


刑部(けいぶ)尚書だ。よろしくな」


クロヴィスは、集まった人々を面白そうに眺めた。


「―私はギルベアト・ルムメニゲという。戸部(こぶ)尚書を承った。よろしく頼む」


ギルベアトは、次に挨拶するよう、目でエドウィージュを促した。しかし彼女は、ぷいっと横を向いてしまった。いつものノリで怒鳴ろうとしたが、バルケッタに目で止められ、大人しく黙り込んだ。


「エルキュール・カルダンと申します。礼部(れいぶ)尚書を務めます。よろしくお願いいたします」


一呼吸の間を置いて、初老の男が挨拶した。伸ばした顎髭が白い。


名が示すとおり、カルダン一族である。セルジュの推薦を受けた人物だ。品があっていかにも貴族らしい男である。


間が空いた。残り二人は、一向に口を開こうとしない。一人はふてくされたように、もう一人は、あらぬ方を見ている。


ギルベアトが、苛々したようにしきりとエドウィージュに目配せするが、彼女は無視している。


「……エドウィージュどの」


ついにセルジュが指名してきた。


「挨拶を頼む」


「……私は、事務部を発展解消するっていうから、軍に戻れると思ったんだ」


エドウィージュは、挨拶もせず話し出した。


「それがふたを開けてみれば、どうだ。兵部(へいぶ)尚書だぁ? もったいつけてるけど、やることは結局事務部と変わらねえじゃねえか。―おい、ランス! ざけんじゃねえぞ。私一人に事務部の仕事を全部おっかぶせやがって、てめえ、何様のつもりだ!」


「それは誤解です、エドさん」


バルケッタは、動じない。


「六部には、それぞれ人員を配置します。決して一人に負担させるわけではありません」


「そういうことを言ってんじゃねえんだよ。軍に戻りたいっつってんだ」


「異動希望はお伺いしますが、人事は六部全体を見て決定します。現状、軍の事務部門に詳しいのはエドさんしかいません。当面、この体制でいきます」


「ギルがいるだろが! ギルを兵部尚書にしろ!」


「我儘を言わないでください。戸部は財政担当です。数字に強いギルさんにしか頼めません」


「私は数字に弱いっていうのか!? てめえ、表に出ろ! 体に教えてやるっ」


「―ゴティエの姫君、エドウィージュ・ゴティエさま」


ふいにエルキュールが口を開いた。エドウィージュは、ぎょっとしたように言葉を呑み込んだ。


「ファビアンさまの息女にして皇太后さまの姪御どのにあたられる。その大貴族の姫君がリオネル陛下の軍に志願したというのは、有名な話です」


「……」


「当時カルダン家にとって敵対勢力であった陛下の第三軍団には、注目していました。陛下が常備兵を拡大なさった折に事務部を創設なさった。そこに抜擢されたのが姫君だ。事務処理能力を高く買ったが故の配置と拝察していました。個人的には、よく考えられた適材適所と心得るが?」


「おい、じいさん。突然出てきて勝手なこと言ってんじゃねえぞ。あんたに何がわかるってんだ」


「こらっ、エド! 口の利き方に気をつけろ!」


我慢できなくなったギルベアトが口を出した。


「エルキュールさまといえば、カルダン家の重鎮だぞ。敬意を持って応対しろ!」


「知らねえよ。貴族だろうが何だろうが、ジジイはジジイだ」


「バカやろう! 仮にも尚書になったんだぞ。事務部のノリを持ち込むんじゃない!」


「バカとは何だ、バカとは!」


とうとう二人の言い争いが始まってしまった。いつものことなので、慣れっこのバルケッタもセルジュすらも仲裁に入らない。


「……へえ。なかなか、面白そうな連中だな。なあ、そう思わないか?」


クロヴィスは、隣の女性に声をかけた。エドウィージュ同様、挨拶をしようとしなかった一人だ。


彼女は、工部(こうぶ)尚書キトリー・ドラクロワ。まだ若い。


キトリーは、クロヴィスを無視した。というより、この場のやり取りすべてを聞いていなかった。


「……飲み水用の水道があるなら、汚物用の水道があったっていいよね…」


彼女は、ぶつぶつと何かをつぶやき続けている。クロヴィスは、しばらく横顔を眺めていたが、肩をすくめて正面に向き直った。


テーブル上では、まだエドウィージュとギルベアトの怒鳴り合いが続いていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―お邪魔しても、よろしいでしょうか」


三頭がサロンで話し込んでいると、ギュスターヴが顔を覗かせた。リオネルがうなずくのを確認して、シルヴィアが声をかけた。


「構いませんわ。入ってきてください」


「失礼いたします」


ギュスターヴは、丁寧に頭を下げて入ってきた。


「ギュスターヴ陛下。もう旦那さまの臣下ではないのですから、そのような敬礼は必要ありませんよ」


シルヴィアは苦笑いを浮かべた。


「いえ。形は独立国ですが、事実上の属国と心得ておりますので」


「それは考え違いですよ、ギュスターヴ陛下」


アニェスが、優しく言った。絶世の美女の義姉妹であるが、相変わらずギュスターヴの表情は変わらない。


「確かに国王に推戴したのは、お兄さまです。でも今後は、ルメールは名実ともにきちんとした独立国になるのです。私たちは、対等ですわ」


「いえ。そうでもありましょうが、ルメールは私の目が黒いうちはブランシャールの属国であり続けます」


シルヴィアとアニェスは、顔を見合わせ、仕方なさそうに苦笑いした。ギュスターヴは、国王になっても律儀者のままである。


「―本日、まかり越したのは他でもない、我が娘ヴァネッサのことです」


「ヴァネッサさまがどうかなさったの?」


贔屓にしているシルヴィアが、心配そうに尋ねた。


「実は、ブランシャールにて結婚を約束した方がいるようで」


「あら。ヴァネッサさまは、お父上にご報告なさったのね」


「やはりご存知でしたか」


ギュスターヴは、深くうなずいた。


「お相手は、吏部尚書のバルケッタさま、で間違いございませんね?」


「ええ。とてもお似合いのお二人ですわ。端から見ても微笑ましくなるくらい」


「ヴァネッサは王女となる身。これまでのような一地方の田舎城主の姫とはわけが違う。自由恋愛のできる身分ではありません」


「えっ!?」


「王族たる皆さまには、よくご存知のはずです。良い悪いは別にして、王族となった以上、政略結婚は避けて通れません」


「ちょっとお待ちになって、ギュスターヴ陛下」


「シルヴィア陛下が仰りたいことは、わかるつもりです。その上で、最後まで私の話を聞いていただけませんか」


真摯な視線がシルヴィアを射抜いた。さすがの猫耳王女も黙らざるを得なかった。


「ありがとうございます。―国内は未だ治まっておらず、国王となった私を妬む貴族も大勢いるでしょう。その中で、娘の婚姻は大きなカードとなります…が、あくまで我らは属国の身。ブランシャールから強く求められれば、断れません。例えば、吏部尚書と王女の婚姻、とか」


「にゃっ!? それって、まさか…」


「ご相談とは、そのまさかのことなのです。リオネル陛下。どうか、この結婚話、ブランシャール皇家から強く申し入れがあった、ということにしていただけませんでしょうか」


「ギュスターヴさま…」


ある種、シルヴィアは感動していた。ギュスターヴは、娘の恋を最大限、叶えようというのだ。それも、政略の名の下に。


「……なるほど。それは良い考えね」


アニェスが感心したように、しきりとうなずいている。


「国内向けに格好の言い訳になる。貴族の中には、王女を人質に取られた王家に同情して協力する者も現れるかもしれない。逆に弱腰だと批判する者もいるだろうけど、非協力的勢力をあぶり出すことにも繋がる」


「国内をまとめるのに、属国からの脱却をスローガンにするのも良いかもしれませんわ」


シルヴィアは、金色の瞳を輝かせた。


「驚きました。ギュスターヴ陛下がこれほどの戦略家だったとは」


「とんでもございません。ただ、娘には嫌われたくありませんから」


ギュスターヴは、父親の(かお)を覗かせた。


「それに、カードとしては息子がまだおりますので。国内の有力貴族相手に有効となりましょう」


「……エミリアンさまから、何かお聞きになってはいませんの?」


「はい? 何かとは、何ですか?」


どうやら、エミリアンはフルールのことを父に話していないらしい。真意はわからないが、彼が黙して語らないのであれば、第三者が余計なことを言うべきではない。


「……あ、いえ。何でもありません。―では、旦那さま。そういうことでよろしいですか」


「俺は構わねえよ」


「良かった。では、婚約を進めさせていただきます。結婚は、お二人が成人なさってから、ということでよろしいですね」


「ありがとうございます」


ギュスターヴは、また深々と頭を下げた。


シルヴィアは、あの一途な少女の初恋が成就したことを、心から慶んだ。


リシャールは、冬本番を迎えていた。今年の初雪の便りも、そろそろ届くころであろう。

【裏ショートストーリー】

セルジュ「六部は、個性派揃い。私にまとめきれるであろうか」

フルール「お父さま。何を独り言を仰っているの?」

セルジュ「いや、それが、今日六部の初会合を行ったのだが、皆それぞれクセが強くてね。この先、私などに皆をまとめていけるのか、不安になったんだ」

フルール「エドウィージュさまやギルベアトさまは、常識人かと思いますが。バルケッタさまは、偉すぎて私などには理解が及ばないですけど」

セルジュ「その頼みのエドウィージュどのとギルベアトどのは、いつも喧嘩ばかりしている。あの仲の悪さは、私の手に負えないよ」

フルール「えっ!? お二人は、恋人同士ですよ?」

セルジュ「ええーっ!? それは、本当か?」

フルール「はい。ヴァネッサお義姉さまから伺いましたから、間違いありません」

セルジュ「なんと…そうだったのか」

フルール「仲が良いほどなんとやらです。お義姉さまも、初めのうちは、仲を取りもとうとなさったんですって。でも、すぐに仲の良さゆえのじゃれ合いだと気づいて、それからは、放っておいている、と仰っていました」

セルジュ「……心配して損した。ただの痴話喧嘩だったとは。……いやいや。まだ安心できぬ。クロヴィスどのやキトリーどのはどのような方かわからぬし、エルキュールどのもおられるしな」

フルール「エルキュールおじさまには、幼いころ可愛がっていただいた記憶があります」

セルジュ「なにしろ、弁の立つ方だ。見識も高い。自信家でもあられる。それだけに、暴走せねばよいが」

フルール「……お父さまの心配の種は尽きませんね」

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