第208話 冬に咲く花
盛況に終わったパーティーから一夜明けて。
三頭はサロンに集まっていた…が、いきなりリオネルの怒鳴り声が響いた。
「駄目だ駄目だ駄目だっ! 絶対に許さんっ!」
「……そう頭ごなしに怒鳴らないで」
昨夜のパーティーでの出来事を報告する中で、クリフォード王国の国王、ヒューバート・マクスウェルから、子息とアニェスとの結婚を申し込まれた話を聞いた途端、リオネルが爆発したのだ。
「うるせえ! うるせえ! 俺は絶対に許さんぞ!」
「興奮し過ぎ! 少し落ち着いてください」
「落ち着いてなんか、いられるか! アニェスと結婚だと!? そのヒューなんとか言うやつ、ぶん殴ってやる!」
「バカなこと言わないで! 相手は大国の国王よ、そんなことしたら、戦争になるわっ」
「おお! それがいい。痛い目に合わせて、二度と結婚なんて言い出さないようにしてやるっ」
「言ってることが無茶苦茶だわっ」
常ならば夫婦喧嘩の仲裁に入るアニェスは、じっと黙考したままだった。
「アニェスさまは18よ、結婚話が出て当然のお年頃だわ。今まで出なかったのが不思議なくらい。すぐお返事するわけじゃなし、検討したっていいいじゃないの」
「駄目なものは駄目だっ!」
「ンもうっ! これじゃ、駄々っ子と同じだわ。話し合いにもならない」
「とにかく、すぐに断ってこい! 話はそれからだっ」
「お断りしたら、話も何もないでしょうがっ」
「……場合によっては、受けてもいい」
アニェスがぽつりと言った。シルヴィアもリオネルも、ぎょっとしたように口をつぐんだ。
「クリフォード王国は、北の大国。同盟相手として申し分ないわ」
「アニェスぅ〜、そんなこと言うなよ〜」
リオネルは、今にも泣きそうな顔で言った。
「ただし! なぜ今、同盟を結ぼうという気を起こしたのか、真意を知りたいわ」
「真意も何もあるか! アニェスの美貌にクラッときただけに決まってる!」
妹をつかまえて美貌というのもどうかと思うが、結局『シスコン』のリオネルとしては、愛する妹をただただ手放したくないだけなのは明らかだ。これでは相談も何もない。
シルヴィアは、アニェスに目配せした。アニェスは心得て、
「―わかりました。先方には政権発足間もない時節につき、諸事落ち着くまで一旦保留にしていただくよう、お返事します」
「保留にしようが何をしようが、俺は承知しないからな」
「はいはい、旦那さまのご意向はよくわかりました。この件はこれで終わりにしましょう。―私は、ぜひコレットのロマンスを相談したいわ」
「シルヴィアさま!?」
コレットは、慌てて手を振った。
「その話はどうかご勘弁ください」
「どうして? せっかく交際したいというお方が現れたのですもの。これを逃す手はないわ」
「シルヴィアさま〜」
「お義姉さま。どういうことですの」
シルヴィアは、かいつまんで経緯を説明した。
「―なるほど。ディオン伯のご子息がコレットを見初めて交際を、ですか」
「アニェスさまにお伺いしたいのは、ジェレミーさまがどのような方なのか、ということなのです」
「ディオン伯は中堅の貴族で、どちらかというとジルベール派ですが、それほど積極的な支持者ではありません。先の戦いの際も、反対はしないけど兵も出さないという曖昧な態度だったはずですわ」
「一目惚れしたけど、今まで親に遠慮して告白もできず、ようやく勝者が決まったので、堂々と申し込んできた、というところかしら」
決して堂々とはしていなかったが、この際、細かいことは目をつぶろう。
「ジェレミーさまは、悪い噂は聞きませんわ。たいてい、優しいとか大人しいとか、そういうお方だったかと思います」
「見た感じ、誠実そうだし、旦那さまにするにはもってこいの気がします」
「―シルヴィアさまっ!」
コレットが、必死に頭を横に振っている。交際すると決めたわけではないと言いたいのだろう。
「懸念があるとすれば―」
「にゃ…?」
「面白みには欠けるでしょうね。波乱万丈からはほど遠い方ですわ。お義姉さまを知ってしまったコレットが、退屈に耐えられるかどうか」
「……どういう意味ですの? アニェスさま」
シルヴィアはジロッと睨んだが、アニェスは鈴の音を転がすように笑い転げた。
「もっとも、お義姉さまほど楽しい方はいらっしゃらないから、基準にするだけ無駄というものでしょうけど」
「ヒドいっ! 私をからかって楽しんでらっしゃる」
「ふふふっ…。ごめんなさい。―でも、コレット」
アニェスは、コレットに視線を送った。想いのこもった視線だった。
「悪い方ではないから、ご友人から始めてはどう?」
「……はい。そうしてみます」
コレットは、うつむき加減で承諾した。しかし、表情はどこか沈んで見えた。
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「お父さまっ!」
ヴァネッサは、力いっぱいギュスターヴの胸に飛び込んだ。
「ヴィシー。元気だったか?」
「はいっ。お父さまもお変わりなく」
「……少し見ない間にずいぶんと大人びてきたな」
「そうですか? 自分ではよくわかりません」
「エミリアンもおいで」
「……はい、お父さま」
エミリアンは、はにかみながら、姉と同じように父の胸に抱かれた。半年ほどしか離れていなかったのに、妙に懐かしい気がした。
「二人には、寂しい想いをさせたな。これからは、ずっと一緒だぞ」
姉弟は、複雑な表情を浮かべた。
「どうした? あまりうれしそうではないな?」
「……いえ。とても嬉しいです」
ヴァネッサは、愛想笑いを浮かべた。ギュスターヴは、不思議そうに娘と息子を見比べた。
「二人とも聞き及んでいると思うが、リオネル陛下から、もったいなくもルメールの政権を賜った。これから国を立て直さなくてはならん。お前たちは、王女、王子となるのだから、心して勉学に励むのだぞ」
「そのことなのですけど、お父さまにお話しがあります」
「なんだ?」
「ルメールに戻ったら、花嫁修業をしたいのです。幼年学校ではなくて、そういうことを学べる学校はないでしょうか」
「花嫁修業!? お前がか?」
ギュスターヴは、青白磁の瞳を目一杯広げた。
「……そんなにびっくりなさることはないでしょう」
「どうした風の吹き回しだ? 武芸にばかりうつつを抜かしていたお前が」
「私だって、ちゃんと将来を考えていますわ」
「……まあ、とても良い心がけだ」
まだ信じられないように娘をジロジロ眺めていたギュスターヴは、つと思案顔になった。
「花嫁修業なら女学校だろう。シメオンならいくつかあるし、どれかに口を効いてやる」
「それは、幼年学校を卒業してからのお話ですよね? 私は今すぐ通いたいのです」
「……なぜそんなに急ぐ? 卒業してからでよかろう」
「それでは間に合わないの。16になったら、結婚するのですもの」
ヴァネッサは赤く染まった頬を両手で挟んだ。しかしギュスターヴは文字通り飛び上がった。
「け、け、結婚!? 何を言い出すのだ? 相手もいないのに」
「お相手なら、ここリシャールにいますわ」
「なんだとっ!?」
ギュスターヴにとっては、青天の霹靂であろう。ラファエルの魔の手から娘を守るためにリシャール行きを肯ったというのに、娘はその地で結婚相手を見つけたと言うのだから。
「どこの誰だ、その不届き者は!?」
「不届き者ではありません。六部筆頭の吏部尚書さま、バルケッタさまです」
「バルケッタ…? あの少年か」
戴冠式後のパーティーで、壇下に並んだ熊爪族の少年を思い浮かべた。14歳という年齢に驚いたことを覚えている。しかも、五公六部制度を考え出したのが彼だという。リオネルは、しきりと天才と呼んでいた。
「……いったい、どこで知り合ったんだ」
「話せば長くなりますけど〜」
「ああ、それは後でゆっくり聞く」
恥ずかしそうに身体を捻った娘を、ギュスターヴは急いで遮った。本人が言う通り、本当に話が長くなるのに決まっている。
「では、バルケッタどのと結婚するために花嫁修業をしたい、と、こういうわけなのだな」
「はいっ。バルケッタさまとお約束したのです。何が何でも彼に相応しい妻になりたいの」
「う〜む…」
ギュスターヴは、腕を組んで唸ってしまった。
一国の王女ともなれば、その結婚は極めて政治的な意味合いを持たざるを得ない。話を聞く限りでは、バルケッタはリオネルの秘蔵っ子のようだし、将来はかなり有望と思える。
しかし、厳しいことをいうようだが、しょせん家臣筋の文官でしかない。その上熊爪族出身で政治的な背景は皆無だ。ルメール王家としては、婚姻による結びつきのメリットが何もない。
とはいえ、ヴァネッサの性格からすれば、頭から反対してもかえって反発するだけだ。
「……少し考えさせてくれ」
「何を考えることがあるのです? お父さまが何を仰っしゃろうと、私の気持ちは変わりませんから」
案の定、ヴァネッサは強硬な態度を見せた。
その横でエミリアンは、ずっと黙ったままだった。事情は姉とあまり変わらないはずだが、フルールのことを一言も父に話そうとはしなかった。
彼の青白磁の瞳には、強い意志が現れていた。話せないのではなく、あえて話さないのだ。
そこには、かつての気弱な少年の面影はまったくなかった。
【裏ショートストーリー】
オルタンス「とうとう姫さまは、旦那様にお話ししてしまったわ」
レジス「そんなに嘆かなくてもいいでしょう? ヴァネッサさまは、幸福の中にいらっしゃると思いますよ」
オルタンス「旦那様は、そうは思ってらっしゃらないわ」
レジス「……なんで母上にそんなことがわかるのです?」
オルタンス「わかりますとも。色良い返事をなさらなかったのがいい証拠だわ」
レジス「猶予をお求めになっただけだと思いますが」
オルタンス「栄光あるケヴィン家の姫君ともあろうお方が、よりにもよって熊爪族と恋仲になるなんて、旦那様はさぞかしお心うちで嘆いていらっしゃると思うわ」
レジス「リオネル陛下の御代では、獣人差別は禁止ですよ」
オルタンス「それは表向きでしょう。お心のことを言っているのよ」
レジス(どうしても旧来の考えから脱却できないらしい)
オルタンス「時が経って、姫さまのお気持ちが変わればいいのだけど」
レジス「ヴァネッサさまの初恋ですよ。祝福して差し上げてはいかがですか」
オルタンス「私だって手放しで慶びたいわ。幼いころからお世話をしてきたのだもの。でも、どうして獣人なの? 人間族にだって姫さまに相応しい殿方はたくさんいるわ。それなのに…」
レジス「母上! 泣かないでくださいよ、みっともない」
オルタンス「これが泣かずにいられますか。あれほど見目麗しい姫さまが…よりによって獣人とは…」
オルタンス(母親の気持ちなのだろうな。どうせ相手が人間族だとしても、理由をつけて泣くんだろう)




