第21話 酒宴と発覚
新兵たちは、寮の食堂で大宴会を開いた。無論、入隊試験合格のお祝いである。
サンドラを除いた51人全員が参加した。皆、飲み、食べ、歌い、踊り、大騒ぎを繰り広げた。
「セリーヌ、あんたも飲んでるかい?」
ドライフルーツをつまみながらミラベルと話していると、酔っぱらったエーヴがお酒を手にからんできた。
「ごめん、あたしお酒―」
エーヴはシルヴィアに抱きつくと、いきなりキスをした。
「ち、ちょっと! な、何するの!?」
真っ赤になりながらエーヴを押し退けた。
(あたしのファーストキスだったのに…!)
大事なファーストキスを、いともあっさりと奪われてしまった。しかも、女性に。なぜか、リオネルの顔が浮かんだ。
「ヒドいよっ、エーヴ!」
「キャハハッ。あんた、可愛いなあ」
「……悪酔いし過ぎよ」
「たいして飲んじゃいねえよ。ほら、あんたも一杯」
「ごめんなさい。あたし、お酒は飲めないの」
「じゃあ、好きなもの、じゃんじゃん食べな。何しろ、わたしたちを全員合格に導いた立役者だからな」
「そんなんじゃない。たまたま上手くいっただけで、みんなが力を合わせたからだよ」
「本当にセリーヌは謙虚だな。お前の手柄だろうに」
サイノスが感心したように言うと、エーヴからお酒を分捕った。
「サイノス! わたしの酒を取るんじゃねえっ」
「お前は飲み過ぎだ」
「ざけんなっ。わたしは酔っぱらちゃいねえ!」
「お嬢さん、良かったら、僕のを飲んでいいよ」
いつの間にか、男が横に立っていた。翠色の髪と瞳をした弓男だった。
「お〜う。あんた、親切だね〜」
エーヴは、弓男から奪うようにしてお酒をがぶ飲みした。
「僕は、美しい女性の忠実なしもべさ。その上強いとなれば、尚更だ」
弓男は、翠の前髪をさらっとかき上げた。エーヴがトロンとした視線を向ける。
「……よくよく見りゃ、あんた、結構いいツラしてるな」
「よく言われるよ。誰が見てもそうなんだろうな。僕は、美の女神マイアに愛されているからね」
「……」
「おや。僕としたことが、まだ名乗っていなかった。失礼した、美しいレディ方」
そう言いながら、シルヴィアに向かって貴族に対する礼をした。
「僕は、ジュスタン・ファーブル。以後、お見知りおきを」
(こういうキザ男は、好かん)
「ジュスタン。レディというのは、もちろんミラベルも入ってるよね?」
シルヴィアは、隣で黙々とお菓子を食べていたミラベルの肩を抱いた。ミラベルは、ビクッと身体を震わせ固まってしまう。
「……無論さ、セリーヌ。我が女神さま」
ジュスタンは、再び前髪をかき上げた。癖なのか、もしくは本人の中では決めポーズなのかもしれない。
「お礼は言っておくわ、ジュスタン。あなたが別働の騎馬隊を釘付けにしてくれたおかげで、策が上手く嵌った。ありがとう」
「大したことはしていないさ。あんなもの、遊びみたいなものだし。それより、僕は君に興味がある」
ジュスタンは、ぐいと顔を近づけてきた。思わず身を引いてミラベルにますます抱きついた。ミラベルは、相変わらず石になる魔法をかけられたように、身動き一つしない。
「君の瞳は何て美しいんだ。僕の心はその眩い光の矢で射抜かれてしまった。こちらのお嬢さんはあなたを太陽のようだと評したが、僕も同意するね。まさに天空にあって全てを照らす女神フレイがごときお人だ」
(うへえ。何なの、こいつ。あたしの一番苦手なやつじゃん)
「その上、剣の腕がたち、頭も性格も良いときてる。君は、なぜそのように完璧なんだい?」
「……」
「ねえ、僕の女神さま。これから場所を変えて、二人だけでじっくりと話さないか? 愛を育むには、ここは野暮過ぎる」
「ジュスタン。セリーヌが嫌がってる。口説くのはやめてもらおうか」
サイノスが間に入ってきた。一瞬でジュスタンの甘い表情が一変した。
「無粋だなあ。もてない男のヤキモチか? 見苦しいよ」
「……言葉でわからなければ、拳で教えてやろうか」
「これだから、野蛮人は度し難い。腕力しか能のない男に、僕が怯むとでも思っているの?」
「ちょっと待ってよ、二人とも!」
一触即発の雰囲気に、慌ててシルヴィアは仲裁に入った。
「ここはお祝いの席よ、ケンカなんてしないで!」
「構わねえっ、お前ら、やっちゃえ、やっちゃえ!」
「エーヴ! ちゃちゃを入れないでよ! ややこしくなるっ」
「キャハハハハッ」
「……何なの、この人たち―」
呆れ返って見回した、そのとき。食堂のドアが大きな音をたてた。床を踏み鳴らして入ってきた人物がいきなり怒鳴った。
「シルヴィアはどこだっ!?」
新兵たちの喧騒をかき消す大音声に、食堂が静まり返った。
(げげっ! ヤバっ!)
シルヴィアは、咄嗟にしゃがんだ。
「リオネル殿下!?」
新兵の一人が気がつく。
「リオネル殿下だ! 殿下がおいでくださった!」
新兵たちは、酔いも吹き飛ばして一斉に敬礼した。しかし、リオネルは挨拶も返さず、ドカドカと新兵たちの真ん中へ突き進む。傍らには、首根っこを押さえられたマノンが引きずられるようにしてついていた。憐れマノンは、観念したように目を瞑っている。
「この中にシルヴィアがいることは、わかっているんだ! 大人しく出てこいっ」
新兵たちの間に戸惑いが広がる。シルヴィアなどという新兵はいないからだ。
「出てこないつもりか? お前がシルヴィアだということはわかっているんだぞ、セリーヌ!」
「セリーヌ!?」
新兵たちの驚愕の目がシルヴィアを追う。しかし、どこにも見当たらない。
「―セリーヌなら、ここにいるけど?」
「サ、サンドラ!?」
サンドラがシルヴィアの目の前に佇んでいた。
「何をやっているんだ、お前は?」
サンドラは、不審そうにジロジロと眺め回した。それもそのはず、シルヴィアは、四つん這いになり、コソコソと食堂の後ろを這いずっていたからだ。新兵たちの壁を利用して、食堂から脱出しようとしていたのである。
「サンドラ、お願いっ。見逃して!」
「はあっ!?」
ふと、刺すような視線を感じた。恐る恐る見上げると、鬼の形相のリオネルが立っていた。黒い瞳が爛々と光っている。
「シ・ル・ヴィ・ア〜っ。見つけたぞぉ〜!」
「……てへへっ。こんなところで会うなんて、奇遇ですわね、旦那さま」
シルヴィアは、愛想笑いで誤魔化そうとする。しかし、リオネルに通用するわけもなく。
「こっちへ、来い! この不良妻がっ」
「ひいぃぃーっ! ごめんちゃーっ!」
マノン同様、首根っこを摑まれたシルヴィアの悲鳴が尾を引きながら、遠ざかっていった。
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「いったいお前は、何を考えているんだっ!」
シルヴィアは、マノンと並ばされてリオネルから説教を喰らっていた。しかも、自室ではなく、アニェスの部屋に拉致されてである。興奮するリオネルとは対照的に、アニェスはお気に入りのロッキングチェアに座って静かに見守っている。
「朝から姿が見えないから、変だと思ったんだ。侍女を問い質したら、昨日から行方不明だというし、一晩待っても帰ってこない。事情を知ってるはずのマノンまで姿をくらますから、いよいよ大事が起こったかと、あちこち捜し回ったんだぞ」
「ごめんなさーい」
「ようやくさっきマノンをとっ捕まえて白状させたら、入隊試験を受けにいったというじゃねえか」
「……シルヴィアさま。申し訳ありません。隠し切れませんでした」
マノンがうなだれる。
「―まったく。心底驚いたよ。アニェスが毒を盛られたと聞いたとき以来だぞ、こんなに驚いたのは」
「だって、私は軍人です。ブランシャール軍の雰囲気を肌で知りたかったんです」
一応、抗弁を試みる。
「だったら、一言、俺に相談しろ。勝手に入隊試験なんか受けて、しかも、偽名まで使うとは。仮にもお前は、俺の妻だぞ。軽はずみなんていうレベルじゃない!」
「一言ご相談したら、お許しくださいましたか?」
「……まあ、却下しただろうな」
「でしょう? だから、内緒で受けたんです」
「軍のやつらには、近いうちにお前を紹介するつもりだったんだ」
「それじゃ、意味ないんです。旦那さまの妻として紹介されたって、みんな腫れ物に触わるような対応しかしてくれないに決まってます。そうじゃなくて、兵たちの本音の想いを感じたかった。同じ場所で戦って、同じ場所でご飯を食べて、同じ場所で笑い合ってこそ、心を通じ合える。そうじゃなきゃ、本当の『リオネル軍』の一員になれない」
「気持ちはわかるが、お前はまだ微妙な立ち場だということを忘れている」
「……」
「アニェスに聞いただろう? ジルベールあたりにバレてみろ、どんな無理難題を吹っかけてくるかわかりゃしない」
アニェスをちらっと見た。静かに微笑みを浮かべているだけで、何を考えているのか伺い知ることはできなかった。
【裏ショートストーリー】
リオネル「やっと捕まえたぞ、マノン」
マノン「リ、リオネルさま…」
リオネル「シルヴィアがいない。どこへ行った?」
マノン「さあ…? 私は存じ上げません」
リオネル「ウソつけ! お前が知らないはずないだろう? もし本当に知らないなら、ペレーズ山前だったら紅烏団として職務怠慢でお仕置きだし、今なら侍女として職務怠慢でやっぱりお仕置きだ」
マノン「ああっ! たった今、思い出しました。皇妃陛下のところへご機嫌伺いに行くと仰っていました」
リオネル「義母上のところだと? 一晩中義母上と一緒に過ごしているというのか?」
マノン「ペレーズ山の一件以来、シルヴィアさまは皇妃陛下のお気に入りでございますから」
リオネル「……わかった。だったら、義母上に尋ねるまでだ」
マノン「あっ! それは、お止めになったほうが良いと思いますよ」
リオネル「何でだ?」
マノン「それは…そのぉ…つまり、女性同士の内緒のお話をされているようですから、少し、放っておいたほうが…」
リオネル「俺は、夫であり、子でもある。二人の間に入る権利がある」
マノン「一晩くらいいなくなったって、そんな大騒ぎするほどのことでもないでしょう」
リオネル「……マノン。お前、俺とシルヴィアとどっちを取るんだ?」
マノン「それ、シルヴィアさまにも聞かれましたよ」
リオネル「どうして聞かれるんだ? どういう状況で聞かれた?」
マノン「そ、それは…」
リオネル「マノン。今ならまだ、間に合う。正直に話せばアニェスに告げ口するだけで勘弁してやる。隠し通すなら、ここから叩き出す。好きな方を選べ」
マノン「睨まないでくださいよ。冗談だとしても怖すぎです」
リオネル「冗談を言ってるように見えるか?」
マノン「……わかりましたよ。話せばいいんでしょ、話せば。実は…」