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第205話 五公六部

戴冠式を終えたその夜は、盛大な祝宴が催された。


当初は質素なパーティーにするつもりだったが、諸外国の招待客が揃っている手前、そういう訳にもいかず、泣く泣くリオネル家の私財を投じて整えたのだ。


昼間は厳粛な式が行われた大広間は、パーティー会場へと早変わりしていた。その陰では、マリー=アンジュのような使用人が目の回るような忙しい思いをしたのに違いない。


しかし、そのようなことに気を回しているのは、おそらくリオネルだけで、万事細かいところにまで配慮を欠かさないシルヴィアでさえも、使用人たちの激務にまでは思いが及んではいなかった。


「……お美しいです、シルヴィアさま」


姿見を覗き込みながら、マノンは感嘆の声を上げた。


「そう…?」


シルヴィアは、身体を捻ってみせた。萱草色のドレスの裾が少し翻った。彼女は、暖色系が実によく似合う。相変わらずの太陽のような輝きに満ちた美しさだった。


そして、猫耳の頭には、王冠が輝いている。皇帝の妻、皇后の徴である。リオネルの王冠より小さめではあるが、装飾はほぼ同じで、中央に巨大なダイヤモンド、周囲にサファイアやルビーがちりばめられている。


国内で唯一、シルヴィアだけが被ることのできるその王冠は、更に彼女の美貌を際立たせていた。


「―もちろんでございます」


うっとりとコレットも同調した。


「天下三大美人の名に相応しいです」


「やめてよね、ジュスタンみたいなことを言うのは。あなたたちだって、とても綺麗よ」


マノンもコレットも、お仕着せの侍女の制服ではなく、ドレスアップしていた。


マノンは、伽羅色を中心にしたとても温かみのある優しい装いだし、コレットは、薄香色のドレスをまとい、上品で大人っぽい優雅な雰囲気に仕上がっていた。


「……本当ですか?」


コレットは、まんざらでもなさそうにちょっとドレスの裾を持ち上げてみせた。


「シルヴィアさまには、何とお礼を申し上げていいか」


マノンが礼を述べた。


「侍女でしかない私たちのために、ドレスを新調していただいたなんて」


「大したことじゃないわ。二人には普段良くしてもらってるから、ほんのお礼の印よ。―殿方へのアピールにもなるしね」


シルヴィアはウインクしてみせた。マノンは、ほんのり頬を染める。


「―それじゃ、行きましょうか」


シルヴィア主従は、パーティー会場の大広間へ向かった。


大広間には、既に多くの貴賓淑女が(つど)っていた。若い姫君たちは、競うように華やかなドレスを身にまとい、貴公子たちも姫君たちの関心を買おうと恋のさや当てを繰り広げていた。


大人たちは大人たちで、密かに互いのファッションセンスを値踏みしマウントを取り合っている。


見かけの華やかさの裏で、さまざまな思惑が渦巻いているのだろう。新王朝が開かれようと、人々の営みは大して変わらないのかもしれない。


その中へシルヴィアが姿を現した途端、一瞬静まり返った。あまりの美しさに皆息を呑んだ。今や、皇帝の妻である。宮廷内で確固たる地位を確立したシルヴィアを、獣人と蔑む者は誰一人いない。


シルヴィアは、堂々と胸を張って一段高い壇上へと登った。過日、新年の朝賀の儀で同じ大広間に入ったときは、招かれざる者として冷たい空気の中壇上に登ったのが嘘のようだ。


今は、晴れ晴れとした気持ちで、大広間を見渡す。セシルが大きく手を振っているのが目についた。シルヴィアも小さく手を振り返す。満面の笑みが返ってきた。彼女だけは、当時も今も変わらない。


続けて、アニェスが入ってきた。また大広間が静まり返る。今回は鮮やかな紅葉色のドレスで、黒髪には草花をデザインした髪飾りをつけていた。大広間は感嘆のため息に埋め尽くされた。


壇上で義姉妹はにっこり微笑み合った。この仲良し義姉妹の間には、少なくとも妬みややっかみの感情は皆無であった。


更に入ってきたのは、エマだった。なんと、サンドラと連れ立っている。明らかに大広間に衝撃が走った。


エマは、勿忘草色のドレス姿だった。白藍の髪と相まってまさに氷の女王のような凛とした美しさだった。だが、衝撃をもたらしたのはサンドラのほうがより強かったであろう。


エマの美しさは、既に宮廷では知れ渡っている。しかしサンドラは違う。一時シルヴィアの侍女をしていたとはいえ、宮廷の公の場に出たことはほぼない。ましてや軍生活のほうが今や長いのだ。むしろ天馬隊の美人中隊長としての盛名のほうが高い。


大広間に現れたその姿は、なんと黒一色のマタニティドレスだった。黒を選択した姫君はただの一人もいない。その上エマそっくりの美人で臨月間近の妊婦である。その佇まいは嫌が上にも目立つ。


本人はどう感じているのか、万人の注視を浴びる中、エマと別れ無表情で壁際に引っ込んだ。それでも黒一点、そこだけが異様な雰囲気に包まれた。


一方、エマは、迷わず壇上に登った。そこは通常、皇族の指定席である。しかし先着していた義姉妹は、何の疑問も抱かず、輝く笑顔でこの戦の女神を迎えた。


こうして壇上に『天下三大美人』が揃うと、実に壮観であった。輝きはいや増し、ブランシャールの未来は光に満ち溢れていることを予感させた。


衝撃冷めやらぬ中、新王朝の中枢たる人たちが続々と入場してきた。壇上には、『天下三大美人』のほか、先の皇妃アレクシア、皇弟ガブリエル、ギュスターヴ、トリュフォー、セルジュが並んだ。


そして我らが主役、リオネルが最後に登場した。一斉に大広間がしんと静まり返る。彼は戴冠式とは一転、軍服に着替えていた。黒マントを翻し、ギーを付き従えて壇上中央、玉座の前に立った。


「―昼間の戴冠式に参列してくれて、ありがとう」


前置きもなく、リオネルは話し出した。列席者たちは、新皇帝の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、耳をすませた。


「無事、戴冠式を終えることができたのも、みんなのおかげだ。そのお礼と言っちゃあなんだが、ささやかながらパーティーを開くことにした。飲み放題食い放題の無礼講だから、楽しんでくれ」


列席者たちは、一斉に頭を下げた。実にリオネルらしい、ざっくばらんな挨拶であった。


「―で、だ。パーティーを始める前に、新政権の人事を発表する。退屈だろうけど、少しの時間だけ付き合ってくれ。―セルジュ、後は頼んだ」


「はっ」


列の最端にいたセルジュが、一歩前に出た。手には一枚の紙がある。


「では、僭越ながら、発表いたします」


セルジュが告げた新政権の役職は、次のとおりである。


司馬しば…皇后シルヴィア・カトゥス

内府だいふ…皇妹アニェス・ベルトラン

太師だいし…皇弟ガブリエル・ベルトラン

将軍しょうぐん…トリュフォー・ヴェルヌ

丞相じょうしょう…セルジュ・カルダン


「……以上、五人を五公(ごこう)と称する。五公は、事前許可の必要なく皇帝と面会できる権利を擁するものとする。司馬、内府、太師は、皇帝リオネルを補佐するものとする。将軍は、帝国軍の最高司令官として軍を統括するものとする。丞相は、六部(りくぶ)を監督して文官を統括するものとする」


聞き慣れない役職名に、参加者の間に戸惑いが広がった。セルジュは構わず発表を続けた。


「丞相が監督する六部とその尚書(しょうしょ)を発表する」


尚書とは、長官のようなものである。以下、次のとおり。


吏部りぶ…吏部尚書バルケッタ・ルブラン

戸部こぶ…戸部尚書ギルベアト・ルムメニゲ

礼部れいぶ…礼部尚書エルキュール・カルダン

兵部へいぶ…兵部尚書エドウィージュ・ゴティエ

刑部けいぶ…刑部尚書クロヴィス・ルソー

工部こうぶ…工部尚書キトリー・ドラクロワ


名を呼ばれた者は、壇の下に勢揃いした。


「軍の人事については将軍から、六部の人事については吏部尚書から、後日発表する。また、皇帝直属の軍として、禁軍を創設する。禁軍の指揮官は太尉(たいい)ギー・ルブランとする。尚、先の皇妃アレクシアさまは、皇太后と称する。以上であります」


セルジュは、またもとの位置に戻った。大役を終え、ホッとした表情を浮かべた。


「―それから、みんなに報せとく」


リオネルが声を張り上げた。


「クニークルス王国とルメール王国を、復活させる。クニークルスは、ここにいるエマ・デシャンに、ルメールは、ギュスターヴ・ケヴィンに委ねる。二人はそれぞれ女王と国王だ。そのつもりで接してくれ」


リオネルは、一渡り、大広間を見渡した。皆、一斉に頭を垂れた。満足したように一つうなずくと、嬉しそうに相好を崩した。


「よしっ! じゃあ、パーティーを始めるか。今夜は飲み倒そうぜ! いいだろ? シルヴィア、アニェス。今夜くらいはよ!」

【裏ショートストーリー】

メロディ「本当に、この黒のドレスでよろしいのですか?」

サンドラ「ああ。これがいい」

メロディ「華やかなお祝いのパーティーですよ? これではまるでお葬式に参列なさるみたいだわ。却って水を差すのではありませんか?」

サンドラ「そうかもしれないな」

メロディ「そうかも、って…。シルヴィアさまのお顔に泥を塗るようなことになりますよ。配下の方は場所をわきまえない愚か者と」

サンドラ「言いたいやつには言わせとけばいい。シルヴィアさまなら、わかってくださる」

メロディ「……」

サンドラ「メロディ。どうしてもこれで出席したいんだ」

メロディ「……まさか、亡くなられた旦那さまへの鎮魂、ですか?」

サンドラ「……こんにちの晴れやかな日は、大勢の犠牲の元に成り立っている。それを、みんなに忘れてほしくないんだ」

メロディ「そうでしたか…。私が浅はかでございました。……はい、承知いたしました。では、お着替えをお手伝いいたします」

サンドラ「ごめん、メロディ。私のために、お前まで後ろ指を指されることになるかもしれない」

メロディ「私のことはお気になさらずに。主さまとは一蓮托生。お付の侍女とはそういうものですから」

サンドラ「……ありがとう、メロディ」

メロディ「どういたしまして。……それに、黒は色気を引き立たせるといいます。サンドラさまには、却って宜しいかと存じます」

サンドラ「……どういう意味だ?」

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