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第204話 戴冠式

リシャールは戴冠式の日を迎えた。


その日は、雲一つない冬晴れの天気で、リシャールにしては寒さも和らぎ穏やかな日和であった。


皇宮の大門前には、朝から人々が集まっていた。戴冠式を終えたリオネルが市民に向けて言葉を述べると、事前に発表されたからである。


大勢の人々の熱気で、辺りは冬とは思えないほどだった。もともと人気のあるリオネルが、皇帝になるのだ。嫌が上にも期待が高まり、熱狂をもって今か今かと主人公の登場を待ちわびていた。


その主人公を待ちわびていたのは、市民だけではなかった。皇宮の大広間では、シルヴィア以下ロイヤルファミリーや貴族、招待された諸外国の王族や大商人たちが立ち並び、リオネルの登場を待っていた。


「……ずいぶん、もったいぶるのね、旦那さまは」


「これも、演出の一つですわ、お義姉さま」


「主人公は満を持して最後にご登場、というわけですか」


ジュスタンが言うところの、『天下三大美人』であるシルヴィア、アニェス、エマが並んでいる。


女性陣は皆、礼式用の銀色のドレスに身を包んでいた。清楚でどちらかというと地味な装いであるが、それでも、華やかで艶やかな雰囲気が周りを照らし、まばゆいばかりである。


反対側にはガブリエルやセルジュ、貴族たちが雑談をしながら主人公の登場を待っている。そのほか国外からの招待客として、カトゥスの両親や犬牙族の国王夫妻、そしてギュスターヴらが顔を揃えていた。


列席者は、概ねシルヴィア側はリオネルゆかりの人々、ガブリエル側は国内の貴族たちに別れている。両者の間には、赤いカーペットが敷き詰められ、玉座へと延びていた。


その玉座の脇には、ゴティエ公爵が控えていた。先の皇妃アレクシアの実父である。貴族の中でも長老といっていい彼は、リオネルに王冠を授ける大役を担っている。70近いこの老人からは、まだまだ威厳は損なわれていない。


「―リオネル陛下、ご出座ーっ!」


式典係のふれが朗々と大広間に轟いた。大扉が開くと、本日の主人公が現れた。


大広間に静かなざわめきが起こった。特に姫君たち若い女性の方が大きかったかもしれない。


リオネルは、絹の黒服に黒いマントを翻して堂々と入場してきた。すぐ後ろにはギーが付き従っていた。


黒髪もいつものボサボサではなく、綺麗に整えられていた。顔にもどうやらうっすらと化粧をしているようだ。


自身のシンボルカラーである黒服に身を包んでいるにも関わらず、光輝いていた。この男は、きちんとした装いをすれば、絶世のイケメンなのだ。着ている服でこれほど印象が変わる男も珍しい。


リオネルは、赤い絨毯を真っ直ぐ進んだ。進むたびに(かぐわ)しい香りが振り撒かれる。香水までつけているようだ。誰のアイデアなのか、相当コーデに気合が入っている。


リオネルは、玉座前の段下で立ち止まった。玉座に向かい恭しくひざまずく。ゴティエ公爵が階段上から聖水を軽く頭に振りかけた。これは、女神フレイの祝福を現している。


立ち上がり、段を登って玉座前で再びひざまずいた。


まずは宝剣がゴティエ公爵から授けられた。これは、軍権の象徴である。武力をもって国を守る、護国の宝剣なのだ。


それは、傍らに控えるギーにリオネルから手渡された。護国の宝剣は、即ち皇帝をも守る剣となる。その大役をギーに与えるという儀式なのだ。裏返せば全幅の信頼の証ともなる。剣を持って皇帝に近侍する者は、最も容易に皇帝を暗殺し得る立ち場でもあるからだ。


続いて、ゴティエ公爵から王笏が与えられた。政権の象徴でもある。王笏を持つ者だけが、国の政を決める権限を持てる。


そして最後に、いよいよ宝冠である。玉座に置かれていた宝冠をゴティエ公爵は手に取った。真ん中に巨大なダイヤモンドが嵌め込まれ、サファイアやルビーがちりばめられている。ゴティエ公爵は、厳かにリオネルの頭へと乗せた。


リオネルは、右手に王笏を携え玉座に鎮座した。傍らに宝剣を掲げたギーが立つ。ゴティエ公爵が、高齢とは思えない張りのある声で、高らかに宣言した。


「ここに、ブランシャール帝国第13代皇帝、リオネル1世の即位を宣言する!」


大広間全体から、唸り声のような大歓声が上がった。


シルヴィアはアニェスと手を取り合って喜びを分かち合った。シルヴィアの横に並ぶアレクシアは涙ぐんでいた。そのアレクシアとも、シルヴィアは手を握り合った。アレクシアは、うんうんとしきりにうなずいてみせた。


こうして、リオネルの戴冠式は、無事滞りなく執り行われたのである。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―お(じじ)さま。大役、お疲れさまでした」


リオネルは、ゴティエ公爵の私室を訪ねていた。アニェスとシルヴィアを伴っている。


戴冠式終了後、一息つくと真っ先に足を向けたのだ。この後、大門前で市民に挨拶することになっている。その合間をぬっての訪問は、無論、労をねぎらうためであるが、ゴティエ家こそ、終始一貫、リオネル兄妹を庇護し続けてきたのである。大恩あるゴティエ家をおろそかにはできない。


「いやいや、『孫』の晴れ姿じゃ。何の労があろうか」


ゴティエ公爵ギヨームは、穏やかな表情を浮かべてリクライニングチェアでくつろいでいた。式の最中の威厳ある様子とは一転、こうしてみるとただの好々爺にしか見えない。


「陛下。実にご立派なお姿でした」


サミュエルが言う。彼はギヨームの長男で、公爵家の跡取りである。ここには、ほかに次男のファビアン、末娘のアレクシアが(つど)っていた。


「陛下はやめてくれ、サミュエル。少なくとも俺たちだけの場では、いつもどおりで頼むよ」


リオネルは、甘えた様子で言った。ここにいる人々は、幼い頃から親戚同然の付き合いをしてきた間柄である。リオネルにとっては、宮廷内で数少ない気の置けない『家族』であった。


「リオネルは、普段からああいう格好をしていればいいのに。もともとイケメンなんだから、女にモテるぞ」


早速ファビアンが軽口を叩いた。この男は、エドウィージュの父である。


「ファビアンさま、それではお義姉さまが困ってしまいます。きちんとした服装をお召しになるのは大賛成ですが、女性にモテすぎるのはちょっと」


すかさずアニェスが混ぜっ返した。


「そんなことないだろ。夫が女性に人気があるのは嬉しいはずだ。―ですよね、シルヴィアさま」


「それはそうですけど」


話を振られて、シルヴィアは澄まし顔で答えた。


「特定の女性と親密になるのは許しません」


途端、リオネルは首をすくめた。その様子にどっと笑声に溢れた。その場にいた者は、単に尻に敷かれている、と取っただけであるが、当人にとっては、心当たりがあったからこその仕草であった。


一方、アレクシアは、何か言いたそうにしたが、何も口にはしなかった。シルヴィアは目ざとく気づいたが、やはり何も言わない。


「―リオネルよ」


ギヨームがリクライニングチェアから身を起こした。アニェスがすかさず寄り添い背中を支えた。


「名実ともにこれで一国の主となったのだ。これまでのような気楽な立ち場とは訳が違う」


「―はい」


「己の命一つ守れば良かったが、これからは、国民全員の命を預かるのだ。心して舵取りをせよ」


「はい、お爺さま。肝に銘じます」


殊勝にも頭を垂れる。しかし一言加えることは忘れなかった。


「心してシルヴィアやアニェスに舵取りを任せることにします」


「リオネルどの!?」


アレクシアが血相を変えた。


「そんな人任せな態度で何とします! もっと皇帝としての自覚を持って―」


「まあまあ、アレクシア。そう肩ひじ張るなって。リオネル流の冗談なんだから」


ファビアンが妹をなだめた。


「―アニェスよ」


ギヨームは、今度はアニェスに語りかけた。


「リオネルは、こんな調子だ。お前がしっかり目を光らせるのだぞ」


「はい、お爺さま。お兄さまの扱いは心得ています。ご安心ください」


アニェスは、ギヨームに優しく微笑んだ。リオネルは、憤慨しながら抗議した。


「おい、アニェス! 俺をいつまでも子ども扱いするな!」


「お兄さまは、未だ子どもじみていますわ。良い意味でも悪い意味でも」


「ちょっと待ってくれ、俺は皇帝なんだぞ。そんなこと言われたら、みんなに示しがつかねえだろが」


「関係ありません。それを言うなら、私は皇妹です。皇妹に子ども扱いされたくなかったら、まずは真面目に仕事に取り組んでくださいね」


「勘弁してくれよ〜」


またどっと盛り上がった。これまで冷遇されてきた人々は、春が訪れたことを実感していた。実際の季節は冬を迎えている。


シルヴィアにとっては、2度目の冬であった。

【裏ショートストーリー】

ギヨーム「……疲れた疲れた」

サミュエル「無理をなさいましまか、父上」

ギヨーム「なんのこれしき、大したことではない。何を言うにもリオネル一世一代の晴れ舞台じゃ。できる限り助力したい」

サミュエル「心得ております」

ファビアン「それにしても、あのリオネルがねえ。三男坊がまさか皇帝に登り詰めるとは思わなかった」

ギヨーム「明日をも知れぬ日々じゃったからな」

ファビアン「アニェスと二人、よくぞ生き残ったもんだ」

ギヨーム「故に、今日がある。リオネルは強運ぞ。その運を運んできたは、猫耳の王女であろうがな」

サミュエル「少なくとも、アニェスの命の恩人です。誰もが諦めていたのを、見事救ってくださった」

ファビアン「ゴティエ家もね。リオネル以外の皇子の天下になっていたら、真っ先に潰されていただろうし」

ギヨーム「ゴティエ家の命運は、既に委ねておる。世継ぎの皇子を授からなかったアレクシアが、幼子であったあの兄妹を養育すると決めたときから」

ファビアン「一か八かの大勝負だったよね。僕らは賭けに勝った。それは誇っていい」

ギヨーム「よいか、サミュエル、ファビアン。例え血の繋がりがなかろうと、あの兄妹は我が身内も同然。そう心得て、陰日向に助力を惜しんではならんぞ」

サミュエル「ははっ。肝に銘じます」

ファビアン「任せてよ、父上。ちゃんと手は打ち続けているから」

ギヨーム「そうじゃったな。エドウィージュにも、よう言い聞かせておくのじゃぞ」

ファビアン「抜かりなし。今夜は僕らもハメを外してさ、大いに乾杯しようよ」

ギヨーム「……お前は、本当に軽いやつじゃの。いったい誰に似たのか」

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