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第200話 運命の輪と運命の悪戯

「二人とも、急に呼びつけて、ごめんね」


シルヴィアの目の前には、緊張の面持ちのエミリアンと、暗く沈んだ表情のヴァネッサが座っていた。


「そんなに固くならないでよ」


無言の二人の前に、マノンがジュースを運んできた。


「どうぞ、召し上がれ」


「……あの、シルヴィアさま」


エミリアンは、ジュースには目もくれず、意を決したように口を開いた。


「ご用件というのは、ルメールへの帰国のことでしょうか」


「……あら、わかっちゃった?」


「それなら、僕の気持ちは決まっています。前にシルヴィアさまにお願いしたように、帰国するつもりはありません」


彼は、初めて会ったころは引っ込み思案で姉の陰に隠れるような少年だったが、今や自分の意見をしっかり言えるほど目覚ましい成長を遂げていた。


そんなエミリアンを好ましそうに見ながら、シルヴィアは言った。


「それは承知しているわ。でもね、ラファエルを倒してルメールは平和になったし、もともと一時的にリシャールに避難してきていたのだし、お父さまの元に戻るころじゃないかしら」


「シルヴィアさまのお言葉とも思えません。もし勉強のことを心配なさっているなら、リシャールの学校で充分学べます。ルメールに帰る理由にはならないです」


「エミリアンさまのお気持ちは、よくわかるわ。でも、聞いたと思うけど、お父さまのギュスターヴさまがルメール国王になる予定なの。あなたは王太子となるのよ。王太子が隣国に離れて暮らすというのは、良くないことよ」


「意味がわかりません。父が国王になるのと、僕がリシャールにいられないこととは関係があるとはどうしても思えないのです」


「ねえ、エミリアンさま。旦那さまは、幼年学校を卒業したら、リシャールに来ようが何をしようが自由だと仰ったのよ。卒業まであと4年でしょ? それから改めてリシャールへ来ればいいわ。4年なんてあっという間よ」


「嫌です。僕はリシャールで学校を卒業します」


「……」


少しこの少年を甘く見ていたかもしれない。説得に苦労するのは、姉のヴァネッサの方だと思っていたのだ。まさか、エミリアンがここまで強硬に拒否するとは想定外だった。


「……エミリアンさま。正直に言うわ。これは皇帝陛下になられる旦那さま直々のご命令なの。誰にも覆せないわ。だから―」


「それが何だと言うのです?」


エミリアンは反発した。思いがけず大きな声になってしまったようで、自分でもびっくりしたような表情を浮かべたが、話すことをやめようとはしなかった。


「父がルメール国の王となるなら、僕は、立派な独立国の王子だ。他国の王にとやかくいわれる筋合いはない。ましてや家臣でも何でもないのだから、命令に服する義務はない」


ここでシルヴィアは、致命的な間違いを犯した。相手が子どもと思って、少年の意思を尊重する配慮を怠った。


「あなたは、まだ子どもよ。子どもは大人のいうことを聞くものだわ。意見を言うのは自由だけど、意見を通そうと思うなら大人になってからにしなさい」


「―!」


エミリアンは、急に立ち上がった。その顔は、泣いているとも怒っているともわからない表情を浮かべていた。


「シルヴィアさまは、僕の味方だと思っていたのに。最後はリオネルさまを説得してくださると思っていたのに。結局、シルヴィアさまにとって僕はその程度の存在でしかないんだ。―もういいです! あなたなんかあてにしないから!」


エミリアンは部屋を飛び出した。


マノンが後を追いかける素振りをしたが、シルヴィアに目で制せられて、その場に留まった。


「……ヴァネッサさま。ずっと黙ったままだけど、あなたは帰国に承知と思っていいの?」


シルヴィアは、うなだれたままのヴァネッサをじっと見つめた。


「……どうでもいいです。帰れというなら、帰ります」


ヴァネッサはつぶやくように言った。いつも前向きな少女なのに、この世の終わりのような顔をしている。


「―元気がないわね。何かあったの?」


「……」


少女の口は重い。容易に話してはもらえなさそうだ。シルヴィアは軽くため息をついた。


「わかったわ。旦那さまの戴冠式がもうすぐ挙行されるの。そのときにギュスターヴさまが国賓としてお出でになるわ。戴冠式が終わったら、一緒に帰国する段取りになっているの。そういう心づもりで準備していてね」


「……」


ヴァネッサは、ピクリとも動かない。


シルヴィアは、思わしげにその様子を見守るだけで、声をかけようとはしなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


リオネルは、執務室のドアをそっと開け、廊下に首だけ出した。誰もいないことを確認して再びドアを閉めた。


ギーには適当な理由をつけて外へ出している。監視の目はどこにもない。山積みの書類を放り出してベランダへ出ると、身軽に隣へ飛び移った。


慣れた様子で次々と飛び移る。すると。


「あっ…!?」


ある部屋のベランダに達したとき、人影がうずくまっているのが、見えた。その瞬間、バランスを崩して顔から落ちた。


「きゃあっ!?」


人影から悲鳴が上がった。


「……痛ててて」


頬を押さえながらリオネルはしゃがみ込んだ。


人影は少女だった。メイドのお仕着せを着ていた。


少女は、身をすくませて、びっくり眼でリオネルを見つめている。目元は濡れていた。


「……あはは。ごめんごめん。驚かせちまって」


リオネルは、頭をかいた。


「あんたに気づくのが遅れて、コケちゃったよ。でも、ぶつからなくて良かった」


目元を拭って少女が近づいてきた。リオネルの顔を覗き込んでくる。


「えっ…何を―?」


アニェスやシルヴィア以外の女性と、こんな間近で顔を近づけたのは生まれて初めてである。一瞬、身を固くした。


「―お怪我、しています」


「えっ!?」


落ちた際に頬を擦りむいたらしい。少し血もにじんでいた。


少女は、エプロンのポケットからガーゼとテープを取り出した。


「……消毒液がない。失礼しますね」


そう言うと、少女は舌を出して大胆にも傷を舐めた。そして手早くガーゼをあててテープで止めた。


「―これでいいわ。応急措置だから、後できちんと傷の手当てをしてくださいね」


茫然自失のリオネルに、少女は微笑みかけた。栗色の髪と瞳をした、愛嬌のある少女だった。


「―あ、ありがとう」


人形のようにぎこちなく礼を述べた。そんなリオネルをじっと見つめていた少女は、はたと手を叩いた。


「そうだわ! あなた、どこかで見たことあると思ったら、パーティーのときの召使いさんね?」


「あっ…!」


リオネルも思い出した。戦捷祝いのパーティーで、転んでリオネルに飲み物をぶちまけた、あのメイドである。


「あの時は、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


少女は、ペコリと頭を下げた。


「服、汚しちゃって、ごめんなさい。お洗濯します」


「いいよ、どうせ汚い服だ」


「……うふっ。ふふふっ! そうですね」


少女は、コロコロと笑い転げた。どことなく笑い方がアニェスに似ている。


「―あっ! ごめんなさい、笑ったりして。失礼しました」


少女は小さく舌を出した。リオネルは、少女のあどけない仕草にぽうっと見惚れた。


「私は、マリー=アンジュと申します。あなたは…?」


「……リオネルだ」


「まあ!? リオネル殿下と同じお名前なのね」


マリー=アンジュは瞠目した。どうやら、召使いと思い込んでいるらしく、リオネル本人だと気づいていない。


「今日は、綺麗な服を着てらっしゃるのね。最初、どなたかわからなかったわ」


「ははは…」


リオネルは、シルヴィアとアニェスからきつく言われて、仕方なくジャケットを着用するようになっていた。


ここでリオネルは悪癖を出した。身分を明かして彼女の勘違いを正せば良かったのに、曖昧なままにした。


「―リオネルさまは、なんでベランダを跳んでらしたの?」


マリー=アンジュは、無邪気そうに尋ねた。


「ん…? まあ…いろいろとな。マリーこそ、こんなところで何をしていたんだ?」


ごまかすように逆に尋ねる。まさか、事務仕事が嫌になって逃げ出してきた、とは言えない。


すると、マリー=アンジュは長い睫毛を伏せた。


「……泣いていたんです」


「えっ!?」


「私、そそっかしくて、何をやっても失敗ばかりなんです。ついさっきも、お皿を洗っていたら床に落として割ってしまって…。侍女長さまに叱られてしまったの」


「……」


リオネルに飲み物をかけてしまうほどだ。本人の自覚どおりなのだろう。


「ここなら、人目に触れないから。いつも独りで泣いて、落ち着いてから仕事に戻っているの」


マリー=アンジュは淡い笑顔を浮かべた。


リオネルは、胸が塞がれる思いだった。彼女は、拙いながらも一生懸命頑張っているのだろう。こういう人々に支えられて、宮廷は運営されているのだ。


思わずリオネルは、マリー=アンジュの両肩を掴んでいた。


「辛い時は、俺が愚痴を聞いてやるよ。だから、独りで泣くな」


突然のことに、マリー=アンジュは、またしてもびっくり眼でリオネルを見つめた。


「あっ…! ご、ごめん」


リオネルは、慌てて手を離した。


「触れるつもりはなかったんだ。嫌な思いをさせたなら、勘弁してくれ」


「……ふふふっ」


マリー=アンジュは、楽しそうに笑い転げた。栗色の瞳には涙がにじんでいる。


「おっかしい! リオネルさまって、変わってる」


「そうかな…。そんなにヘンか?」


「―ふふふっ。あー、笑った笑った。こんなに笑ったの、ほんと、久しぶりだわ」


マリー=アンジュは、まだ笑いながら涙を拭った。栗色の瞳は、キラキラと輝いていた。


「ありがとうございます、リオネルさま。こんなにも優しくしていただいたのは、生まれて初めてです。―はい。もう独りで泣きません。リオネルさまに愚痴を聞いていただけるなら私、どんなに辛くても頑張れる気がします!」

【ご挨拶】

シルヴィア「ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!」

リオネル「節目の200話到達ということで、100話に引き続き、裏ショートストーリーはお休みして、ご挨拶の回とさせてください」

シルヴィア「いや〜、きましたね、200話」

リオネル「これも、読んでくださる方々あってのこと、感謝感激でございます」

シルヴィア「とうとう旦那さまも、念願の皇帝になる日が近づいてまいりました」

リオネル「長かったような、短かったような…。時間軸でいえば、物語が始まって約一年半。目まぐるしく激動の日々でした」

シルヴィア「生々流転ですね。皆さまの運命も大きく変わってきましたし」

リオネル「さまざまな宿題も残されたものが多いですし」

シルヴィア「これから少しずつ明らかになっていくのでしょう」

リオネル「明らかになると困ることもあるけど」

シルヴィア「はい? それはどういう意味ですの?」

リオネル「あ…いや、何でもない」

シルヴィア「……様子がおかしいわね。隠し事は嫌いですよ。今なら腕立て100回で許してあげますから、正直におっしゃい」

リオネル「なんだよ、腕立て100回って。エマの悪影響もいいとこだ」

シルヴィア「問題はそこではありません! 何を隠しているのです?」

リオネル「何も隠してねえ!」

アニェス「……失礼しました。二人は放っておきましょう。それでは、次回201話、もしよろしかったら、読んでみてください。お義姉さま一同、お待ちしていまーす!」

シルヴィア「……後でバレるほど、罪は重くなりますよ!」

リオネル「俺は無実だ! 訴えてやるっ!」

シルヴィア「受けて立つわ!」

アニェス「……100話のときも同じパターンだったわね。もしや、これ、周回記念ごとに繰り返すのかしら」

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