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第20話 策略と復讐

両軍の布陣が終わった。新兵が52人なので、エマ隊も52人である。


エマ隊は、丘の上に本陣を置いた。大きな隊旗がはためいている。エマ隊のしるし、月に蝶の絵柄である。


中央に一人、裏地が金色のマントを羽織った人物が馬上にあった。あれがエマだろう。丘なので、様子がよく見える。逆に言えば、向こうからもよく見えるということだ。近づけはすぐにわかってしまう。


こちらの本陣は、平地である。周りには何も遮るものはない。陣地としては、エマ側が有利である。こちらも中央にピカピカの金色の兜と鎧に身を固めた大将が馬上にある。ただし、新兵の中には馬に乗れない者もいるので、騎馬隊と歩兵の構成である。エマ隊は、全員騎馬隊であった。


ここまでが両軍に情報として与えられた全てである。実際の動きは、戦闘の中で見極めなければならない。


戦闘開始の赤い旗が、トリュフォーが陣取った場所から上がった。模擬戦の運行は、トリュフォーが務める。


先に動いたのは新兵隊だった。40騎が走り出す。新兵隊から見て右翼の森を目指している。森は丘の近くまで続いている。常識で考えれば、森に紛れて丘の裏に回ろうとしているように見える。


しかし、戦力の8割近くを一気に投入したせいで、本陣はガラ空きだ。しかも残っているのは歩兵のみ。これでは、本陣を襲ってくれと言わんばかりである。


エマは、騎馬隊20騎を本陣に走らせた。迂回した新兵騎馬隊より早く新兵本陣に突入できる。すると、新兵騎馬隊から20騎が分かれた。先頭は弓の男だった。エマ隊の横腹を狙っている。


エマ隊は、そうはさせじと急転回した。正面激突は必至と思われた。が、先頭の男が馬上から矢を放った。例の3本矢である。2本は剣で弾かれた。しかし1本は騎兵にあたった。騎兵は走るのをやめる。弓や剣を身体に受けたら、致命傷を受けたと見做し、離脱する決まりである。


弓男は続けざまに3本矢を放つ。とてつもない技倆である。エマ隊は矢を避けようと正面突撃をやめて迂回し始めた。


それを横目に、新兵の本陣が動き出した。騎馬隊の戦場をできるだけ避け、エマ本陣に向けて走り出す。


「エマ隊長。敵は騎馬隊と歩兵で我が本陣を挟み撃ちにするつもりです」


「そのようね。森を迂回した騎馬隊はここに達するまで時間がかかる。私が動かした騎馬隊を敵騎馬隊で釘付けにすれば、機動力のない歩兵でも最短距離で本陣に達することができる。絶妙なタイミングの動き出しだわ。やっぱり、本陣に隙を見せたのは誘いだったのね」


「新兵のくせに、なかなかやりますな」


「騎馬隊は動かしてこその騎馬隊。立ち止まっていたら、歩兵のいい餌食だわ。ここに残した騎馬隊は無力化されて、私は討ち取られる。それを避けるために騎馬隊を歩兵に向かわせると、こっちの本陣の騎馬隊は敵騎馬隊より数的に不利になるし。とっても良い策だこと」


「感心している場合ですか。このままじゃ、新兵に一本取られますよ」


「ふふっ。でも、見落としがあるわねえ。新兵の誰が考えた作戦か知らないけど」


「見落とし、ですか」


「私がここにずっと留まっているのが前提の策、ということよ」


エマは、鉢巻を頭に巻いた。表情が一変する。


「てめえらっ! 残り全騎馬隊で敵歩兵を殲滅する! オレに続けっ」


エマ隊は、丘を駆け下りた。それを見た新兵の歩兵隊から狼煙が上がった。あらかじめ準備していたようだ。


森にいたはずの新兵騎馬隊が姿を現した。エマ本隊を目指し疾走する。先頭は…金色の鎧を被っていた!


「エマ隊長っ! 敵騎馬隊に、大将がいます!」


「何だと!?」


歩兵にも確かに金色の騎兵がいる。しかし、よく見るといつの間にか歩兵全員が金色の鎧を着ている。


「騎馬隊に、大将の旗印、確認! 白地に太陽です」


「しまった! 歩兵は罠だ!」


エマはほぞを噛んだ。金色の鎧で大将だと思い込まされた。歩兵は偽者で、本当の大将は、騎馬隊のほうだった。まんまと有利な丘から誘い出されてしまった。敵の真の狙いは、これだったのだ。


「このままでは、敵騎馬隊に捕捉されます!」


「……このまま歩兵に突っ込む! 蹴散らして先行の20騎と合流! 数で押し切るぞ」


そのとき。突如、新兵騎馬隊から一騎が飛び出した。白藍の長髪をなびかせたサンドラだった。エマ目掛け猛追し始める。釣られて数騎が後を追う。敵騎馬隊の足並みが乱れた。その隙をエマは見逃さなかった。


わざと騎馬隊の方向を少し変え、横腹をさらした。サンドラは構わず飛び込む。すれ違いざま槍を突き出す。エマは槍を剣で跳ね上げた。サンドラは目的を果たせず走り抜ける。


エマはそのまま新兵騎馬隊と激突した。隊列の乱れた新兵騎馬隊は、横腹をえぐられ数騎が吹き飛ばされた。すぐさま反転し再び横腹をえぐる。また数騎が離脱した。


主導権をエマ隊に握られた新兵騎馬隊は、何とか立て直そうとするが、激突するたびに大きく数を減らされる。大将とエーヴが奮戦するも劣勢となっていく。


大将が馬上から飛んだ。エマ目掛け長剣を振り下ろす。一撃必殺の剛剣だった。しかし、エマは撃ち合おうとせず、馬上から消えた。兎脚族特有の強靭な脚で大地に飛び降りたのである。大将は宙を切り裂いたのみで、こちらもしなやかな動きで見事に着地した。しかし。


金色の鎧にキズがついていた。エマが宙に飛んだ瞬間、剣を大将の背中に投げつけていたのだ。


トリュフォーの陣地から白旗が上がった。模擬戦の終了を知らせる旗だ。みな、動きを止めたところへ、一騎が飛び込んできた。


「エマーっ!」


戻ってきたサンドラが、馬上槍を突き出す。エマは槍を跳ね上げた。サンドラは地上に飛び降りた。


「キサマを殺すっ」


殺気をみなぎらせたサンドラがエマに突撃しようとした刹那。


「ダメーっ!」


大将がサンドラに体当たりした。二人は、もつれ合いながら地面を転がった。


「―離せっ」


サンドラはもがきながら立ち上がろうとする。


「ダメよっ。もう、勝負はついた! 戦闘は終わったの!」


「知るかっ! 私には関係ない!」


「この…わからず屋っ!」


大将は思い切りサンドラの顔を殴りつけた。サンドラは、どぉっと地面に突っ伏した。


「……クソっ…クソっ!」


サンドラは、地面を叩いて思い切り叫んだ。


「クソぉーっ!!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「結果を発表する」


整列した新兵を前に、トリュフォーが無情に告げた。


「模擬戦は、エマ隊の勝利である。よって、新兵は不合格―」


「ちょっと待って、トリュ」


エマが制した。鉢巻は既に外していた。


「一つ確認したいことがあるの。新兵に尋ねてもいい?」


「……好きにしろ」


「ありがとう。―新兵に聞きたいんだけど、終盤のサンドラの単騎突撃、あれはどういう意図があったの?」


「……」


当事者のサンドラは、不貞腐れたようにそっぽを向いている。


「新兵の作戦、見事だったわ。あの突撃がなければ、私のほうが負けていた可能性が高い。突撃のせいで騎馬隊が乱れて付け入る隙ができた。どう考えても新兵隊に不利な状況になったと思うけど、あれは何だったの?」


「―勝手に動いたんです」


エーヴが答えた。


「あれは作戦ではありません。サンドラが単独で隊を離脱し、勝手に突撃しました」


「だとすると、作戦を無視した単独行動というわけね」


「セリーヌの作戦は完璧でした。全て彼女の言う通りに事態が動いて、あと一歩でエマ隊長を討ち取れるはずでした」


「まったく同感だわ。私は完全に騙されてまんまと嵌められた。戦術上は私の完敗よ」


「……」


「どうかしら、トリュ。事実上彼らの勝ちということで、合格にするのは?」


「エマがそういうなら、俺は構わん」


「ありがとう!」


エマは手を叩いて喜びを表した。新兵の間にも、ホッとした空気が流れた。


「ところで、作戦を立てたセリーヌという方は、どなた? 話してみたいわ」


(げっ!? ヤバいっ)


シルヴィアは焦った。ここまできて正体がバレては元も子もない。


(ど、どうしよう?)


いい考えが浮かばないまま、視線がシルヴィアに集中したのを感じた。


「……あなたなの? タオルを頭に巻いたお嬢さん」


(まずいっ。非常にまずーいっ)


シルヴィアは、伏せた顔を上げられない。


「自分から名乗らないなんて、ずいぶん遠慮深いのね。誇っていいのよ、私を負かしたんだから。顔を私に見せてちょうだい」


「……」


観念して、シルヴィアはソロソロと顔を上げた。


「……!?」


エマと視線が合う。びっくりしたようにエマの目が真ん丸に見開かれた。シルヴィアは愛想笑いを浮かべた。


「……どうした? エマ」


トリュフォーが固まってしまったエマを不審そうに見た。


「―あ! ううん。何でもないわ。……そう、あなたが()()()()さんというのね」


エマがニッコリ微笑んだ。相変わらずの美女っぷりである。この際ながら、シルヴィアは一瞬見惚れてしまった。


「将来が楽しみだわ。トリュ。是非()()()()さんを月蝶隊にちょうだい。私が、とことん鍛えてあげる」

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「私は騎馬隊に潜り込むから、歩兵の替え玉大将は、ミラベル。あなたがやって」

ミラベル「わ、わたし!? そ、そんな大役、で、できません」

シルヴィア「大丈夫よ。金ピカ鎧を着て馬に乗ってるだけだから。歩兵の動き出しのタイミングは、サイノスに任せるわ」

サイノス「承知」

シルヴィア「狼煙のタイミングもお願いね」

サイノス「敵騎馬隊が丘を駆け下り切ってから、だったな」

シルヴィア「そうよ。この作戦のキモは、エマさまがこちらの見せかけの作戦を見抜いて、自ら歩兵隊に突撃を敢行するかどうかなの」

エーヴ「もし、エマ隊長が裏の裏を読んで丘を下りてこなかったら、どうする?」

シルヴィア「そのときは、潔く本陣に突撃して玉砕しましょう」

エーヴ「ふ〜ん。賭けの要素が大きい気もするが」

サイノス「策など、そんなもんだろう。戦場は生き物だ。常に想定外のことが起こると思っていたほうがいい」

エーヴ「で、大将の旗印は何にする? わたしは、シンプルかつセリーヌを象徴するやつがいいと思うんだ」

サイノス「何かアイデアでもあるのか」

エーヴ「へっへー。こういうのはどう?」

サイノス「白地に赤丸か。これはどういう意味なんだ?」

エーヴ「赤丸は太陽だよ。セリーヌって、お日さまみたいな奴だなあと思ったから」

サイノス「皆を照らす太陽か。いいと思うぞ」

エーヴ「よしっ! 決まり。旗印は、わたしが隠して持っていく」

シルヴィア「みんな、いい? 相手がエマ隊長だからって気後れしちゃダメ! 新兵だって力を合わせれば勝てることを証明しようよ!」

新兵「おう!」

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