表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/219

第198話 直面する現実と淡い夢

「お兄さま、ちゃんとお仕事なさってますか」


リオネルの執務室に入ってくるなり、アニェスが言った。目は笑ってる。


「ちゃんとやってるよ」


リオネルは口を尖らせた。いよいよというか、ようやくというか、リオネルが政務を執り始めたのだ。


これまで、事務仕事などしたことのないリオネルである。書類の山を目の前にして悪戦苦闘していた。


「リオネルさまにしては、根気良くやってらっしゃいますよ」


ギーの目も笑っている。


なぜギーがここにいるかというと、人事の先駆けとしてリオネルには護衛隊が設けられることになったのだ。その隊長として、ギーが赴任したのである。


もともとリオネルの従者であり、兄とも友とも思う人物だ。うってつけの人事であろう。


「やっぱり、ギーが側にいてくれると、とても安心感があるわね」


「恐れ入ります。力の及ぶ限りリオネルさまを躾けますので」


「おい! 俺は皇帝だぞ! もっと敬えっ」


「はいはい、陛下さま。大変失礼いたしました」


「……そういうのを慇懃無礼というんだ」


ギーとアニェスは目を見交わして笑い合った。


「アニェス! 冷やかしなら、さっさと帰れ!」


「あら。ご機嫌斜めですわね。―また顔を出します。頑張ってくださいね」


「いいから、さっさと行け!」


身を翻しかけて、アニェスは振り向いた。


「―お兄さまがお仕事なさるなんて、雨が降らなきゃいいけど」


「うるせえっ!」


鈴の音を転がすように笑い転げながら、アニェスは執務室を出て行った。


「―ちっ…。あ〜あ、やる気なくした」


リオネルは、両手を頭の後ろに回した。


間髪入れずギーが書類をリオネルの目の前に置いた。


「……容赦ねえな、ギー」


リオネルは、ジロッと睨んだ。そんなことで怯むギーではない。


「ここ一年半の間に三度も大きな戦がありました。国中が疲弊しています。早急に内政を立て直す必要があるのです。遊んでいる暇はありませんよ、リオネルさま」


「別に遊びたいなんて言ってねえだろが。ただ、根詰めるだけが仕事じゃねえと思うんだ。適度に休憩を入れれば、むしろ効率が上がるぜ」


四の五の理由をつけているが、要するに一休みしたい、ということであろう。ギーは、苦笑いを浮かべた。


「……仕方がない。少しだけですよ」


「よっし! それじゃあ、コーヒータイムだ。ミルクコーヒーをいれてくれ」


すっかりミルクコーヒーがお気に入りになったらしい。ギーに無心した。


「はいはい」


ギーは、準備すべく、簡易キッチンに向かった。


ギーだけではなく、リオネルたちは、バルケッタの提言を元に宮廷全体の大幅な人事の見直しを始めていた。


戴冠式が一か月後に挙行されることが決まっている。その際に人事も発表される予定だ。そのときこそ、『リオネル王朝』の本格的な始動となるだろう。


「―旦那さま。よろしいかしら」


ギーとコーヒーブレイクを楽しんでいると、折悪しくシルヴィアが訪ねてきた。


「あっ、また仕事をサボってる!?」


シルヴィアは、呆れたような声を上げた。


「まったく、どうして旦那さまは、そう仕事に身が入らないのかしら」


「ち、違う! ほんの少し前まで真面目に仕事してたって! なあ? ギー」


「それは本当です、シルヴィアさま。少しお疲れのようだったので、私が休憩をお勧めしたのです」


「ふ〜ん…。ギーさまは、ほんとによくできた方ね」


シルヴィアには見透かされている。リオネルは首をすくめた。


「……シルヴィアさま。何かご用件がおありだったのではありませんか」


ギーが話を逸らした。実際、用事があったので、承知した上で話に乗った。


「ガイヤールのご姉弟のことなのですけど」


「ヴァネッサとエミリアンか」


「このまま、リシャールに留めるわけにはまいりませんか」


ラファエルを倒した今、ガイヤールの姉弟をリシャールに置く理由は失われた。人質ではないのだから、ただちにギュスターヴに返すべきだ。


しかし、二人揃って嘆願がシルヴィアに舞い込んでいた。帰国に関して、断固拒否する、というものであった。


「駄目だ。そういう約束でリシャールに連れてきたんだ。シルヴィアは、俺を嘘つきにしたいのか?」


「そうは言いませんけど、お二人の気持ちを思うと、無碍にできなくて」


「シルヴィアは、ルメール姉弟びいきだからな」


「それだけではありませんよ。それぞれのお相手の方々が気の毒なの」


「あのな。考えてもみろ。二人はまだ子どもだ。必要以上に親元から離すべきじゃねえ。親子双方にとってな」


「……」


「いっときの感情に流されて、本質を見誤まるな。これからは王家の一員になる連中だぞ。まずは本国で幼年学校を卒業してからだ。その後なら、彼氏彼女と付き合うなり、やりたいことをやるなり、好きにすればいい」


「旦那さまの仰ることもわかります。わかるから、余計悩んでしまって…」


「シルヴィア。これは決定事項だ。例えアニェスと組んでも俺は考えを変えないぞ」


釘を刺されてしまった。それでも、恋人たちの仲を裂くようなことは、どうしても気が引ける。


「……わかりました。お二人を説得してみます」


答えてはみたものの、重い重りに繋がれたような気持ちだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―見て、エミリアン。バラが綺麗」


フルールは、赤や黄色のバラを指差した。


バラだけではない。ガーベラ、シクラメンなどが今を盛りと咲き誇っていた。


ここは、皇宮の庭園である。さすが天下のブランシャール帝国の庭園、広大な敷地に春夏秋冬の花々が揃い、ほぼ一年中楽しむことができる。しかも、温室も完備されて、雪の日でも鑑賞できるようになっていた。


エミリアンとフルールは、学校帰りに誘い合ってデート中であった。


「ブランシャールは、凄いね。こんな大きな庭園、見たことないよ」


「ここも素敵だけど、マティスのひなびた庭園も私は好きだわ」


「……もうすぐ、冬なんだね」


「……」


「これ、秋に咲く花でしょ?」


エミリアンは、シクラメンを指差した。


「よく知ってるわね」


「ガイヤールにもね、庭園があるんだ。あ、もちろん、こんなに広くないけど、でも、草花がいっぱいあって、散歩するのが好きなんだ。それで侍女とかに聞いて、花の種類を覚えたんだよ」


「そうなのね。花好きだなんて、なんだかエミリアンらしくて、かわいい」


「一度、フルールをガイヤールに連れて行きたいな。オランドという大きな河に町があって、貿易が盛んなんだ」


「行きたい! エミリアンの育った町を見てみたい」


「活気があって、それこそいろいろな種族も来るよ。猫耳族も兎脚族も、ときには南の大陸の人も来るんだ」


「へえ。ブランシャールのカルパンチエみたいなところなのね」


「有名な港町だよね」


「―エミリアンと旅して歩いたら、きっと楽しいだろうな」


「行こうよ。なんなら、学校を休んでさ」


「無理よ。そんなに長いこと、学校を休めないわ」


「一か月くらいなら、大丈夫だよ」


「でも…お父さまがお許しにならないわ」


「僕が直接お願いしてみる」


「……本気なの?」


「本気だよ。ブランシャール国内を巡ってさ、ガイヤールにも足を伸ばそう。ドゥラットルという大きな港町があるんだ。カルパンチエから船で行けると思うよ。ドゥラットルから大河オランドを遡れば、ガイヤールはすぐだ」


「素敵…だと思うけど」


「……あんまり嬉しくなさそうだね」


「そんなことない。とても楽しい旅になると思うわ。だけど…」


フルールは、立ち止まりうつむいた。エミリアンは驚いたように彼女に寄り添った。


「どうしたの?」


「エミリアン…」


フルールは思い切ったように顔を上げてエミリアンをじっと見つめた。


「あなたは、ルメールに帰るのでしょう?」


「またその話? 前に帰らないと言ったよね?」


「だって、考えれば考えるほど、ここに残るのは無理だと思えてしかたないの」


「フルール…」


エミリアンは大きく嘆息した。


「僕のこと、信用できない?」


「それは…もちろん、信じてるわ」


「だったら、そんなに心配しないで。大丈夫。シルヴィアさまにもお願いしたから。あの方は必ず僕たちの味方になってくれるよ」


「―そうね。……そうよね」


「……」


エミリアンは、手を伸ばした。フルールは、その手を握りしめた。


「―最初は、カルパンチエを目指そうか。あ、でも、マティスにも寄りたいな。食べ物が美味しかったなあ。それに温泉! びっくりしたよ―」


エミリアンは楽しそうに話し続ける。しかし、彼より少し遅れて歩くフルールは、表情が一向に晴れぬままだった。

【裏ショートストーリー】

ヴァネッサ「きゃぁーっ、さすがリシャール。町にこんな大きな本屋さんがあるなんて、びっくりだわ」

エドウィージュ「そりゃ、天下のリシャールだからな」

ヴァネッサ「たくさんあるのねえ。ランスさんには、どんな本がいいかしら」

エドウィージュ「本なら何でもいいんじゃね?」

ヴァネッサ「そういうわけにはいきませんよ」

エドウィージュ「あいつは、文字が書いてありゃ、大喜びなんだから。なんなら、私がサイン本作ってやろうか?」

ヴァネッサ「……こんなことなら、好きなジャンルを聞いておけば良かった」

エドウィージュ「無視すんな、ヴィシー」

ヴァネッサ「あっ、これなんかどうかな? 見た目もかわいいし」

店主「お客さま、お目が高い! それは掘り出しものですよ。今なら8割引きです」

ヴァネッサ「えっ、そんなにお安いの?」

店主「スクライブが、最後の最後書き損じて、廃棄寸前だったのを奇跡的に手に入れたのです」

ヴァネッサ「スクライブ…?」

エドウィージュ「本を書き写す職人のことさ」

ヴァネッサ「へえーっ。買おうかしら」

エドウィージュ「おいっ!? それ、何の本かわかってるのか?」

ヴァネッサ「何の本ですか?」

エドウィージュ「媚薬教本だぞ!」

ヴァネッサ「なあに? びやく、って?」

エドウィージュ「……いいから、それはやめとけ」

ヴァネッサ「なによ、教えてくれてもいいでしょう?」

エドウィージュ「……これなんか、どうだ?」

ヴァネッサ「『ガゼルの聖剣物語』? 子どもが読む本ですよね?」

エドウィージュ「いや、大人向けに書かれた本格的な冒険譚さ。ランスは、物語が好きだって前に言ってたぜ」

ヴァネッサ「本当? それじゃ、これにしよう」

店主「まいどありィ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ