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第197話 姉弟の行く末

嵐のようにシルヴィアを翻弄していったカリーナと入れ違うようにして、マノンとコレットが帰国した。


「マノン、コレット、お帰り〜」


シルヴィアは、二人を抱き締めた。


「ただ今戻りましたぁ」


マノンはお人形のような愛らしい笑顔を浮かべた。


「長らくお側を離れ申し訳ありませんでしたぁ」


「……ほんとよ。二人がいないおかげで、どれだけ心細かったか」


「えっ?」


シルヴィアは、しばらく二人を抱き締めたまま動かない。明らかに様子がおかしい。マノンは、そっと抱き返した。


「……留守中に、何かありましか?」


「そうなの! 聞いてよ、マノン、コレット。ヒドいのよっ」


シルヴィアは、カリーナ来襲を話してきかせた。それまでの鬱憤をすべて吐き出すかのように。


「―へえ。なるほど」


すべて聞き終えると、マノンは大きくうなずいた。


「シルヴィアさまの四番目の姉君さまですか。ずいぶん、お親しいのですね」


「違うっ。あんなやつ、大キライよ」


シルヴィアは口を尖らせた。それはまるで、駄々っ子のようだった。マノンは幼い妹をなだめるように言った。


「お話を聞く限りでは、慕っておられるとしか思えませんが」


「ンもう、何を聞いていたの? 尊大だし、横暴だし、わがままだし、最っ低のやつよ」


「妹想いだし、剣の達人だし、お師匠だし、最っ高の姉君ですね」


「……」


「私も会いたかったです」


コレットが憧れるように言った。


「剣の達人な上に、大変美人な方なんですよね? 一目でいいからお顔を見たかった〜」


「あんなやつ、もう二度と来なくていいわ」


「シルヴィアさまにしては、ずいぶんひねくれてしまいましたね」


「別にひねくれてなんかいないわ。正直な気持ちよ」


「ふ〜ん。それなら、そういうことにしておきましょう」


「何よ。あたしがウソをついているとでも言うの?」


「いいえ。シルヴィアさまは正直に胸の内を述べていらっしゃいます」


マノンは澄まし顔で言った。シルヴィアは、ジロッと睨んだが、それには言及せず話題を変えた。


「旅行はどうだった? 楽しかった?」


「はいっ。とても楽しかったです!」


コレットが元気よく応えた。


「マティスの温泉に入ってきたんです。悩みなんて、吹き飛んでしまいました」


「あら、それは良かった。あたしもマティスの温泉、大好きなの〜」


それからは、マティスの話題で盛り上がった。道中食べ過ぎて、マティスに着いたとき、コレットがトイレに駆け込んだ話は、大いにシルヴィアを喜ばせた。


シルヴィアは、コレットの失恋も、マノンの悩みも、何も触れてこない。


マノンは、主人の優しい心遣いに感謝した。同時に現実世界に帰ってきた思いを強くしていた。


ついに帰ってきてしまった…。


居るべき場所へ。戦場と呼ぶべき場所へ…。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「えっ…!? お父さま。もう一度仰って」


フルールは、セルジュから聞き捨てならないことを聞かされた。それは―


「ルメールの姉弟は、近々ガイヤールに帰されるらしい」


「……」


「今、リオネルさまは人事に着手なさっておいでなのは知っているだろう」


「ええ、もちろん」


これまで宮廷に明確な役職はなかった。国家予算一つとっても、皇帝家の私財と渾然一体となっていて、明確な区別がなかったのだ。


それで、国家予算を担当する者、軍務を統括する者など、明確に役職を定め、組織化することを目指していた。後の世でいうところの、行政制度を整備しようというのだ。


「実は、それを考案したのもバルケッタどのなのだ。法律制定の傍ら、役職制度についてリオネルさまに具申されたのだが、その中に、ルメールのことも含まれていた」


「ルメール…。統治する役職ということですか」


ラファエル亡き今、ルメールには(あるじ)が不在である。旧ルメール王家の血脈も、ほぼすべてラファエルが処刑してしまった。


「新たに王家を冊立する。国王は、ガイヤール城主ギュスターヴどの」


「……!」


「これが、何を意味するかは、わかるな?」


「……エミリアンが、王太子になる…」


「そういうことだ。まさか王太子をいつまでもブランシャールに留めるわけにはいくまい」


「王女となられるヴァネッサお義姉さまともども、帰国なされる」


「お前にだけは、早めに伝えておいたほうがいいと思ってな。他言無用だぞ。まだ正式発表前なのだから―」


フルールは、既に父の言葉を聞いてはいなかった。


(エミリアンが…いなくなってしまう…)


頭の中が真っ白になった。胸の中では、重い錘が下りて深く沈み込んでいくのを感じていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おい、ランス。これはどういうことだ!?」


エドウィージュは、書類を手にバルケッタに迫った。怒り心頭に発している。


「どうとは、どういう意味ですか?」


「トボけんじゃねえよ。この役職制度のことだよ」


「それが何か?」


「ルメールの王家冊立のことが、しれっと書かれてるじゃねえか」


「……」


「ほかの役職には名前がねえのに、どうしてルメール王家には名前が書いてあるんだよ」


「ルメールには、今、統治者がいません。リオネルさまは、基本方針として滅んだ国は復興させるお考え。であれば、リオネルさまとも関係の深いギュスターヴさまが国王として治めるのが、最も理に適っています」


「私は理屈のことを聞いてんじゃねえんだよ。ヴィシーのことを考えているのか、と聞いてんだ」


「……」


「ヴィシーを王女にしてどうすんだよ。てめえ、何を考えてるんだ」


「ヴィシーさんを王女にするわけではありません。ギュスターヴさまを国王にするのです。結果的にご息女であるヴィシーさんが王女になるだけの話です」


「どっちだって同じことだ。このままヴィシーをルメールに帰して、てめえは平気なのか?」


「―エドさん。もういいです」


ヴァネッサがエドウィージュを止めた。そのままにしておくと、バルケッタを殴りそうな勢いだったからだ。


「ランスさんにはランスさんのお考えがあるのでしょうから」


「何を悠長なことを言ってんだ。お前はいいのかよ、このままランスと別れても」


「私は国に帰るつもりはありませんから」


「あ…?」


きっぱりと言い切るヴァネッサを、エドウィージュは驚いてじっと見つめた。


「……お前、そんなことが許されると思ってるのか?」


「許す…? それこそおかしいわ。私が王女になろうとなるまいと、帰国とは何の関係もないでしょう?」


「おおありだろが! 仮にも王女だぞ。それも結婚前の、13の子どもだ」


「もうすぐ14になります。ランスさんと誕生日が近いの」


ヴァネッサは嬉しそうに言う。


「……14の子どもだ」


呆れたようにエドウィージュは言い直した。


「普通ならまだ幼年学校に通ってる歳だぞ。そんなお姫さまが、新たに王朝を建てようってときに、国許にいないでどうすんだよ」


「国王としてのお勤めなら、お父さまが上手くやってくださるわ。私なんて、ただのお飾りじゃない。いてもいなくても同じよ」


「いや、そうじゃなくて、私が言いたかったのは、わざわざ国王として親父どのの名前を挙げなくてもいいだろ、ってことなんだよ。しかも人事に関することを、たかが一介の事務部長が具申するなんて、身の程知らずにもほどがある」


「別にいいんじゃねえか?」


ギルベアトが口を挟んできた。


「まだ公にはされてねえけど、身分の差別は禁止になるんだろ? 一介の事務部長が人事に意見を述べても構わねえだろが」


「百歩譲って具申するのは容認する。だけど、なんでギュスターヴの名を挙げる? どうしてわざわざ恋人の心をかき乱すようなことをする?」


「エドさん!? 私たち、お付き合いしてるわけじゃありません」


ヴァネッサは、真っ赤になりながら言った。バルケッタはといえば、書類の山に顔を隠して聞いていないフリをしていた。


「今更、それを言うか? 形はどうあれ、てめえらは、恋人同士だ」


エドウィージュに断言されて、ますますヴァネッサは赤くなった。


「―そんなことよりエドさん! 例の約束、果たしてください!」


「あ…? 何だっけ?」


「ひっどーい! 忘れちゃったの?」


ヴァネッサは、エドウィージュに顔を近づけて声をひそめた。


「本屋さんに連れていってくれる約束です」


「ああ…! そういや、そんな約束、したっけな」


「本当はもっと早く行くはずだったけど、戦争が始まっちゃったから、行きそびれてたんです。ちょうどもうすぐランスさんの誕生日だから、お祝いに贈りたいの」


「……わかった。次の休みに必ず連れて行く」


「ありがとう! 大好きよ、エドさん!」


ヴァネッサは、エドウィージュの首に抱きついた。


エドウィージュは、苦笑いを浮かべて青白磁の髪を撫でた。


結局、ヴァネッサの帰国問題は、うやむやのままに終わった。

【裏ショートストーリー】

エミリアン「えっ…!? 僕がルメールに帰される…?」

フルール「まだ、正式に決まったわけではないわ」

エミリアン「でも、その可能性が高いのでしょ?」

フルール「たぶん…」

エミリアン「お父さまが、ルメールの国王になる…」

フルール「そしてあなたは、王太子になる。私とは身分が違ってしまうわね」

エミリアン「身分なんて関係ない。フルールがそう言ったんだよ」

フルール「そうね…」

エミリアン「僕、ルメールには帰らない」

フルール「えっ!?」

エミリアン「王太子だからって、国にいなければならないわけじゃない」

フルール「……それはどうかしら。難しいと思うわ」

エミリアン「なんで?」

フルール「王太子は、次期国王になる人よ。国政の勉強をしなくてはならないわ。他国で勉強するのとは訳が違う。そもそも、お父上がお許しにならないでしょうし」

エミリアン「それこそ、関係ない。次期国王と言ったって、何十年も先の話じゃないか。僕は、ここにいたいんだ」

フルール「そういう訳にはいかないわ」

エミリアン「フルール!? きみは僕がいなくなっても平気なの?」

フルール「平気じゃないけど…」

エミリアン「だったら、そんな追い出すようなことを言わないでよ」

フルール「エミリアン…」

エミリアン「約束したじゃないか。ずっと隣にいるって」

フルール「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」

エミリアン「だったら、この話はもう終わり。いいね?」

フルール「ええ…(それでも、いつか決断しなければならない。きっと、エミリアンは…)」

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