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第195話 祝賀の席で

戦捷の祝賀パーティーが開かれた。


戦続きで戦費がかさみ、国庫は逼迫していた。とてもお金はかけられない。リオネル家のポケットマネーで、勝者にしては実にささやかなパーティーとなった。


参加者も、内輪のみである。貴族連中は一人たりとも出席していない。


大広間には、たくさんの小さなテーブルを用意した。立食パーティーにして、食事はつまみ程度。お酒は潤沢とはいえないが、アダンに頼んで格好がつく程度には集められた。


シルヴィアの音頭で乾杯すると、あちらこちらで会話の花が咲いた。例え形が豪華でなくとも、中身は燦然と輝いていた。集まった人々こそが、豪華絢爛な花々だったからである。


「お疲れさまでした、エマさま」


ジュースを片手に、シルヴィアはエマとグラスを合わせた。エマは無論、ワインを飲んでいる。


「シルヴィアさまも、天馬隊のご活躍、おめでとうございます。隊長クラスを多数討ち取られたとか」


「エマさまのご指導あっての結果ですわ」


二人が並んでいるだけで、まばゆいばかりの煌めきが辺りを照らしていた。シルヴィアは言うに及ばず、今日は珍しくエマもドレス姿だった。


「今や天馬隊は、リオネル軍の主力です。特に至宝天の方々は、今後も大いに頼りにさせていただきます」


「軍務は、エマさまに任せっきりにしてしまって、心苦しいわ」


「……いえ。それが仕事ですから」


エマの表情が少し翳った。目ざとく気がついたシルヴィアは、眉根を寄せた。


「どうかなさったの? 何か心配ごとでも?」


「―クニークルスですよ」


「ギーさま!」


ギーがエマに身体を寄せてきた。


「リオネルさまが天下を取った暁には、故国クニークルスを復興する、という約束、シルヴィアさまはご存知でしたよね?」


「ええ、もちろん」


「政権が発足したばかりで離脱するのは気が引ける。でも、長年の夢は捨てられない。というわけで、身が引き裂かれる思いで悩んでいるのです」


「そうでしたか…」


正直、今、エマに去られるのは痛手だ。少なくとも政権の運営が軌道に乗るまでは、支えてほしい。しかし、エマの気持ちを考えると、無理強いはできない。


「そんな暗い顔をなさらないでください」


エマは、いつもの妖艶な笑顔を浮かべた。


「今日はお祝いの席ですから、悩み事は後に回して、楽しい話をしましょう」


「……そうですわね、お二人の今後のお話とか、ね?」


シルヴィアはいたずらっぽくウインクしてみせた。エマとギーは、思わず顔を見合わせた。


「こんな公の席で、仲睦まじく並んで立ってらっしゃるのですもの。もしかして、発表が近いのではありません?」


「あ、いや、私たちは、そんな…」


ギーが頬を染めた。


「私事にかまけている暇はありません」


エマがきっぱりと言った。こういうとき、女性のほうが腹がすわっている。


「課題は山積しています。目の前の仕事をこなしていくだけで精一杯です」


「―盛り上がってるじゃないか」


リオネルとアニェスが肩を並べてやってきた。アニェスはドレスだが、リオネルはいつもの農民のような格好だった。


本当にこの兄妹は仲がいい。幼少期からの特別な絆があるのだ、致し方ないとはいえ、シルヴィアは少し複雑な気分になる。


「何の話をしていたんだ?」


「はい、旦那さま。エマさまとギーさまのご結―」


「あーっ! トリュフォーと相談したいことがあったのを、今思い出しました!」


ギーが大きな声でシルヴィアを遮った。


「それでは、失礼いたしますっ」


ギーは、深々と頭を下げると、その場を離れた。苦笑いしながらエマも、華麗にお辞儀をすると、後を追いかけていった。


「なんだ? あの二人」


リオネルの頭の上には、ハテナマークが百個くらい浮かんでいた。それを見て、アニェスが鈴の音を転がすように笑い転げた。


「お兄さまは、幸せな方ねえ」


「はあ? どういう意味だ?」


「旦那さまだけですよ、理解していないのは」


「……よくわからんが、バカにされていることだけはわかる」


「それはともかくとして、今、エマさまのお悩みを伺っていたところだったのです」


シルヴィアは、口を尖らせたリオネルをなだめるように言った。


「クニークルスの復興の件ですわ」


「ああ、それか。約束は約束だ。クニークルスは復興させる」


「でも、エマさまは、軍務の責任者として職務を全うしたいお気持ちもお有りです。その狭間で悩んでいらっしゃるの」


「エマがいなくなるのは、確かに痛手だわ」


アニェスが考え込むように小首を傾げた。


「でも、クニークルス復興はエマの長年の望み。もしここで私たちの都合を優先させては、リオネルは約束を守らない男とのそしりを免れない。私たちにとっても悩ましいですね」


「何か、良い解決策があるといいのですけど」


そのとき。リオネルの側を通りかかったメイドが何かにつまずいた。手にしていたお盆が宙を飛び、載せていたワイングラスがリオネルの背中に当たって派手な音をたてながら床で割れた。


「あ〜っ! ごめんなさいっ!」


メイドは膝まで頭を下げながら謝った。


「お仕事中なのに、邪魔しちゃって。大丈夫ですか?」


「え…ああ、大丈夫」


戸惑いながらリオネルは手を振った。


「気にするな。大したことはない」


「ほんと、ごめんなさい。シルヴィア妃殿下から、何か用事を言い使っていたのですよね? 召使いさん」


「えっ!?」


「邪魔しちゃってごめんなさい。―私、行かなくちゃ。それじゃ、失礼します」


メイドは、割れたグラスを手早く片付けると忙しそうに走り去っていった。


「……なんだ、あいつ?」


リオネルは呆然と佇む。


「ぷっ―」


シルヴィアは、我慢できずに吹き出してしまった。


「完全に勘違いされましたね、召使いさん?」


「いつまでもそんな格好してるからですわ」


アニェスは、呆れたようにジロジロとリオネルを見回した。


「うるせえ。余計なお世話だ」


「そうは参りませんわ。メイドにも旦那さまがこの国の主だということがわかるような服装をしていただかないと」


「ちぇっ…」


リオネルがふてくされてワインを飲み干した、そのとき。


「―よう、シルヴィア! 何を不景気な顔してやがる」


顔を覗かせてきたのは、カリーナだった。背後には、金魚のフンのようにアズールとゼストがひっついている。シルヴィアは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「あたしに話しかけないでよ」


「ほんとは、嬉しいクセに」


「そんなわけないでしょ!?」


シルヴィアは、真っ赤になって否定した。


「顔も見たくないんだから。パーティーが終わったら、さっさと帰ってよね」


「ここんとこ、お前と会話してなかったからな、寂しくてへそを曲げたか」


「違いますぅ。あたしの話、聞いてる? そんなこと一言も言ってない」


実際、カリーナは、初日こそ押しかけてきたが、その後は全く顔を出さなくなった。アズールたちと連日飲んだくれていたようだが、真意はわからない。


「リオネル軍は、面白えな。腕の立つやつばっかりだ。特にサンドラ」


離れたところでエーヴやミラベルと話し込んでいるサンドラに視線を送った。その金色の瞳は、物騒に光っている。


「シルヴィアの留守中に彼女と話す機会があったが、あの立ち居振る舞い、相当な腕前だな。妊娠してなきゃ、是非手合わせしたいくらいだ」


「絶対にやめてよね。サンドラは大事な身体なんだから」


「でも、それ以上に興味があるのは、お前だ、シルヴィア」


「にゃっ!? あたし?」


シルヴィアは、目をまん丸に見開いた。


「お前、ラファエルに吹き飛ばされたそうだな」


「……」


「以前のお前なら、ラファエル程度、簡単に倒せていたはずだ。どうせ男にかまけて修練を怠っていたんだろう」


男と言われて、リオネルが目を白黒させた。


「そ、そんなことない。あたしはちゃんと暇を見つけては剣を振っていたわ」


真っ赤になりながら、必死に抗弁した。しかし、カリーナの指摘どおり、剣の稽古を疎かにしていたかもしれない。カリーナは、そんなシルヴィアを見透かしたように言った。


「だったら、腕が鈍っていないか、手合わせしようぜ」


「にゃにゃーっ? いったい、何を言いだすの? 手合わせなんて、絶対しないからね」


「手合わせなら、俺がやる!」


アズールが嬉しそうに出て来た。


「引っ込んでろ」


カリーナに一言で片付けられ、アズールはしょぼんと尻尾を巻いた。


「―シルヴィア。自信がないんだろう? 修練をサボっていたのがバレちまうからな」


「……」


「みんなの前であたしにノサれるのは、赤っ恥だし、プライドが許さねえしな。そういうワケなら、しょうがねえ。手合わせはやめておいてやる」


「あなたなんかに負けるわけない。―いいわ、相手してあげる」


シルヴィアは、カリーナの挑発にあっさり乗った。


急遽、テーブルは片付けられ、中央が広々と空けられた。パーティーの余興として、ダンスではなく立ち合いが始まるのが、リオネル軍らしいといえばらしい。


軍服に着替えた二人は、模擬剣を手に向かい合った。


「勝敗は、どちらかが負けを認めるまでとします」


アニェスが審判として立った。よく透る声が静まり返った大広間に響いた。


「―では、始めっ!」

【裏ショートストーリー】

エーヴ「あ〜あ。なんでわたしは人気ねえんだろ」

ミラベル「ま、まだ気にしてたの?」

サンドラ「何の話だ?」

ミラベル「が、凱旋パレードしたときに、エ、エーヴだけかけ声がなかったの。そ、それをずっと根に持ってるの」

サンドラ「そんなことか。くだらない」

エーヴ「くだらなくねえ。わたしにとっちゃ大問題だ。そもそも、サンドラは、パレードにいねえクセに、大勢から歓声が飛んでたんだぞ。こんな理不尽な話があるか」

サンドラ「そんなこと言われても…」

エーヴ「いいよな、人気者はよ。泰然自若としていられてよ」

ミラベル「エ、エーヴ。ひ、卑屈にならないで。わ、わたしは大好きだよ」

エーヴ「同情はいらねえ」

サンドラ「エーヴ。私たちがいる。それでいいじゃないか」

エーヴ「ちっ。……おい、そこのメイド!」

メイド「は、はい! ご用件は何でしょうか」

エーヴ「酒をくれ、酒を」

メイド「はい! こちらをどうぞ」

サンドラ「……おい、エーヴ。飲み過ぎだぞ」

エーヴ「うるせえ。飲まなきゃやってられねえよ」

サンドラ「他国の方もいる公の場だぞ。飲み潰れるのはやめろ」

エーヴ「ふん。人気者にわたしの気持ちなんかわかるもんか」

ミラベル「あ、あれ? テ、テーブルが片付けられてる。な、何か始まるのかな?」

サンドラ「あれは…シルヴィアさま!?」

エーヴ「むふ〜? 決闘でも始まるんかな」

サンドラ「相手は…カリーナさま!? なんでこんなことに…」

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