第194話 アオハルの群像
「―では、結局カリーナさまはお泊りにならなかったの?」
アニェスのサロンである。三頭がコーヒータイムと称して集まっていた。今後のスケジュールなどの相談のためであった。
「当たり前です。自分の部屋はあるのだから、泊める理由がありません」
憤慨したようにシルヴィアは言った。
「でも、グロリアさまたちがお見えになったとき、仲良くお義姉さまの部屋で夜を明かしたことは、何度もあったではありませんか」
「それは…」
「カリーナさまだって、お義姉さまの親しい姉君でしょう? どうして差を付けるのです?」
「あいつとは親しくなんかないわ。口うるさいだけのただのおばさんよ」
「おばさん呼ばわりは、あんまりではなくて? まだ25、6でしょう」
「……」
アニェスの言うとおり、慕っている姉の一人だ。心の奥底では、会えて嬉しい気持ちがないわけではない。それなのに、いざ本人を目の前にすると、なぜか反発心のほうが大きくなってしまう。
好きだけど嫌い。嫌いだけど好き。
これがカリーナに対する偽ざる本心であった。
「……とにかく、さっさと戦捷祝賀パーティーを終わらせて、ルプスに帰ってもらいたいわ」
「戦が終わったばかりだから、派手なパーティーはできないけど、それなりに準備が必要ですわ。どんなに急いでも、明後日というところでしょう」
「明後日か…」
つい、苛々してしまう。まだ3日もカリーナと顔を突き合わせねばならない。
「……どうしてお義姉さまは、カリーナさまに冷たくあたるのですか?」
「どうして、って…」
「もちろん、無理に聞こうとは思いませんけど」
「……」
「―失礼いたします」
シルヴィアが黙り込んだところへ、ノックする音が響いた。それは、驚くほど大きく聞こえた。
アニェスがうなずき、ソフィが出迎える。
「ご歓談中に申し訳ありません」
顔を覗かせたのは、セルジュだった。
「リオネルさま。この度のご寛大なる処置、心より御礼申し上げます」
セルジュは、部屋に入るなり片膝をついて深く頭を垂れた。
「そんな堅苦しい挨拶はいらん。負い目に感じることもないぞ」
「ははっ」
「カルダン公とは別人格なのだし、連座制を取るつもりもない。お前は法律作りに注力してくれ。頼りにしているんだから」
「もったいなきお言葉。全身全霊をもってご恩に報いる所存」
「……それよりセルジュ。カルダン公を救えず申し訳なかった」
「……」
「ラファエルと連動することは、わかっていた。反旗を翻しても不問に付すつもりだったんだ」
「恐れ多いことにございます。反逆など人倫にもとる暴挙。父は自業自得であったと心得ております。むしろ、遺体を篤く葬ってくださった由、リオネルさまの慈悲深きお心に打ち震える思いにございます」
セルジュは、更に言葉を重ねて礼を述べると、何度も頭を下げながら退出していった。
「……真面目だなあ」
「そこがセルジュさまの良いところですわ」
「そうですよ」
話題が自分からそれて、ホッとしたようにシルヴィアはアニェスに同調した。
「みんながみんな、旦那さまみたいだったら、世の中が回りませんもの」
「……どういう意味だ?」
「皇帝さまにおなりになるんだから、これからは真面目に仕事してくださいね」
「人聞きの悪いこと言うな。俺はいつだって真面目だ」
「はいはい。町への視察は、大変真面目でいらしたわ」
「またその話か。蒸し返すなよ」
「ふふふっ。お義姉さまは、一緒に連れていってもらえなかったから、拗ねてらっしゃるのよ」
「そういうことじゃないです、アニェスさま」
「ふふっ。―まあ、それはともかく、やらなければならないことが山積しています」
アニェスは、真剣な表情に戻った。
「戦捷パーティーが終わったら、本格的に内政に着手しましょう。遊んでいられるのも、今のうちですよ」
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まだ祝祭気分の抜けない首脳とは違って、事務部は張り詰めた雰囲気に覆われていた。
既存の事務の仕事のほかに、法律制定の仕事も並行してこなしていたからである。
「……なあ、ランス。この書類なんだけどさ」
「エドさんの裁量にお任せします」
「……」
バルケッタは、書類から目も離さずに応えた。山積みの書類を物凄い勢いで処理している。エドウィージュは、仕方なさそうに自席に戻った。
「ランスの野郎、以前にも増して書類にかぶりついてやがる。雑談なんて、とてもできる雰囲気じゃねえな」
「仕方ないさ。できるだけ事務仕事を早く終わらせて、法律のほうに取りかかりたいんだから」
諦めたようにギルベアトが嘆息した。
「そうは言ってもなあ…」
エドウィージュは、ヴァネッサを見た。ここ最近、職場で二人が会話しているのを見たことがない。
とにかくバルケッタに余裕がなさ過ぎるのだ。ヴァネッサは、そなバルケッタに遠慮しているのか、一切余計な口を挟まない。仕事終わりの言語学講座も、中止したままらしい。
「……なあ、ヴィシー。たまには気分転換にコーヒーでも飲みに行かないか?」
「……私、仕事があるから。エドさん、行ってきていいですよ」
「……」
けんもほろろとは、このことであろう。エドウィージュは心配そうに二人を見比べた。ギルベアトが、エドウィージュに首を振ってみせた。
事務部は、妙な緊張感が張り詰めている。それは、容易に晴れることはなさそうだった。
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「フルール!」
エミリアンは、フルールの姿が見えると急いで駆け寄った。笑顔でフルールの両手を握った。
「良かった。無事で」
「ごめんね、心配かけて」
「罪には問われないんでしょ? やっぱりリオネルさまは、お優しい」
「そうね…」
フルールの顔が曇った。
「……どうしたの?」
「お父さまがね、気になることを仰ったの」
フルールは、セルジュが言ったことをかいつまんで伝えた。
「……ふ〜ん。反逆しても罪に問われないなら、逆らう者が出てくるかもしれない、ってことか」
「一理あると思うわ。そんなことになったら、リオネルさまの治世は不安定になってしまう」
「本当は、厳罰に処すべきだった、とセルジュさまはお考えなんだね」
「だからといって、臣下の身で処分を求めるのは筋違いとも仰ってた」
「……難しいんだね、お沙汰というのは。僕は、フルールが赦されて嬉しい、としか思わなかったよ」
「私だって、何の罪にも問われない、と聞いたとき、心の底からほっとしたわ。リオネルさまの慈悲深さに感謝もした。でも、お父さまのお考えを聞いて、はっとしたわ。物事は、一面だけで捉えてはいけないのね」
「僕たちは、まだまだ考えが足りないね」
「だからこそ、勉強しなければ。大人になって、子どもたちを正しく導くために」
「……」
「エミリアン。私と一緒に来てくれるわよね?」
「うん。フルールの手助けをしたい」
「ありがとう、エミリアン」
手を取り合ったまま、幼い二人は見つめ合った。彼らの未来は、無限の輝きに満ち溢れていた。
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「未だに侍女とは連絡が取れないのか」
「申し訳ございません、ガブリエルさま。もう一人の侍女と連れ立って旅に出てしまったようで」
「なぜ、やつは距離をおく? お前が動きやすいようにと、正式に交際を申し込んだではないか」
「私にもさっぱりわかりません。どうして急に冷たくなったのか…」
「まさか、僕たちの目的を勘付かれたか?」
「それはないと存じます。しょせん、ただの侍女。恋の行方しか、考えてはおりますまい」
「……お前も、侍女の身体を思い浮かべていたのではないだろうな。ずいぶん、せつない声を上げていたが」
ガブリエルは、ベッドの中でリュカの上に覆い被さった。
「意地悪なことを仰っらないでください。ガブリエルさまのことしか考えてはいませんでした」
ガブリエルは、口づけをしてきた。リュカは、夢中で応えた。執拗なくらい長く交わしてようやく唇を離した。リュカは、熱い吐息を漏らした。
「愛しているよ、リュカ」
「私も、心の底から愛しています、ガブリエルさま」
「……侍女ルートが当てにならないなら、別の手を打つか」
「えっ!?」
「国内のゴタゴタが片付いた今、僕たちも例の件に注力できる。仕掛けてもいい頃合いかもしれん」
「ガブリエルさまっ、私はまだ働けます。どうか…どうか私を捨てないで!」
リュカはガブリエルにすがりついた。
「捨てはしないさ。安心しろ」
ガブリエルは、リュカの頭を胸に抱え込んだ。
「手はいくつも打っておいたほうがいいというだけの話だ。もちろん、お前も侍女に注力しろ」
「……はい。……はい!」
ガブリエルは、天使のような微笑みを浮かべた。
「―シルヴィア。今は勝利に酔い痴れているがいい。必ず手に入れてやる。最後に笑うのは、この僕だ!」
【裏ショートストーリー】
メロディ「きゃあ〜っ、ジュスタァ〜ンっ! 会いたかった〜!」
ジュスタン「変わりはないかい?」
メロディ「うんっ。ジュリアンも元気よ」
ジュスタン「それは良かった。サンドラを支えて、リシャールをよく守ってくれたね」
メロディ「私は何もしていないわ。サンドラさまを戦場に立たせないように目を光らせてただけ」
ジュスタン「だとしても、あのサンドラをよく押さえてくれたよ。あいつ、筋金入りの戦士だから、身重だということをすぐ忘れちゃう」
メロディ「ほんとね。今でも戦闘に参加したかった、って言うのよ。諦めの悪いったら、ありゃしない」
ジュスタン「もうすぐ産み月か。しっかり支えてやってくれ」
メロディ「……ずいぶん、気にするのね。サンドラさま、美人だものねえ」
ジュスタン「サンドラは、大切な友だちだ。気にして当然だろ」
メロディ「……まあ、いいわ。最近、遊びに出かけなくなったし、私はちょっと嬉しい。今なら大目に見てあげる」
ジュスタン「そりゃあ、こんな美人がすぐそばにいるんだもの。外に遊びに出たらもったいない」
メロディ「……あん。ダメよ、ジュリアンが起きちゃう」
ジュスタン「おぎゃぁー、てな」
メロディ「もうっ、ジュスタンったら!」
ジュスタン「久し振りに、メロディの手料理、食べたいな」
メロディ「うんっ。少し待ってて。すぐ用意するから」
ジュスタン「……これが、幸せ、っていうやつなんだろうな」
メロディ「えっ…? 何か言った?」
ジュスタン「いや、なんでもないよ、マイハニー」




