第193話 好き…嫌い
「……どうして、こうなるのかしら」
シルヴィアは、お気に入りの丸型クッションの上で、呆然としていた。大きなベッドには、カリーナが大きな顔をしてふんぞり返っている。
いつもの場所を取られたフランベルジュは、隅っこのほうで丸くなってカリーナを睨んでるし、シャウラに至ってはゴロゴロと喉を鳴らしながら、カリーナに甘えていた。
「どうもこうもねえ。アニェスが気を利かせてくれたんだろ」
「あなたが強引に乗り込んできたんでしょうがっ」
テーブル上には、部屋を訪れる口実に使った花の鉢が置かれている。
「この部屋は、ユニコーンはいるし、猫まで飼ってやがる。動物部屋か?」
「違いますぅ。嫌なら出てけばいいでしょ。誰も止めないから」
「……おお〜、可愛いなあ〜」
シャウラがゴロンとお腹を見せた。カリーナは、グシャグシャとお腹をさすってやる。シャウラは気持ち良さそうに目を瞑った。
「……何よ、シャウラったら。すっかりなついちゃって、この裏切り者!」
「おい、シルヴィア。いくらあたしを嫌ってるからって、茶ぐらい出してもバチは当たらないんじゃねえか?」
「……」
シルヴィアは、思い切りあかんべえをすると、立ち上がってコーヒーの用意を始めた。
「……皇子妃のクセに、お付きの侍女一人いないのか?」
カリーナは、シルヴィアの背中に声をかけた。
「いるわよ。今はちょっと外に出てるの」
「ふ〜ん」
「……はい。熱いよ」
シルヴィアは、コーヒーをサイドテーブルに置いた。
「あ…!? なんだ、こりゃ?」
黒い飲み物を見て、カリーナは、目を剥いた。
「へへ〜ん。これね、コーヒー、っていうの」
シルヴィアは、得意そうに笑った。
「外国の飲み物なんだぁ。町にね、お店も出したの。結構流行ってるんだから」
「へえ。……苦っ!?」
「苦いのが苦手な人は、ミルクを入れると飲みやすくなるよ。持ってこようか?」
「……いや、いい。初めは苦いけど、その奥に酸味がちょっとあって、これはこれで美味い」
「あら。以外と通なのね」
「店を出したと言ったな。王女のクセに、商人みたいなマネまでしてるのか」
「ん? ……うん。そうだよ。軍って維持するの、お金かかるでしょ。少しでも旦那さまの助けになればいいと思って」
「そうか。お前はお前なりのやり方で、ちゃんと妻をしてるんだな」
「―な、何よ」
金色の瞳と目が合って、慌てて逸らした。
「あなたには関係ないでしょ」
「シルヴィア。お前に尋きたいことがある」
「……」
「一年半くらい前か、リオネルに嫁入りする当日、強引にグロリアと代わったそうだな。なぜだ?」
ドキッとした。まさか、あのことをまだ気にしている者がいるとは思っていなかった。表情を見られたくなくて、まつ毛を伏せた。
「……それは、その…」
「お前、小さい頃から結婚はしない、と言っていただろ? どうして急に気が変わった?」
「その…何というか…つまり…」
口ごもっていると、カリーナは驚くべきことを口にした。
「リオネルを殺すつもりだったか?」
「にゃにゃっ!?」
シルヴィアは思わず伏せていた金色の瞳を上げた。カリーナの表情は変わらない。
「政略結婚なのは、誰がみてもわかることだ。しかし、問題はその先だ。当時、ブランシャールとルメールは一触即発だった。やつらは背後を固めるためにカトゥスと同盟を結んだ。それは、ルメールを滅ぼせば用無しになる。同盟を破棄してカトゥスに攻め込むことだって充分あり得る。そのとき、同盟の証で嫁入りしたグロリアはどうなる?」
驚いた。実際に経験していないのに、ここまで見通している者がいるとは。
「お前、グロリアの身代わりになったな?」
「あたしは…別にそういうんじゃ…」
「何も責めようってんじゃねえ。むしろ、そこまで先が見えるようになったかと、嬉しかったんだ。師匠たるあたしの鍛え方が良かったんだな」
こういうところだ、姉を嫌いな理由は。
「ところが誤算があった。一つは、ブランシャール皇帝家の内情を知るにつれ、リオネル一人を殺したところでカトゥス侵攻を止められないことがわかった。もう一つは―」
金色の瞳がくるめいた。
「リオネルを本当に愛してしまったことだ」
「……」
「リオネルを殺すつもりで嫁入りしたのに、真実の愛を見出してしまった。そこで、方針を変えた。リオネルを殺すのではなく、逆に助けて皇帝にしてしまおう。皇妃としてカトゥスとの同盟の架け橋となろう、とな」
当たらずとも遠からずである。全体的な流れとしては、ほぼ的を射ている。やはり、この姉はただ者ではない。
6歳違いのカリーナとは、物心ついた頃から仲が良かった。カリーナは、剣術が大好きだった。いつも後をついて歩いていたシルヴィアが剣術に興味を示すのは必然だった。
カリーナは、剣術のすべてを教えてくれた。教え方は、決して優しくはなかった。幼いころは泣きながら子ども用の剣を振っていたものだ。カリーナは、いつも遥か先を歩いていた。シルヴィアは、必死に後を追いかけた。
彼女は第二の母のようなものだ。シルヴィアのすべてを知っている。良いことも悪いことも、誇らしいことも恥ずかしいことも。ときには励ましてくれるし、ときには口うるさく干渉してくる。
存在自体がウザい。そして、懐かしく甘い。
幼年学校を卒業したら、軍に入るものと思っていた。しかし、カリーナは軍には入らなかった。剣術より、好きなものができたからだ。
それは、ルプス王国の王子、ドラードである。
カリーナが14歳のときだった。隣国の同い年の王子が親善大使として王宮を訪問してきた。
一目惚れだった。剣の試合稽古を申し込んで一撃で気絶させてしまったのは、ご愛嬌か。
それからは、一心不乱に花嫁修業に邁進した。シルヴィアは、剣術を教えてくれなくなったことを、寂しく思ったものだ。
そして、カリーナ19歳のときに、ドラードと結婚した。以来6年、二人の王子にも恵まれ、仲睦まじく暮らしている。
「……お前、ちゃんとリオネルを喜ばせているか?」
ふと気づくと、隣に座ってシルヴィアの胸をまさぐっていた。
「ぎゃあああぁぁぁ〜っ!」
胸を押さえて、急いでカリーナと距離をとった。
「な、な、なにをするのっ、このド変態!」
「誰がド変態だ。チェックをしてただけじゃねえか。あたしが嫁入りしたころは絶壁だったが、それなりに膨らんだんだな」
「大きなお世話よっ。もう出てって!」
「話はまだ、終わっちゃいねえ」
「聞きたくないっ。いいから、出てって! ―出てけーっ」
叩き出すようにして、カリーナを部屋から追い出した。
「また、話そうなあ、シルヴィア」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさぁーいっ!」
シルヴィアは、猫耳を塞いだ。
「……嫌いよ。あいつなんか、大っキライ!」
シルヴィアは、涙ぐみながら、丸型ソファの上で膝を抱えた。
「嫌いよ。―嫌い…なのに…」
とうとう、膝の中に顔を埋めてしまった。シャウラが身体をすりつけてきたことも気が付かず、しばらく身動き一つしなかった。
やがてすすり泣く声が、がらんとした部屋を静かに満たしていった。
【裏ショートストーリー】
アニェス「お義姉さまは、どうしてカリーナさまを嫌っているのかしら」
リオネル「さあな」
アニェス「グロリアさまとはあんなに仲良しなのに」
リオネル「確か、妹と一緒に来た5番目の姉だったな」
アニェス「ええ。それはそれは楽しそうにいつも三人でおしゃべりなさっていたわ」
リオネル「カトゥスでも、三人で過ごすことが多かったと言ってた」
アニェス「年齢が近いし、お友だちのような間柄なのでしょうね」
リオネル「上の四人の姉は、歳が離れているから、姉というより親戚のお姉さんみたいなもんらしい」
アニェス「物心ついたころには、結婚してお家を出ていたでしょうから、そんな感じなのかもしれませんね」
リオネル「似ているからかもな」
アニェス「え…」
リオネル「似た者同士だと、反発しやすいんじゃないか? ほら、自分を見ているようで気分悪いだろ?」
アニェス「そう…ですわね」
リオネル「なんだ、違う意見っぽいな」
アニェス「似ているのはそうでしょうけど…あまりに近過ぎて、お義姉さまは甘えていらっしゃるのかも」
リオネル「甘える…?」
アニェス「我がままを言っても許される、みたいな。どちらかというと、何でもご自身で解決してしまう方だから、甘える対象を欲してるのではないかしら」
リオネル「そういや、末っ子だしな。それじゃ、俺が思いっきり甘えさせてやろう」
アニェス「……お兄さまのほうがいつも甘えてらっしゃいますけど」
リオネル「う、うるせえ」
アニェス「ふふふっ(私がお義姉さまを甘えさせてあげようかしら)」




