第192話 凱旋
「ご無事のお戻り、大慶に存じます」
シルヴィアたちは、皇宮前車寄せに居並ぶサンドラたちの出迎えを受けた。リオネルからリシャール名代を申しつかったサンドラが代表して挨拶する。大きなお腹を抱えるようにして頭を下げた。
「また、この度の戦捷、誠に慶賀のいたり。家臣一同この上なき喜びと―」
「―やめやめ、サンドラ。堅苦しい挨拶はそのくらいにしておけ」
アズールがしゃしゃり出て来た。シルヴィアの前に立って、その手を取った。
「シルヴィア。俺はお前のために頑張ったんだぞ。褒めてくれ」
「―アズール! よくやった」
リオネルがこめかみに青筋を立てながら、強引に二人の間に割り込んだ。
「カルダン公軍を一撃で一掃したそうだな。さすが犬っころ…じゃなかった、犬牙族の勇者、頼もしい限りだ」
「おう、当たり前だ。リオネルもクソ人間…じゃなかった、人間族にしてはよくラファエルのようなバケモノを倒したな。褒めてやるよ」
「そりゃ、ありがとうよ」
リオネルとアズールの間で、火花が雷撃のように飛び散った。
「ンもうっ、二人ともバカなこと言わないの!」
今度はシルヴィアが間に入って二人を引き離した。
周りで失笑が漏れる中、一際大きな声が轟いた。
「シルヴィア! モテモテだな!」
出迎えの中から、一人の猫耳族がぬっと現れた。シルヴィアはその姿を一目見るなり、サッと顔色を変えた。
「げっ!? な、なんであなたがここにいるのよ!?」
「ご挨拶だな〜、実の姉に向かって」
無論、それはカリーナだった。シルヴィアそっくりの金色の瞳をくるめかせている。
「えっ!? 実の姉?」
驚いたのはリオネルである。彼にとっては初めて会う姉の一人だ。つとカリーナの前に出た。
「お初にお目にかかる。シルヴィアの夫、リオネルという」
「おう! カリーナだ。よろしくな」
カリーナは、リオネルの肩をバンバン叩いた。
「シルヴィアを御するのは、大変だろう。同情するよ」
「ちょっと! ヘンなこと言わないでっ」
シルヴィアが抗議する。しかしカリーナは意に介さない。
「こいつは、あたしが育てたようなもんだ。足りないところがあったら、遠慮なく言ってくれ。鍛え直すから」
「ンもうっ! カ…余計なことばっかり言うなら、ルプスに帰ってよ!」
シルヴィアは、たまらずカリーナの腕を引っ張った。
「ひでえこと言いやがる。せっかく久しぶりにシルヴィアに会えると思って楽しみにしていたのに」
「ウソつけっ。どうせあたしをからかうのが楽しみだったんでしょうが!」
「相変わらずひねくれてるな〜。最愛の弟子との再会だぜ? からかうわけねえだろ」
「誰が弟子よ!? ―アズール! なんでこんなやつ連れてきたの!?」
「お、俺だって、連れてきたくて連れてきたんじゃねえ」
とばっちりを受けて、アズールは首をすくめた。
「勝手についてきたんだよ。これは本当だ、信じてくれ」
「―あの、皆さま」
アニェスが、無表情のまま声を絞り出した。怒鳴りつけたいのを必死に堪えているのがよくわかる。
「玄関先で四の五の言い合うのはやめましょう。とりあえず中へ。話はそれからゆっくりと。―ゆぅ〜っくりと、話そうじゃありませんか」
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アニェスの音頭で、全員軍装を解くと、サロンに再集合した。
メンバーは、リオネル、シルヴィア、アニェス、カリーナ、アズールの皇族王族、そしてサンドラの6名だった。
サンドラは、リシャール名代なので、留守中の総責任者として特別に呼ばれたのである。
「―まずは、カリーナさま、アズールさまには御礼申し上げます」
仕切りはアニェスである。この手の進行役はアニェスと決まっている。
「この度のご助力、ブランシャール国中あげて、感謝いたしますわ」
「礼には及ばねえ、アニェス」
カリーナは鷹揚に応えた。
「ブランシャールとは軍事同盟の仲だし、何よりシルヴィアの嫁ぎ先だ。これからも全面的に協力するよ」
「そう仰っていただけると、心強いわ。ねえ、お兄さま?」
「ああ。カトゥス、ルプスとは、今後も協力関係を続けていきたいと思っている」
「皇帝陛下のお言葉だ。謹聴、謹聴」
カリーナは、ニヤッと笑った。真剣なのか茶化しているのか、少なくともシルヴィアは嫌な顔をして横を向いた。
しかし、アニェスは大人の対応を見せた。
「では、三国同盟は引き続き有効と解釈してよろしいですね」
ちなみに、アニェスはこの中で最年少である。
「ああ、あたしは構わねえよ。カトゥスから離れた身だから、そっちは安請け合いできねえが、父上なら大丈夫だろう。裏切っても何の特もねえし」
「……なかなか、率直な物言いをなさるのですね、カリーナさまは」
「美辞麗句ってやつは、苦手でね。下手に使うと舌噛んじまうから」
「まあ…。楽しい方なのですね、カリーナさまって」
アニェスは、鈴の音を転がすように笑い崩れた。
「……では、2カ国には、改めて正式に今回のお礼と同盟の再手続きを行わせていただきます。お二方は、しばらくご滞在いただけますの?」
「―ア、アニェスさまっ」
シルヴィアが、慌てたようにしきりと頭を横に振っている。アニェスは、ちらっと笑みを向けたが、事実上無視した。
「ささやかながら、戦捷の祝賀パーティーをしようと思っています。お二方には、是非ご参加いただきたいわ」
「そりゃ、いい。あたしも、シルヴィアと二人だけでじっくり話したいと思っていた。時間が取れるのは助かる」
「俺もシルヴィアと話がしたい」
アズールが言う。リオネルのこめかみに青筋が立ちかけたが、カリーナの一言でそれは治まった。
「お前は引っ込んでろ。姉妹水入らずで過ごすんだから」
「ちっ…」
あのアズールが、何も言い返さず大人しく従った。どうやら、カリーナが苦手らしい。恐れてさえいるようにも見える。だが、シルヴィアは必死に抗った。
「あたしは、イヤよ。カ…あなたと話すことなんか、別にないし」
「積もる話があるだろう」
「ないっ。いいから、早く帰って!」
「まあ、そう言うな。シルヴィアに確かめたいことがあるんだ」
「―!」
金色の瞳にじっと見つめられて、思わずシルヴィアは黙り込んだ。いつになく、真摯な色が浮かんでいたからだ。
「……では、ご参加くださるということで」
アニェスが笑みを浮かべながら話を引き取った。
「あの…一つよろしいでしょうか」
遠慮がちにサンドラが発言した。アニェスがうなずく。
「いいわ、サンドラ。言って」
「カルダン公反逆につきまして、セルジュさま、フルールさまが自主的に謹慎なさっておられます。この件、いかがいたしましょうか」
「謹慎? そんなもの、必要ない」
リオネルは、あっさり決断を下した。
「カルダン公は既に自害して罪を償っている。これ以上、罰する者を広げるつもりはない。それは、親族であってもだ」
「それを伺って安堵いたしました。エミリアンさまが喜ばれます」
シルヴィアとアニェスが顔を見合わせた。想いは同じであったが、お互い、この場で口にしようとはしなかった。
「すぐに謹慎を解いて、仕事に復帰するよう伝えろ」
「ははっ。ありがたき幸せ」
サンドラの目配せでメロディが退出していった。
「もう一つ。カルダン公のご遺体を棺で保管しております。そちらの扱いはいかがいたしましょうか」
「丁重に葬ってやれ。遺体を辱めるつもりはない」
「承知いたしました」
「……ふ〜ん」
やり取りを面白そうに眺めていたカリーナが、嘆息を漏らした。
「やっぱり、リシャールは面白えな。しばらく居着こうかな」
「やめてよっ、カリーナ姉さま!」
シルヴィアが悲鳴を上げた。
「あなたに居着かれちゃ、たまったもんじゃないわ」
「おや〜? シルヴィア。やっとあたしの名前を呼んでくれたな?」
「う…!」
今まで頑なに姉の名前を呼ぼうとしなかったシルヴィアだったが、つい、無意識に口にしてしまったようだ。
「よしよし、いい子だ。幼いころは、よくあたしの膝枕で寝ていたっけ。褒美に今夜は添い寝をしてやろう」
「絶対に、イヤよっ!」
「そう、照れることもないだろ? 女同士なんだし」
「照れてないし、意味わかんないし。―アニェスさま、絶対に部屋は別にしてくださいね!」
「あらあら。困ったわね。カリーナさまのご意向を無碍にもできないし」
アニェスは、必死に笑いを堪えている。
「ンもう、ひとごとだと思って〜」
シルヴィアは、真っ赤になりながら、叫ぶように言うのであった。
「絶ぇっっっ対っ、一緒になんて、寝ないからねっっ!」
【裏ショートストーリー】
メロディ「セルジュさま。リオネルさまのお沙汰にございます」
セルジュ「はい」
メロディ「疾く謹慎を解かれ、職務に復帰せよ、とのことにございます」
セルジュ「……それは、どなたかのご助言あっての沙汰であろうか?」
メロディ「いえ。リオネルさまご自身によるご決裁にございます」
セルジュ「……」
フルール「謹んでお受けいたしました」
メロディ「では、私はこれで失礼いたします」
セルジュ「……」
フルール「お父さま。どうなさったの?」
セルジュ「本当にこれで良いのか」
フルール「寛大なご処置をいただきました。世の常であれば、謀叛は一族郎党すべて処刑されてもおかしくありません」
セルジュ「それは承知している」
フルール「ならば、何をご懸念されていらっしゃるの?」
セルジュ「悪い先例にならねばよいがと思ったのだ」
フルール「悪い先例…?」
セルジュ「リオネルさまは、慈悲深いお方。カルダン家の分断を見て、尚の事不問に付してくださったのだろう。しかし今後、良からぬ者が勘違いして反旗を翻さぬとも限らぬ」
フルール「……それは、リオネルさまに逆らっても処分されないと高をくくる者が出かねない、と…?」
セルジュ「いや、考え過ぎかもしれぬ。臣下の身で処分を求めるのもおかしな話だ。ここは、素直に沙汰を受け入れよう」
フルール「……」




