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第19話 お友だちと模擬戦

「カンパァーイッ!」


シルヴィアたちは、高らかに祝杯を上げた。ちなみに中身はエーヴ以外、ジュースである。


新兵専用の寮の女子部屋である。リオネル軍では、新兵は必ず全員、寮で起居することになっていた。女子の志願者は少ないが毎回一定数はいる。なので、女子部屋もちゃんと用意させれていた。


四人部屋に、4人そろっている。今期の新兵志願者のうちの女子全員である。新兵の試験合格を祝って、テーブルにお菓子を並べ、ささやかながらパーティーを開いたのだ。ただし、全員は参加していない。


「改めて、自己紹介しようぜ。―わたしはエーヴ・デカルト。得意の得物は細剣だ。よろしくな」


「あたしはセリーヌ・ブルボン。長剣が得意よ」


「わ、わたしは、ミラベル。ミラベル・サルトルと、も、申します」


ミラベルは、遠慮がちに名乗った。試験の間、こんな女子がいたことに全く気が付かなかった。改めてシルヴィアはミラベルを観察した。


黒の前髪を目を覆うまで伸ばしているため、表情がよくわからない。小柄で存在感が薄い。人の中に紛れたらきっと見分けられないだろう。エーヴのようにガツガツ前に出るタイプではないのに違いない。


そして、もう一人…。


「おい、あんたもこっちへ来なよ。一緒にしゃべろうぜ」


エーヴが、一人離れてベッドに寝そべっている女性に声をかけた。


「……私に話しかけるな」


「何だと?」


「無駄に群れるつもりはない。祝いたければ、勝手に祝ってろ。私を巻き込むな」


「お前、いい度胸してるな。わたしの誘いを断るたあ、100年早いぜ。勝負しな」


「やめなよ、エーヴ」


シルヴィアが割って入った。


「彼女には彼女の考えがあるんだろうから。無理に誘っちゃ、ダメ」


「そんなこと、言ったってよ、セリーヌ。あいつの態度、ムカつかねえ? 何様か知らねえが、お高くとまりやがって」


「まあまあ。このお菓子、美味しいよ。食べてご覧よ」


「ちっ…。セリーヌは寛大というより甘ちゃんだぜ」


文句を言いながらも、お菓子はしっかり口に放り込む。


「……ねえ、あなた。槍さばき、見事だったわ。とても強いのね」


シルヴィアは、女性の背中を見つめた。白藍の長髪が美しい。黒いリボンが目を引く。


「……」


「もし、良かったら、名前だけでも教えてもらえないかな。いつまでも『あなた』呼ばわりじゃ、寂しいわ」


「……サンドラ」


「……! ありがとう、教えてくれて。サンドラというのね。とってもいい名前ね」


「……」


「あんな奴、放っとけよ、セリーヌ。それより、試験のときのあんたの指揮、すごかったな。ずいぶん手慣れてるようだったが、どこかの軍にいたことがあんのか?」


シルヴィアは、気遣わしげな視線をサンドラに向けてから、エーヴへと戻した。


「いいえ。軍はここが初めて」


「ほんとか? とてもそうは見えなかったがな。まるで隊長か大将みたいだったぞ」


「買いかぶりよ」


「腕も確かだ。牛の首をひねったのもそうだし、剣の腕もハンパねえ」


「なあに、エーヴ。褒め殺し?」


「本心さ。わたしは、おべっかは嫌いだ」


「エーヴこそ、細剣、すごかった。電光石火の早業で黒牛兵を倒してたじゃない」


「へっへー。速さには自信があるんだァ」


エーヴは、鼻をこすった。


「なあ、セリーヌ。なんで軍に入ろうと思ったんだ?」


「あたし…?」


「わたしは、大将になるためだ。実家(うち)は僻地の農家でな。貧乏なんだよ。軍に入って出世して、父ちゃん母ちゃんに楽させてやりたいんだァ」


「まあ、親孝行なのね」


「へっへー。軍なら身体一つで済むし、金を得るのも手っ取り早いからな。セリーヌは?」


「あたしは、軍隊に興味があるの。どういうものか知りたくて」


「へえ。好奇心、てことか? 変わった理由だな。―ミラベル。あんたはどうなんだ? さっきから黙ったままだけど。どこかの高慢ちきとご同様、話をしたくねえクチか?」


「わ、わたしは、そういうんじゃなくて…。あ、あんまり人と話すのが、と、得意ではないの」


ミラベルは、顔を伏せがちにして話す。吃音も自信なさげな態度の原因の一つかもしれない。


「ミラベル。緊張しなくていいわ。ゆっくりでいいから、お話ししてみて」


「あ、ありがとう、セリーヌ。わ、わたしのしゃべり方で、か、からかわなかったの、あなたが初めて」


「おい、ミラベル。わたしだって、何も言ってないぞ」


「そ、そうだね。ありがとう、エーヴ」


口元が緩んだ。笑ったらしい。シルヴィアは、思わずミラベルの手を握った。


「あたし、あなたとお友だちになりたいわ。いいでしょ? お友だちになろうよ」


「わ、わたし…? こ、こんなわたしで、い、いいの?」


「なんでダメなの。あなた、とっても可愛いわ。あたしたち、いいお友だちになれると思うわ」


「あ、ありがとう! とっても、嬉しい」


「セリーヌは、ほんとに変わってるなあ。軍には、ダチ作りにきたのかよ」


エーヴは、二人を見比べた。


「縁あって新兵の同期になったんだもの。せっかくなら仲良くなったほうがいいじゃない」


「まあな。いがみ合うよりはマシだがな。言っとくけど、出世争いではあんたらはライバルだ。容赦しねえから、覚悟しとけよ」


「それは、エーヴが頑張りなよ。あたしは別に出世には興味ないから」


「だったら、セリーヌをわたしの一の家臣にしてやるよ。あんたは見どころがある」


「ありがとう、評価していただいて光栄だわ」


「それじゃあ、わたしたち三人はマブダチということで、改めて乾杯しようぜ」


「四人、よ。エーヴ」


エーヴは驚いたように、シルヴィアの金色の瞳を覗き込んだ。皮肉でも何でもなく、真摯な色が浮かんでるのを見て、肩をすくめた。


「……じゃあ、四人の友情に、乾杯っ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「てめえら、昨日の合格でいい気になってんじゃねえぞ」


翌日。シルヴィアたちは演習場に集められていた。練兵場とは違って、広大な敷地に森や丘が配置され、実戦訓練ができるようになっていた。


「これから、模擬戦をやってもらう」


「ええーっ。わたしたちは、昨日で入隊を認められたはずだぞ。まだ試験をやるのかよ」


エーヴが抗議する。しかし、トリュフォーは、鼻で嗤った。


「誰が入隊を認めると言った? 昨日は一次試験で個人の体力や戦闘力を測った。今日は二次試験で隊行動の適正を見る」


「聞いてねえぞ!」


「四の五の言う奴は不合格にするぞ」


「……!」


不満たらたらでエーヴは黙り込んだ。それをまたトリュフォーは鼻で嗤う。


「これから、模擬戦の説明をする。文句がある奴は、参加しなくていい。どうだ?」


誰も一言も発しない。


「よし。全員承知と見做す。では、模擬戦の説明だが、これからリオネル軍と戦ってもらう。新兵の中で大将を一人決めろ。大将を討ち取るかまたは軍が全滅した時点で終了だ。心してかかれ」


「トリュフォー隊長。質問があります」


サイノスが手を挙げた。


「何だ? 言ってみろ」


「陣は自由に決めてよろしいのでしょうか」


「いい質問だ。陣はこちらで指定させてもらう。場所の特徴も踏まえて戦術を考えろ。戦場はこの演習場内。何をどう利用してもらっても構わない。開始は30分後。それまでに全て決めろ。決まらなくても時間が来たら問答無用で開始する。最後に、てめえらが戦う大将を紹介する」


トリュフォーに促されて目の前に現れたのは。


「はぁーい。新兵のみなさん、よろしくね」


(げっ!? あの人は…!)


シルヴィアは、とっさに俯いた。それは、よく見知った顔だったからだ。


「月蝶隊隊長を務めています、エマ・デシャンです。新兵だからって、手は抜かないから、安心してね」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「相手はエマ隊長か。これは、きついな」


エーヴが腕を組み、唸った。新兵たちは、車座になって相談中である。


(エマさまって、軍の隊長だったの〜? 聞いてないよ〜)


シルヴィアは、内心動揺しまくりだった。あのスパルタのエマなら、相当に軍を鍛えているに違いない。


「月蝶隊のエマ隊長といえば、戦術家で有名だからな。おいそれと勝てないぞ」


サイノスも半ば諦め顔である。


「……エマさまって、有名人なの?」


「セリーヌ。リオネル軍に志願した割には、何にも知らねえんだな」


エーヴが呆れたような声を漏らした。


「エマ隊長は、リオネル軍のいわば参謀だ。戦術はほとんどエマ隊長が考案してるって話だよ」


「そんなにエラい人だったんだ」


「そんな人相手に模擬戦、って冗談きついぜ。どうするよ?」


「まずは大将を決めよう」


サイノスが提案する。


「俺は、セリーヌが適任だと思う」


「にゃっ!? あたし?」


シルヴィアは、思わず声が裏返る。


「わたしも賛成。昨日の指揮ぶりからすれば、妥当だ」


「そんな、エーヴまで―」


「じゃあ、大将は決まりとして、だ」


「ち、ちょっと待ってよ。あたし、承知してない。それに、事情があって、大将同士で顔を突き合わせたくないの」


「んなもの、兜かなんか被りゃいいじゃねえか」


「兜…?」


「大将役は、一目でわかるようにするらしいぜ。旗を立てるとか、目立つ鎧を着るとか」


「そうなんだ…」


「戦術はどうする? ただ突撃したってエマ隊長相手に敵うわけもねえし」


「大将を倒せば勝ちなんだろう?」


「……!」


サンドラが発言したので、エーヴはぎょっとして見つめた。


「確かあのハゲがそう言っていたよな」


「……セリーヌより口が悪いな。あの人は猛将トリュフォー隊長だぞ」


「知るか。そんなことより私が大将を討ち取る。お前らは、敵の注意を引きつけてろ」


「一人で本陣に攻め込むつもりか。それは無茶だ。精鋭揃いだぞ。例えば半分の25人が周りを固めていたら、いくらお前の槍でも大将まで届かない」


「届くさ。必ずあいつを殺してやる」


サンドラは殺気をみなぎらせた。淡褐色の左目がギラっと光った。まるで獲物を狙う狼のようだ。


「おいおい、模擬戦で殺しはご法度だぞ」


「……ちょっと待って、みんな」


それまで沈思黙考していたシルヴィアが口を開いた。金色の瞳がキラキラ輝いている。


「あたしにいい考えがあるの。これなら、イケると思うわ」

【裏ショートストーリー】

トリュフォー「模擬戦、頼んだぞ」

エマ「本当にいいの? 今期は粒揃いだって言うから、引き受けたけど、本気出すわよ?」

トリュフォー「構わん」

エマ「構わん、って、みんな不合格にするつもり? 逸材揃いなのに?」

トリュフォー「逸材揃いだからさ。どこまでエマに通用するか見てみたい」

エマ「……なんか、私が負ける、とでも思っているように聞こえるけど」

トリュフォー「さすがにそこまでは思っていないが、いい線はいくと思ってる」

エマ「へえ。よっぽど優秀なのね。もしくは、トリュって、私の評価が低いのかしら…」

トリュフォー「おい、鉢巻はやめろ、鉢巻は」

エマ「なんでよ? トリュが私のことナメてるようだから、ハッキリさせようよ」

トリュフォー「俺は高く評価してるさ。だから、お前の策に反対したことねえだろが」

エマ「ウソおっしゃい。何度もあるわよ」

トリュフォー「……とにかく、だ。冗談抜きで本気でやってくれ。下手すると、天才エマでも、泡を食うぞ」

エマ「まあ…。逆に楽しみになってきたわ。今期の新兵、相当見込みのある子たちなのね。楽しみ楽しみ」

トリュフォー「……お前が言うと不気味なんだよな」

エマ「聞こえたよ、トリュ」

トリュフォー「鉢巻はやめろー!」

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