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第17話 衆望と詐称

アニェス皇女の病気快復は、瞬く間にブランシャール帝国内に知れ渡った。その立役者がリオネルの妃である猫耳族の王女、シルヴィアであることも。


シルヴィアは国民の間で爆発的な人気者になった。帝国中の少女が作り物の猫耳をカチューシャ代わりにすることが流行ったくらいである。


シルヴィア一行の冒険譚は、誇張も混じえて巷に流布した。命の危険を顧みず、アニェスのために身体を張って薬草を持ち帰ったのだ。人々は拍手喝采し、彼女の勇気と愛を褒め称えた。この冒険譚を題材に演劇も催されるらしい。


人間族の間には、獣人族蔑視が根強い。猫耳王女の流行に眉をひそめる人々も少なからずいる。その中での熱狂なのだ。


元々人気のあったリオネル・アニェス兄妹である。病気に倒れる前は、兄とともに町へよく出ていたらしい。庶民の血が流れていることに加え、気さくに人々と交わる彼らは誰からも愛された。


そこへ、シルヴィアの活躍である。リオネル家の人気はうなぎ登りとなった。


しかし、それも一般市民の間での話である。皇宮内は、自ずと違う雰囲気に覆われていた。少なくとも、もろ手を挙げて喜んだのは、皇妃アレクシア唯一人であった。


「シルヴィアよ、よくやってくれた!」


アレクシアは、わざわざ部屋を訪れ、この猫耳の嫁を固く抱き締めた。


「よくぞ、アニェスどのを救ってくれた。感謝するぞ!」


「陛下! もったいのうございます。お顔をお上げください」


「私は、アニェスどのに何もできなんだ。それを、そちがやってくれた。よくぞ…よくぞ―」


「陛下!? 泣いておられるのですか」


「こんなに嬉しいことはない。アニェスどのは、我が皇帝家唯一の娘じゃ。生母どのが亡くなって以来、私が手塩にかけて育ててきたのじゃ。今や実の娘同然である。そちは、我が娘の命の恩人じゃ」


「本当にもうお止めください。どうしたらいいか、身の置所に困ってしまいます」


「……そちは、慎み深いのう。もっと胸を張って、大きな態度を取っても良いのじゃぞ」


「滅相もございません。私とて、アニェスさまのことが大好きなのです。救う手立てがあるとお聞きしたので実行したまでのこと」


「なんとのう…。よくできた嫁じゃ。―シルヴィアよ。今後、困り事があれば何なりと私を頼るがよい。必ず力になろうぞ」


「ありがとうございます。お料理の一件以来、お優しい陛下のことが大好きになりました。いたらぬ嫁ですが、今後ともどうかお導きください」


シルヴィアの殊勝な態度に大いに満足して、アレクシアは戻っていった。


「……ふぅーっ、びっくりしたあ」


お気に入りの丸型クッションで丸くなりながら、盛大なため息をついた。


「アニェスさまは、皇妃陛下のお気に入りだったのね。あれだけ手放しで喜ばれると、こっちも嬉しくなるけど…」


皇妃アレクシアは、実は皇帝家の中でそれほど影響力があるわけではない。アニェスの言葉が思い出される。


『お義母(かあ)さまには、実子がいらっしゃらない。お立ち場が弱いのは、全てそのことに起因しています』


皇帝グレゴワールの妃は、次のとおりである。


皇妃アレクシア。実子なし。

第一側妃ジュスティーヌ。長男ラファエルの生母。

第二側妃レティシア。次男ジルベールの生母。

第三側妃エルザ。三男リオネル、長女アニェスの生母。

第四側妃クレール。四男ガブリエルの生母。


特に長男を生んだジュスティーヌは、実家が大貴族カルダン公爵家であることもあって、アレクシアを凌ぐ権勢を誇っている。エルザは既に亡く、クレールも長らく病気に伏せっているという。


そして何より、グレゴワールは、皇太子を決めていない。つまり、後継者争いは未だ白紙ということだ。


エルザが若くして亡くなり、アレクシアがリオネルとアニェスを我が子のように慈しんだのも、そのあたりが理由であろう。


「……言うほど嬉しそうじゃないけど?」


フランベルジュがベッドに寝そべりながら言う。


「なんかね。すごいプレッシャー」


「どうして? アニェスの命の恩人だもの。アレクシアじゃないけど、もっと堂々としていなよ」


「嫌よ。あたしはね、本当にアニェスさまのご病気を治したいと思っただけなの。それを鼻にかけて威張るような嫌な女になりたくない」


「シルヴィアは、そういう()だよね」


「みんなに言われるほど立派な女じゃないわ。ただの猫耳族の可愛い女の子よ。感謝されればされるほど、身が縮まっちゃう」


「一部引っかかるけど、それもシルヴィアらしいか」


「何よ、フランベルジュ。文句でもあるの? あたしは本当のことしか言ってないわ」


「ふふふっ。シルヴィアさまが何と仰ろうと、私にとってはヒーローですわぁ」


マノンが笑い転げながら、紅茶を入れた()()をサイドテーブルに置いた。フランベルジュにはミルク皿である。ミルクが大好物なのだ。


「やめてよ、マノン。あたしたちの間だけでも、そういうのはナシにして」


「はい。公言はせず、胸の内に留めておきますぅ。―でも」


お人形のように愛らしい笑顔が輝いた。


「私の忠誠はシルヴィアさまのものですわ。シルヴィアさまのためなら何でもいたします。ご自由にお使いください」


「あら。じゃ、早速教えてもらおうかしら。あなたが誰なのかを」


「ふふふっ。シルヴィアさまって、本当に面白い方だわぁ」


「私のためなら何でもするんでしょ? さっき言ったことはウソなの?」


「何でもするとは申しましたが、悪魔に魂は売り渡しませんよぉ」


「……ちょっと何言ってるかわからないんだけど。―まあ、いいわ。そう簡単に教えてくれるわけないし。でも、マノン。頼みたいことがあるのは、本当よ」


「はい?」


「用意してほしいものがあるの。あとは、情報かな。ただし、旦那さまには絶対に内緒よ」


シルヴィアは、ウインクしてみせた。自称猫耳族の可愛い女の子のウインクは、確かに愛らしかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「本当にやるんですかぁ?」


マノンは、目の前のシルヴィアを頭の先からつま先まで眺め回した。


ブランシャール軍の軍服に身を包み、胡桃色の頭にはタオルを巻いていた。もちろんシルヴィアの軍服姿は既に見慣れている。元軍人だから、似合ってもいる。しかし…。


「……ほんとのほんとに、本気ですかぁ、シルヴィアさま」


「本気に決まってるでしょ」


「リオネルさまに知られたら、私が叱られますぅ」


「バレなきゃ、いいのよ。それじゃあ、行ってくるね、マノン。後はよろしく」


「くれぐれも自重してくださいよぉ」


心配そうなマノンを置いて、シルヴィアは軍の練兵場へと向かった。今日は第三軍団、つまりリオネル軍の新兵入隊試験が行なわれる日である。


リオネル軍は、基本、来る者拒まずの方針の下、新兵を常に募集している。半年に一度、入隊希望者を集めて試験を行い、各隊へ配属しているのだ。


種族・性別を問わず採用するし、差別のない実力主義の昇任制度を整備しているので、平民の間で人気の的である。これがラファエルやジルベールの軍となると、将官は貴族出身者しかなれないし、平民は、どんなに実力があっても一生、ヒラの兵卒のままだ。自ずと平民はリオネル軍に集中する。まさに、それがシルヴィアの狙いだった。


練兵場には、50人ほどが集まっていた。人間族が多いが、中には兎脚族や犬牙族といった獣人族もいる。女性もちらほら見かけた。見るからに強そうな者、腕の立つ者もいれば、どう考えても冷やかしとしか思えない呑気な表情の者もいる。


「新兵は整列しろ!」


偉そうな男が前に出てきて、号令をかけた。10人ずつ、5列に並ぶ。シルヴィアも紛れ込んだ。


「知ってると思うが、リオネル軍は来る者拒まずといっても、誰でも採用するわけじゃねえ」


前置きもなしに、いきなり話し始めた。かなり身体の大きな男である。スキンヘッドに女神フレイの入墨が入っている。


「まずは基礎体力を試させてもらう。今からこの練兵場を走ってこい。5周だ。ただし、40分以内に完走しろ」


新兵の間にざわめきが起こった。見たところ、周回は2キロはありそうだ。ということは、10キロ。若い男性で4〜50分はかかるか。走るのが得意な人なら、30分を切るだろう。ふるい落とすなら、なかなか絶妙なタイム設定である。


「時間内に走り終わらなかった者は、帰ってもらう。今から時間を計る。各々、走り始めてよし。言っておくが、ちゃんと監視してるからな。誤魔化そうなんて思うなよ。―よし、始めっ!」


新兵たちが、わらわらと走り始める。一人、飛び出した者がいた。先頭きってみるみる後続を引き離していく。見ると、女性のようだ。あまりの速さに、人ごとながら最後まで保つのか心配になる。シルヴィアは、慎重に集団の真ん中をキープする。


すると。いきなり先頭の女性の目の前で地面から槍が突き出された。女性はとっさに横に飛んだ。ゴロゴロと転がる。


「なんだっ、これは!?」


女性が抗議の声を上げた。


「妨害だよ」


スキンヘッドがニヤリと笑った。


「走れとは言ったが、妨害しないとは一言も言ってねえ」


「汚いぞ!」


「てめえ、戦場でも同じセリフを吐くのか? そんなクソの役にも立たねえことをほざいている間に、お前は串刺しにされている」


「くっ…!」


「そんなところで文句をたれていていいのか? 後続に抜かれるぞ」


「くっそーっ!」


ニヤニヤ笑うスキンヘッドを睨むと、女性は目の前を通り過ぎる集団へと快足を飛ばした。

【裏ショートストーリー】

マノン「シルヴィアさま、軍服をお持ちしましたぁ」

シルヴィア「ありがとう」

マノン「こんなもの、何に使うんですかぁ?」

シルヴィア「もうすぐ第三軍の新兵入隊試験があるんでしょう?」

マノン「えっ!?」

シルヴィア「ガブリエルさまが教えてくれたわ。第三軍は女性でも能力があれば入隊できるって」

マノン「まさか…新兵として潜り込もうって言うんじゃ…」

シルヴィア「そのまさか、よ」

マノン「おやめくださいっ」

シルヴィア「どうして?」

マノン「危険です。軍は虎狼の集まりです」

シルヴィア「ペレーズ山のほうがよっぽど危険だったわ。あたしは元々軍人よ。軍に興味があるの」

マノン「それなら、リオネルさまに申し出れば視察くらいできますよ」

シルヴィア「視察じゃ、うわべを取り繕って終わっちゃう。あたしは軍の空気に直接触れてみたいの。それには、実際に入隊するのが一番」

マノン「リオネルさまに知られたら、叱られてしまいます」

シルヴィア「大丈夫よ。バレないように上手く振る舞うから」

マノン「そんな…」

シルヴィア「マノン。あたしと旦那さま、どっちを取るの?」

マノン「両方に決まってますっ!」

シルヴィア「調子いいわね。とにかく、マノンが何と言おと、やるからね」

マノン「はあぁ…シルヴィアさまに仕えると、命がいくつあっても足りません」

シルヴィア「あたしに仕えるなら、慣れてちょうだい。こんなの、序ノ口よ」

マノン「はあぁぁぁ…」

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