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第15話 金の成る粉と白竜の山

「まったく、乙女を下着一枚にして縛り付けるなんて、大罪よ。許せないわ」


後ろ手に縛られた熊爪族が、族長を筆頭にズラリと広場に座らされていた。彼らを前に、いまだシルヴィアは憤慨していた。


「怒るところは、そこか?」


リオネルが呆れたように、真っ赤になって怒るシルヴィアの横顔を見やった。


(当たり前じゃないの! よりによって、リオネルに見られたのよっ)


同時にリオネルの逞しい裸を思い出す。


(きゃあぁぁーっ、恥ずかしいっ)


ますます頬が火照る。不思議そうにこちらを覗き込むリオネルの顔を、まともに見ることができない。思わず両手で覆って顔を背けてしまった。


「その辺りで勘弁してあげなよー。熊爪族だって悪気があったわけじゃないしさ」


「フランベルジュ!」


キッと睨みつける。


「人のこと裸にしておいて、悪気がないわけないでしょ! だいたいね、肝心なときにのびてるあなただって悪いのよ! 食べ物なんか普段食べないクセに、何大根食べさせられてるの!」


「花や実のサラダに混ぜられてたんだねえ。ボクの弱点を知ってるとは、熊爪族も隅に置けないなあ」


「感心してる場合か!」


「―シルヴィアさま。熊爪族の女たちが助命嘆願に来ていますが、いかがいたしますか」


ギーが、多くの女性を連れてきた。


「知りませんっ。女たちも下着一枚にして縛り付けてやりなさい!」


「おお〜、怖。お前、結構性格悪いな」


リオネルが身を引いた。


「シルヴィアさま。女たちはお詫びの徴に毛皮や熊の掌を献上する、と言っていますが」


平伏した先頭の女が、毛皮の山を捧げた。一際着飾っているので、族長の妻なのかもしれない。


「そんなもの、いらないわよ。欲しいのは白月草なんだから」


「その白月草ですが、自生している場所を知っているそうです」


「にゃっ!?」


ギーは、身ぶり手ぶりで聞き出したらしい。さすが有能な家臣は違う。


「案内人をつけると族長の奥方から申し出がありました」


「そ、そうなの。それはありがたいわ」


「我々の荷物も、そっくり返すとのことですが、一つ面白い話を聞きました」


「……」


「シルヴィアさまの魔法の粉、ピパリですが、熊爪族も知っていて大変貴重なものだそうです。以前商人が持ち込んだことがあって、そのときは小袋一つを熊の掌二十枚と交換したそうですよ」


「熊の掌二十枚…と言われても、ピンと来ないわ」


「熊の掌は薬として皇都でも高額で取引されています。確か一枚で金貨三枚だったかと」


「にゃっ!? き、金貨三枚?」


金貨一枚あれば一年間分のパンが買える。その3倍で、それが二十枚…。


「こ、小袋一つでパン60年分!?」


「……面白そうな話だな、なあ、シルヴィア?」


リオネルがニヤッと笑った。


「ピパリをカトゥスから取り寄せることはできるか?」


「多少は融通をきかせられるとは思いますけど、旦那さまが今お考えになったような商売にまでなるかどうか」


「さすが、俺の妻だ。話が早くていい。―いや、大規模じゃなくていいんだよ。少量でも定期的に手に入ればそれでいい。しかも俺たちの専売でだ。無論、カトゥスには相応の金を払おう。どうだ? 悪い話じゃねえだろう」


今まで交易品として見たことがなかったが、リオネルに言われてみると、確かに商売になりそうな気がしてくる。


「……実家に掛け合ってみます」


「そうしてくれ。―それじゃあ、熊爪族は無罪放免ということでいいな? 商売相手を殺すわけにはいかねえよな?」


「はい。構いません」


「よし! これで手打ちだ。これからは、熊爪族とは長い付き合いになりそうだぜ」


族長たちの縛めが解かれた。熊爪族たちは、抱き合って喜び合った。


族長と妻がシルヴィアたちの前に進み出てきた。一人の少年を連れている。


「改めてお詫びしたいんだって」


フランベルジュが通訳に立った。


「赦します。今後は仲良くやりましょう」


族長がシルヴィアの手を握った。よく見れば、笑顔が爽やかなイケオジだった。


「―コホンっ!」


それを見たリオネルが横から族長の手を無理矢理奪って握手した。


「よろしくな、族長!」


(な、何、今の?)


作り笑顔を浮かべながら手をブンブン振っているリオネルの横顔をぼうっと見つめた。


「シルヴィア。この子が案内人だって。―シルヴィア? シルヴィアっ」


「にゃっ!? な、何よ、フランベルジュ。急に大きな声出さないでよ」


真っ赤になりながら、意味もなく軍服の裾をはたいた。


「……シルヴィア〜、何意識してるのさ?」


「な、何の話? わからないわ」


「トボケんなって。まあ、確かに、朗らかで度量があって、いい男だけどさあ」


「だから、何の話? 訳わからないこと、言わないで」


「別にボクはいいけどねえ。後で苦しむのはシルヴィアだし」


「ヘンなこと言わないでよ。何であたしが苦しむのよ」


「どうでもいいけど、この子が白月草の自生地まで案内してくれるんだってさ」


「どうでもいいって、あなたが言い出したんでしょうが!」


「族長の息子さんだってさ」


族長夫婦が連れて来た少年が前に出た。利かん気そうな面構えをしている。将来有望なイケメンになりそうな美少年でもある。


「……私、シルヴィアというの。よろしくね」


「バルケッタ」


「バルケッタ? あら、素敵なお名前ね」


「熊爪族の言葉で、大きな槍という意味なんだって」


「まあ。あなたにぴったりだわ」


バルケッタは、嬉しそうにはにかんだ。


シルヴィアたちは、こうして熊爪族の集落を出発した。


バルケッタは、ずんずん森を進んでいく。少年とは思えない健脚ぶりである。大人とほとんど変わらない。ちなみに馬は山登りを考慮して族長に預けてきた。


途中、別の熊爪族に出会ったが、顔見知りらしく、バルケッタが一言二言話しただけですんなり通された。


森のあちこちに罠が仕掛けてあるらしく、ときに遠回りしたりわざと倒木を飛び越えたりしながら、何事もなく森林地帯を抜けた。


雄大なペレーズ山の山容が目の前に迫ってくる。


「いよいよ、山登りね」


持参した防寒具や熊爪族から貰った毛皮などを着込み、勇躍、登山を開始した。


初めは順調だった。風もなくさほど気温も低くない。しかし、中腹に差し掛かった辺りから風が強まりだした。風を遮る樹木とてない裸山である。まともに風を受けて、なかなか前に進めなくなった。


「……シルヴィア。あまり無理はせず、この辺りで一泊しよう」


リオネルの判断で、できるだけ風を避けられそうな窪みを探してテントを張った。始めから一日で登り切れるとは思っていない。


「……先、長い」


バルケッタが、片言ながらパストゥール語を口にした。面倒見のいいギーが道中、言葉を教えていたのだ。


「まあ! バルケッタ。言葉を覚えたのね」


「……」


得意そうに鼻をかいた。


「白月草、山頂近く。アルマトゥーラ、守る」


「凄いわね。たった一日で、そんなに話せるようになるなんて」


「バルケッタは頭が良いです。教えた言葉はすぐ覚えてしまいます」


「俺、外の世界、興味ある」


「熊爪族にしては珍しく、バルケッタは、ずっと外の世界に憧れていたそうです。だから、言葉にも関心が高くて、余計物覚えが良いんでしょうね」


「へえ。バルケッタは、外の世界に出たいんだ」


シルヴィアは、バルケッタの頭をくしゃくしゃと撫で回した。


「……それじゃあ、白月草を手に入れたら、一緒にブランシャールへ帰る?」


「……」


さすがにシルヴィアの言葉がわからなかったらしく、小首を傾げた。フランベルジュが通訳すると、目を輝かせて激しく頭を上下に振った。


「族長が許すかな?」


リオネルが懸念そうに言った。


「どうかしら。―ね、バルケッタ。さっきアルマトゥーラと言ったけど、何のこと?」


「アルマトゥーラは、ホワイトドラゴンのことさ」


フランベルジュが言う。


「ホワイトドラゴンが白月草を守っているのね」


「ここまで来たんだ。絶対に持ち帰るぞ」


「もちろんです、旦那さま」


決意も新たに、翌早朝、日の出前に出発した。


相変わらず強風が吹き荒れ、しっかり踏ん張っていないと身体がもっていかれそうだ。万が一を考えて、全員熊爪族の紐でお互いを結びつけた。


やがて雪混じりの風になり、急速に気温が下がってきた。それでも確実に一歩一歩前に進んでいく。突然、先頭のバルケッタが叫んだ。とっさに身を屈める。近くを拳大の石が転がっていった。


「―落石だ。頭に当たったら下手すりゃ即死だぞ!」


「気を付けて行くしかないわ!」


怒鳴り合わないとお互いの言葉も聞き取れない。


慎重に、しかしできるだけ急いで歩を進める。今日中に登り切らないと、風が強過ぎてテントも張れない。


「……息が…切れる…」


登るに連れ、呼吸が苦しくなってくる。疲労だけではない、酸素自体が薄いのだ。


「……リオネルさま…私、気持ち悪い…」


異変は、マノンに現れた。体の不調を訴えると、バタリと倒れ身動きできなくなってしまった。

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「バルケッタは、何人兄弟なの?」

バルケッタ「11人。俺、7人目。上に兄姉が6人、下に弟妹、4人いる」

シルヴィア「子沢山なのねえ。熊爪族はみんな大家族なのかしら」

バルケッタ「父、8人兄妹。母、10人兄妹。従兄弟も、みんな兄妹多い」

シルヴィア「私もね、7人姉妹なの。女ばっかりで、私が7番目。末っ子よ。旦那さまは5人兄妹の3番目。ギーさまは…」

ギー「……」

シルヴィア「そういえば、ご兄妹のこと聞いたことないわ。何人兄妹なの?」

ギー「話さないといけませんか?」

シルヴィア「いけないことはないけど、隠す必要もないわよね?」

ギー「あまり話したくありません」

シルヴィア「……どうして?」

ギー「後で殺されるからです」

シルヴィア「意味わかんないんですけど」

ギー「私のことより、シルヴィアさまは、将来何人お子さんが欲しいのですか?」

シルヴィア「ええー、私ぃ? 大家族で育ったから、やっぱり子どもは多いほうがいいなあ」

リオネル「意味、わかって言ってるんだろうな」

シルヴィア「……! も、もちろん、理解していますわ」

リオネル「何で真っ赤になってるんだよ?」

シルヴィア「旦那さまのバカっ!」

リオネル「……なんで、俺が殴られなきゃいけないんだ?」

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