表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/117

第13話 旅路と忠臣

ペレーズ山は、ブランシャール帝国から北方に位置する、独立峰である。標高4千356メートルを誇り、山頂付近は一年中猛吹雪が吹き荒れ、生き物を容易に近づけようとはしない。


その山頂には聖獣ホワイトドラゴンが棲まい、人目に姿を現すことはめったにないとされている。そして、求める薬草・白月草は、ホワイトドラゴンのいる山頂にしか咲かないのだ。


ペレーズ山の麓と皇都リシャールを往復するだけなら、馬で20日もあれば充分だろう。ただし、今回は山頂まで登り、薬草を探してこなければならない。しかも途中、さまざまな難関が待ち構えていることがわかり切っている。戻ってくるまで一カ月以上かかるかもしれない。


「……で、何であなたたちまで()いてくるのよ?」


シルヴィアは、マノンとギーを見比べた。


ペレーズ山へ向けての路上である。旅装はバッチリ整っている。無論、シルヴィアは軍服姿だった。


「何で、って、私、シルヴィアさま付きの侍女ですからぁ。ご主人さまの行くところ、どこまでも従いていくのがお仕事でぇす」


「申し訳ありません、シルヴィアさま。リオネルさまをお一人にするわけには参りませんので」


「……ったく、みんなに内緒で行って驚かせようと思ってたのに」


シルヴィアは、ジロリとリオネルを見た。


「俺のせいじゃねえよ。そもそも、マノンは部屋で全部話を聞いてたんだし、ギーは俺のいわば分身だ。一カ月近く居場所不明というわけにはいかねえだろ」


「ですけど、旦那さま。命の危険を伴う旅ですよ。マノンはともかく、ギーさままで危険に晒すのは、いかがなものかしら」


「なんで私は、ともかく、なんですぅ〜?」


「私はリオネルさまをお守りする使命がございます。危険な旅であれば尚更、離れるわけには参りません」


「……」


シルヴィアは、深いため息をついた。


「いいじゃないの、シルヴィア。旅は大勢の方が楽しいよ」


フランベルジュが、今にも口笛を吹きそうな様子で言う。皇都リシャールに来て以来、部屋に閉じこもってばかりだったので、久しぶりの外出にご機嫌なのだ。


「とにかく、アニェスさまのお命がかかった大事な旅だってこと、忘れないで。物見遊山じゃないんだから、みんな気を引き締めてください」


「わあーってるよ、そんなこと」


「はい、はぁ〜い」


「無論です。白月草、必ず手に入れなくては」


「……」


即席パーティーを見回して、またしても深いため息をつくシルヴィアであった。


目指すペレーズ山までの旅程中、ブランシャール帝国領内は何の問題もないだろう。問題は、国境を越えてからだ。北方は気象条件が厳しい。少数民族しか住んでおらず、北辺がペレーズ山麓を住み処とする熊爪族だ。


熊爪族は、他の種族と積極的に交流しようとはせず、原始的な生活をしているとされている。わずかな商人が、熊の掌や毛皮などの交易に訪れる程度だという。熊の掌は薬になるのだ。今回の目的には治療効果がないが。


予定通り、行く町々で宿屋を泊まり歩き、順調に国境を越えた。ただ、途中一度だけ、通りかかった町で盗賊団襲撃とかち合っときがあった。四人で難なく追い払ったが、率いていた頭目が長い橙色の髪を後ろで束ねた女だった。


初めてブランシャールに入国したときに襲撃してきた、あの女盗賊である。相変わらず黒い鉢巻きをしてこちらをしばらく睨んでいたが、ぷいっと逃げていった。


そんなハプニングはあったが、とにかく帝国領は過ぎた。これからは、ある意味未開の地である。宿屋など無論ないので、全て野宿だ。しかし、軍人だったシルヴィアには、野営などしょっちゅうだったので慣れっこである。


「ペレーズ山は、聖なる山ですが、死の山でもあります」


イノシシの肉を突き刺した枝を回しながら、ギーが言った。夜になる前に、森でマノンが、突進してくるイノシシを正拳突きで斃した獲物である。


「まともな物は食べられませんから、今のうちにたくさん食べておいてください」


脂が滴り落ちてジュッと音をたてながら炎が揺れた。肉の焼けるいい匂いが鼻を刺激する。


「そんなもの、一日経てば尻から出ちまうんだから、量を食べようが食べまいが関係ねえだろ」


リオネルが鼻で笑った。


「にゃっ!?」


やんごとなき皇子さまとは思えないセリフに、シルヴィアは、金色の目を物騒に細めた。


「なんて下品なっ。旦那さま、最っっ低! 信じられないッ」


「ほんとのことだから、しょうがねえだろ」


「だからって、口にしていいわけではありません。旦那さまは変わったお人だと思っていたけど、そういうのは非常識というんです。がっかりだわ、幻滅だわ、こんな人が私の旦那さまだなんて」


「軍服で嫁入りする女に非常識と言われたくはねえな」


「何ですって!?」


「まあまあ、そうケンカ腰にならずに」


シルヴィアの目の前に焼けた肉が差し出された。


「まずは、腹ごしらえといきましょう」


「―あ、ちょっと待って」


シルヴィアは、荷物をゴソゴソと探ると、小さな袋を取り出した。


「これよ、これ」


小袋から粉をひとつまみ出すと、肉に振りかけ、もう一度火に炙ってから、かぶりついた。


「美味しーっ!」


頬を押さえてご満悦である。


「……なんだ、その粉みたいなのは?」


リオネルは、不思議そうに問いかける。


「下品な人には教えません」


「シルヴィアさまっ、こっちにも凄くいい匂いが漂ってきますっ。それ、私の分にもかけて!」


マノンがせがむ。


「もちろん、いいわ。初めから、みんなにもかけるつもりだったから」


焼けている肉に、次々振りかけていく。


「―美味しいっ。なにこれ!?」


「―確かに。刺激的な香りと、少しピリッとくる辛さが肉の旨味と合わさって、食欲が増しますね」


「―うめえ! ただの肉より断然旨味が増してる。これ、最高だな。シルヴィア、教えろ。何なんだ、これ?」


「……まずは、さっきの発言を取り消してください」


「わかったよ。悪かった。反省してる。すまん」


リオネルが頭を下げたのを見て、シルヴィアは、得意そうに小袋を掲げた。


「よろしい。―コホン。では、教えてしんぜよう。これこそ、魔法の香辛料、『ピパリ』である!」


「―ピパリ…?」


「ピパリと呼ばれる蔓性植物の実を粉状に潰したものです。カトゥスの森にしか自生しなくて、昔は薬として使われていたらしいんですけど、今は専らお料理ですね」


「へえ。猫耳族の国で採れる薬草みたいなものか」


「特に肉の臭みとかを消す作用もあるから、肉料理と相性バッチリなんです」


「お前、料理しないくせに、そういうことは知っているんだな」


「またそんな皮肉を仰って」


「肉、だけにな」


「……ギーさま。ほんとにこんな方に一生お仕えして後悔はありませんの?」


「いや〜、なんといいましょうか…」


ギーは、困惑したように左目を白黒させた。


「―ギーさまって、本当に真面目な方ですよね、旦那さまと違って」


「俺だって、真面目なときは真面目だぞ」


「ギーさまは、いつから旦那さまに仕えてらっしゃるの?」


リオネルの抗議を無視して、ギーと真正面に向き合う。


「……ご幼少のみぎりからです」


「守役みたいなもの?」


「いえいえ、とんでもない。そんな高い身分ではなく、リオネルさまの使用人に過ぎません」


「ただの使用人とは思えないわ。ペレーズ山に()いてくるほど旦那さまへの忠誠心がとても篤いし」


「……」


「旦那さまの信頼も篤い。もし、よろしければ、教えて。ギーさまのこと」


「私など、取るに足らぬ芥のようなものですよ」


「……旦那さまの妻として、身の周りの方々のことをもっともっと知りたいの。それとも、私みたいな他所者には教えられない?」


「そんなことは…」


「お願い、ギーさま」


「……私の父は、下級騎士でした」


真剣な金色の瞳に見つめられて、ギーは、重い口を開いた。


「ある戦で戦死したのです。私はまだ7歳でした。そのとき母も既に病死していて、他に身寄りもなく騎士仲間にも養子に迎える条件に合う方がいらっしゃらず、孤児院に入るしか選択肢がありませんでした」


「まあ…そうだったのね」


「そこへ、境遇を聞きつけたエルザさまが憐れみ、私…を拾ってくださったのです」


「……! エルザさま、といえば旦那さまのご生母さまですね」


姉グロリアの手紙にあった。リオネルの生母エルザは、農家の娘だったそうだ。鷹狩りに出掛けたグレゴワールが休憩のため、ある村に立ち寄った。その際、お茶を差し出したエルザを見初め、皇宮に連れ帰ったという。


「さすがシルヴィアさま、よくご存知で。それでエルザさまは、私を当時4歳でいらしたリオネルさまのお付きにしてくださったのです」


「ご苦労なさったのね」


「とんでもございません。私など、エルザさまのご慈愛により生きながらえただけに過ぎません」


「そうすると、お二人は幼馴染でもあるわけね。あ、三人か」


「えっ!?」


なぜかギーは動揺した。シルヴィアは不思議そうに小首を傾げた。


「アニェスさまは旦那さまと、お2つ違い。ギーさまと5つしか違わないから、三人は幼馴染ですよね?」


「あ…ああ、アニェスさまですね。―ええ、もちろん、アニェスさまには、よくしていただいております」


「……」


いずれにしろ、ギーにとってエルザは命の恩人に等しい。そのエルザの実子であるリオネルが幼いころから仕えている。となれば、命を捧げても構わない対象となってもおかしくはない。


(思ったより、三人の絆は深そうね)


「よくわかったわ。ギーさまは、まさに旦那さま股肱の臣だということが」


「股肱などと、勿体なきお言葉」


「これからも旦那さまのこと、よろしくお願いします」


「畏れ多いことにございます」


(どうにも固いな。まあ、そう簡単にあたしに心を開いてくれるわけないか)


焚き火の薪が弾けた。炎が大きく揺れる。ギーの顔の上で光と影が生き物のように踊った。

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「で、マノン。いい加減、あなたが誰なのか、教えてちょうだい」

マノン「シルヴィアさまも、いい加減、しつこいぃ〜」

シルヴィア「そうよ。私、しつこい性格なの。納得するまで引き下がらないから」

マノン「えぇ〜、やだぁ。そんな怖い顔して睨まないでくださいよぉ」

シルヴィア「ギーさまだって、話してくださったのよ、今度はあなたの番」

マノン「順番制って、おかしいと思いますぅ」

シルヴィア「あなたが話してくれないからじゃないの。せめてフルネームと年齢くらい教えてよ」

マノン「年齢ですかぁ? マノン、15歳でっす」

ギー「ぶぅーーーぅっ」

シルヴィア「きゃあっ!? ギーさま、急にお茶吹いて、どうしたんですかっ!?」

ギー「し、失礼しましたっ。私としたことが、とんだ粗相を。申し訳ございません」

シルヴィア「珍しいですね。気をつけてください」

ギー「はいっ」

シルヴィア「……で、マノン。私より2歳年下なのね。フルネームは何と言うの?」

マノン「マノン・カトゥスでっす!」

シルヴィア「はあっ!? すぐわかるウソはやめて。あなた人間族じゃないの。なんで私と同じなのよ?」

マノン「シルヴィアお姉さまの妹になったからでっす!」

ギー「ぶぅーーーぅっ」

シルヴィア「きゃあっ!? ギーさま! 気をつけてって、言ってるでしょ!」

ギー「申し訳ございませんっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ