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第121話 兆し

ガブリエル軍の入城で、ガイヤールはてんやわんやの大騒ぎとなった。


なにしろ1万以上の兵が一気に増えてしまったのだ。もともと1千しか兵のいない城へ、リオネル軍の約5千が入り、宿舎すら手狭なところへの増加である。全部は収容し切れず、一部は、城外での駐屯を余儀なくされた。


これが、ラファエルやジルベールであれば、民間の施設を強引に召し上げていただろう。しかし、リオネル軍では厳禁である。できるだけ市民には迷惑をかけないことを大方針にしている。リオネルの指揮下に入った以上、ガブリエル軍も例外ではないのだ。


「今のところ、ガブリエル軍の連中は大人しくしているみてえだな」


エーヴがお茶を飲みながらつぶやくように言った。ガイヤール軍の宿舎の食堂である。エーヴたち中隊長たちは、宿舎に間借りする形で私室をあてがわれていた。


「ガ、ガブリエル軍は、い、今までだって乱暴しているとは、き、聞いたことないよ」


「確かに。というか、戦で目立った武功を上げたこともないんじゃない? いい意味で大人しい、悪い意味で存在感がない」


「だからこそ、うさん臭いんじゃないか、ジュスタン。ただ大人しく存在感を消すだけで、生き残れるはずがない」


「油断できねえよな。今は協力的だとしても、実際何を考えているか、わかりゃしねえ」


「仮想敵、というやつかい?」


ジュスタンは、形のいい顎に指を当てて考える素振りをした。


「リオネルさまは、そう考えている。シルヴィアさまは、違うようだが」


「なんでセリーヌは、そんなにヤツを信用するんだろうな。―サンドラ。侍女をしていたとき、側で見ていてどう思った?」


エーヴがじっと見つめながら尋ねた。


「ガブリエルは、愛想がいいのは確かだ。終始一貫、好意的でもある。シルヴィアさまが、情にほだされて騙されていると思いたくはないが」


「変なトコで()()だからなあ、セリーヌは」


「そ、その分、わ、わたしたちが気をつけるしか、な、ないんじゃない?」


「ミラベルに同意する」


ジュスタンが翠色の髪をかき上げた。


「そのために僕らがいるんだから。ガブリエルは要注意人物としてマークしていこう」


「―そろそろ、行ってくる」


サンドラが椅子から立ち上がった。


「おう、頼んだぜ」


「セ、セリーヌの護衛だっけ?」


「そうだよ、ミラベル。本軍では暗殺部隊が出たというからな。異分子が正々堂々と入ってきたこともあるし、警戒するに越したことはない」


「―おい、サンドラ!」


背を向けたサンドラを、エーヴが呼び止めた。


「……何だ?」


「お前、動きがトロいぞ。具合でも悪いのか?」


「……いや、別に。普段通りだが」


「そうか…。もし、体調が悪いなら、護衛役代わるぜ?」


「大丈夫だ。どこも悪くない」


「なら、いいが」


「……心配してくれてありがとう」


「おう…」


サンドラは、食堂を出た。


「―うっ!?」


ふいに口元を押さえると、トイレへ駆け込む。


「―ゲーッ!」


洗面台に顔を突っ込み、ひとしきり苦しんだ。


「……」


ようやく吐き気が収まると、サンドラはうなだれたまま、しばらくその場から動こうとはしなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……マノンさま!?」


「えっ…!?」


突然現れたイケメンに、マノンはベッドから飛び起きた。


「あ…そのまま横になっていてください」


「ご、ごめんなさい、リュカさま」


鉄紺色の髪と瞳をしたイケメン―それはリュカだった―は、ベッド脇にすっと立った。挙措に無駄がない。


「あの…リュカさま。なぜ、ここへ…?」


相変わらずぐるぐる巻きの右脚を投げ出した姿勢で、マノンは恥ずかしそうに尋ねた。


「ガブリエルさまが、陛下からリオネルさまに合流して指揮下に入るよう命じられたのです。私は従者としてお供してまいりました」


「そうだったのですね…。でも、どうして病院に…?」


「いや、それが、病院を頻繁に出入りなさるシルヴィアさまをお見かけしまして、もしや体調を崩しておられるのでは、とガブリエルさまが案じられ、お尋ねしてくるよう命じられたのです」


「シルヴィアさまはお優しいので、よくお見舞いに来てくださるのです。それにしても、驚きました。まさか、こんなところでリュカさまとお会いするなんて」


「いや、私のほうこそ驚きました。まさか、マノンさまが入院なさっているとは。―脚を怪我なさったのですか?」


リュカは、痛々しそうに包帯巻きの右脚を見た。


「……は、はい。侍女としてシルヴィアさまに従ってまいったのですが、激しい戦いに巻き込まれてしまって…。お恥ずかしいです」


「お気の毒に…。どうかご自愛ください」


「ありがとうございます」


「あまり長居してはお身体に障りましょう。また折を見てお見舞いいたします」


「あ…! あのっ」


去りかけたリュカを呼び止めた。


「はい。何でしょう?」


「あの…私がここに入院していることは、どうかご内密にしていただきたいのです」


「そう…ですか。マノンさまのお望みとあらば、やぶさかではございませんが、なぜ…?」


「その…兵隊さん方には、あまり快く思われていないので…。侍女のクセに戦場についてきて足を引っ張っている、と陰口を叩かれたくないのです。それは、シルヴィアさまの評判にも関わることなので…」


「……」


「どうか…どうか、お願いします、リュカさま!」


「……ふふっ。はははっ!」


突然、リュカが笑い出した。


「―!」


ドキっとした。いつも真面目な態度を崩さないリュカが、笑っている。


(―か、可愛いっ!)


笑うと、なんと愛らしい表情になるのだろう。クソ真面目な顔も綺麗で良いが、笑ったほうがもっと素敵だ。


「―し、失礼した。怒らないでください」


黙り込んだマノンに勘違いして、リュカは謝った。


「あ…! いえ、怒ってはいません。でも、なんで急に? 私、そんなに笑われるほど、変なことを言いました?」


「申し訳ありません、笑ったりして。決してマノンさまは変なことを仰ってなどいませんよ。ただ、必死にお願いするあなたを見ていたら、とても可愛いく思えてしまって」


「……!」


無意識に布団の中へ潜ってしまった。きっと今、真っ赤な顔をしているに違いない。


(可愛い…? 私が…?)


動揺を悟られたくない。そんな姿は、彼に見られたくない。


「いつもにこにこと愛らしい笑顔のあなたも、ときには真剣な表情をすることもあるのだな、と思ったら、笑いが止まらなくなってしまいました。本当に申し訳ありません」


「……」


「いや、本当に私はダメですね。真剣にお話しなさっているのに、笑ってしまうとは。このお詫びは、いずれ必ずさせていただくとして、マノンさまのお願いは、承りました。ガブリエルさまにもこのことはご報告しませんので、ご安心を」


「……ありがとうございます」


マノンは、ホッと胸を撫で下ろした。こんなところに『シルヴィアの侍女』がいることがバレでもしたら、後々面倒だ。


「―何だか、楽しいものですね、二人だけの秘密というのは」


「えっ…!?」


「秘密を共有するというのは、気分が高揚するのですね。新しい発見です」


「……」


「では、マノンさま。今日は失礼いたします。どうか、ご養生ください」


今度こそ、リュカは、去っていった。


マノンは、じっとその後ろ姿を見つめていた。姿が見えなくなっても、身じろぎ一つせず、飽きることなく見つめ続けていた。

【裏ショートストーリー】

子ども「お母ちゃん、兵隊さんがいっぱいいるね」

母「そうね。ブランシャールの第四皇子という人が後からやってきたから」

子ども「町の外にまであふれているんだって。こんなにたくさんの兵隊さん、見たことないよ。なんか、怖い…」

母「大丈夫。……大丈夫よ。去年だって、リオネルさまは、乱暴なことは一切しなかった。今度だって…」

父「戻ったぞ」

子ども「お父ちゃん、お帰りなさい」

母「あんた、どうだった?」

父「安心しろ、リオネルさまは、やっぱり違う。ブランシャール軍は市民に危害を加えちゃなんねえ、って高札が立ってる。もし乱暴する者がいたら、厳罰に処す、ってさ」

母「ああ、良かった…。これで一安心だね」

父「おうよ。一時はどうなるかと思ったからなあ。なにしろブランシャール人は残忍という噂だし、第四皇子がどんなお人かわからねえしな。少なくとも、リオネルさまのご指示は受け入れる方らしい」

子ども「兵隊さん、怖くないの?」

母「そうよ。これもみんなリオネルさまのおかげね」

父「だからといって、むやみに軍に近づくんじゃねえぞ」

子ども「わかってるよー」

母「……この先、ガイヤールはどうなっちまうんだろうね。城主さまは国を裏切っておしまいになったんだろ?」

父「そうだなあ。俺たちも裏切り者になっちまったしな。ただ、噂じゃ、城主さまはリオネルさまのお覚えめでてえって話だ。お二人についていくしかねえんだろうなあ」

母「はあ、やだやだ。早く戦が終わらないかねえ。あたしらにとっちゃ正直、どっちの国になろうが構やしないよ。何事もなく商売できればそれでいいのさ」

父「まったくだ。戦争なんか、誰が始めるんだろうな」

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