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第120話 予期せぬ来訪者

その日、ガイヤールは、騒然となった。


正体不明の軍勢が向かって来ている、と物見から報告があったからだ。リオネルは、大隊長たちを謁見室に集めた。昨年同様、臨時の司令室と定めていた。


「数は?」


「およそ1万2千」


リオネルの問いにギーが応える。


「どこの軍か、まだわからないのか?」


「旗印もなく、未だ不明とのことです」


「率いている隊長で、ある程度わかるんじゃねえのか」


トリュフォーが吠えた。


「先頭は、仮面を被っているため、判別不能だそうだ。鎧もブランシャール、ルメール双方混じっていてよくわからないらしい」


「―エマ。彗星どのの差し金だと思うか?」


「わかりません。情報が少な過ぎます。予断をもって判断すべきではないと思います」


「旗印も隊長も隠すなんて、正体がバレるのを恐れているのは明白だわ」


シルヴィアが考え考え言った。


「私たちに知られてはまずい誰か、ということよね」


「そうとも限りません、シルヴィアさま」


エマが、こちらも考え考え言った。


「知られてはまずい相手が誰か、によって正体は変わります」


「……」


「リオネルさま。とりあえず、籠城の準備だけは進めたいと存じますが、よろしいでしょうか」


「頼む、ギュスターヴ」


「はっ」


城内は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。籠城戦は想定していなかったからだ。ガイヤール自体難攻不落ということもあるが、ルメールにはこちらに割く兵の余力がないと見られていたのである。


「軍勢、ガイヤールに接近!」


物見から報告が入った。


「来たか!」


リオネルは黒いマントを翻して歩き出した。


「旦那さま!? どちらへ行かれるのです?」


「城壁に出る。この目で確かめてやる」


「危険です!」


ギーが顔色を変えた。


「私が確かめてまいります。どうかリオネルさまはここでお待ちください」


「嫌だ。俺が自分で確かめる」


「―ギーさま。いざというときは、みんなでお守りしましょう」


リオネルの意志が固いと見て、シルヴィアはギーを抑えた。


「……わかりました」


ギーは、ピタリとリオネルの側についた。結果、大隊長たちは、ぞろぞろと雁首揃えて城壁へと登っていった。


遠く、砂煙を上げながら軍勢が近づいてくる。鉄の大門は、固く閉じられていた。シルヴィアは、万が一を考え、急遽ジュスタン中隊を呼び寄せた。


リオネルたちが見守る中、軍勢が止まった。確かに鎧はまちまちで、先頭は仮面を被っている。


先頭の騎馬が少し前に出た。大きな声で呼ばわる。


「開門っ! 開門ーっ!」


「お前ら、どこの軍勢だ!?」


トリュフォーが、雷鳴のような怒鳴り声で誰何した。


「我らは、ブランシャール軍第四軍団であるっ!」


「なっ!? 第四軍団?」


城壁上は騒然となった。第四軍団とは、つまりガブリエル軍ではないか。


「証拠を見せろっ!」


トリュフォーが怒鳴ると、後ろの軍勢の中から、一騎が飛び出してきた。全身黒尽くめの平騎士である。


平騎士が先頭の騎士と並んだ。天使のような微笑みを浮かべながら。


「ガブリエルさまだわ! 間違いない!」


シルヴィアが喜色を露わにその場で飛び跳ねた。リオネルは、嫌そうに顔をしかめた。


そして間もなく、鉄の大門がギシギシと音をたてながら、ゆっくりとその大きな口を開けていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ガブリエルならガブリエルだと、初めからそう言え」


再び、執務室である。主要メンバーが揃ってテーブル席に落ち着いたところで、リオネルが吐き捨てるように言った。


「すみません、リオネル兄上。父上の命令で、先触れの使者も送ってはならないと釘を刺されていたものですから」


天使のような微笑みが場を包み込むように広がっていった。シルヴィアは、ガブリエルと視線が合うと、にっこり微笑んだ。リオネルは、ますます嫌そうに顔を背けた。


「陛下は、なぜガブリエル殿下をここへ?」


エマが尋ねた。


「ガイヤールの寝返りを聞いて、すぐに僕へ言ったんだ。リオネル兄上に合流して指示に従え、と」


「影武者まで使って、何に対して警戒なさっていたのですか」


「無論、ルメール軍さ。僕たちは、ロワイエを奪還するため近くに駐屯していたのだけど、暗殺部隊が現れたんだ」


「暗殺部隊?」


「何人も指揮官クラスが殺された。たぶんルメールの諜報部隊だと思うけど、父上を始め兄上たちは厳重に身辺を警護しているよ。僕でさえ父上に会うのに、何回も身元確認されるほどさ」


「俄には信じられません。マクシムが暗殺部隊を使うなんて…」


エマは、腕を組んで唸ってしまった。大きな胸が嫌でも目を引く。しかしガブリエルは、そんなエマには何の興味も示さずにリオネルに視線を移した。


「兄上。そういうことですので、僕はしばらく兄上の下につきます。どうぞ、お好きなようにお使いください」


「……何だか、嬉しそうだな。本心じゃ、俺の下につくのは嫌なんじゃないのか」


「どうして? 僕は昔から兄上を尊敬していたのですよ。上の兄二人なんかより、ずっとね。だから、父上から命じられたとき、心から喜んだのです。ようやく兄上と仲良くなれる機会が巡ってきた、と」


「―ふん」


リオネルは、そっぽを向いた。気まずい雰囲気が流れる。それでもガブリエルは、にこにこと天使の微笑みを振りまいている。


「―ガブリエルさまが合力してくださるなんて、とても心強いわ」


場を取り持つように、シルヴィアが言った。


「応援に来てくださり、ありがとうございます。どうか旦那さまを支えてあげてください」


「無論です、義姉上」


ますます天使の微笑みが輝きを増していった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「何なんだ、あいつは! ちゃらちゃらとニヤけやがって!」


とりあえず、ガブリエルには行軍の疲れを癒やしてもらうため、ギュスターヴの案内で私室に下がってもらった。何を言うにも皇子であることに変わりはない。粗略に扱うわけにはいかないのだ。


「そんなこと仰って。ガブリエルさまは、いつもにこにこ笑っておいでだわ。今に始まったことではないでしょう」


シルヴィアが反論した。それがかえってよくなかったかもしれない。リオネルは、ますます意固地になった。


「お前もガブリエルに会えて嬉しそうだな。城壁じゃ、飛び跳ねてたし」


「……どういう意味ですの? ガブリエルさまは、私にとっても義弟(おとうと)だわ。会えて嬉しく思ってはいけないの?」


「兄弟仲のことは、知っているだろうが。喧嘩しろとまでは言わないが、必要以上にベタベタするな」


「意味がわからない。ガブリエルさまは終始一貫、旦那さまに好意的だわ。仲間は一人でも多い方がいいに決まっているじゃありませんか」


「そんなにガブリエルがいいなら、あいつと結婚したらどうだ?」


「旦那さまっ!? 本気で仰ってるの!?」


「ちょっと! お二人とも、みんなの前で痴話喧嘩はお止めください!」


睨み合う二人に、アニェスが慌てて仲裁に入った。


「―ふんっ!」


二人同時にそっぽを向いた。アニェスは、深いため息をついた。


「……まったく、どうしてこうもお二人は子どもなのかしら。これじゃ、幼年学校の生徒の喧嘩と変わらないわ。―エマ。この人たちはしばらく放っておいて、軍議を進めてくれる?」


「……はい」


笑いをこらえながら、エマが話し始める。


「ガブリエル殿下の参入は、正直想定外でしたが、方針は変わりません。切り札は続行です。効果が現れるまでは、ガイヤールにて待機。ルメール軍の動きには引き続き注視。以上です」


「エマ。一つ気になるんだが」


ギーが言った。


「ガブリエル殿下が仰った暗殺部隊、放っておいていいのか? もし万が一、ガイヤールにも潜入していたら、厄介だと思うが」


「そうね。確かに捨て置くわけにはいかない情報だわ。それが本当にルメール軍なら、ね」


「どういう意味だ?」


「彗星が暗殺という手段を取るなんて、私にはどうしても信じられないの。彼は、超一流の軍略家だわ。暗殺は、二流の軍略家のやることよ」


「よくわからないが、超一流だって、二流の手を使うことはあり得るだろう」


「それはそうだけど、効果は限定的だわ」


「……?」


「わからない? 言葉は悪いけど、適当な指揮官クラスを暗殺したところで、大勢に影響はないわ。それこそ、皇子クラスを暗殺したなら大変な成果だけど、現状はむしろ警戒を強めただけで、逆効果とすら言える」


「だったら、何のために暗殺なんてしたんだ?」


トリュフォーがもっともな疑問を投げかける。


「それは、わからない。わからないけど、暗殺なんて、いかにも麗しき皇子さま方が好みそうな方法だと思わない?」


「えっ!? まさか、内部犯行だと言うのか?」


リオネルが驚いて口を挟んだ。それをアニェスがピシャリと遮る。


「お黙りなさい! 喧嘩している方は軍議に発言権はありません!」


「ちぇっ…」


リオネルは、不貞腐れて足を投げ出した。


「……アニェスさま。そのくらいで赦してさしあげて」


これ以上我慢できないというように、エマはお腹を抱えて笑い出した。


「―そうそう」


ひとしきり笑い転げると、エマは真剣な表情に戻って言った。


「皆さんにお願いがあります。切り札の件、くれぐれもガブリエル殿下にはご内密に。事ここに至って、余計な口出しはしてほしくありませんから」

【裏ショートストーリー】

ラファエル「また、やられた」

ジルベール「暗殺部隊か?」

ラファエル「ちくしょう! いったい誰がこんなことを!」

ジルベール「常識的に考えれば、ルメールだろうな」

ラファエル「『ルメールの彗星』か。おのれ、ミュレールから引きずり出して、首をねじ切ってやるっ」

ジルベール「バカを言うな。そのミュレールが落とせなくて撤退した挙げ句、まんまと峡谷に引きずり込まれて兵を削られたのだぞ。私たちの敵う相手ではない」

ラファエル「ふんっ。負けたのはお前だけだ。俺や父上はまだ負けていない。仕切り直すために、いったん引いただけだ」

ジルベール「それを負けた、というのではないか」

ラファエル「きさま、父上を侮辱するつもりか?」

ジルベール「客観的に情勢を分析しているだけだ」

ラファエル「さては、暗殺はきさまの仕業だな?」

ジルベール「……なぜ、そうなる?」

ラファエル「負けた腹いせに、俺たちにも痛みを与えようというのだろう」

ジルベール「ふざけるな。私の軍にも犠牲が出ているんだ。どうして自軍まで血を流す必要がある」

ラファエル「きさまのように陰謀ばかり巡らしているやつのことなんか、知るか!」

ジルベール「話にならん。これだから脳筋は…」

ラファエル「きさま、黙っていればいつも脳筋呼ばわりしやがって、どちらが支配者か教えてやろうか」

ジルベール「なんだ、聞こえていたのか」

グレゴワール「……何を騒いでおるのだ」

ラファエル・ジルベール「はっ。申し訳ございません」

グレゴワール「ガブリエルを呼べ。あやつをリオネルの元へ送ることにした」

ラファエル・ジルベール「……」

グレゴワール「何をしておる。早く呼べ」

ラファエル・ジルベール「ははっ」

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