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第109話 撤退戦

「そろそろかなあ」


マクシムは、執務室の椅子の上であぐらをかきながら、天井を見上げた。楽しそうに人懐っこい笑顔を浮かべながら。


「丙軍が予定通りロワイエを奪還しました。エテルナがうまく甲軍乙軍を使っていますし、確かにそろそろブランシャール軍に動きが出てきそうです」


「違うよ、ララ。僕が言っているのは、エマのことさ」


「はい…?」


「そろそろ、僕の描いた戦略図に気がつくかなあ、と思ってさ」


「ああ…。マクシムさまご執心のエマですか。しかし、今ごろ気がついても、対処方法は限られるかと」


「そだね。どの方法を取っても被害は免れない。そこをどう判断するかな。楽しみだな」


「……マクシムさま。面白がるのはほどほどに。ルメールの命運がかかっています」


「わかってるよお。でもさ、もうちょっと早く気がつくと思ってたんだよね。意外と手間がかかってるよね。少し買い被り過ぎたかも、ってがっかりしてたとこなんだ。でも、もしこれから最善の手を打てるのなら、やっぱりエマは大した人物だよ」


「また評論家みたいなことを…。我らの目的はあくまでリオネル軍の殲滅。最後に取り逃しては、元も子もありませんよ」


「大丈夫。エテルナに抜かりはないよ。エマが最後の仕掛けに嵌まれば、必ず仕留められる。逃れるすべはもう彼女には残されていないさ」


「失礼します!」


兵士が入ってきた。


「ブランシャール軍に動きがありました」


「動いたか! それで、どう動いた?」


ララが勢い込んで尋ねる。


「全軍、城門前に集まっています」


「ほお〜。力押しで城門を抜くつもりかな? 最悪の手を選んだもんだ。―いや、違うか。撤退のカモフラージュかもね」


マクシムは、み空色の瞳をララに向けた。しかし、それは、ララを見てはいなかった。


「敵軍の後方を重点的に注視して。改めて言うまでもないけど、動きがあったら、すぐに報せてね」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「何で私たちが殿(しんがり)なんですかっ!?」


シルヴィアは、リオネルに噛み付いた。


「しょうがねえだろ。父上が全軍撤退を承知してくれただけ、もっけもんだ」


「だからといって、私たちが貧乏くじ引くことはないでしょうに」


「仕方ありませんわ、お義姉さま」


なだめるようにアニェスが言った。


「誰かがやらねばならぬ役回りなのです。お父さまから命じられた以上、全力を尽くすしかありません」


「それはそうなのですけど…不公平だわ」


シルヴィアは、頰を膨らませた。わかっていることとはいえ、やはりグレゴワールのリオネルに対する扱いは、かなり酷い。


(エルザさまを拐うようにして皇宮に連れてきながら、なんでその子どもに冷たく当たるのかな)


内心、首を傾げる。そんなシルヴィアにリオネルは、温かい視線を向けた。


「―ありがとう、シルヴィア」


「にゃっ!?」


突然、頭を下げられて、あたふたする。


「な、何がですの?」


「俺のために怒ってくれて、とても嬉しいよ」


「そ、それは…だって…旦那さまがあまりにお可哀想…だから…」


「―リオネルさまっ。後方、本軍の撤退が始まりました!」


真っ赤になってうつむいたところへ、ギーが飛んで報せにきた。


「……わかった。彗星どのは、すぐに察知するぞ。シルヴィアも配置につけ。籠城軍を迎え撃つ」


「はい…」


シルヴィアは、フランベルジュを走らせた。


「―ん? セリーヌ。ずいぶんご機嫌だな」


満面の笑みを浮かべるシルヴィアを見て、エーヴが小首を傾げた。


「別にぃ〜」


「……??」


はてな顔のエーヴをおいて、先頭に立つ。


ガブリエルの提案が功を奏して、グレゴワールは全軍撤退を決断した。いったん全軍を城門前に集め、少しずつ後方から退がる手筈だ。


当然、城はブランシャール軍の動きを把握して、追い撃ちをかけてくるに違いない。全軍を無事に逃がすため、リオネル軍が留まって敵を防ぐ役回りをするのである。


「城門が開いたぞ!」


誰かが叫んだ。城から騎兵が飛び出してきた。先頭は女性だ。両手に長剣を握っている。


リオネル軍は、鶴翼の陣で迎え撃つ。まず、右翼の天馬隊が突撃した。敵の左翼にぶつかる。こちらの左翼ではエマの騎馬隊が同じように敵の右翼とぶつかっていた。


騎上、ジュスタン隊が弓を斉射する。ジュスタンの3本矢が炸裂した。敵騎兵が三人同時に落馬する。ジュスタンの弓隊が斉射を続ける中、飛び出した一隊があった。エーヴ隊だった。


矢に追いつくのではないかと思うほどの速さで敵に急接近した。エーヴの剣が煌めき、バタバタと敵騎兵が倒れていく。そのときには、弓を剣に変えたジュスタン隊が敵騎馬隊とぶつかっていた。


城からは歩兵も出てきた。騎馬・歩兵合わせて約5千というところか。おそらく全軍であろう、エマの読み通りである。


天馬隊からは、歩兵のサイノス隊、ミラベル隊が突撃した。中央では、重装歩兵の黒牛隊、徴集兵中心のギー隊が動き出した。


歩兵同士がぶつかる。黒牛隊の破壊力が凄まじい。一触で敵が文字通り粉砕されていく。


破壊力では、サイノス隊も負けてはいない。サイノスの鉄拳が唸りを上げ、敵歩兵が紙か木のように舞い上がっていく。そしてミラベルである。


隊の先頭を走るミラベルは、独特の曲がった形状の剣を振るい、正確に致命傷を与えながら次々と敵を屠っていく。その速さも凄まじく、無表情で疾駆する様はまさに『ブラッディ・ドール』そのものであった。


「……みんな、やるわねえ」


日の丸にペガサスがデザインされた隊旗をヴァレリーが高々と掲げるその下で、シルヴィアは、天馬隊の活躍を頼もしそうに眺めていた。傍らには、サンドラ隊がシルヴィアを守るように控えている。


「調練を重ねてきましたから」


「あっ!? 敵の騎馬隊の女性、見ないと思ったら、あんなところに!」


シルヴィアが指差す先、一軍を率いた女騎兵が大きく迂回し、中央のリオネル本隊目掛け疾駆していた。リオネル本隊を守るようにアニェス隊が動いた。女騎兵は構わず突っ込む。アニェス隊が弾き飛ばされた。一筋の槍のように中心のアニェスを貫く。


しかし。鉄板にでもぶつかったかのように槍が折れ曲がった。勢いが弱まる。アニェス隊は包囲しようと隊を動かした。その瞬間、僅かな隙間を突くように女騎兵が包囲を突破して飛び出してきた。


鉄板のようなアニェス隊の中心。そこには、薔薇の意匠が施された揃いの鎧をまとった軍団がいた。


「あれがアニェス隊のラヴィアンローズです」


サンドラが言う。


「揃いの鎧姿は、何度か見たことあるわ。なんなの、ラヴィアンローズって?」


「アニェスさまに忠誠を誓う親衛隊ですよ、シルヴィアさま。アニェスさまのためなら命もいらないというリオネル軍屈指の忠臣たちです」


「へえーっ。さすがアニェスさま。臣下にも慕われているのねぇ」


「逆にいえば、アニェスさまの言うことしか聞かない強情者連中ですけど」


「……旦那さまの言うことも聞かないの?」


「そのようで。アニェスさまご病床のおり、リオネルさまが隊長を代行なさっていたようですが、扱いに非常にご苦労なさったと伺っております」


「そうなんだ…」


そうこうしているうちに、戦闘は終結しつつあった。敵軍が徐々に城へと戻っていく。最後に女騎兵が一度立ち止まり、辺りを睥睨すると、城内へと消えていった。


それを見定めたように、リオネル本隊から、合図の旗が上がった。


「よしっ! あたしたちも撤退しよう」


エーヴたちを収容した天馬隊は、背後を警戒しながら静かに撤退を開始した。


サンドラは、エーヴ隊を気にする素振りを見せたが、すぐにシルヴィアに続いて戦場を後にした。

【裏ショートストーリー】

アニェス「みんな、ご苦労さま」

ラヴィアンローズA「アニェスさまこそ、お疲れ様でございます」

アニェス「こうしてみんなと一緒に戦うのは久しぶりよね。昨年は、戦いらしい戦いもなく撤退してしまったから」

ラヴィアンローズB「再びアニェスさまの元で戦えることを光栄に存じます」

アニェス「みんなには、心配かけたわ。でも、もう大丈夫。身体も元に戻ったし、お義姉さまという心強い味方も得たし」

ラヴィアンローズA「我ら一同、シルヴィアさまには言葉に尽くせぬほどの恩義を感じております」

ラヴィアンローズB「文字通りアニェスさまの命の恩人。何かの折にお返しする所存」

アニェス「そうね。お義姉さまには天馬隊のお仲間がいるから、めったなことにはならないでしょうけど、何かあればお力添えをお願いね」

ラヴィアンローズA「ははっ!」

ラヴィアンローズB「ルメール戦が終われば、いよいよリオネルさまの天下取りにございますね」

アニェス「いやだわ。気が早いわよ。目の前の戦いに集中しましょ。相手はルメールの彗星よ。この先どんな手を使ってくるかわからないわ」

ラヴィアンローズA「ルメールの彗星がどんな罠を設けていようと、必ずやアニェスさまをお守りいたします」

ラヴィアンローズB「我ら一同、火の玉となって敵を粉砕してご覧に入れます」

アニェス(……頼もしいんだけど、どうにもクソ真面目で面白味がないのが欠点なのよねえ。頼もしいけど面白いお義姉さまって、やっぱり稀有の人なのね)

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