第11話 義姉と義妹のプレゼント交換
「シルヴィアが襲われた?」
フランベルジュは、皮肉そうに口角を上げた。
「シルヴィアに襲われた、の間違いじゃないの?」
「ちょっと! どういう意味よっ!?」
「普段から見境なく喧嘩を吹っ掛けるじゃないの」
「そんなこと、してません! 人聞きの悪いこと言わないでよ。第一、あたしじゃなくて、旦那さまが襲われたのよ。今回は巻き込まれただけだから」
「今回は、ね」
「ほんとにフランベルジュったら、口の減らない。ムカつくっ」
「まあ、みんな無事だったんだから、いいじゃない」
「そうね。相手が弱過ぎというのもあるけど。―ねえ、そうよね、マノン?」
今度はシルヴィアが皮肉たっぷりに問いかける。しかし、そんなことくらいで怯むマノンではなく。
「シルヴィアさまのご活躍には、驚嘆しましたぁ〜」
お人形のような愛らしい笑みで答える。
「賊を瞬殺なさってましたもん。さすが、軍服でお輿入れなさるお方だけのことはありますわぁ」
「……あなたがただの侍女じゃないことは、初めからわかっていたわ。のらりくらりとしていないで、そろそろ白状なさい。あなたは、いったい誰なの?」
「えぇ〜? 私のこと、イジメないでくださいよぉ」
「……ぶりっ子したってダメよ。あなたの本性は、見させてもらったわ。少なくとも、訓練を受けた戦士であることは間違いない」
「私なんかのことより、早くアニェスさまにプレゼントをお持ちしたほうがいいと思いますけどぉ? ご訪問、お約束なさっているんでしょ〜?」
「……」
確かに、もうすぐ約束の時間ではある。
「お約束を違えると、アニェスさまのご機嫌を損ねることになりますよぉ」
「……仕方ない。でも、今夜はじっくり身の上話を聞かせてもらいますからね」
「はい、はい。それじゃあ、行きましょう」
マノンは、ユニコーンのぬいぐるみを抱えた。
「ちょっと! なんであなたが従いてくるのよ?」
「私はシルヴィアさま付きの侍女ですからぁ。ご主人さまのいくところ、どこまでも付き従うのがお仕事でっす!」
「テヘペロじゃないっ! 主人とも思ってないくせに」
一睨みして、立ち上がる。
「―シルヴィアっ。なによ、これ!?」
突然、フランベルジュが騒ぎ始めた。
「なに…って、大根だけど」
ベッドのサイドテーブルに置かれた袋から、大根が顔をのぞかせている。
「そんなこと、見ればわかるよっ。そうじゃなくて、なんでここに置きっぱにするのさ」
「言ったでしょ、八百屋のおかみさんに貰ったって」
「やめてっ!」
大根を突き出されて、フランベルジュは思わず腰を引いた。
「ほれほれっ。さっき、あたしのこと、からかった罰よ」
「ゴメンよ。ボクが悪かった。謝るから勘弁して」
ほとんど泣きが入る。さすがに気の毒になって引っ込めた。
「しょうがない。一緒に持っていくか。アニェスさま、受け取ってくれるかな。―それじゃ、フランベルジュ。行ってくるね」
シルヴィアは、マノンを従えて部屋を出た。
「……フランベルジュ、だいぶ嫌がってましたね。大根が苦手なんですかぁ?」
「世の中で一番嫌いなんだって」
「可愛いっ。お馬さんなら好きそうなのに」
「フランベルジュは馬じゃないわ。聖獣よ。人は未知のものを既存の似たものに置き換えてしまうから、ユニコーンを馬と認識するけど、まったく別物だわ」
「なるほど。ユニコーンは猫耳族の守り神と聞いたことがあります。さすが、よくご存知ですね」
「……あなた、私がフランベルジュと話していても、あまり驚かないのね」
「獣人族の方は、聖獣の言葉がわかるのでしょう? エマさまも話しかけていたし。なにも人間族が世界の中心じゃないんだから、そういうことって、あるんじゃないかな」
「……」
「なぁ〜んてね。私、難しいことはわかんなぁ〜い」
「あなたね、ぶりっ子すれば全部誤魔化せると思ったら、大間違い―」
言いかけて、前方から近づく人影に気が付く。
「義姉上!」
ガブリエルだった。天使の微笑みをたたえて、優雅にお辞儀した。
「町で賊に襲われたそうですね」
「早耳でいらっしゃいますね、殿下」
「お怪我もなく、良かった。もっとも、リオネル兄上が側についていたというから、めったなことにはならないか」
「ええ。旦那さまが守ってくださいましたわ」
「義姉上もご活躍とお聞きしましたよ。抜群の身体能力で敵を瞬殺なさったとか」
「ずいぶん、お詳しいですね」
「僕にも目や耳はありますからね。それを言ったら、リオネル兄上だって独自の目や耳をお持ちですが」
「……」
「お輿入れ早々、皇妃陛下に試験を受けさせられたり、兄上とデートに出掛ければ襲われたり、なかなか気が休まらずお気の毒です」
「ご心配いただいて、ありがとうございます」
「僕の大事な家族ですから。何かお困り事があれば、なんなりとご相談ください」
「幸い、旦那さまやアニェスさまが親身になってくださいますので、ご懸念には及びませんわ」
「そうですか。それは良かった。すっかり馴染んでおられるようで、何よりです。―そうそう、武術が得意な義姉上ならば、軍にご興味がお有りではありませんか?」
「軍…」
「僕たち兄弟は、それぞれ軍を任されています。さしあたり、リオネル兄上の第三軍団を視察なさってはいかが?」
「……」
「あ、これからお出掛けのご様子。お引き止めしてしまって申し訳ありません。これで失礼いたします」
天使の微笑みを残して、ガブリエルは去っていった。
(ガブリエル…。どういう人なのだろう?)
一見、人当たりは柔らかいし、よく気にかけてくれて、親切にいろいろ教えてくれる。現状、情報は姉グロリアの手紙しかない。その手紙にガブリエルはほとんど登場しない。
(情報収集を始める必要があるな)
シルヴィアは、密かに思い定めていた。
「―お義姉さま、お待ちしておりました」
アニェスの部屋に入ると、輝く笑顔に迎えられた。先日と同じ窓際でロッキングチェアに座っている。相変わらずの、神々しい美少女ぶりだ。
「遅かったな。どこで道草食ってた?」
リオネルが冷やかに言う。今日は、最初から同席するつもりのようだ。黒い瞳に怒りの火がほのかに揺れている。ご機嫌ななめらしい。
「アニェスがまだか、まだかとしつこく言うから、迎えに行こうかと思っていたところだったんだぞ」
「申し訳ありません。途中、ガブリエル殿下にお会いして立ち話をしていたものですから」
誇張はあるが、ここはガブリエルに罪を被ってもらおう。
「ガブリエルだと…」
リオネルの顔色が変わった。
「良いではないの、お兄さま。こうしてお出でくださったのだし。―こちらへいらして。私、お義姉さまとお会いするの、とても楽しみにしていたのよ」
「ありがとうございます」
先日と全く同じ位置に座る。マノンはぬいぐるみをシルヴィアに渡し、壁に下がった。
「アニェスさま。私からのプレゼント」
はにかみながら、ぬいぐるみを差し出す。
「まあっ、嬉しい。私のために?」
「ぬいぐるみがお好きと思って」
「可愛いっ。ユニコーンなのね。これは持っていなかったから、とても嬉しいわ。ありがとう、お義姉さま。宝物にします」
アニェスは、ぬいぐるみをその胸に抱き締めた。頬ずりまでしている。やはり、相当ぬいぐるみ好きなようだ。
(アニェスさまったら、子どもみたい。可愛いわ。選んで良かった)
無邪気に喜ぶアニェスに、こちらまで幸福感に満たされる。
「……それから、アニェスさま。これ、貰っていただけます?」
大根を遠慮がちにそっと差し出す。
「八百屋のおかみさんからいただいたという、大根ね」
アニェスは、鈴の音を響かせて笑い転げる。
「お義姉さまって、本当に面白いわ。私に大根を贈ってくださったのは、お義姉さまが初めてよ」
「ごめんなさい。色気もなにもなくて」
「いえいえ。せっかくのお申し出だから、いただくわ。実は、私からもお義姉さまに贈り物を用意しているの。―ソフィ」
「はい、姫さま」
ソフィが恭しく小さな箱を捧げ持ってシルヴィアの前に置いた。
「まあ、私に贈り物…?」
「開けてみて」
「ええ…」
中から、リボンが出てきた。
「あらっ、素敵!」
シルク製のベルベットリボンだった。肌触りがとても気持ちがいい。臙脂色で、先端にはダイヤがあしらわれている。
「嬉しいっ。ありがとう、アニェスさま。早速付けてもいい?」
「もちろんです。是非、見たいわ」
胡桃色の髪をまとめ、リボンを付ける。
「まあ、思ったとおり綺麗! とてもお似合いよ、お義姉さま」
アニェスの顔がパァっと輝いた。
「……どう? 旦那さま」
はにかみながら、リオネルに視線を向けた。ポカンと口を開けていたリオネルは、慌てて咳払いした。
「……似合ってるよ」
「え、聞こえないわ。もっとはっきり仰って」
「似合ってるよ!」
頬を赤らめながら、叩き付けるように言う。しかし、一言付け加えることは忘れなかった。
「ネコにも衣装とは、よく言ったもんだ」
「ネコじゃ、ありません! それに、それを言うなら馬子でしょ、馬子!」
「ふふふっ…!」
アニェスは、またひとしきり笑い転げる。
「お二人は、すっかり仲良しになられたのねえ。お義姉さまがお嫁さまにいらっしゃって、本当に良かったわ」
「……」
アニェスに気に入られるのは、とても嬉しい。しかし、本来は、姉グロリアが妻になるはずだった。グロリアは、周囲に心配りのできる優しい性格だ。シルヴィアは大好きだが、反面大人しいので、ベルトラン家とは相性が良くなかったのかもしれない。それを思うと、複雑な気分になる。
「……それはそうと、武闘集団に襲われたそうですね」
笑いを収めると、アニェスは真剣な眼差しを向けた。
【裏ショートストーリー】
マノン「そういえば、フランベルジュって、ご飯は何を食べるの? 見たことないんだけど」
フランベルジュ「月光や虹を浴びれば充分だよ」
マノン「聖獣だから、人で言う食べ物は必要ないのかもね」
フランベルジュ「たまに、おやつとして花とか実とか食べられれば、なおいいかな」
マノン「女の子なのかな、男の子なのかな。聖獣だから性別がないとか?」
フランベルジュ「コラッ、ひとの股を見るな、股を」
マノン「それらしきものはないね。女の子かな」
フランベルジュ「えっち! すけべ! ヘンタイ!」
マノン「可愛いなぁ。私も飼いたいなぁ」
フランベルジュ「ボクはペットじゃないって」
マノン「シルヴィアさま、いいなぁ。フランベルジュと仲良しだもんね。私も仲良くしたい」
フランベルジュ「触るな!」
マノン「あ、逃げちゃった。シルヴィアさま以外は、絶対触らしてくれないのね」
フランベルジュ「当たり前だろ。人間族なんかキライだよ」
マノン「フランベ〜ルジュ! だぁい好きだよ!」