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第10話 パフェトークとレイドバトル

「わあっ、オシャレなお店ねえ!」


シルヴィアたちは、玩具店から喫茶店へ移動した。リオネルがお茶を飲みたいと言い出したからだ。


それは、天井が吹き抜けとなっている山小屋風のお店だった。シルヴィアが店内を物珍しそうに見回している間に、ギーは男性の店員と一言二言言葉を交わし、窓側のボックス席へと案内されていた。


「シルヴィア! 何してる、こっちへ来い」


リオネルは、いかにも自分が交渉して席を確保したかのように、威張って呼ぶ。


「わあっ、お庭が見えるのね。素敵っ」


手入れが行き届いた庭がよく見える、特等席だった。リオネルが皇族だから特別待遇された…わけではなく、単に客が他にいなかったからである。


ティータイムは過ぎ、混み合う夕方にはまだ早い、中途半端な時間帯だったのだ。


四人は、仲良く同じ席に収まった。身分の違いを申し立てて、別の席に座ろうとしたギーたちを、リオネルが無理矢理引っ張ってきたのである。


店員が注文を伺いに来る。他の三人が紅茶を頼む中、シルヴィアは、コーヒーを頼んだ。店員も含めて、視線が集中した。


「―にゃっ!」


失敗に気付いてハッとする。


「……何だ、その『コー…』何とかというのは?」


リオネルが不審の目を向ける。


(しまった! まだこのときには、コーヒーはないんだった)


カトゥスでは、約2年後、コーヒーが大流行している。というか、パストゥール大陸で流行しているのだ。南のシェルンバッハ大陸からコーヒー豆がブランシャールにもたらされたのが、現時点から約1年後。姉グロリアが珍しい飲み物が流行っていると贈ってくれたのが1年半後。


「ええっと…その…カトゥスでは紅茶のことを『コーチー』というんです。つい言い慣れた言葉が出ちゃって」


「訛りのようなものですか」


ギーが納得したようにうなずいた。


「そ、そうなんです! 私も紅茶でお願いします」


店員が下がっていく。


(ふぅーっ。何とか誤魔化せた)


シルヴィアは、ホッと胸を撫で下ろした。4年前の世界にいることを、常に意識する必要がある。思いも寄らないところで、ボロが出ては元も子もない。


「―ところでシルヴィア。俺はお前の欲しいものを聞いたんだが。それが、なんでアニェスへのプレゼントになるんだよ」


落ち着いたところで、早速リオネルが詰問してきた。


「だって、私、アニェスさまのこと、好きになったのですもの」


「はあ…!?」


「旦那さまに聞かれて、真っ先に思い浮かんだのがアニェスさまへの贈り物だったのです。部屋にたくさんぬいぐるみがあったのを思い出して、きっと好きなんだろうな、と思って」


「そういうことじゃなくてだな…シルヴィアにもあるだろ、自分で使う物というか、好きな物というか…」


「要するに、リオネルさまがシルヴィアさまにプレゼントしたかったんじゃないんですかぁ?」


マノンがお人形のような愛らしい笑みを浮かべながら言った。


「バ、バカ言え。なんで俺が。俺は、ただ、アニェスと仲良くしてくれたお礼をだな―」


珍しくリオネルは、動揺して口ごもる。そこへ店の扉が開いて客が入ってきた。男の三人連れだった。シルヴィアたちの向かいのテーブルに座った。


「結構、お二人はお似合いですよぉ。気が合いそうだし」


「だ、誰が、こんな気の強い女と気が合うもんか」


「何ですって?」


カチン、ときた。


「私のどこが気が強いんですか? 皇妃陛下の威厳には到底及ばないし、エマさまの迫力には圧倒されました。これのどこが気が強いと?」


「―お待たせしました」


リオネルに迫ったちょうどそのタイミングで、店員が紅茶を運んできた。


「ごゆっくりどうぞ」


気勢が削がれて紅茶のカップに目を落とした。


(カップに入った紅茶…。どうしよう…)


「―リオネルさま。よいではないですか」


ギーが半分笑いながら言う。


「せっかくのシルヴィアさまのお心遣い、素直に受けては。アニェスさまには、ご友人が必要です。シルヴィアさまなら、うってつけだと思いますが」


「……」


何が気に入らないのか、リオネルは黙って紅茶をガブ飲みしている。


「シルヴィアさまには、また改めてお礼を差し上げれば良いかと」


また店の扉が開いた。今度は二人連れの男である。店の奥へ進み、シルヴィアたちのすぐ隣の窓側テーブルに座った。


人というのは不思議なもので、客がいれば呼び水となって吸い寄せられるように集まってくる。『サクラ』が有効な理由がわかる気がする。


「……わかったよ。今日のところは受け取っておいてやる」


「受け取ってやる、って…私は、直接アニェスさまに手渡したいわ。なぜ、旦那さまを介さないといけないのですか」


「アニェスの身の回りは、俺が管理している。贈答品も例外じゃない」


「そんなの、変です。それじゃあ、旦那さま。まさかアニェスさまの下着も管理なさっているのですか」


「なっ…!?」


リオネルは、目を白黒させた。


「違うでしょ? きっと、侍女のソフィさまがお手配なさっているはずだわ。だったら、プレゼントくらい、私が手渡しても良いですよね」


「……」


「はいっ、リオネルさまの負けぇ〜」


マノンは、リオネルをからかうように指差した。そして愛らしい笑みをシルヴィアに向けた。


「リオネルさまを言い負かすなんて、やっぱりシルヴィアさまは傑物ですぅ」


「傑物だなんて…ただ私は思ったことを言ったまでで…」


「言える、ということが凄いことなのですよぉ」


また店に客が入ってきた。三人組の男だった。先に入ってきた二人組とは、シルヴィアたちを挟んだ反対側の窓側テーブルに陣取った。


「……ねえ、マノン。一つ聞きたいのだけど」


シルヴィアは、可憐なマノンの視線を見つめ返した。


「あなた、いったい誰なの?」


「……」


「おもちゃ屋さんでは、ギーさまと仲良く遊んでたし、旦那さまとも物怖じせずに話しているし。ただの侍女ではないよね?」


「私は…」


マノンが豹変した。愛らしい笑みはどこかへ消え失せ、厳しい顔つきに変わった。まるでそれは、10代の小娘ではなく大人の表情だった。藍色の目がすぅーと細められた。


刹那。


殺気がシルヴィアに殺到した。腰を浮かせかけた、そのとき。


マノンは指でサバイバルナイフを挟んでいた。間髪入れず空中で一回転させると柄を掴んで投げつける。向かいの席の男がもんどり打ってぶっ倒れた。額のど真ん中にサバイバルナイフが突き立っている。


ほかの二人が小型ナイフを手に襲いかかってきた。しかし、そのときにはマノンは既に男の脇をすり抜けていた。同時に手刀を頸に叩き込む。男は気絶し前のめりに突っ伏す。


残りの一人は、リオネルが腰にぶら下げていた細い鉄棒で打ちのめしていた。返す刀で窓側のテーブルにいた男を殴りつける。男は壁に吹っ飛んだ。窓側テーブルの残り二人は、ギーが相手をしていた。


突き出されたサバイバルナイフをひらりとかわし、マノンと同じ手刀で喉をしたたか打ちつけていた。そのときには男からナイフを奪い、もう一人の胸元に突き刺した。


しかし、シルヴィアは、彼らの活躍を一部始終見届けていたわけではなかった。なぜなら、シルヴィア自身も敵と対峙していたからだ。


反対側の窓側テーブルにいた男二人が、アイアンクローをシルヴィアに突き出した。人間技とは思えない驚異的な跳躍で男たちの頭上を飛び越え、背後に降り立つ。


男たちに振り向く隙も与えず、二人まとめて回し蹴りを一発お見舞いする。男たちは隣のテーブルにぶつかり派手に転がる。手を緩めず一人の男に飛び付き頸を捻る。グキッという骨の折れる嫌な音が響く。


更に立ち上がろうとしたもう一人の頭に、もう一発回し蹴りを喰らわす。男は壁に激突して動かなくなる。首があり得ない方向に曲がっていた。


「ふう…」


軽く手の埃をはたいて、見回す。既に戦闘は終っており、立っているのは、シルヴィアたち四人だけであった。


「何なの、こいつら」


シルヴィアは当然の質問を発した。答えたのはギーだった。


「リオネルさまを狙ってきた暗殺者でしょう」


「へえ」


しつこく詮索しようとは思わなかった。何となくわかるからだ。


「リオネルさま。一人気絶させてありますけど、一応尋問してみますか?」


マノンが尋ねた。いつもののんびりした所作は失せ、テキパキとした動きを見せていた。


「やってみろ。おそらく無駄だろうがな」


マノンは、後ろ手に縛った男に活を入れた。


気がついた男は、周辺を見回し状況を把握すると、不敵な笑みを浮かべた。


「誰に雇われた?」


マノンが首根っこを押さえながら()く。


「……!」


男の口から、カリッという小さな音が漏れた。


「―マノン、止めてっ、毒よ!」


シルヴィアの叫びも虚しく、男は口から泡を吹きながら痙攣すると、絶命した。歯に仕込んだ毒をあおったらしい。


「―まあ、そうだろうな。口を割るわけがない」


リオネルは、あっさりと言う。


「リオネルさま。とりあえず皇宮へ戻りましょう」


「そうだな。皇宮だって別に安全でもないが、あまり長く俺が町中にいると、市民に被害が及ぶ」


リオネルは、壁際で震えてこちらを見ている店員に視線を向けた。


「すまなかった。店を汚しちまって。必ず補償するから勘弁してくれ」


よほど怖かったのか、店員は返事もしない。ギーがつかつかと近づいて、何かを渡した。


「リオネルさま、行きましょう。後始末は、トリュフォーに頼んでおきます」


「わかった。―行くぞ、ネコどの」


リオネルは、さっと身を翻すと、後も見ずに店を出ていった。その背中を慌てて追った。


一つだけ、わかったことがある。


この先何が起こるのかと思うと、ワクワクが止まらない。

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「マノン、やっぱりあなた、強いんじゃないの。体術を使うのね」

マノン「……ええ〜っ? 私、よくわかんなぁ〜い。大きな樹のことですか」

シルヴィア「……それは大樹」

マノン「最近、少し太り気味で」

シルヴィア「……それは体重」

マノン「私が数を数えたら、眠くなぁるぅ〜」

シルヴィア「それは催眠術! ンもうっ、絶対、ワザとだよね。……ギーさま。ギーさまは、マノンのこと、ご存知よね? いったい何者なの?」

ギー「私の口からは何とも申し上げられません」

シルヴィア「……ということは、知ってる、ということじゃないの。なんで教えてくださらないの?」

ギー「確かなことが一つだけ言えます」

シルヴィア「何、何!? 教えて!」

ギー「マノンは、シルヴィアさまの侍女だということです」

シルヴィア「ガクッ。当たり前じゃないの! ……ダメだ、こりゃ」

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