表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/48

第七話 第二形態

 このままだとカマキリと一緒に地面に叩きつけられてしまうため、倒れきる前に跳び、地面に着地する。

 なんか地面久しぶりな気がするわ。

 実際は五分とかかってないが。


 ──まずは……。


 この未だにダラダラ血を流している左腕の対処をせねば。

 このままだと失血死してしまう。


 自己治癒能力を強化出来るんならさっさと塞げよ、と思うかもしれないが、この塞ぐってのが問題で。


 左腕がもげた時、俺はさして動揺しなかった。いや動揺はしてたわ。

 動揺しても悲観はしなかった。

 クルクル空を舞う自身の腕を見て、『ああ後で回収しなきゃな』程度の反応だった。

 これから先、左腕無しの生活を想像して嘆いたりもしなかった。


 何故か。

 お察しの通りくっつけられるからである。

 切り落とされた腕に中級治癒薬を掛けることで接合することができるのだ。

 ただ、傷が完全に塞がってしまうと接合させられない。


 自然に止まる血の量でもない。対処する必要がある。

 求められる結果は傷を塞ぎきらず、出血を止める程度の治癒に収める、だ。


 当然俺も自己治癒能力を強化できているか確認するために自らの腕を傷つけ、治すということを何度かしたが、その際完全に傷を治している。


 中途半端な回復なんかしたことは無いが、やるしかない。


 フッ、フッ。フンッ、フッ。


 あまり篭める力が弱いと自己治癒能力の強化が発動せず、かと言って一気にやってしまうと完全に塞がってしまうので少しずつ力を強めていく。


 ──もうこれでいいか……。


 出血が完全に止まったわけでは無く、ボタボタ出てきているが、あまりこんなことに時間をかける訳にはいかない。


 次。銀髪少女が無事かどうかを確認する。


 ビルの隙間に置いてきた銀髪少女の近くに蟲が来たらすぐに対応出来るように、戦闘中でも付近の気配を探っておくつもりだったが、左腕が吹っ飛んだあたりでそっちに割くリソースを脳内シミュレータにまわしていた。


 気配を探すとカマキリを挟んだ向こう側の方でうろちょろしているようだ。

 もう目を覚ましたみたいだ。このまま自分で逃げるんならそれはそれでいい。


 でも俺の腕もそっちの方に飛んでんだよなぁ……。


 警戒させたくないし、あと電車内でめちゃくちゃ睨んできた件について解決していないからあんま近づきたくない。

 が、左腕を蟲に食べられたらくっつけられない。


 上級治癒薬を使えば切断面から腕を生やすことも出来るらしいが、かかる時間と費用が段違いだ。

 生やすには何ヶ月単位、場合によっては年単位かかるが、繋げるのはなんと十分ほどらしい。


 そんなわけで嫌でも行かねば。

 カマキリの横を通る。死んでるとわかっていてもなんか怖いな。


 ──ビクッと動いた!


 思わず飛び退る。普段優雅で優美な動きを心掛けている俺らしくもなく無様な動きだったと思う。


 蟲が《《虫》》だった頃。一部の虫は頭が無くても体が動くことがあったらしい。

 ただ《《蟲》》ではありえない。

 蟲はその巨体を動かすために琥珀素を──無意識に、らしい──使用している。

 人も蟲も琥珀素を操るのは脳だ。

 それゆえ蟲は頭が、というか脳(中枢神経系)がダメになるとぴくりとも動かない。


 それなのに動いたということは、倒せていないということだ。

 確実に倒せた手応えだったが……。


 カマキリと少し距離をとったまま、構える。


 今のうちに逃げるか? ただ左腕は回収したい。

 横に倒れたカマキリは道路を大きく塞いでいる。横を通ろうにも結構接近する必要がある。


 今もあんなに深くナイフが刺さっているんだ。先程までの様な動きはできないだろうが……。


 左腕が正確にどこに落ちたかを把握出来てない以上、なんにしたってカマキリは邪魔だ。

 最後の力を振り絞ってちょっと動いただけか、まだ元気に動けるのかを確認したい。


 そうしてカマキリを注視する。

 動くにしても脚をバタつかせるとか、立ち上がるとかを予想していた。


 しかし、予想を裏切りカマキリの腹部が奇妙に蠢くと、勢いよく腹を破り茶褐色の細長い蟲が姿を表した。




 E級蟲 ハリガネムシ


 前時代──蟲が虫だった時代。蟲の塔発現前のこと──とは大きく生態が変わった蟲で、他の蟲の体内に勝手に住み、栄養(琥珀素)を掠め取る寄生蟲だ。


 水棲蟲で、宿主が死ぬと腹を突き破って出てきて、陸上なら近くの水場に飛び込む。

 近くに水場がないときは近くの生き物に寄生し、脳に干渉して水場に誘導する。


 この場合では俺だ。



 横たわったカマキリの腹部からニュルニュルと出てくるハリガネムシは、その細長い体で絡まる様に歪な円を描く。


 どこにそんな長い体が入ってたんだ……。

 体を折りたたんで潜んでたんだろうが、カマキリの体長よりも長い。

 カマキリのお腹がパンパンだったのは人とかを沢山食べたから、だけでなくハリガネムシが詰まっていたからみたいだ。


 まずいな。弱ったカマキリにならどうとでも対処できると思っていたが、ただお腹の中に居ただけのハリガネムシはなんの消耗もしていない。

 対する俺はギフトも長時間使っているし、血も大分減っている。今すぐ家に帰ってご飯食って寝たいぐらい消耗している。

 正直、体がふらついていた。


 ──せめて、蟲具があれば……。


 蟲具があればE級蟲なぞ一発だ。

 いや、一発は無理かも。脳(中枢神経系)がどの辺にあるかわからん。


 嫌だが、長時間戦闘を覚悟せねばなるまい。

 ハリガネムシの攻撃を避けたり、拳で弾いたりして防蟲官の到着を待つ。

 あるいは戦闘中、隙を見てカマキリに刺さったままのナイフを回収してハリガネムシを倒す。とても深く刺さっているので、ちょっとの隙ではダメだろう。大きな隙を待つ。


 どっちにしろ長くなりそうだ。


 内心ため息を吐きながら、右腕を構えると、丁度カマキリの中から全身を出せたようで、先っちょを俺に向け、照準を合わせる。


 軌道は俺の腹を突き刺すものだ。そのまま中に入り、俺に寄生するつもりだろう。どう考えてもその長さは俺の中に入りきらないだろうが。蟲にそんなこと言っても無駄か。


 まずは余裕が残っているうちに渾身の一撃を食らわせ、弾く。これで大きな隙が出来ればナイフを回収する。出来なければ諦めて防蟲官を待とう。

 方針決定。


 カクついた奇妙な動きで頭を突き出してくるハリガネムシ。


 迎え撃とうと、力いっぱい拳を振るう俺。


 外皮に霜が走り、《《凍りついた》》様に固まるハリガネムシ。


 そのまま振り抜き冷凍ハリガネムシを砕く俺。


「……は?」

「大丈夫!?」


 状況を理解出来ず呆然と固まる俺に心配そうな声が掛けられた。


 カマキリの死骸を跳ねる様にして跨ぎ、こちらに近づく《《銀髪少女》》。


 どうやらレアギフトでハリガネムシを凍らせ、助けてくれたようだ。


「ありがとうございます。助かりました」


 太陽も恥じらうような爽やかな笑顔を向け、礼を言う。

 銀髪少女はなんか微妙な顔をしていた。

 俺の笑顔を見てその反応は前代未聞だぞ。いや、店主さんにも無視されてたわ。


 え? 俺の笑顔って俺が思っているよりも価値がない?

 いや、そんなはずは……。


「あ! それ、持ってきてくれたんですか! ありがとうございます」

「いえ、気にしないで……」


 よく見ると銀髪少女は飛んでった俺の左腕を抱き抱える様にして持っていた。

 その礼を言っても再び微妙な表情をする銀髪少女。

 なんだ? 俺が微妙だからそんな顔すんのか? かなしい。


 涙を堪える様に上を向く。いや、これくらいで泣かないけどね? 念の為ね?


 ──って、あれ防蟲官じゃね?


 目線の先には空を駆ける防蟲官の姿があった。


「え、なに、どうしたのよ。あっ防蟲官! おーい、ここでーす!」


 首を上げ呆然と空を見上げる俺の目線を辿り、一緒に首を上げた銀髪少女も防蟲官を見つけたようだ。

 手を振り防蟲官に救助を求めている。


 それを見ながら、俺は崩れ落ちるように膝を突く。

 安心してか力が抜けた。

 思っていたよりも俺の体はずっと消耗していたようだ。立ち上がれない。


「ちょっ! ちょっと、大丈夫!? すいませーん! ここ! ここでーす!」


 急に膝を突いた俺を見て慌ててさらに防蟲官に呼びかける。

 より大きく、より目立つためにか俺の左腕も勢いよく振っている。

 あの……それ大事なものなんで、もう少し丁寧に扱って?


 やっと気づいて防蟲官がこちらに向かって来てくれた。

 とはいえはっきりとは見えなかった。

 なんだかもう目が霞んで、瞼も落ちてきて……。


 防蟲官も来たしもう休んでいいよね?


「だ、ダメよ! 寝たら死ぬわよ! しっかりして!」


 そんな雪山じゃないんだから……。

 ちょっと休むだけだから……。


「待って! ダメ! 目を覚まして! ケンくん!」


 いやほんと。大丈夫だから。


 銀髪少女は涙を流しているようだった。

 安心させたくて大丈夫だと言ったつもりだが、実際に発声できていたかどうか。


 そのまま俺の意識は闇に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ