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第一話 出頭!埼玉基地

『蟲の塔の発現』

 西暦二〇四二年七月二十一日。

 日本海沿岸部に三匹の巨大なムカデが現れた。

 ビルを何棟も束ねたような大きさで、時折のたうつ様にして街を破壊しながら東進し、ある程度開けた場所で頭を深く地面に突き刺し、体を持ち上げ逆立ちの体勢になった。

 するとムカデは膨らむように体の形を変えると、巨大な黒光りする塔へと身を変じさせた。


 蟲の塔は、青森県 萱野高原と東京都 立川市 国営昭和記念公園と京都市 左京区 宝ヶ池公園の三箇所に現れ、それぞれの周囲の人の領域は北都(ほくと)東都(とうと)西都(せいと)と呼ばれる。



 ■■■



 東都 埼玉県 さいたま市 防蟲隊埼玉基地前


 大きく、無骨な門。中央には門衛が待機する小部屋がある。


 あそこで行政メールを見せればいいんだろうか。

 まあ、まだ早い。もう少ししたら行こう。


 昨晩は山田うどんだけではなく、様々な飲食店を巡り、暴食の限りを尽くした。最後の晩餐になるかもしれないからだ。

 今日の朝、昼も冷蔵庫の中や冷凍食品を食べ尽くす勢いで食事をとった。最後の朝餐、昼餐になるかもしれないからだ。


 いやまあ殺されはしないと思うんだけどね?


 昨日はめちゃくちゃビビっていたが、殺されたり捕まったりはしないだろう。

 話を聞きたいって言うんなら、そのまんま昨日の蟲害について話せばいい。


 今日の俺は腹いっぱいで元気いっぱい!

 誰でもかかってこいやぁ!


「……っと」


 もういい時間だ。門衛さんに行政メールを見せ、IDを提示し無事基地内へ入れてもらう。


「あちらに見える、あの棟へお入りになってお待ちください」


 手でさし示される方向には四角い建物の入口があった。


 あ、俺一人で行くのね。なんかこういうところだと、招待客が変なとこに入ったりしないように常に案内役がつくイメージがあった。


 一人で歩くと『不審者がいるぞ!』みたいなことになりそうで嫌だったんだが……。


 まあ門衛さんも忙しいだろうし、俺が変なところに行こうとすればここからでも見える。


 これなら、俺がトラブルに巻き込まれても門衛さんが助けてくれるだろう。


 門衛さんに案内の礼を言い、指示に従う。


 ガラス製の両開きのドアを開け中に入る。

 印象としては飾り気のないシンプルな内装だな、という感じだ。


 中に入って、ってことはここで待てばいいんだよな。


 しばし、ぼーっと待つ。なにか考えるとまた悪い方に向かってしまいそうなので努めて。


 すると早歩きしているような足音が聞こえ、そちらに体を向ける。


「お待たせしました」


 そこには怜悧そうな瞳をこちらに向ける金髪の女性がいた。

 俺は思わず固まった。


浦和(うらわ) 賢太郎(けんたろう)くんですね」

「……はい」


 浦和 賢太郎。それは俺の名前だ。固まっていても、ずっと共に生きてきた己の名には反応できた。


 俺が固まってしまったのは、美人なお姉さんにドギマギしてしまったからではもちろん無い。

 顔と肩の階級章を交互に見る。


「申し遅れました。私は防蟲隊埼玉基地 副司令 成宮(なるみや) (れい)一等防佐です。本日はこのような所までお越しいただきありがとうございます」


 にこりともせず、真面目な顔で告げられた謝辞に反応出来ず、敬礼しながら告げられた彼女の役職に意識が持ってかれたのは仕方の無い事だろう。


 埼玉基地 副司令。それはつまりここのナンバーツーだ。

 俺は今、俺をこの基地に呼び出したやつに会いに行くため、そいつのいる所へ連れて行ってくれる案内役を待っていたはず。

 ナンバーツーが案内役? おかしいだろ。副司令の仕事じゃない。


 ここにきて再び『ただ話をするだけ』ってのが信じられなくなってきた。


「こちらです」と手のひらで通路を指し、俺の右斜め前を歩き出した成宮副司令について行く。


 歩きながら、喉が詰まるような感覚を覚えた。零れ落ちるんじゃないかと心配になるほどの手汗をかいている。


「左腕はもう大丈夫ですか?」


 成宮副司令は世間話をするように声を掛けてきた。


「ええ、はい。大丈夫です」

「そうですか」


 話が終わった。いつもならもう少し続けようともするだろうが、今はそんな余裕がない。


 ──なんで急に俺の左腕の話をしだしたんだ?


 マフィア物によくある、『お前の娘、こないだ四歳になったんだってな』系の情報把握してるぜ的な脅しか?


 ……いや、落ち着け。蟲害の時の怪我だ。防蟲隊なら知っていてもおかしくないだろう。……おかしくない? ほんとに? 埼玉基地の人が知ってるのはおかしくないか?


 俺がここまで混乱するのも無理ないことだとわかってほしい。


 案内された先に副司令がいてもビビるというのに、その副司令が案内役だ。


 そしてナンバーツーを案内役にできるのは……。


「こちらです」


 そう言って黒檀色の重厚な扉の前で止まる。


「お連れしました」

「入れ」


 ノックして告げる言葉に、すぐに扉の向こうからくぐもった返事が聞こえた。


「どうぞ」


 扉を開き俺を導く成宮副司令。


 覚悟を決めよう。どう考えてもこの状況は尋常なことでは無い。

 ただ、背中は曲げずにいこう。


「失礼します」


 中に入るとすぐに目に入ったのは、どっしりとした机に不釣り合いな《《少女》》。


「よく、来てくれたね。浦和 賢太郎くん。呼び立ててすまないな」


 可愛らしい声。さっぱりとした口調。そして確かに感じる威厳。

 全てがアンバランスだった。


 通称 最強の大隊、最強の大隊長。


「ワタシは防蟲隊埼玉基地 司令、日比谷(ひびや) 穂乃香(ほのか)防将補だ」

「浦和 賢太郎。……学生です」


 にっこりと笑みを浮かべた、この基地のナンバーワンによる挨拶に、何を返せばいいのか分からなかった。のでとりあえず自己紹介を返した。


 気持ちで負けないために、司令様のように名前の前後に役職や階級を入れたかったが、俺が持っているのは高校生の身分だけだった。



 ■■■



『大蟲災』

 蟲の塔が発現したのと同時にいくつかのことが起こった。


 一つ目。世界に蟲が撒かれた。

 蟲の塔のてっぺんから蟲が現れ、蟲の塔から逃げるように離れていく。そうなると、弱い蟲は強くて移動スピードの速い蟲と蟲の塔の間に挟まれることになる。

 蟲の塔から離れたいが、さりとて強い蟲の行った方にも行きたくない、という蟲が蟲の塔周囲百km圏内であってもその場に留まった。

 まごついていた蟲も、近くいい感じの餌があることが分かると、とりあえず腹ごしらえと言わんばかりに周囲の人を襲い、食べた。


 二つ目。虫が消えた。

 飼育下のものも、野生のものも、更には標本すらも。

 おもちゃや映像までもが消えた訳ではない。


 三つ目。世界が謎の物質に満ちた。

 後に琥珀素と名付けられるそれは人々の体を蝕んだ。

 頭痛や軽い吐き気だけの人もいれば、体を起こすことすら困難になってしまった人もいる。

 ただ、中には全く悪影響を受けなかった人もいた。

 それどころか、後にレアギフトと呼ばれる不思議な力を使った。

 彼らを【覚醒者】という。


 軽く体調を崩していた程度の者たちは一月程で症状が治まり、不思議な力を使えるようになった。

 彼らを【適応者】という。


 それ以外の、重い症状が出ていた者たちは適応出来ずに亡くなった。



 これらのことをまとめて大蟲災という。



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