表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

背信

作者: 所 滝高

数年前、薬物使用で世間を騒がせたシンガーソングライター陣の復帰が真しやかに囁かれていた。心に突き刺さる歌詞とやや擦れたハスキーボイスが万人を魅了し今尚人気を博していた。


本当に罪の意識と償いをし、猛省をしたのかは定かではない。しかし、ここ最近になり復帰の噂が囁かれている。世間的には、『まだ早い』や『そもそも薬物使用で前科のついた人間がなぜ表舞台に舞い戻れるんだ』。と言った辛辣な意見も飛んでいる。

それとは逆に、刑期を終えた後、あまり報道されていない善意活動で充分に罪を償ったし、彼の才能や楽曲に罪はない。と言ったファンの意見も少なくない。

復帰の噂が立ってからは逆に、数年前に不買運動をおこしていた歌手、役者、バラエティ番組の司会など、マルチに活躍する小田嶋が、数年前のSNSの発言をほじくり返され叩かれていた。


しかし仮に、一般社会の中で薬物使用で逮捕された人間が居たのなら会社を解雇は妥当。例えその人間が会社に居なくてはならない存在だとしても。それが例え罪を償って刑期を終えたとしても。社会的には、どんなに態度で示しても懐疑的な目で見られる視線はゼロにはならない。 

多くのファンが居て、彼の楽曲で感動し勇気づけられ、中には彼の楽曲のお陰で踏み出せなかったあと一歩を踏み出して成功した人間。そんな人達が世の中には数え切れないほどいる。たった一度の過ちで全てを否定し、全てを抹殺してしまうのは如何なものか。そんな風潮が膨らみかけた最中、陣は待望の新曲で復帰の発表がなされた。

音楽サイトでの再生数も話題を呼び、生放送の音楽番組への出演も果たした。しかし、その1週間後に彼は再び逮捕された。


人気お笑い芸人イルマが司会をする生放送の歌番組。高学歴でヲタク気質なイルマは、時に真面目に、時に軽妙な語り口で、フリークと呼ばれるような人間にしか知り得ない色々なジャンルの情報をサラッと語り、テレビの向こう側にいるヲタクをも唸らせ、それ以外の人達にも理解しやすい語り口が人気となってる。

物腰が柔らかく、嘘か本当か、一般人でも気が合うと連絡先を交換してしまうくらい分け隔てのない人間性でも知られている。

番組中、そんなイルマと全く話しが噛み合っていなかった。明らかにイルマは会話中も戸惑いの表情を見せていた。

『メジャーリーグのピッチャーが投げる変化球を、草野球のキャッチャーが受けるようなもので、どの球も変化する角度が凄すぎて、僕にはキャッチ出来ず後ろに逸らしてしまいました』

と、イルマは噛み合わない話しを笑いに変えられず、自身の至らぬ所を頭を掻きながら笑顔で誤魔化した。そして、スタジオとテレビの前の人達が噛み合っていなかった二人の会話にモヤモヤと違和感を感じながら、陣に曲の準備を促した。

しかし、陣はそこでもテレビの前の視聴者の頭を混乱させる。バラード主体の陣の楽曲。最後に綺麗なビブラートを効かせ歌い終えた。そこまでは良かった。その後、彼は信じられない行動に出る。突然、マイクスタンドをへし折り、マイクを床に叩きつけ、そのマイクを叩きつける音がテレビの前の視聴者に大音量で響いた。そして、目を瞑り肩で息をしながら恍惚の表情を見せる陣。

そこで、イルマにカメラは切り替わった。生放送の瞬時の対応にも慣れた百戦錬磨のイルマもさすがに呆気にとられていた。もう少しで放送事故になるくらいの間が空いていた。

『鬼気迫るものがありましたね』

と、明らかに動揺を隠せていない表情。必死に苦笑いで誤魔化しながら次の歌手の紹介に移した。

ロックバンドが曲終わりにテンションが上がり楽器を破壊してしまうシーンはあり得る世界観。しかし、陣の楽曲はバラード。彼の復帰前のキャラクターを鑑みるなら、真逆であり対極にある行動だった。

放送後、直ぐにSNS上がざわつき憶測が飛び交った。

それと同時に警察もマークを強めた。何故なら復帰の噂が立った頃から、警察もマークする反社会的勢力と繋がりがある店主の中華料理店への注文が増えていたからだ。

そのお店、注文する料理とともに隠語を付け加えると、料理とともに薬物が配達される仕組みとなっていた。

『チャーシュー麺チャーシュー抜きで』

『量はどうします?』

『少なめで』

一見、違和感のない注文のやりとりに聞こえてしまう。しかし、チャーシュー麺のチャーシュー抜きならば普通のラーメンを注文するべきではないか。それと、店主が麺の量の指定を聞くのも薬物の量を示しての事だった。注文を聞き終えると店主は、器の裏側にある窪みに薬物を貼り付け配達員に配達させていた。


ここ最近、陣の住むマンションへの配達も増えていた。チャンスを誤ると現行犯逮捕が難しくなり警察も慎重になっていた。

そんな時、中華料理店のある地域でパトロール中の警察官を見て目を逸らした夜のお店で働く男がいた。職務質問をした所、薬物所持で現行犯逮捕。その男もまた、夜のお店にあの中華料理店から隠語を付けて注文をしていた。

男の供述であの中華料理店に一斉捜査が入った。タイミングも陣のマンションに配達が終わり配達員が帰ってきたタイミングだった。陣のマンションへ複数の警察官が向かうと、ラップが巻かれ、チャーシューのない手付かずの伸びきったラーメンがテーブルの上に無造作に置かれていた。陣は無抵抗で二度目の現行犯逮捕に至った。


陣の逮捕の報道がされた日。過去の不買運動をほじくり返され、SNS上で叩かれていた小田嶋が息を吹き返し形成が逆転、したかに思えた。が、その半月後にもう一人の男が逮捕された。それが、小田嶋だった。世間は陣の逮捕の余韻が冷めやらぬ内の小田嶋の逮捕で再びざわついた。

陣が逮捕される随分前から現行犯逮捕されるきっかけとなったリークがあった。それは、公衆電話からの匿名でのリークだった。薬物使用をしている人間にしか知り得ないあの中華料理店。その情報を、何時も同じ公衆電話でリークする一人の男の存在が浮かんだ。それが、小田嶋だった。

陣が中華料理店から注文を頼んだ後、暫くしてその電話は必ず来た。警察は、この関連づける理由が欲しかったがあっさり謎は解かれた。

昔から黒い噂が絶えなかった小田嶋。自身が広告塔となり、嘘の投資話しで何人もの人間から少額のお金を騙し取っていた。

逮捕の際、警察による追求で反社会的勢力との繋がりが発覚。あの中華料理店の顧客に陣がいる情報を仕入れていた小田嶋は、麻雀仲間であった陣にだいぶ搾り取られていた為、その腹いせに不買運動とともに陣のリークを思いついたのだと言う。そして、1度目の陣の逮捕もまた小田嶋の仕業だった。


陣の二度目の逮捕後、事実上の引退が決定的となった。SNS上でも陣の復帰の見込みは消え、CD廃盤化と店舗販売停止の噂がたった。逮捕直前に出した楽曲の良さも相俟って、陣の過去の楽曲も音楽サイト上位に複数ランク。CDの売り上げも上昇、高額転売でアルバム一枚が数十万の高値が付き、逮捕報道とは別の意味で再び世間を騒がせた。


二度目の逮捕後も尚、陣の熱狂的ファンであり続ける事を公言する事で周りから見られる蔑む視線。それに対するファンの苦悩。彼は塀の中で今、何を想うのか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ