むかしむかし 〜プロローグ〜
神様や精霊が見えなくなっても、妖精や聖獣、竜が側にいるのが見えなくなっても、いると信じられている。
そんな世界の物語。
イナジス王国には古くから言い伝えられている昔話がある。
むかしむかし。
まだ神と精霊が、そして妖精と聖獣と竜が人々の側にいてくれた頃、神の御使いと聖獣と竜の守り人が手を取り合い人と一緒に仲良く暮らしていた。
神と精霊の声や力を妖精や聖獣や竜が運び、それを御使いと守り人が人々に言葉にして伝えていた。
御使いや守り人は妖精を肩に乗せ聖獣や竜の背に乗り、神や精霊の意思を人々に伝え、全ての悪きものから守ってくれた。
また、御使いや守り人にはただ人にはない不思議な力があり、風や水、火や光といった万物を司る不思議な力を使うことができ、それは神力と呼ばれていた。
「ふ〜ん、神力ねぇ」
ガラガラと幌馬車に揺られながら、御者が話してくれるイナジス王国に伝わる昔話を聞いていたのは、旅人のような風貌をしている20代半ばと思われる青年だった。
均整のとれた体躯、すらっと伸びた手足、そして目鼻立ちがハッキリとしているが、無精髭を伸ばし燃えるような赤髪を無造作にゆわっている。
身綺麗にしていれば誰もが振り返るイケメンと呼ばれる部類に入るであろう顔立ちで,2メートルはあろうかと思われるほどとても背が高かった。
「あぁ。今は神や聖獣、竜はこの世に存在していたとは思われちゃいねぇし、神力なんて不思議な力を持つ方は神殿におられる神官様でも本当に使えるんだかどうだかわかんねぇな。ま、俺らのような田舎もんには一生に一度会えるかどうか分かんねぇ尊いお方だからどっちでもいいけどね。でも、昔話は変わらず人気があるな」
「興味ある話だな。神や聖獣、竜への信仰は薄れ精霊信仰だけが残ったのはなんでだろうなぁ」
「んだなぁ。俺らも深く考えたことないし何でか分かんないが、精霊様はいつでも俺らの側に居て下さって、見守り導き下さるんだからありがてぇよな。そして精霊様の下部の妖精は俺らには見えねぇがそこら辺を飛んでんじゃねぇか」
精霊信仰が強いイナジス王国では全ての物に精霊が宿り、人々の生活を陰ながら見守り助けてくれていると考えられている。
そして精霊の使いとして妖精が力を分け与えてくれると考えられている。
しかしその姿を見れる者はいない・・・
「妖精ねぇ〜。俺の側にもいるのかな」
青年は自分の頭の上で大の字になって寝ているであろう、緑の髪に背には4枚羽のある小さな小さな男の子を思い浮かべ、口の端を少し上げて笑ったのだった。
馬車は町外れの森の前で止まった。
「悪いがここまでしか案内はできないんだ。すまねぇ」
「いやいやこちらこそこんなとこまで案内してもらって助かったよ。これは約束の案内料だ」
青年は袋に入った貨幣を御者に渡すと、御者は頭を下げ受け取ると青年を下ろし、今来た街へと戻って行った。
帰っていく馬車が見えなくなると、辺りには誰も居なくなり心地よい風だけが吹いていた。
「さてと」
青年は掛け声と共に荷物を背負い直すと森に向かって歩き出した。
森の中に入ると木漏れ日が木々の間から降り注ぎ、光のある美しい空間が続いていた。
その中を青年はのんびり歩いていた。
「おーい、起きろ!!珍しく森の外まで出てきたと思ったら人の頭の上でグースカ寝出すとは、相変わらず図太い妖精だなぁ」
歩きながら頭の上にいる妖精を傷つけないよう指先でつつくようにして起こそうと声をかける。
「もう飲めないよ〜いひひひひ」
「意地汚い夢を見ているなぁ。こりゃダメだ。さて・・・どっちに行けばいいか。案内役が寝てるからなぁ」
青年は周りの気配を探るように目を閉じ、しばらくじっとしていたが、バチっと瞳を開く。
その瞳は先ほどとは打って変わり、真剣な意思のある力強さが宿っていた。
「あっちか?!」
自分の本能に従うように森の奥に向かって歩きだしたのだった。