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前編 ~ その若き猛り

 これより述べるは今から20年以上前、スマートフォンなどは存在しなく、携帯電話も一部の者しか所有していなかった平成初頭の頃、筆者である「私」が新入社員研修の期間中であった4月の穏やかな夜の出来事である。


 3月に大学を卒業後4月を迎えると、私は就職先であった企業の東京本社近くのホテルで入社式を済ませると、同日中に和歌山県の南紀白浜に船で連行され、周囲には海と山しかない研修所で半監禁状態のまま2週間ほど過ごさねばならなかった。

 当時は上場していなかったが現在では東証スタンダードに上場している企業であり、同期入社の新社会人は当時50名ほどはいたであろうか。9割ほどは男性であった。その研修所では某飛脚便の会社も早朝から社訓を大声で唱和するような体育会系の新入社員研修を行っており、同日に入所した私達よりも先に研修所を去ったと記憶している。

 朝は6時に起床の後に南紀の白い砂浜をマラソン、日の昇る水平線に向かって今の心情を叫ぶことを強要されることもあった。昼は退屈な講義や討論、夜は9時に消灯、指導役の鬼教官の先輩、外出禁止に禁酒の日々。

 学生気分を排除するための企業の洗脳プログラムであったと言えよう。


 そして10日ほど過ぎ、いよいよ合宿研修の日程も終盤に差し掛かろうとすると、そこは20代前半の年頃の男であるので、発散することのできない性欲にフラストレーションを抱えるものである。まさか男6人ほどのタコ部屋で自慰行為をするわけにもいくまい。

 そんな抑制された心理状態の中、夜の自由時間に皆でロビーでテレビなどを見て談笑をしていると、鬼教官の先輩が何気なしに魅惑の一言を発した。


「この近くに風俗店があるぞ。」

 この男は読心術の心得でもあるのか、と思いつつも私は平静を装ったふうで尋ねた。

「何て名前の店なんスか?」

「ブルーハワイだ。」


(ブルーハワイ)


 私はその陳腐な単語を脳に刻み、店の場所を聞き出すと、同期の中から決死隊を募り、外出禁止令が発令されている研修所から一時抜け出すことを決意した。

 メンバーは私を含めて3人。

「コアラ」…決して愛らしい顔ではないのだが、間抜け面した寝顔がどこかコアラに似ている好色男子。

「主任」…初心表明の際に「1年で主任になります。」と発言したばかりにあだ名が主任。年上の彼女持ち。

 他の者達は懲罰を恐れてか、不参加を決め込んだ。こんな監獄のような生活の中、学生気分も抜けきって早くも守りを固めたのであろうか。

 まあいい、1時間で戻ってくれば夜の点呼の際に発覚する心配もあるまい。

 私は私服、主任はそのあだ名にふさわしくスーツ、コアラは合宿所のダサいジャージという三者三様の格好で、私達はこの強制収容所のような場所から抜け出し、夜の闇の中に溶け込んだ。

 さあ行こう、目指すはブルーハワイ。季節は4月、頬を撫でる夜の風はまだ冷たいが、そこはきっと常夏の楽園だ。

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