どうして……?
1時間ほど経ち、集まっていた人も各々解散していた。わたしはその場に立っていた。顔に水滴が当たる。雨が降ってきたのだろうか。
「……行かなきゃ」
そう呟き、やっとの思いで体を動かす。師匠に言われた通り、この街から離れなければ。
街外れの停留所に着き、乗り物に乗る。ちょうど定刻だったらしく、2匹の6本足の獣に引っ張られ、乗り物が動き出す。そこにいる乗客は口々にあの話をしている。
「いやぁ、間近で見るとグロテスクだったな、ヒトが間近で首切られるのは」
「亜人の長と言えど、首切っちまえば死ぬんだな」
「亜人でしょ?祟りとかないのかねぇ?」
「神を信じれば、祟りなど怖くありませんよ」
「最期になんか言ってたけど、あれなんだったんだろうね?」
「さぁ?」
これ以上話を聞きたくない。そう思い、言葉が届かないように遮断する魔法をかける。いまにも泣き叫びたい気持ちを抑えて、外だけを見つめる。
どれくらいの時間が経ったのだろう。次の街らしき石造りの壁が見えた。そこで降りる乗客と一緒に、わたしも降りることにした。師匠には「もう少し離れた街へ」と言われていたが、いますぐに降りたい気分だった。
お金を渡し、乗り物が次の街に向けて動き出す。一緒に降りた客が街の中に入って行く姿を見送り、わたしは一人で逆の方向へ歩き出す。こちらの地域の方が雨が降っているが、魔法も使わず、ただ雨に打たれるだけだった。
「うぅ……うわぁぁ……わあぁぁぁぁ……」
抑えていた気持ちが溢れ出し、嗚咽する。師匠と初めて出会った時とは違い、静かに泣いた。泣きながら、ただひたすら歩き続けた。
気づいた頃には先ほどの街より離れた森の中にいた。洞穴を見つけ、その中で雨宿りをしていた。声はとうにかすれ、涙だけが出続ける。
どうしてこうなってしまったのだろう。
何を間違えてしまったのだろう。
何をすればよかったのだろう。
どうして師匠は──
頭の中に同じ問いが繰り返される。思考を放棄してしまいたいが、後悔する気持ちが考える事を止めようとしない。忘れるように言われたが、忘れられるわけがなかった。
あの日、あの街に来ていなければ。
あの時、火事の中でわたしが師匠のところに向かっていれば。
あの時、師匠の制止を振り切って助けにいっていれば。
それで事態が好転したとも思えない、たらればの「答え」だけがでてくる。
随分と時間が経った。雨も上がり、濡れた服も自然乾燥してしまいそうなほどに。これからどうしようかと考える。いっそわたしも……と思うが、師匠の言葉が脳をよぎる。
『君は私のことを忘れて、君の生きたいように旅を続けなさい』
そうだ、師匠に言われた通り、生きなければ。どこか定住できるところは探せそうもないし、旅は続けよう。ただ、師匠のことは忘れない。忘れてなるものか。そう思ったとき、ふと疑問が浮かんだ。
どうして師匠は捕まったのだろう?
あの日、あの火事の中で何が起きていたのか。処刑の時にいた三人は話から察するにあの時のために来たようだった。そうでなくとも、師匠の実力であればあの三人程度難なく倒すことができるだろう。
……他に誰がいたのだろうか?師匠を捕まえることができる力を持つ相手といえば──
他の種族の長……あるいはそれに近しい力を持つ人か。人類側に師匠と同等の力を持つものがあの場にいた可能性もあるが、わざわざ火事を起こしてまで誘い出すのだろうか。ふと、あの時師匠が言っていた言葉を思い出す。
『どうしてお前たちが……』
「お前たち」……複数人いたのだろうか。何人だろうか……いや、問題はそこではない。もし本当にあの場に複数人【真人類】ではない種族の人がいたとする。もしそうだったとしたら、
なぜ他の種族の人は捕まってないのだろうか?
もしかして師匠は他の種族から裏切られたのか。師匠は【真人類】と七種族とのいざこざについては穏健派だった。七種族との話し合いの時も言い争っていた記憶がある。
しかも、師匠を【真人類】に渡す時、その者たちとあの騎士たちは出会っているはずだ。もちろん身を隠していた可能性もあるが、もし正体を明かした上でやり取りをしていたとしたら──
「くしゅんっ」
くしゃみをしてしまった。一瞬思考が止まったことで冷静になることができた。ここまでの考えは今ある情報で出した仮初めの「答え」でしかない。もちろんどこか間違いもあるだろうし、今のわたしでは確認する術も力もない。
「まずは力をつけてから……かな」
今は考えることを我慢しよう。しかし、このことは決して忘れるな。そう自分に言い聞かしながら、わたしは濡れた服を脱ぎ乾かすことにした。
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