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私の誕生日プレゼントは結婚指輪。

作者: 最条真

 


「明日って、私の誕生日だったっけ?」



 なんとなく、気になったことを聞いてみた。

「その通りだよ」と彼は目で肯定するため、成る程と私も頷く。


 私は誕生日を忘れがちだ。なぜ忘れるかというとそれは結構単純で『楽しい思い出』の中にそれは埋まっていくから。人間は記憶できる容量に限界がある。本当に大切な思い出はそう忘れないだろうけど、誕生日は至って普通に『楽しい思い出』の中に埋もれていく。


 まぁつまり、誕生日が本当に大切な思い出だったことは私の人生において存在しないのだ。


 生きているだけで記憶は積もるのだから埋もれるのは当然だけど、絶対に忘れられない誕生日を送ってみたい。


 誕生日って響きにも憧れるし、人生初彼氏という単語も私の心を沸き立てる。

 人生初彼氏との一回目の誕生日。誰だって期待するであろうそんな日が明日だった。



「じゃあ、明日は期待してもいいのかな?」



 そう私が問いかけると、ソファーにゆるく座っている彼は困ったように笑みを返した。

 その表情だけで分かる。どうやら明日の私たちの予定は未定らしい。


 彼はクリスマスプレゼントを渡すときも事前に何が欲しいか聞いてくるタイプだ。

 理由を聞いてみると、「万が一でも君が気に入らない物を渡したくない」そうだ。


 いや、彼から貰うプレゼントなんて一生大切にするに決まってるが。

 でも彼はどうせ渡すなら気に入るものを渡したいそうだ。そういうところも素敵だと思う。


 頭もいいし顔もいいし性格までいい。自分でもどこからこんなハイスペック彼氏をゲットしたか分からないくらいには素敵な人である。現在同棲中。逃すつもりは毛頭無い。


 惚気てしまったがとりあえず話を本題に戻すと明日の予定は未定という所だった。


 誕生日に特別を求めるのは普通だと思うが、別に特段高い出費を求めるわけでもない。

 彼といる時間は楽しいし、特別だ。でも誕生日は本当に大切な思い出にしたいだけで。


 かくいう私も誕生日の要望なんて特に無いので私に聞かれても困る。

「どうする?」と視線で聞かれても困るのだ。彼と同じ時間を過ごせるなら何でもいい。


 何でもいい、というのは当然適当とかそういう意味ではなくて、本当に彼と過ごす時間は楽しいから。

 何でもいいが一番困るという話があるけど、本当に何でもいいのだから許して欲しい。



「......どうしようか」



 そう呟いてから彼は唸るように顎に手を当てた。これは珍しい動作だ。マジで悩んでいる時の動作である。

 本当に悩みどころだ。どうせなら大切な思い出にしたい。でも、私は本当に何でもいいわけで―――、



「じゃあ、指輪買いにいくか」


「......へ、ぇ?」



 聞き間違いか、「指輪を買う」と聞こえた気がしたが。

 どうやら気のせいではないらしい。彼の目がマジである。


 とりあえず「指輪?」とおうむ返しに問いかけた。そうすると彼は自信ありげに「指輪」と返した。



「誕生日のついでに、結婚しよう」


「......誕生日のついでが結婚なの?」


「僕が君と結婚する日より、君が生まれた日の方が大事だろ」


「おいおい兄さん惚気てますぜー?」


「まぁ僕たちは出来立てホヤホヤだからな」



 言葉の使い方が絶妙に違う気がする。

 というか絶対違う。断言できるがそれはパンとか、食べ物に使う言葉ではないだろうか。

 ともかく彼が「明日は君の誕生日!そして指輪!おまけで結婚!」そう腕を上げて意気込むので私は微笑ましいのを隠しきれずに笑みを浮かべた。


 そういう突拍子もなくて、言葉の使い方が絶妙にズレてて、それでいて私のために一生懸命で。

 そういうところ全部含めて―――、



「―――好きだなぁ」



 そう小さく呟くのをきっと彼にも聞かれていた。

 だって彼が耳元を赤くしているから。とりあえず彼の耳を柔らかくつねって、耳元で、



「じゃあ、明日楽しみにしてるよ」



 そう小声で呟くのが私の「好き」が聞かれた精一杯のカウンターだった。

 普段クールな彼が手で顔を覆って悶絶しているのが面白い。ふふ、とまた私は笑ってからソファーに座って、ぴとっと彼の肩に身を寄せてやる。



「......今日のところは勘弁してくれないか」



 そう彼が白旗を上げるのを聞いても、私はやめない。

 反応が面白いから。彼の温もりが暖かいから。


 彼が悶絶するのを尻目に、私はまた笑う。


 明日は私の誕生日。そして指輪を買う日。おまけに結婚する日でもある。

 きっと忘れられない日になる。絶対大切な思い出になる。


 何でもいい日が、きっと彼とじゃなきゃダメになる。

 そんな未来を予感して、気づけば彼の肩で眠りについていた。


 まるで明日のピクニックを楽しみにする子供のように。











 ◆




 彼曰く、買う指輪は私に選んで欲しいとの要望だった。

 予算は300万以内で。そういうところはしっかり現実的だった。


 好きに選べ、と言われたが少し私は異論があった。

 どうせなら、彼と一緒に選びたい。



「君の誕生日プレゼントにもなる訳だから、君が選ぶのは当然だろう」


「当然かなぁー?まぁ誕生日プレゼントなんて正直サプライズよりも自分で選んだものを買ってくれた方が嬉しいわけだけど、結婚指輪なんだし二人で選ぶのが筋じゃない?」


「それでは君の誕生日プレゼントにならなくないか?」


「プレゼントなんて一緒にいる時間がそれみたいなもんだし。それに、私たち夫婦になるんでしょ?」


「夫婦、か。そうだ、そうだな」


 彼氏彼女じゃなくて、と私が笑いながら付け足すと、彼はとりあえず私の言葉に力強く頷く機械になっていた。

 自分でもちょっと改めて言葉にすると恥ずかしいかもしれない。私たちは夫婦になるのだ。彼氏彼女なんてそんな気軽な関係は、パパとママという実は重い関係に名前を変える。


 私は上手くやれるのだろうか。私たちは上手くやっていけるのだろうか。

 同棲して久しいけど、彼とは上手くやれていると思う。多分。


 漠然と私がそう思っているだけで、相手が不快な気持ちになっていたらどうしよう。

 そう考えることも、やっぱりいっぱいある。


 彼氏と彼女ではなくなる。ここからは契約だ。

 別れるにしたってめんどくさい手続きがある、気軽な関係ではなくなるのだ。


 だからやっぱり怖い。


 もしも、万が一、彼に嫌われていたら―――、



「大丈夫だよ」



 頭を撫でられた。



「きっと、僕たちなら上手く行く」



 そう言いながら、真剣に指輪を吟味する彼の姿を見て。

 この人なら大丈夫だと、そう確信できた。



「そうだね、私たちなら上手く行くよ。絶対」


「ああ、絶対」


「そう断言するなら絶対私の事幸せにしてよ?」


「君を幸せにすることにおいて僕の前にでる者はそういないな」



 惚気かよ、と私が聞くと「惚気だよ」と彼は返した。

 彼の耳は案の定赤かった。


 ともかくとして私たちの指輪(誕生日プレゼント)選びは始まった。

 どうせ一生思い出になる指輪なら、私は彼の瞳と同じ色の宝石がいい。


 奇遇にも、彼と私が指を指した指輪は一緒だった。



「奇遇だな」


「そうだね」



 多分、選んだ理由はきっと一緒だと思うけど。

 現代日本において瞳が黒くない方が珍しいというものだ。


 私たちは黒い宝石が綺麗な指輪を買った。

 ブラックダイヤモンド。『不滅の愛情』なんて素敵な石言葉を持つ宝石が綺麗な、その指輪を。


 指輪をはめるのはお預けを食らった。どうやら私の自慢の彼に考えがあるらしい。

 とりあえず昼間は全力で彼との時間を満喫した。ショッピングにいって、ちょっと気になってた喫茶店に寄って今話題になっているパフェを食べて、車で海浜をドライブをしてからその場所に行った。











「騙したでしょ?」


「何が?」


「こんなお洒落な場所でご飯とか、聞いてなかったし」


「そうだね」



 そういう彼は自慢げに、イタズラに成功した子供みたいな笑みを浮かべて見せた。

 正確な名称なんて知らないが、とにかくここはお洒落な高級レストラン。しかも窓からは街全体を展望できる景色の良さ。


 どのくらいお金がかかったのか、まぁ高いことは間違いない。

 ご飯美味しかったし。見事に私の大好物しかなかったし。


 ともかく私が明日の予定はどうせ未定なのだろうと考えていたのは完全に的外れだったらしい。

 しっかり予約済みだったし、更に言えば貸しきりだ。完全にこの男は最初から今日の予定を考えていたのだ。


 テーブルを挟んで向かいに座る、この男は。



「指輪自体は今日買う予定ではなかったんだけどね。どうせなら君の僕と過ごす一回目の誕生日を本当に大切なものにしたかったから」



 そう言いながら、彼は懐から黒い箱を取り出して、開けた。

 お預けを食らった指輪だ。本当に綺麗な、指輪。



「僕のプロポーズ、受けて貰えるかな?」


「当たり前でしょ?」



 当然、とばかりに笑みを返してから箱の中の指輪を摘まんで、彼に渡した。

 どうせなら、この指輪は彼にはめて欲しかった。


 彼もその意図を汲み取ったのか、私から指輪を受け取って。

 氷細工を触るみたいに丁寧な手付きで私の手に触れて、左手の薬指にそれをはめて。



「やばい、泣きそう」


「もしも君を泣かせたと知れたら君のお父さんに僕はボコボコに打ちのめされるんだが」


「嬉し泣きだからセーフ」



 左手のその指輪を眺めて、思わず泣きそうになるのは私は悪くない。

 強いていうなら、目の前に座る彼だ。完璧な誕生日プレゼントを渡してくれた彼が、もう全部悪い。



「絶対、幸せにしてね?」



 もう一度、聞きたくなった。

 その問いに対しての彼の答えは決まっていたといってもいい。


 だから私は聞いたのだ。



「絶対、幸せにするよ」



 その彼の笑顔は多分、一生忘れない。

 嬉しくて堪らなくて、私はやっぱり大粒の涙を流した。











 ◆




 絶対に忘れられない誕生日。彼と過ごした一回目の誕生日。絶対に忘れられない誕生日。

 誕生日のついでが結婚記念日。結婚がついでというところがとにかく彼らしい。


 私が生まれた日がとにかくめでたいのだと、彼は言う。


 彼らしいな、と私が笑うのを見て、彼はまた困ったように笑う。


 絶対に忘れられない、色褪せない思い出。

 それを指輪を見るたびに思い出す。本当に大切な思い出。


 今でもやっぱり、思い出すたびに頬が緩む。

 所詮惚気と言うやつだ。


 彼との夫婦生活は順風満帆。

 私のお腹は少し膨らんで。今私のお腹の中には赤ちゃんがいる。


 そして私の目の間には―――、



「今絶対動いた、動いたって絶対」



 私のお腹に耳を当てる不審者がいた。

 いや、不審者ではない。私の夫である。



「パパうるさいぞー?」


「パパ、そうか。パパか」


「名実ともにパパになるわけだ。今の気分はどうかなパパ?」


「言葉がでないくらい感動してる今」



 我が夫ながら、困ったやつである。

 私のお腹の前で泣き出しそうになっているのだから。


 我が子の愛おしさ。耳で直に動くのを聞いて実感しているのだろう。


 私はそういうところも好きだ。



「楽しみだねぇ。性別はどっちかなぁ」


「どっちでも言いように男の子と女の子どっち用のベビーカーも用意したが、願望を言うなら女の子がいいなぁ」


「なんで?」


「子供って、好きな人のちっちゃい頃の生き写しなわけだろ?だったら僕は君のちっちゃい頃が見てみたい」



 惚気だ。我が夫ながらとんでもない惚気だ。

 だったら私だって男の子がいい。


 お腹を撫でながら、子供の想像をしてみる。

 男の子でも、女の子でも結局どっちも可愛い。


 結論はあっけなかった。私たちの子供が可愛くない筈がなかった。


 楽しみで仕方なかった。考えるのが楽しくて、どうしようもないのだ。


 すくすく育って欲しい。豊かな人生を送って欲しい。そして、一度でいいから絶対に忘れられない誕生日を送って欲しい。



 ―――私の誕生日プレゼントは結婚指輪。



 私の子供は、いったい誰からどんな誕生日プレゼントを貰うんだろう。


 それを考えてしまうのは仕方の無いことだろう。


 絶対に忘れられない誕生日プレゼントは、きっと私たちがあげるものではないから。


 楽しみに思いながら、お腹を撫でる。



「元気に生まれてこいよ、我が子よ」



 やっぱり、頬が緩んでしまうのは仕方ないことだろう。

 だって、お腹の中にいるんだ。我が子が。私たちの愛の結晶が。


 やっぱり愛おしくてたまらない。


 我が子の顔を思い浮かべながら、私はとにかくお腹を撫でていた。










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